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【寛仁親王牌】たとえ1度きりでも…いずれ来るチャンスのため“ひたむき”にやるだけ 地元ビッグに向かう諸橋愛が胸中を語る/特別インタビュー

2023/10/18 (水) 18:00 71

シビアなレーススタイルは、まさしく『勝負の鬼』。厳しい勝負の世界に身を置いて26年、2018年には競輪界最高峰ランクS級S班に所属し、現在もトップ戦線で存在感を示す諸橋愛選手。勢いに乗る今の関東勢やスピード競輪についてどう分析しているのか。また、刺激を受ける存在や諸橋選手が考える『強さ』、競輪観に迫ります。そして、地元・弥彦で迎える大一番。『寛仁親王牌』直前の心境を明かしました。(取材・文=アオケイ・八角あすか)

諸橋愛(撮影:北山宏一)

今年は地元開催の寛仁親王牌を目標に

ーー2023年も残り3ヶ月を切りましたが、ここまでを振り返っていかがでしょうか?

諸橋 前半は怪我が多くて、コンディションを作るのが難しかったんですけど、今年に入ったときに「(地元開催の)寬仁親王牌を目標にやろう」と思っていたので、そういう意味では順調にやってこられたと思います。9月はあっ旋停止だったので、自分の考えたメニューを順調にこなしてトレーニングができましたね。

ーー1ヶ月ぶりの実戦となった前走・熊本記念(久留米代替開催)は走ってみてどうでしたか?(2着・3着・準決勝5着・4着)

諸橋 久留米は寬仁親王牌用に作った新車を使ってみて、だいぶ練習での感じは良かったんですけど、レースでは思いのほか自転車の出が悪いというか。体と自転車が重たかったので「うーん…、意外とダメかも」って。直前まで追い込んでいたので、体調も疲れ気味でした。現地でも「疲れが取れていれば走れます」とは言っていたんですが、思いのほか重かったなと。となると、「自転車が悪いのかなぁ」みたいな。7月ぐらいから新車を使っていて、その自転車の感じが良かったし、寬仁親王牌はそっちに戻すつもりでいます。

ーー久留米では「筋力的に進化し、数値的には一番良い」というコメントもありました。

諸橋 だいぶ計画的にトレーニングができたので、数値的には一番出ているし、あとは上手く噛み合えば!って感じだったけど…、あまり結果として出なかったですね。「残念や〜」と思いながら「年齢かな〜」とも思ったり(苦笑)。数値は上がっていても体力は確実に落ちているから、その辺を考慮してどんなもんかなっていうのはあるんですけど、なかなか難しくて。筋力だけゴリゴリにしても、自転車は出ないってことですね。

ーー新潟は雨に雪、年間を通して天候に左右される環境だと思うのですが、練習はどういう工夫をされていますか?

諸橋 そうですね、あまり環境としては良い方ではないと思います。練習内容は…まぁ、言えませんけど(笑)。

ーー企業秘密ですか(笑)。

諸橋 です(笑)。やっぱり自分でも冬は力が落ちる実感はありますよ。外で練習するっていう選択肢がまずないので。県外の選手は寒くても天気が良いから、色々と考えて「今日は晴れているからここに行こう」とかあるけど、僕らには選択肢がない。でも、寒いところは寒いなりに良さがあって良い練習メニューがあるんですよ。それでも、やっぱり他のところよりは厳しいかなとは思いますけどね。

関東地区の勢いと現在の立ち位置、ナショナルチームの活躍とスピード競輪について

関東地区について(撮影:北山宏一)

ーーオールスターでは眞杉匠選手が優勝、立川記念では森田優弥選手が優勝。頼もしい若手が活躍し、関東勢の流れが良いように感じますが、どう見ていますか?

諸橋 うーん。まだナショナルチームが出てきていないですし、その点を考えると、良いとはまだちょっと言えないのかなっていうのが正直なところですね。

 ワッキー(脇本雄太)もオリンピックの時に2年ぐらい国内の競輪に出ていない時期があって、その頃のレースは『THE・競輪』みたいな展開が多かったんですけど、ナショナルチームが走るとカタカナの『ケイリン』になっちゃうので。そうなると、なかなか関東勢も少し厳しいのかなって。関東にはナショナルチームがいないですしね。結果が出ているので、僕も今の関東の流れは良いとは思う。ただ、勢力図での総合力で言うと難しいところに位置しているかなと。

 ちょっと前までは、そうだなぁ、ヨシタク(吉田拓矢)、眞杉の出たての頃とか4、5年ぐらい前までの関東は一番良い流れだなと感じていた。(平原)康多もまだガンガン、タテに踏んでいる時だったので。

ーーたしかに。若手有望株が多く、関東黄金時代を期待していた人も多かったはずです。どの辺りで歯車が狂ってしまったのでしょうか?

諸橋 ワッキーが競輪に復帰して、深谷(知広)が南関に行って。あとは新山(響平)の活躍も北日本にとっては大きいですね。で、九州には山崎賢人がいるし…みたいな。中四国は清水(裕友)、松浦(悠士)が出てきた。そう考えると、関東勢はなかなか難しいところにはいるなって思いますね。

ーー1人の選手の台頭で、地区の勢力図は大きく変わりますね。

諸橋 だいぶ違いますよね。深谷が南関へ移籍したのは厳しかった。深谷-郡司(浩平)で並んだり、深谷、松井(宏佑)、郡司、最近だと北井(佑季)か。ここら辺が並んじゃうとキツイですよね。今の南関はだいぶ強い。

ーー時代と共に競輪も変わって、今のスピード競輪について感じることはありますか?

諸橋 時代の流れだから仕方ないですし、ワッキーの時代が来て、今はナショナルチームという次世代が来ているじゃないですか。中野慎詞に太田海也、あとはスピードのある犬伏(湧也)とか。新山もそっちの部類かな。その辺りが出てきて、だいぶスピードが上がってきましたよね。なんかもう全然、僕たちの10年前とはワケが違うなって。だから、僕たちの練習もだいぶ変わってきていますよ。どこまで抵抗できるかっていうね。

「もう常にトップでは戦えない」自身の変化、ずっと大事にしていること

デビュー27年目を走っている今(photo by Shimajoe)

ーーデビューして27年目、気持ちや体的な部分も含めて、ご自身の中で変化はありますか?

諸橋 そんなにもう常にトップで戦えないので、どっかで1つ『ヒット』があれば良いなぁって感じで、そのぐらいですね。今まではGIで決勝や準決勝に常に乗れていたけど、それができなくなってきて、今は準決勝に行けるか行けないかの難しいところなので。1回ヒットすればと思って、その1回のために頑張ろうとやっています。

ーーヒットの積み重ねが結果に繋がれば、ということでしょうか?

諸橋 ヒットの積み重ねというか1回で良いんです。年に1回、2年にいっぺん、そのぐらいでも良いから。でも問題なのは、上をずっと見続ける努力やトレーニングに対する気持ちの面で大変ですね。

ーーモチベーションの維持ですか。

諸橋 なかなかそこは年齢とともに難しくなってきていて。「いやいや、まだまだですよ」って言うんですけど、分かってる、そんなのは分かってるけど、体は言うことを聞かないんです。「1回でも良い、もう1回ちょっとチャンスがあれば」っていう風に思って上を見続けることの方が考え方としては大事なのかなって、最近は思います。

ーーでは、逆に今も昔も変わらないことや大事にしていることは何でしょう?

諸橋 簡単に言えば『気持ちが大事』だとは思うんですけど…。うーん、どういう感じかな。もう淡々とやっていますけどね。

ーー淡々と、ですか。気持ち的な部分で波を作らずに?

諸橋 はい、淡々とやることが何よりも大事かなと。何かに、試合ごとに一喜一憂すると、テンションが落ちちゃったり、上がったりすると、それさえも無駄かなと思っていて。そうではなくて淡々とやって、いずれ来るチャンスのために、ひたすらひたむきにやるっていうことの方が大事かなと思います。

刺激を受けている同世代の選手、戦友・平原康多の存在について

ーー年齢の話もありましたが、刺激を受けたり、尊敬する選手はいらっしゃいますか?

諸橋 刺激を受けているのは、やっぱり1つ上の(佐藤)慎太郞さんや小倉(竜二)さん。あとは1つ下の成田和也かな、みんな近い年齢なのでね。その辺が頑張っているのを見ると「俺もやれる」って思えますね。関東で言えば、武田(豊樹)さんも頑張っているし、康多は近い存在なので、尊敬しつつ色々と言い合ったりもしてきているので。

諸橋と同年代、小倉竜二(左)と佐藤慎太郎(撮影:北山宏一)

ーー平原選手とはどういったことを話すのでしょうか?

諸橋 練習から関東の勢力図、あとは後輩の考え方とか、他愛もないことを話していますね。たまーに自転車のセッティングについても話をしたり。体格も脚質も違うし、ちょっと難しいところはあるんですけどね。

ーー今年の平原選手は怪我の連続でしたが、少しずつ状態が戻ってきていますね。

諸橋 ああいう強さを持った人間が上にいないと、意外と崩れちゃうんですよね。力が落ちてきたとしても、存在が大きい人が1人はいないと。関東地区のためにも、もうちょっと頑張ってもらわないと、とは思っています。

ーー関東にとって平原選手だけじゃなく、武田選手や諸橋選手の存在も大きいと思いますよ。

諸橋 僕は全然(笑)。ただ、来る者は拒まずで後輩が来れば一緒に練習はしますよ。でも、自分から何か言うことはないですね。あんまり人に対して思い入れがないというか、僕は冷徹な男なので(笑)。あはは、自分のことで忙しいんですよ。自分のことに集中したいなと思っていて。本当にあと何年もないと思っているし、1年どころか1ヶ月、1ヶ月だなと思っている。

ーーあと何年もない、ですか。

諸橋 うーん。実際に点数も落ちてきたし、そんなに恵まれる番組でもなくなってきた。何か1つチャンスがあったときに、しっかり準備できていないと動くものも動かない。そこだけはしっかり準備しておこうと。

レース後に諸橋を労う平原康多(photo by Shimajoe)

番手の極意と強さの定義「怪我に強い人」

ーー番手としての役割、極意はありますか?

諸橋 極意…。一番はやっぱり、先行選手に信頼されるのが良いですよね。「付いているから頑張ります」って言って先手を取ってくれたりすると、俺もそれに応えないとダメだなと思うし。自分でもできるような競走になってしまうと「付かなくても良いな、自分でやった方が良いな」って。

ーーたしかに。それではお互いにラインとして機能しないですね。

諸橋 人間対人間なので難しいところはあるんですけど、自分でもできる競走をされるんだったら、自分で捌いたりして動いた方がまだ納得もいくし、前々にもいられるしと思うので。そこは難しさがありますよね。

ーー以前と比べると、選手の考え方も変わってきているのでしょうか?

諸橋 それはありますね。でも、自分もその時その時に順応していかないとダメで「俺が俺が」だなんて言っていられないですから。大ギヤブームの時は体を大きくしたし、今はちょっと絞っていたりもするし、時代によって自分も合わせていかないダメだと思っている。そこは上手く適応できるように考えてやってはいます。

ーー諸橋選手が考える「強さ」の定義ってありますか?

諸橋 圧倒的にパワーがある人は誰が見ても強いって言うけど、僕が思う「強い」はやっぱり“怪我に強い人”だと思いますね。

ーー怪我ですか?

諸橋 怪我しても、すぐに復帰したり、落車した次の日も走る「精神力」とか。そういうのって自分も経験してきたことだけど、なかなか難しいんですよ。「お前、まだ治ってないだろ」って思うけど、ちゃんとした競走やるから凄いなって。まだダメージがあるのに走るっていう、その精神力の強さ。

僕も色々と教えられて怪我を治しながら、次は走った方が良いとか走らん方が良いとか、色々と考えながらやっています。よくやるよなって思うんですけど、トップの選手たちは大概みんなそんな感じですよね。

ーーまさに『不撓不屈の精神』と言いますか、真っ先に小倉選手が浮かびました。

諸橋 小倉さんもだいぶダメージはあると思うんですけど、普通にひょいひょいしているから俺と同じ部類の人だなって(笑)。

ーー私たち凡人からしたら、競輪選手は異常です(笑)。

諸橋 いや、もう交通事故ですからね(笑)。スピードが出ている中で地面に叩きつけられて、生傷を作って痛くないワケがないんですよ。ろっ骨の骨折は怪我には入らない。え、小倉さんも同じことを言っていた?(笑)。

 康多だってそう。しっかり走って何もなかったように競走に来るから大したもんだなと。成績こそちょっと落ちてきているのはあるけど、体にダメージがある中でちゃんとしっかりレースに来て、何ともないように走るっていうことが凄いなと思って。それが強い選手が持っている「精神力」なんだと思いますね。

地元で迎える大一番・寛仁親王牌にかける思い

ホームバンクでの躍動を誓う(photo by shimajoe)

ーー最後に地元開催の親王牌に向けて、意気込みをお願いします。

諸橋 ここに合わせて照準を絞って今年はやってきているので、一応、計画的取りにやってこられたし、淡々とトレーニングを順調にやってこられた。あとは、もう結果が出ればなぁという気持ちだけ。こればかりは分からないけど。ただ、そうですね…。地元だから結果を出したいっていうのが本心ではあります。

ーー新潟所属では、ただ1人です。

諸橋 甲信越としては何人かいますけど、新潟は僕1人。来年の親王牌はちょっと厳しいかなと思っていて、年齢的にも今年がもう最後かなと。そのつもりでトレーニングを積んできたし、あとは成るようにしか成らんなと。開催まで何日もないけど、今のところはやれることをやってこられたかなとは思います。

優勝した7月の開催はFIだったけど、色々と試せた試合だったので良かったですね。今回も上手く行けば良いなと思っています。気持ちを入れて一走一走頑張るので、応援よろしくお願いします!

地元の大一番で笑いたい(撮影:北山宏一)

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