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山田裕仁のスゴいレース回顧

【北条早雲杯争奪戦 回顧】滅私の“背景”にあったもの

2025/11/10 (月) 18:00 7

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが小田原競輪場で開催された「北条早雲杯争奪戦」を振り返ります。

北条早雲杯争奪戦を制した松井宏佑(写真提供:チャリ・ロト)

2025年11月9日(日)小田原12R 開設76周年記念 北条早雲杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①郡司浩平(99期=神奈川・35歳)
②山田久徳(93期=京都・38歳)
③鈴木玄人(117期=東京・29歳)
④杉浦侑吾(115期=栃木・30歳)
⑤和田真久留(99期=神奈川・34歳)
⑥菅原大也(107期=神奈川・34歳)
⑦中野慎詞(121期=岩手・26歳)
⑧橋本強(89期=愛媛・40歳)
⑨松井宏佑(113期=神奈川・33歳)

【初手・並び】

←①⑨⑤⑥(南関東)②(単騎)④③(関東)⑦⑧(混成)

【結果】

1着 ⑨松井宏佑
2着 ⑤和田真久留
3着 ⑥菅原大也

SS3名に強力な機動型も集結!

 11月9日には神奈川県の小田原競輪場で、北条早雲杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。このシリーズに出場のS級S班は、郡司浩平選手(99期=神奈川・35歳)と清水裕友選手(105期=山口・30歳)、新山響平選手(107期=青森・32歳)の3名。そのほかにも、松井宏佑選手(113期=神奈川・33歳)や中野慎詞選手(121期=岩手・26歳)など、強力な機動型が何名も出場しています。

左から、郡司浩平、清水裕友、新山響平(写真提供:チャリ・ロト)

 獲得賞金によるKEIRINグランプリ出場が狙えそうな清水選手や新山選手などは、ここで少しでも賞金を上積みしておきたいところ。しかし、そうは問屋が卸さないのが、郡司選手や松井選手、和田真久留選手(99期=神奈川・34歳)などの地元・神奈川勢です。ここの神奈川勢はかなり層が厚く、地元記念らしい番組面の有利さもあるはず。初日特選から、その走りに注目が集まります。

 三分戦で単騎が2名という構成となった、初日特選。初手で後ろ攻めとなった中野選手が仕掛けて主導権を奪い、中団の郡司選手が捲りにいくも、中野選手の番手から新山選手がそれに合わせて発進。仕掛けを合わされた郡司選手は失速するも、その番手から切り替えた松井選手が前に迫ります。しかし、番手から早めに捲った新山選手が押し切って、松井選手は2着まで。3着が成田和也選手(88期=福島・46歳)でした。

 後方となった清水選手は、最後によく差を詰めるも5着まで。南関東勢の前回りだった郡司選手は、大きく離れた8着に終わっています。ここは人気を裏切るカタチとなった郡司選手ですが、松井選手の番手を回った準決勝では、獅子奮迅の仕事ぶりで他のラインの攻めをいなし、最後はキッチリ松井選手を差すというパーフェクトな内容で1着。こんな走りができるのですから、デキを不安視する必要はなさそうです。

杉浦&中野は地元4車にどう対抗する?

 残念ながら、清水選手と新山選手はいずれも準決勝で敗退。決勝戦に進出したのはデキがいい選手ばかりで、近況が好内容である鈴木玄人選手(117期=東京・29歳)や、愛知から栃木に移籍した際に名字まで変わった杉浦侑吾選手(115期=栃木・30歳)は、とくに調子がよさそうです。そして地元・神奈川勢は、4名が決勝戦に勝ち上がり。ひとつのラインにまとまり、強力な他地区を迎え撃ちます。

 南関東勢は先頭を郡司選手が志願したとのことで、ここは松井選手が番手回り。3番手が和田選手で、4番手を菅原大也選手(107期=神奈川・34歳)が固めます。ライン全員が自力勝負もできるという強力なラインナップで、当然ながら二段駆けがあり得る。車番にも恵まれたここは、前受けからの突っ張り先行が濃厚でしょうね。しかも舞台は、小田原の333mバンク。神奈川カルテットは、かなり有利な立場といえます。

 関東勢は杉浦選手が前を任されて、その番手を鈴木選手が回ります。どちらもかなりデキがよく、杉浦選手が果敢に攻めれば、一発も十分に期待できそうな雰囲気ですよ。そして、中野選手の後ろには橋本強選手(89期=愛媛・40歳)がつけて、混成ラインを形成。中野選手もデキは上々で、やる気になればヨコにも動けますからね。後ろ攻めとなりそうですが、そこからどういったレースをするか注目です。

 唯一の単騎勝負が山田久徳選手(93期=京都・38歳)で、車番もいいので中団から自在に立ち回れそう。機を見るに敏な選手ですから、単騎とはいえ侮れません。杉浦選手や中野選手の仕掛け次第では、上位への食い込みも期待できるでしょう。杉浦選手や中野選手にとって大きな課題が、南関東の4車連係にいかに対抗するか。優勝を勝ち取るには、一筋縄ではいかない戦いとなりそうです。

左から、中野慎詞、杉浦侑吾(写真提供:チャリ・ロト)

前受けは地元4車! 最後方に中野

 それでは、決勝戦の回顧に入りましょう。レース開始を告げる号砲が鳴ると、1番車の郡司選手と3番車の鈴木選手が自転車を出していきます。スタートを取ったのは内の郡司選手で、これで南関東4車の前受けが決まりました。それに杉浦選手が続きますが、後から注文をつけた単騎の山田選手が前に入って5番手に。杉浦選手は6番手からで、中野選手は8番手からというのが、初手の並びです。

 レースが動いたのは、青板(残り3周)掲示を通過する直前のこと。後方に位置する中野選手が、外からゆっくり位置を上げていきました。先頭の郡司選手は、進路を外に振って後続を牽制しながら、誘導員との車間をきって待ち構えます。バック通過で誘導員が離れると同時に、先頭の郡司選手は前に踏み込んで突っ張る姿勢をみせます。それをみた中野選手は、無理せず自転車を下げていきました。

地元勢が前受け 中野(7番車)がゆっくり上昇(写真提供:チャリ・ロト)

 しかし、中野選手と連係する橋本選手は、ここでスッと山田選手の直後に移動。橋本選手が外帯線と内圏線の間にいるので、杉浦選手は内をしゃくって位置を上げることができません。橋本選手は自分の前に中野選手を迎え入れて、中野選手が6番手に。これで後方の位置取りとなってしまった杉浦選手は、赤板(残り2周)のホーム手前から仕掛けて、前を捲りにいくことになります。

先行する郡司が全力モード!杉浦は仕掛けるも…

 しかし、突っ張って先行する郡司選手は、この時点で全力モードに突入。杉浦選手は仕掛けるも、なかなか位置を上げることができません。中野選手の外までいくのが精一杯で、両者併走で赤板後の1センターを通過。バックストレッチに進入し、内の中野選手がヨコに動いてブロックしたところで、勢いを失ってしまいます。杉浦選手は橋本選手の外を追走し、鈴木選手は橋本選手の後ろに切り替えました。

郡司(1番車)が全力モード突入!(写真提供:チャリ・ロト)

 レースは打鐘を迎えて、郡司選手が先頭で飛ばす展開で打鐘後の2センターへ。外で浮かされて最後方まで下がっていく杉浦選手以外は、一列棒状です。ここで動いたのが後方にいた鈴木選手で、単騎ながら素晴らしいダッシュで、最終ホーム過ぎには菅原選手の外まで進出。中野選手もこの仕掛けに連動し、鈴木選手の後ろに切り替えて前をいく南関東勢を追います。

飛ばす郡司(1番車)、鈴木(3番車)が猛追!(写真提供:チャリ・ロト)

松井が番手から発進! 鈴木は仕掛け合わされ後退

 しかし、先頭をいく郡司選手の脚色が鈍くなったのを察知して、最終1センターで番手の松井選手が発進。郡司選手はここで脚をなくし、下がっていきました。松井選手に仕掛けを合わされた鈴木選手は、菅原選手の外よりも前にいくことができません。山田選手の外には中野選手、その後ろには中野選手から離れてしまった橋本選手という隊列で、最終バックを通過。勝負どころに突入します。

番手から松井(9番車)が発進!(写真提供:チャリ・ロト)

 単騎で捲りにいった鈴木選手は、最終3コーナーで力尽きて後退。その外から、中野選手が捲りにいきました。しかし、南関東3車は抜け出しており、番手から捲った松井選手もまだ余裕がありそう。最終2センターでも中野選手は前との差を詰められず、内の山田選手との併走で、最後の直線に向きました。松井選手の後ろにいた和田選手は、少し外に出して差しにいく態勢を整えます。

番手・松井がV!地元勢が上位独占

 南関東3車が抜け出した隊列のままで、最後の直線へ。和田選手が外から少しずつ差を詰めますが、松井選手も最後の力を振り絞って、その追撃を退けにかかります。その後ろからは、菅原選手や山田選手も前を追いますが、直線に入ってからの伸びはありません。結局そのまま、小田原バンクの短い直線を粘りきった松井選手が、先頭でゴールラインを駆け抜けました。

地元ラインが上位独占!(写真提供:チャリ・ロト)

 2着が和田選手で3着が菅原選手と、南関東勢が上位を独占。初手から南関東勢の後ろにつけた山田選手が4着で、中野選手が5着という結果です。関東勢は、鈴木選手が7着で杉浦選手が8着。突っ張り先行で南関東勢を導いた郡司選手は、最下位に終わっています。松井選手は二度目となる小田原記念制覇で、GIIIでの優勝は通算で4回目。地元記念を「ラインでの上位独占」で決められたのですから、最高の気分でしょう。

S級S班による“滅私の走り”、その背景にあったのは…

 立役者はもちろん郡司選手で、地元記念にかける気持ちの強さもよく知られていますよね。S級S班という特別な立場である以上、この“滅私”の走りについてはさまざまな意見が出るでしょうが、今回は「南関東ラインから優勝者を出すこと」を最優先した結果なのでしょう。3連単830円という1番人気での堅い決着は、ファンもそれをよくわかっていたからこそ。南関東の結束がもたらした勝利といえます。

“滅私の走り”で貢献した郡司(写真提供:チャリ・ロト)

 あとは、杉浦選手と中野選手のデキがいいのを郡司選手もわかっていた…というのも、背景にあるでしょうね。レース結果だけみれば南関東勢の完勝ですが、道中の展開次第では、もっと苦戦した可能性が十分ある。それを踏まえて、いちばん確実にラインから優勝者を出せるプランを選択したのではないでしょうか。それを実行できるからこそ、周囲がついてくる。そして、次の大舞台につながるのです。

関東勢は中団からの仕掛けなら…

 残念だったのが関東勢で、杉浦選手と鈴木選手の素晴らしいデキを考えると、中団からの仕掛けならばもっといい勝負に持ち込めたと思うんですよ。それでも南関東の優位は揺るがなかったかもしれませんが、中団を奪われて後方からになってしまったのは、やはり惜しい。単騎になってからも諦めず、果敢な捲りで南関東勢に迫った鈴木選手のスピードは素晴らしいもので、本当に力をつけていますね。

 中野選手については、「短走路での後ろ攻め」がやはりキツかったですね。直線が短く、すぐコーナーに進入する小田原バンクでは、現行ルール下だと本当に前を斬りづらい。いったん南関東勢の前に出られれば、内からの捌きや飛びつきもできたのでしょうが、それが叶わないとなると正攻法で勝負せざるを得ない。しかも、先行しているのが郡司選手なのですから、これは致し方なし。難しいレースだったと思います。

関東勢は「中団からの仕掛けならば…」(写真提供:チャリ・ロト)

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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