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山田裕仁のスゴいレース回顧

【五稜郭杯争奪戦 回顧】想定外を冷静に“力”でねじ伏せたダービー王

2021/05/19 (水) 18:00 4

先週ダービーを制覇した松浦悠士(白・1番車)が強さを見せつけた(撮影:島尻譲)

2021年5月18日 函館12R 開設71周年記念 五稜郭杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①松浦悠士(98期=広島・30歳)
②村上義弘(73期=京都・46歳)
③守澤太志(96期=秋田・35歳)
④柏野智典(88期=岡山・42歳)
⑤佐藤慎太郎(78期=福島・44歳)
⑥野口裕史(111期=千葉・38歳)
⑦古性優作(100期=大阪・30歳)
⑧椎木尾拓哉(93期=和歌山・35歳)
⑨松谷秀幸(96期=神奈川・38歳)

【初手・並び】
←⑥⑨(南関東)①④(中国)⑦②⑧(近畿)③⑤(北日本)

【結果】
1着 ①松浦悠士
2着 ⑤佐藤慎太郎
3着 ⑦古性優作

逃げて3連勝の野口裕史に注目が集まった決勝戦

 5月18日(火)に函館競輪場で行われた、五稜郭杯争奪戦(GIII)の決勝戦。念願のダービー制覇を達成したばかりの松浦悠士選手(98期=広島・30歳)や、同じくダービー3着の佐藤慎太郎選手(78期=福島・44歳)など、好メンバーが揃いました。決勝戦の当日は好天に恵まれて、海風もわりと穏やか。絶好の競輪日和で、スタンドに女性ファンの姿がけっこう見受けられたのも、個人的にはうれしかったですね。

 このシリーズで調子のよさが目立っていたのは、なんといっても野口裕史選手(111期=千葉・38歳)。決勝戦に進んだ選手で、唯一の徹底先行型でもあります。最終バックですべて先頭という積極的な競輪で3連勝しており、準決勝では打鐘からの先行で後続を完封。あの松浦選手が、7番手に置かれたとはいえ3着にまで捲りあげるのが精一杯だったんですから、素晴らしい内容です。

 当然ながら決勝戦でも、野口選手が先頭を走る南関東ラインが先行すると考えていた人が多かったんじゃないでしょうか。中国ラインの先頭を走る松浦選手や、近畿ラインの先頭を任された古性優作選手(100期=大阪・30歳)は「先行も含めて何でもやれる」タイプで、北日本ラインの守澤太志選手(96期=秋田・35歳)は捲りが主体。となると、野口選手が主導権を握る展開が、もっともイメージしやすいのは確かです。

 もちろん、野口選手もここは先行して、レースの主導権を握りたい。とはいえ、決勝戦では一気に相手関係が厳しくなりますから、準決勝までのように打鐘から踏むのではなく、仕掛けは少しでも遅らせたいですよね。あとは、主導権争いのなかで、できるだけ他のラインに脚を使わせたくもある。では、どういったカタチならばそれが可能なのか。それをしっかり考えた上で、決勝戦に臨んだことでしょう。

 そして他のラインは、絶好調の野口選手にすんなり主導権を握らせるような展開にはしたくない。松浦選手や古性選手は、展開次第では自分が逃げるカタチも想定していたと思いますよ。決勝戦に勝ち上がってきた選手は、野口選手ほどではないにせよ、みんないいデキ。5着、1着、3着という着順での勝ち上がりだった松浦選手も、明らかに調子を落としているという感じではなかったです。

守澤選手は”対応力”を見につけて強くなって欲しい

 そんな各陣営の“思惑”が交錯した決勝戦。スタートの号砲が鳴ると、まずは松谷秀幸選手(96期=神奈川・38歳)が飛び出していきます。つまり、南関東ラインは決勝戦で、普段とは違う「前受け」を選んだということ。これには私も驚かされました。その後に中国ライン、近畿ライン、北日本ラインというのが、初手の並び。競輪のセオリー通りにいくと、最後尾にいる北日本ラインが最初に動くカタチとなります。

スタート後に飛び出した松谷秀幸(紫・9番車)と野口裕史(緑・6番車)。南関東ラインの2人は前受けを選択する(撮影:島尻譲)

 赤板(残り2周)の手前で、守澤選手が後方から進出を開始して、誘導員が離れたところでまずは前を「切り」にいきます。野口選手は突っ張らずに下げて、他のラインの動向を見守りますが、守澤選手をさらに切りにいくような動きはナシ。結果的に野口選手は、後方8番手までポジションを下げて打鐘を迎えてしまいました。もうこの時点で、野口選手が主導権を握るのは厳しい。

 3コーナー過ぎから「自分が逃げる」と覚悟を決めた古性選手が一気に前に踏み、その動きに松浦選手も追随。しかし、先頭を走っていた守澤選手は、泳がされたところを一気に叩かれるカタチとなり、仕掛けが遅れてしまいましたね。そして、野口選手も後方8番手から必死に差を詰めようとしますが、時すでに遅し。古性選手や松浦選手はここまで完全に脚を温存できているので、捲ろうにも捲れないですよ。

 そして、最終2コーナー過ぎから松浦選手がアタック。古性選手の番手を走る村上義弘選手(73期=京都・46歳)の激しいブロックにあいますが、それを乗り越えて最終バックでは前を射程圏に。3コーナーでは、番手にいた柏野智典選手(88期=岡山・42歳)との連携が切れてしまいましたが、松浦選手はグングン伸びて一気に先頭へと躍り出て、後続を突き放してしまいます。

 後続からは、3コーナー最後方だった佐藤選手が“度胸一発”でインへと切り込んで、ギリギリ進路を確保。彼らしいさばきの巧さで内をすくって、前で粘っていた古性選手に一気の脚で襲いかかります。これをしっかり捉えて2着を確保するも、松浦選手ははるか前方。ダービー覇者が、その力をまざまざと見せつける結果となりました。もう、彼については「強い」「巧い」としか言いようがないですね(笑)。

 3着には古性選手が粘って、4着に直線いい脚で追い上げた守澤選手。結果からは、S級S班が“横綱”としての強さをしっかり発揮したレースと言えるでしょうね。とはいえ、守澤選手の走りは正直なところいただけない。野口選手の「前受け」が想定外だったのかもしれませんが、それは松浦選手や古性選手も同じこと。前を切りにいった後にどう立ち回るのかというプランニングが、できていなかったように感じましたね。

 結果、前で泳がされたところを古性選手に一気に叩かれて、以降はまるで見せ場なし。最後まで諦めない競輪で2着まで追い上げた佐藤選手とは、好対照です。S班としての“意地”を見せてほしかったし、もっと応援してくれたファンを納得させられるレースをしてほしかったというのが、素直な感想です。

策に溺れた感のある野口選手

 そして、野口選手についても触れておきましょう。誰も想定していなかった前受けという“奇策”で臨んだわけですが、策に溺れた感が否めないですね。私なら、ここでの前受けは絶対に「ナシ」です。いつもと同様に後ろ攻めに徹して、自分の仕掛けたいタイミングで仕掛けて逃げるのみ。もし潰し合いになって負けたとしても、そのほうが応援してくれたファンも、そして自分自身も納得がいきますからね。

 おそらく、自分が前受けすることで「切って切られて」が繰り返され、相手に脚を使わせつつ主導権も握れる--といった青写真だったんでしょうが、それならば車番から考えて、「最初に前を切りにくるのが守澤選手である可能性が高い」と予測できたはずなんですよ。そしてこのパターンだと、他のラインは積極的に前を切りにはこない。だって、逃げる可能性がもっとも低いのは、守澤選手なんですから。

 最初に前を切りにくるのが松浦選手ならばベスト、古性選手ならベターで、この場合は前受けという“奇策”がうまくハマった可能性もあると思いますが、ちょっと考え足らずだった面があるのは否めないでしょう。先行にこだわりを持つ野口選手らしく、ここは正攻法での真っ向勝負で挑んでほしかったと思います。本当に素晴らしいデキだったから、なおさらですね。

準決勝後の松浦悠士(左)と野口裕史(右)。決勝でも正攻法の対決を見たかった(撮影:島尻譲)

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山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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