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山田裕仁のスゴいレース回顧

【三山王冠争奪戦 回顧】最終3コーナーでの“神業”が勝負を決めた

2021/05/24 (月) 18:00 8

直線は中四国ラインの争い。小倉竜二(紫・9番車)が清水裕友(白・1番車)を差し切る(撮影:島尻譲)

現役時代はトップレーサーとして名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが三山王冠争奪戦(GIII)を振り返ります。

2021年5月23日 前橋12R 開設71周年記念 三山王冠争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①清水裕友(105期=山口・26歳)
②東口善朋(85期=和歌山・41歳)
③海老根恵太(86期=千葉・43歳)
④吉田敏洋(85期=愛知・41歳)
⑤阿部力也(100期=宮城・33歳)
⑥脇本勇希(115期=福井・22歳)

⑦竹内雄作(99期=岐阜・33歳)
⑧渡邉雄太(105期=静岡・26歳)
⑨小倉竜二(77期=徳島・45歳)

【初手・並び】
←①⑨(中四国) ⑧③(南関東) ⑤(単騎) ⑦④(中部) ⑥②(近畿)

【結果】
1着 ⑨小倉竜二
2着 ①清水裕友
3着 ⑤阿部力也

決勝に勝ち上がった全選手が出し切った好レース

 いやあ、本当にすごいレース、すごい走りでした!

 こう何度も繰り返したくなる激戦となったのが、5月23日に前橋競輪場で行われた、三山王冠争奪戦(GIII)の決勝戦。もし年末に「今年のベストレース」を決める企画があれば、コレは有力候補になりますよ。決勝戦まで勝ち上がった選手全員が、「優勝」を目指して全力を尽くしたといえる内容。残念だったとか、惜しいと思えるところが何もない、掛け値なしに素晴らしいレースだったと思います。

 S級S班は清水裕友選手(105期=山口・26歳)だけという決勝メンバーでしたが、あの脇本雄太選手(94期=福井・32歳)の弟である脇本勇希選手(115期=福井・22歳)や、ここも果敢な先行が期待できそうな竹内雄作選手(99期=岐阜・33歳)など、機動力のある選手が揃いました。3車のラインがない細切れ戦で、展開次第でどの選手にも優勝できる可能性がある。予想も面白かったんじゃないでしょうかね。

 清水選手が“格”で勝るのは間違いありませんが、二次予選と準決勝の両方で、その番手を走った小倉竜二選手(77期=徳島・45歳)に差されていたんですよね。踏み出しが早くなるようなキツい展開が多かったとはいえ、清水選手が絶好調時に見せる「手がつけられないほどの強さ」を発揮できるほどのデキにはない。これも、予想を面白くした要素のひとつだったと思います。

 また、清水選手と同期で同年齢の渡邉雄太選手(105期=静岡・26歳)も、捲りが主体とはいえ先行もできるタイプ。「意識的に前々の走りをやっている」と語っていたように、勝機とみれば主導権を握ろうとしてくる可能性が十分にある。しかも、ここには同期の清水選手がいるわけですから、意識して当然、負けん気を出して当然。共倒れを覚悟の上で、もがき合いに持ち込むような展開も考えられます。

清水選手が力でねじ伏せて優勝か…と思った瞬間に

 さてどんな展開になるかと、レース前からワクワクさせてくれた一戦。スタートすると、誰も積極的に前に行こうとするそぶりはなく、押し出されるようなカタチで中四国ラインが先頭に立ちます。こういった「切って切られて」が繰り返されそうなレースだと、前受けは不利な立場になりがちなので、みんなやりたくないんですよ。でも、格上の清水選手が「受けて立った」ということです。

スタート後の牽制。S級S班の清水裕友(白・1番車)が受けて立つ形に(撮影:島尻譲)

 初手の並びが決まってからも、各ラインの先頭は「いつでも動くぞ」という気配をのぞかせながら、青板(残り3周)に突入。残り2周半で誘導員が離れたところで、まずは渡邉選手が前を切りにいきます。清水選手はいったん3番手に収まりますが、赤板(残り2周)を過ぎたところで、今度は外から脇本選手が仕掛けて先頭に。さらに、今度は竹内選手が脇本選手を打鐘から叩きにいって、互いに譲らず併走のままで最終ホームに突入します。

 切る、叩くの応酬で7番手までポジションを下げた清水選手は、最終ホーム手前から仕掛けますが、今度は5番手にいた渡辺選手に合わせらせるという厳しい展開に。脇本選手を叩ききって先頭を走る竹内選手を目がけて、内の渡邉選手と外の清水選手が併走で捲り合います。しかし、さすがは“横綱”のS級S班。この捲り合いを清水選手が制して、外からグングン先頭に迫っていきます。

 それを前で待っていたのが、竹内選手の番手を走る吉田敏洋選手(85期=愛知・41歳)。清水選手の強襲に合わせて番手捲りを放ちますが、清水選手はそれをねじ伏せようとしつつ、3コーナーへ。清水選手の後ろには、番手を最後までしっかり取りきった小倉選手と、単騎で中四国ラインの後ろにつけていた阿部力也選手(100期=宮城・33歳)が続きます。これは清水選手の優勝で決まりかな--と思った瞬間に、それは起こりました。

小倉選手が見せたヨコの技術はまさに神業

 皆さん、ぜひこのレースのリプレイを繰り返し観てください。そして、3コーナーで小倉選手が見せたこの“神業”を、ぜひ確認してほしい。小倉選手は3コーナーで、清水選手の「内」に進路を取ろうとして、いったん前輪を入れているんですね。清水選手が少し外にいくか、吉田選手がさらに内にいけば、そこにスペースができるという「読み」だったんでしょう。

 しかし残念ながら、その読み通りにはいきそうもない。ならば外に出したいが、自分の自転車の前輪が清水選手の自転車後輪の「内側」にあるので、このままでは外に出せない。そこで彼はとっさに「減速せずに車体を手前に引き寄せるような動き」によって、進路を瞬時に外へと切り替えているんですよ。いったん減速してから外に出すのであれば、誰にでもできる。でも、小倉選手は減速せずに、それをやってのけているんです!

 そして小倉選手は、内で粘ろうとする吉田選手をねじ伏せた清水選手を、短い直線で外から強襲。ギリギリで捉えきったところがゴールで、2017年の向日町記念以来となる記念制覇を達成しました。流れが緩む瞬間がほとんどない非常にタフなレースで、そこを見事に捲りきった清水選手の底力は「さすが」のひと言。渡邉選手、竹内選手、脇本選手も、結果として敗れたとはいえ、気持ちが前面に出たいい競輪をしていましたよ。

 そんな清水選手の「さらに上」をいったんですから、小倉選手は本当にすごい! 断言しますが、あの“神業”がなければ差せていません、清水選手の優勝です。ちょっと想像してほしいんですが、自分が乗っている自転車の前輪右側に障害物がある状態で、それを減速せずに避けるなんてことが可能だと思いますか? 普通は無理ですが、競輪の世界にはそれを瞬時の判断でやれてしまう、とんでもない選手がいるんです(笑)。

 とはいえ、私でさえ度肝を抜かれるようなテクニックですから、アレができる選手なんて、小倉選手以外にいたとしてもほんの数人でしょう。近年の競輪では自力選手の「タテ脚」ばかりが注目されますが、円熟のマーク選手が見せる「ヨコの動き」というのは、ときに観る者を驚嘆させるものがあります。素晴らしいレースで、最後にあんな職人技まで観られるとは...いやもう、思いっきり鳥肌が立ちましたよ。

清水選手のスピードに対応し、勝負どころでは神業を見せた小倉選手。45歳でも衰えは見られない(撮影:島尻譲)

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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