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山田裕仁のスゴいレース回顧

【高松宮記念杯競輪 回顧】“死力”を尽くした素晴らしい戦い

2024/06/17 (月) 18:00 76

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが岸和田競輪場で開催された「第75回高松宮記念杯競輪(GI)」を振り返ります。

高松宮記念杯競輪を制した北井佑季(写真提供:チャリ・ロト)

2024年6月16日(日)岸和田12R 第75回高松宮記念杯競輪(GI・最終日)決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①南修二(88期=大阪・42歳)
②新山響平(107期=青森・30歳)
③郡司浩平(99期=神奈川・33歳)
④小林泰正(113期=群馬・29歳)
⑤脇本雄太(94期=福井・35歳)
⑥桑原大志(80期=山口・48歳)
⑦古性優作(100期=大阪・33歳)
⑧和田真久留(99期=神奈川・33歳)
⑨北井佑季(119期=神奈川・34歳)

【初手・並び】
←③⑨⑧(南関東)②⑥(混成)④(単騎)⑤⑦①(近畿)

【結果】
1着 ⑨北井佑季
2着 ⑧和田真久留
3着 ⑦古性優作

唯一の東西戦、仲間が敵に変わるシビアな戦い

 まるで真夏のような暑さとなった、この週末。大阪府の岸和田競輪場では、高松宮記念杯競輪(GI)の決勝戦が行われています。競輪界で唯一の「東西対抗戦」で、選考の段階から東西別で選ばれるのが大きな特徴。ふだんは同地区の仲間としてともに戦っている選手が、このシリーズでは敵となることも少なくありません。意図的に、そういう方向で盛り上がりそうな番組が組まれるというのもあります。

 それだけに、同地区ではなく「同県」の繋がりの強さを感じられるのが、この特別競輪の醍醐味。4日目第12レースの白虎賞では、脇本雄太選手(94期=福井・35歳)と古性優作選手(100期=大阪・33歳)の真っ向勝負がファンの注目を集めました。準決勝も通常とは異なり「2着権利」ですから、決勝戦へと駒を進めるためには、よりシビアな走りが要求されてきます。

古性優作(写真提供:チャリ・ロト)

 印象的だったのが、5日目第9レースの東日本準決勝。前日の青龍賞では南関東勢の先頭を任され、上位独占という結果に導いた北井佑季選手(119期=神奈川・34歳)でしたが、ここでは松井宏佑選手(113期=神奈川・31歳)の番手を回ったんですよね。松井選手は赤板(残り2周)過ぎに主導権を奪うと、後続を寄せ付けないスピードで疾走。新田祐大選手(90期=福島・38歳)や眞杉匠選手(113期=栃木・25歳)を封殺しました。

北井佑季(写真提供:チャリ・ロト)

 この準決勝は、松井選手の番手から捲った北井選手が1着で勝ち上がり。そして、5日目第11レースの東日本準決勝では、南関東勢の先頭である深谷知広選手(96期=静岡・34歳)が内に包まれて動けなくなるも、自力に切り替えた郡司浩平選手(99期=神奈川・33歳)が捲って抜け出し、和田真久留選手(99期=神奈川・33歳)とのワンツーを決めました。神奈川勢は、これで3名が決勝戦に勝ち上がりです。

和田真久留(写真提供:チャリ・ロト)

 そんな神奈川トリオは、決勝戦でも北井選手が番手という並びを選択。先頭は郡司選手で、3番手を和田選手が固めます。「ここで北井選手を優勝させたい」という、年末のKEIRINグランプリ(GI)まで見据えたシナリオの存在がハッキリと感じられる布陣。既にグランプリ出場を決めている郡司選手が、ここでラインから優勝者を出す走りに徹することは、想像に難しくありません。

 地元地区である近畿勢は、脇本選手と古性選手、南修二選手(88期=大阪・42歳)の3名が勝ち上がり。三連覇のかかる古性選手は素晴らしい仕上がりで、脇本選手も持病である腰の痛みは出ていない様子です。南関東勢がこの並びを選んだ“意図”はわかっていますから、ここは青写真通りの走りをさせないことが求められてきますよね。その強力な機動力を生かして、主導権を奪いきりたいところです。

 新山響平選手(107期=青森・30歳)は、桑原大志選手(80期=山口・48歳)と即席コンビを結成。郡司選手と脇本選手が前でやり合う展開にでもなれば、中団で立ち回る新山選手のもとに、絶好の展開が転がり込みます。しかも新山選手のデキのよさは、古性選手と並んで、このシリーズに出場した選手のなかでもトップクラス。展開さえ向けば、一気に突き抜けるシーンが十分に考えられます。

 そして唯一の単騎が、ダービーに続き決勝戦進出を果たした小林泰正選手(113期=群馬・29歳)。先日には前橋記念で優勝と、勢いに乗っています。さすがにこの相手で単騎勝負となると分が悪いですが、巧い立ち回りで存在感を発揮してほしいところ。主導権を奪うラインの直後が取れれば、上位争いに持ち込める可能性はあります。どういう展開になるかを読む力が問われそうですね。

小林泰正(写真提供:チャリ・ロト)

郡司の好調な飛び出し、突っ張り先行が濃厚に

 では、そろそろ決勝戦の回顧に入りましょうか。レース開始を告げる号砲が鳴って、いい飛び出しをみせたのは3番車の郡司選手。スタートを取って、南関東勢の前受けが決まります。その後ろの4番手につけたのは新山選手で、単騎の小林選手が6番手。そして、後方7番手に近畿勢の先頭である脇本選手というのが、初手の並びです。この並びの南関東勢が前受けということは、突っ張り先行が濃厚ですよね。

 脇本選手が後方から前を斬りにいっても、突っ張られる可能性のほうがはるかに高い。となれば、脇本選手このまま動かず、一気のカマシで勝負してくるでしょう。問題は、そのタイミングがどこなのか。青板(残り3周)では動きをみせなかった脇本選手ですが、赤板(残り2周)通過と同時に後方から一気に加速。前を捉まえにかかりますが、それに合わせて先頭の郡司選手も、躊躇なく全力で前へと踏み込みました。

赤板付近、先頭の郡司浩平(3番車・赤)が全力で前へと踏み込む(写真提供:チャリ・ロト)

 先頭誘導員が離れると同時に、早々と“全開”モードの戦いがスタート。脇本選手は赤板後の1センター過ぎに桑原選手の外まで進出しますが、先頭の郡司選手が素晴らしいかかりで逃げているのもあって、そこから先はなかなか前との差を詰められません。ほぼ変わらない隊列のままでレースは打鐘を迎えますが、ここでじつに巧い立ち回りをみせたのが、単騎の小林選手でした。

打鐘手前2コーナー付近、脇本雄太は5番車・黄(写真提供:チャリ・ロト)

 新山選手が脇本選手を意識して少し外を回ったところを、小林選手は空いた内を突いてスルスルと進出。打鐘後の2センターを回って最終ホームに帰ってきたところで、南関東勢の直後4番手を確保しました。そしてここで、早い仕掛けで脚をなくしてしまった脇本選手が戦線から離脱。古性選手が近畿勢の先頭となりますが、最終ホーム通過が8番手というかなり厳しい展開です。

最終ホームストレッチ付近(写真提供:チャリ・ロト)

 そして、小林選手に内をしゃくられたことで、小林選手の「外併走」で最終ホームを通過するカタチとなってしまった新山選手も、苦しい態勢に。小林選手の後ろに入っての一列棒状ならば問題なかったのですが、自力に切り替えた古性選手が後ろから車間を詰めているのもあって、外で浮くカタチとなってしまいました。ならば…と覚悟を決めて、新山選手はここから前を捲りにいきます。

 この新山選手の仕掛けに、後方の古性選手も連動。外から4車が前に襲いかかりますが、最終1コーナーに入る手前で、新山選手の動きを察知した北井選手が進路を外に出してブロック。そして最終1センターを回ったところで、郡司選手の脚色が鈍くなったのを察知した北井選手は、前へと踏んで番手から捲りにいきます。番手から力強く抜け出した北井選手に対して、仕掛けを合わされた側である新山選手の伸びはイマイチです。

 ここで新山選手マークの桑原選手が離れてしまいますが、それを瞬時に察知した古性選手は、進路を内にきって小林選手の後ろにシフト。新山選手の捲りは不発に終わり、⑨⑧④⑦①という隊列で最終3コーナーに入ります。展開的には南関東勢が有利ですが、赤板から全力だった郡司選手の後ろを走っていたわけですから、番手から捲った北井選手もかなりキツい。ここからはもう、気力や底力の勝負です。

 このままの隊列で最終2センターを回りますが、古性選手は小林選手の内に突っ込んで進路をこじ開けて、最後の直線に。先頭の北井選手は目の前に迫るタイトル獲得に向けて、最後の力を振り絞ります。北井選手マークの和田選手が外に出して差しにいきますが、一気に突き抜けるような勢いはなし。その後ろでは、小林選手と古性選手が内外で絡み合いながら、ジリジリと前に迫ります。

最終バックストレッチ付近、北井佑季は9番車・紫(写真提供:チャリ・ロト)

 ゴール直前で、北井選手の直後にまで迫った古性選手が小林選手と接触して落車。そのあおりを受けた北井選手も落車してしまいますが…それでも、最後まで先頭を譲らずゴールラインを駆け抜けたのは、北井選手でした。外からジリジリと迫った和田選手が2着で、神奈川ワンツー決着。落車についての審議が長く続きましたが失格はなく、3着は古性選手、4着は小林選手で確定しています。

驚異的なパフォーマンスを発揮した北井

 レース前の想定とほぼ同じ展開となり、3連単配当は1番人気の2,340円という堅い決着。しかし、この結果に至るまでの過程は、全選手がまさに“死力”を尽くした、本当に素晴らしいものでした。レースの「戦略と戦術」については南関東勢の完勝で、その成果としての神奈川ワンツーだったわけですが、この展開でこの結果をしっかり出せていること自体が、皆さんが思われる以上に並大抵のことではないのですよ。

 勝つためにはこれしかない…と腹をくくって、事前に予想されたとおり、ラインから優勝者を出す走りに徹した郡司選手。しかし、郡司選手クラスが赤板から全開で逃げるとなると、番手にいる北井選手も、イメージ以上にスタミナを消耗します。追走しているだけで、脚を削られるんです。楽そうにみえてしまう「番手捲り」ですが、実際そんなことはなく、本当にキツいんですよ。

 例えば、全盛期の私が「今日の北井選手と同じ走り」をしていたとしましょう。それで勝てるかといえば…残念ながら勝てません。10回やれば10回とも、和田選手に差されていたと断言できます。それくらいに、今日の北井選手がやった番手捲りはキツい。それを一発勝負で決めたのですから、北井選手がこのレースでいかに驚異的なパフォーマンスを発揮していたか、わかっていただけるのではないでしょうか。

 赤板からの全力で最終1センター過ぎまで保たせた、郡司選手の強さも相当なもの。脇本選手を封殺して、この結果を作り出した“立役者”であったのは間違いありません。小林選手の動きによって、新山選手が自分のタイミングよりも早く仕掛けざるをえなかったのは南関東勢にとってラッキーでしたが、それ以外はすべて自分の力で切り拓いて、勝利をもぎ取っている。北井選手の優勝を、心の底から称賛したいですね。

 あの苦しい展開から、見事な立ち回りで3着までもってきた古性選手の強さも、並大抵ではありません。小林選手も随所でいい判断、いい動きをしていて、近況でみせている強さが本物であることを改めて証明しています。年末のグランプリに向けた戦いは、まだ折り返し地点。現時点では確かに南関東が優勢ですが、他地区も黙ってはいませんからね。今後、さらなる熾烈な戦いが繰り広げられることを期待したいと思います。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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