アプリ限定 2023/09/28 (木) 12:00 99
今年43歳とガールズケイリンでは2番目の年長ながら、レースでは自ら動く「自力」の競走で、2場所連続を含む3度の優勝を果たした加瀬加奈子選手。『先行を貫く姿は格好良い』と若い選手たちが憧れるレジェンドは、どのような道のりを歩んできたのかーー。10月2日から松戸競輪で開催される新設GI「オールガールズクラシック」に出場する加瀬選手が、自身の選手生活を振り返るとともにガールズケイリンへの思いを語ります。(聞き手=奥山雄大・東京スポーツ)
ーーまず選手になったキッカケはなんだったのでしょうか?
加瀬 元々トライアスロン出身で、スイムとランは遅かったけどバイクは割と早かったと思います。そして弥彦競輪の(ガールズケイリン1期生を輩出する)プロジェクトがあったので、そこに入会して選手を目指しました。
ーー興味はもともとあったのですか?
加瀬 自分の脚で大金を稼げる仕事ということで魅力を感じていました。
ーー加瀬選手といえばデビュー当時から先行基本の自力勝負を貫いています。
加瀬 座右の銘が「男道」なので。「男道」はよく言っています。
ーー第1回のガールズケイリングランプリで「ホーム、バック、ホーム(ゴール線)を先頭で通過してこいと師匠から言われたのでそれを目指します!」とコメントしていたのが印象的です。
加瀬 そんなこともありましたね…その時は結果を出せませんでしたが、でも先行はできました。
ーー代名詞ともいえる「先行」への思いは今も変わらないのでしょうか?
加瀬 やはり競輪は「先行」ですよね。カッコイイ、王道、花形、っていうのもあるけど、何より安全面の部分が大きいですかね。
ーー後ろにいるとアクシデントに巻き込まれるリスクも高くなってしまうということですか?
加瀬 そうですね。それに私はもともとダッシュマンではないので、捲りに回ってもあまり車が出ない。産後はさらに捲りが出なくなりました。
ーーでもラインのないガールズで先行するのは大変では?
加瀬 確かにガールズで先行するのはいばらの道です。でも私の場合は地脚を生かして、苦しくても1周駆けた方が着に食い込めるってことがわかってきました。ですので最近は、先行にこだわっているというより「勝つための手段」として先行しています。それに、前にいるからこそ展開に恵まれる、ということもあります。
ーー今年は8月の青森、9月の地元弥彦と連続優勝もありました。また一段と先行力が上がっているように感じます。
加瀬 どちらも展開が良かったのはありますが、普段、先行基本のレースをして前々に攻めているからこそ恵まれたのかなと思っています。
ーー43歳でも自力の競走を続けられる秘訣はなんでしょうか?
加瀬 うーん、練習内容とかですかね。私はアマチュアのころから変わらずに同じ練習というか「自力の練習」をしています。今も男子のアマチュア選手とも同じ練習をやっていますよ。若い子たちが『1000メートルやります! 加瀬さんもやりますよね?』って言えば「じゃあやるか」って一緒にモガきます。
ーー1000メートルはかなり苦しい練習と聞きますが、そういった鍛錬の積み重ねが強さの秘訣なのですね。
加瀬 ガールズケイリンはラインのない単騎なので、タテ脚が基本になります。自力の練習っていうのが生きているのかもしれません。「安全」で「強い」そして「カッコいい」のが先行だと思っていますし、それができるようにしっかり練習をしています。
ーーデビューから11年が経ちました。
加瀬 いやー、年を取ったなと感じます。現在は43歳ですけど、競輪学校(当時)に入ったのが30歳くらい、デビューしたのが32歳でした。
ーー何もないところから1期生がガールズケイリンの歴史を作ってきました。
加瀬 最初は前輪がバトン(ホイール)、後輪がディスク(ホイール)、ウェアはボレロワンピース。一部の男子選手からは客寄せパンダなどと言われたこともありました。開催場も平塚、京王閣、松戸の3場だけ。もちろん賞金も今よりかなり少なかったです。また、トイレが少ない、風呂の時間も場所によってはメチャクチャ短いなど、環境が整っていない状態のところからガールズケイリンが始まりました。
ーー確かに最初のころは、レース以外の問題点がたくさんありました。
加瀬 今の若い子たちにそういった話をすると『えっ、そうだったんですか』って驚く人もいます。もう完全に「風化」してしまったのだと思います。そして、こんな時代があった、というのを語り継ぐ1期生もだんだんと少なくなってきてしまいました。
ーー今のガールズケイリンの環境があるのは1期生の功績がかなりあると思います。
加瀬 私たち”先人たち”が「ああしてください」、「こうしてください」って戦いやすい、戦いに集中できるような環境に変えてきました。でもいろいろと声を上げて戦っていた先人たちが、さっきも言ったように少しずつ減ってきてしまいました。
ーー今の環境があるのは”当たり前のことじゃない”ということを若い選手が理解してくれるとうれしいですね。
加瀬 もちろん、古い者、弱い者は淘汰されて、若いこれからの子たちが脚光を浴びる世界だとは思います。ですが、古い昔からの人の声というのも大事だと思います。新しい人、古い人、全ての声が届く世界であることを願っています。
ーー歴史を刻んできた先人たちの声も反映できれば、より良いガールズケイリンになっていきそうですね。
加瀬 例えば、年配の方たちに古い知識や昔はこうだったんだよといった話を言われると、”うるさいな”って感じる若い人はいると思います。ですがその中にはすごく大事なこと、伝えたいことも混ざっていると思います。新しい声だけではなく、時代を作ってきた人の声も聞いてほしいと感じます。
数年したら先人たちが、みんないなくなってしまう可能性があるかもしれません。もしそうなったらガールズケイリンはどうなっちゃうの? という思いはあります。歴史を理解して、みんなでよりよいガールズケイリンを作り上げていきたいなと考えています。
ーーここまでの11年間で一番キツかった時期はいつですか?
加瀬 これは…時期というより、勝ってヤジられた時です。
ーーそんなことがあったのですか? レース内容が良くなかったとかでしょうか?
加瀬 いや、先行して逃げ切ったのに、ヒドいことを言われていました。
ーーそれはキツいですね…。
加瀬 例えばオリンピックでメダルを獲ったり活躍した選手は、必ず称えてもらえますよね。もっと可愛い子に勝ってほしかった、などと言ってメダルを獲得した選手をディスるなんて、ありえないはずです。
ですがガールズケイリンではそういう悲しいことが実際に起こっていました。「加瀬! 何で勝つんだよ」とか「加瀬! おまえは来なくていいんだよ!」とか「加瀬! やめちまえ」とか言われて。勝ったのに、なんだかなぁ〜って思いました。
ーーそんなことがあったのですね…。
加瀬 別にチヤホヤされたいわけではないけど…逆に、脚力がなくて見せ場すら作れず着にも絡めなかった選手に対して「〇〇ちゃん、よく頑張った、明日も応援するね」とかいう声を聞くと、競輪選手ってなんなんだろう、プロスポーツ選手じゃないのかな? みたいに"なんだかな"と複雑な気持ちになってしまいます。
ーー選手は声援が力になるとよく言いますが、逆に大きく傷つけることもあるということですね。
加瀬 まあでも、今はもうそれが仕事だと思って、ファンに叩かれても、どう周りから言われようが気にならなくなりました。だって家に帰ったら、かわいいかわいい娘が喜んで待っていてくれますから。
ーー加瀬選手は大きなケガも何度かされています。特に15年12月の四日市で落車した際にはしばらく意識がなかったと聞きました。
加瀬 頭から落ちてしまい「急性硬膜下血腫」と診断されました。数時間、意識がなかったそうです。
ーーそれでも3か月後にスピード復帰しました。復帰するにあたって恐怖心などはなかったのですか?
加瀬 転んだ時の記憶が全くないので、恐怖心とかはなかったです。今だから笑い話として言えますが、娘を出産時はしっかり意識がありました。あの時の痛みは覚えています! 娘を産んだ時の方が痛かったです。
ーー加瀬選手から見て今の若い選手のイメージはどうですか?
加瀬 よくニュースとかで”最近の若い子”はみたいな感じで、問題がある子が多いと指摘されていますが、実際は全然そういった子はいなくて、みんなすごく良い子です。挨拶とかもしっかりできますし、ガールズケイリンに入ってくる選手はみんな人間性がすごく良いと思います。
ーーただレーススタイルはだんだんと変わってきた?
加瀬 最初のころは代謝制度もなかったので、簡単には比べられないですけど…。ガールズケイリンが始まって間もない頃には、とにかく先行、先行、と風を切り、最初は全然着に残れなくてもそれでも先行して、最初は7着だったのが6着、5着になって、そのうち確定板に入れるようになって…と、時間をかけて力を付けていった選手もいました。
今は競走得点のことも考えないとだし代謝制度があるので、その頃に比べて先行にロマンはなくなってきているのかもしれません。でもビッグレースで児玉碧衣選手や奥井迪選手が先行で逃げ切っているのを見て"先行ってカッコイイな"って思う若い選手が増えてほしいな、とは思いますね。やっぱり先行は華々しいですから。
ーー最近は「自在」とコメントする選手が大多数です。
加瀬 もちろんそれぞれ得意な戦法があるし、点数が取れないと1年半で代謝になる恐れもあるので、自在が悪いとかそういったことは思っていません。ただ、先行とまではいかなくても、自分でレースを作る選手はどんどん出てきてもらいたいですし、そういう選手はカッコいいなと思います。
ーー加瀬選手が感じるガールズケイリンの今後の課題はなんでしょう?
加瀬 さっきのキツかった話とつながるのですが、"ガールズケイリン選手"とはなんなのか、業界全体が考えていかなければいけないと思います。求められているのは可愛さなのか強さなのか。可愛ければ危ないレースをしてもいいのか。良いレースをしても可愛くなければヤジられて…それはどうなのかなと強く思います。私たちはアイドルではなくて車券の対象になっているプロスポーツ選手ですので。良い走りをした選手、車券に貢献した選手がもっと称えられるようになってほしいなと願っています。そこはぜひファンの方にもご理解いただきたいところです。
ーールールや安全面でも改善点がある?
加瀬 そうですね。最近は落車が多いし、危ないレースをする選手も増えてきた気がします。多少危ない動きをしても着に絡めば良い、みたいな判定も正直よく見かけます。曖昧な判定、ルールがあるのも落車の要因になっていると思います。
ーーガールズケイリンは落車がないという前提で始まり、カーボンフレームを使っています。ただカーボンフレームで落車した際の危険度については以前からいろいろな意見が出ています。
加瀬 極論ですけど、男子みたいにヨコの動きも解禁して、その代わりにカーボンフレームを廃止して男子と同じく鉄のフレームにするとか。ヨコ解禁はやりすぎだとしても、鉄に変えるのは一つの案だと思います。車輪もディスクから今のスポーク統一に変わった実績があります。変えようと思えば変えることはできると思うのです。
ーー落車によって生死の境をさまよったことのある加瀬選手の言葉は非常に重く感じます。
加瀬 大きな事故が起こってからでは遅いですから。命を落としたガールズ選手は幸いにもまだ出ていないですけど、このまま対策をせずに続けていくと…、という危機感はあります。とにかく、危ないなと気になった改善点は、積極的に変えていってほしいと思います。
ーー今年からガールズGIが新設されました。これは前向きな出来事のように感じますが、加瀬選手の率直な思いは?
加瀬 GI設立というのは素晴らしい発展だと思います。ただ、他にももっとやるべきことは、たくさんあります。例えば宿舎のトイレなどの環境や、女子だけ前検日の入り時間が早いだとか…。まだまだ男女平等とは程遠い現状なので、ガールズ選手が「快適に頑張れる職場」になるように、私たちも気づいた点はどんどんと提案していくつもりです。
ーー「主婦」「母」「選手」の"三足のわらじ"を履いていますが、開催がない時はどういった生活サイクルなのでしょうか?
加瀬 練習は基本的に午前中に行っています。実家で暮らしているので、料理や栄養管理などは実の母に独身の頃から今まで管理してもらっています。その他の家事については家族で分担して行っています。母が元気なうちは母の力も借りながら、という感じです。
ーー愛娘の「米(まい)ちゃん」の存在が活力になっている?
加瀬 それは間違いないです。今は保育園に通っているのですが、普段は開催とかで家にいない事が多いので、レースがない日はなるべく早く迎えに行きたいと思っています。マッサージやゆっくりお風呂に入って体のケアをすることも競輪選手にとってひとつの仕事ですが、「娘と一緒に過ごす」というのは私にとって最大のモチベーションで「一番大事な仕事」です。練習ももちろん大事だけど、娘と過ごす時間をすごく大切にしています。
ーー「米」ちゃんという名前が素敵ですよね。
加瀬 米どころ長岡の精神を忘れずに世界に羽ばたけ、という思いで付けました。ただ、今のところはラーメン、うどん、パスタとか小麦系の方が大好きです。普段お米が基本なので、ラーメンとかの方が特別感があってうれしいのかもしれません。
ーー加瀬選手と言えばお酒が好きなイメージがあります。
加瀬 昔はよく飲んでいました。たまにベロベロに酔っぱらってしまうこともありました。ですが娘が産まれてからは、かなり量が減りました。今は夕飯の時にちょろっと嗜む程度です。
ーーいつまで現役を続けたいと思っていますか?
加瀬 娘の義務教育が終わるまでは続けたいなと考えています。
ーー少なくともあと10年は現役を続けたいということですね。
加瀬 娘の義務教育が終わるころは私が55歳になっています。その時になったら『じゃあ60歳まで頑張ろう』って言っている気がします。
ーーまもなく松戸オールガールズクラシックが始まります。最後に意気込みとファンへのメッセージをお願いします。
加瀬 ちょっと長いですけどいいですか。
私はもう43歳で一児の母親です。男道とか言ってキャラづくりもしているけど人一倍女々しいところもあるし旦那にたくさん競輪の弱音を吐くこともある。人に冷たくされたら何かしたかなって気になるし負けたら悔しくて落ち込むこともある。でも娘が産まれてからは全てがどうでもよくなった。娘のために無事に帰ること。これは私にとってはグランプリ優勝みたいなもの。それで結果が出たり大きいレースに出場できれば最高だけど、もし出られなくても最高です。娘が笑って『まいちゃん、かあたん大好き』と言ってくれる、なので松戸GIでは、娘のために無事に走り、そして勝てたら最高で最強のおかあちゃんです。全力で走ります。応援して下さい!
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netkeirin特派員による本格的読み物コーナー。競輪に関わる人や出来事を取材し、競輪の世界にまつわるドラマをお届けします