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「競輪1本に人生を懸ける」坂口楓華、デビュー7年目の覚醒/パールカップ開催記念特別企画

アプリ限定 2023/06/11 (日) 18:00 40

勝利数と優勝回数はトップを走り、32連勝を達成するなど、今年に入って飛躍的な上昇カーブを描く坂口楓華選手。ガールズケイリンの新しいGIシリーズ「パールカップ」を直前に控えた坂口選手に、好調の要因やパールカップへの意気込みなどをお聞きしました。記事の最後には直筆サインのプレゼントもありますので、ぜひ最後までお楽しみください。(取材・構成 netkeirin編集部)

112期の25歳、今年デビュー7年目を迎えた坂口楓華(photo by Kenji Onose)

不甲斐ないレース後に下したある決断

ーーまずは昨日(取材日6月7日)、最終日だった京王閣(FII)の完全優勝おめでとうございます。決勝は最終1センター手前から踏み上げ、3コーナーからは後続を引き離し、4車身差の圧勝でした。

楓華 ありがとうございます。パールカップ前、最後のレースだったので目一杯踏みました。

ーー2日目までとは動きが一変したように見えました。

楓華 初日と2日目は自分で動く選手が少なかったことや、疲れからくる身体の重たさも影響していたのかもしれません。でも、決勝は疲れも無く身体が良く動きました。

ーーここからは今年の躍進について教えてください。昨年の同時期(1月1日〜6月6日)と比較すると、22勝から37勝、優勝回数は5回から11回に増えました。一体何があったのでしょうか。

楓華 昨年11月から福井の市田佳寿浩(引退=76期)さんに指導を仰ぐようになったのが、すべてだと思います。

ーー市田さんに指導を受けるまでの経緯が知りたいです。

楓華 きっかけは、昨年11月に福井で行われた決勝です。競走得点がそう変わらないメンバーが揃った一戦で負けてしまったんです。自分に猛烈に腹が立って、デビューしてから最も悔しくて泣きそうになるくらいでした。

ーーこんなところで負けた自分にショックだった。

楓華 はい。2021年はグランプリ出場を目指したこともあり、96走と自己最多の出走数でした。グランプリには出場できましたが、昨年は体調を崩したり、バランスが整わなかったりと、反動が出てしまった感じです。明確な目標もなく、自分は何がしたいかのか曖昧なまま走っていた。だから、身体も頭もリセットしないといけないと、ずっと考えていて、市田さんとじっくりお話できる機会をうかがっていたんです。

2021年にはガールズグランプリに初出場(photo by Shimajoe)

 ちょうど市田さんが福井の中継で決勝インタビュアーをされていたので、自分のレースが終わった後も競輪場に残り、市田さんを出待ちしました。その時に「強くなりたい、練習を見て欲しい」と、思いをぶつけたんです。

ーー市田さんはどのように受け入れてくれましたか?

楓華 「福井に宿泊して道場に来なさい」と声をかけてもらいました。自分の練習拠点である豊橋にはすぐ帰らず、宿を取って話をさせていただき、翌日から"市田道場"で練習を始めました。

ーー現在も福井で練習されているんですか?

楓華 普段は自宅で市田さんに作成してもらったメニューに沿って練習しています。競走が空いた時に福井に行き、合宿形式で練習するスタイルです。

ーー市田さんと言えば、昨年のガールズグランプリを優勝した柳原真緒選手(26歳・福井=114期)の師匠として知られています。柳原選手の存在は意識されていたんですか?

楓華 真緒を意識するというより、自分が強くなるためのベストな方法が市田さんへの師事でした。私がレースで福井に行くたびに、市田さんは気に掛けてくださってお話をする機会はあったんです。もちろん真緒の優勝を目にして、自分も上を目指して練習を続けようという気持ちになりました。

photo by Kenji Onose

市田の前で宣言「人生を競輪に1本に懸けます!」

ーー市田さんの指導で練習に変化はありましたか?

楓華 練習時間が増えました。1日中練習しています。昼休憩を長く確保したいので、消化を逆算して昼食時間を気にしたり…時間に追われていますね(笑)。でも、量より質の高さが一番の変化かもしれません。基礎メニュー中心ですが、しんどいですよ。

ーーご自宅で練習される時は一人ですよね。誘惑に負けてしまうことは…?

楓華 仲間とバンク練習することはありますが、自宅での個人練習が中心です。練習を減らしても誰もわからへんと思いますし、サボることは簡単ですが、レースで返ってくると思うんです。それに、強くなりたいと思った自分の気持ちや市田さんを裏切りたくない。苦しくなったらタイトルを獲るんだと言い聞かせています。

ーー昨年こそ成績を落としましたが、20年、21年は獲得賞金ベスト10入り。これまでの延長線上でも無難な選手生活を送ることは可能だったと思います。それでも変化を求めた理由は?

楓華 タイトルです。これまでビッグレースに4回出走し、最高着順は松阪コレクションの2着。ガールズケイリンのレベルは年々上がっていますし、何十年と結果を出し続けられるような甘い世界ではありません。選手としてのピークはあると思いますし、いま、私は25歳ですが、年齢を考えると、ここから3年ぐらいが良い時期じゃないかなと。

ーータイトル獲りへスイッチが入った。

楓華 入りました。私は自転車歴が長くて小学3年生から15年間ぐらい乗っています。30歳で乗車歴20年…それを考えた時に、何も結果が残らなかったら悲しいじゃないですか。将来子供ができた時、子供に何も自慢できないじゃんと(笑)。小さい頃から自転車に乗って、ガールズケイリン選手になって、その証として何かを残したい。私にとってはそれがタイトルなんです。

ーー覚悟を決められたんですね。

楓華 デビュー6年目でやっと、長かったです(苦笑)。いまは本気で競輪に取り組めています。市田さんには「人生を競輪1本に懸けます」と宣言していますので、もう後には引けませんね。

photo by Kenji Onose

ライバルに敗れて連勝ストップも、気持ちは前向きに

ーー市田さんに師事されて約3か月後の1月26日から32連勝が始まりました。連勝中はどんな気持ちで走っていたんですか?

楓華 それが特に何もなかったです。2020年に15連勝をした時は「どんな決まり手でも構わないので勝たないとダメ」とガチガチに勝ちを意識していましたが、今回は1走毎にリセットできました。連勝を伸ばすたびに、記者の方から話を振られたりもしましたが、自分の力を出し切ることだけを考えて淡々とレースに臨めていたと思います。

ーー2場所前の岸和田(FII)決勝で2着に敗れ、連勝はストップします。1着だったのはパールカップにも出場する久米詩選手です。連勝が止まったことをどう受け止めたのでしょうか。

楓華 32連勝中も、正直自分に自信はありませんでした。だから、市田さんには「児玉碧衣選手(28歳・福岡=108期)が持つ35連勝を塗り替えたら自信になります」と話をしていました。強くなった確信が欲しかったんですね。でも、決勝で負けてしまって…反省はしましたが、内容に悔いはありません。僅差でしたし、今度同じような展開になれば勝てると思いました。

ーーすぐに気持ちを切り替えられたようですが、レース後、市田さんとお話されましたか?

楓華 はい。レース直後は自分と他の選手を比較して「私はこんなに練習しているのに年下の選手に負けて…」など、ネガティブな感情に捉われたりもします。市田さんはすべてお見通しで、岸和田の決勝後にいろいろ吐き出しながら感情の整理ができました。

ーー岸和田の決勝があったからパールカップにつながったと、後々振り返られれば良いですよね。

楓華 あのまま連勝が続いていたら、ガールズ新記録の36連勝でパールカップに臨む可能性もあったので、プレッシャーがヤバかったと思います(苦笑)。車券を買われるファンの方や記者の方からの眼が凄かったと思うんですよ。ビッグレースなのでプレッシャーが無くなることはありませんが、連勝記録という重しは無くなったわけですから。連勝が止まったことを、いまはポジティブに捉えています。

photo by Kenji Onose

ーー昨年、ガールズケイリンのレース体系の変更が発表され、パールカップを含めて3つのGIが誕生しました。どこかでピークの山を作ることは考えていますか?

楓華 GIができたことについてはタイトル獲得のチャンスが増えたのでワクワクします。ちょうど、京王閣に入る前、GIに向けての体調やモチベーションの合わせ方、保ち方を市田さんに相談したんです。市田さんからは「普段通りが一番良いよ」とアドバイスをもらいました。自分の場合は器用ではないので、普段通りで臨みます。

ーー意識する選手はいらっしゃいますか?

楓華 特定の選手に勝ちたいみたいなものはありません。強い選手と自分が苦手な選手にフォーカスして、どう組み立てれば自分の力を出すことが出来るのかだけを考えます。

ーー恐ろしいくらい冷静ですね。パールカップは通常開催の勝ち上がりと異なり、予選と準決勝は東西地区に分かれての戦いになります。

楓華 ガールズケイリンは男子のようにラインがなく個人戦ですが、普段からよく知っている同地区や西日本の選手と予選で対戦するのは複雑ですよね(苦笑)。まずは西日本の予選、準決勝と勝ち上がって決勝に進みたいです。

ーー自身5回目のビッグレースです。ビッグに対して感じていることはありますか?

楓華 メンバーが強いので、どの位置で走っても疲れるのがビッグです。恐怖もありますが、今回は自分の力がどこまで通用するのか楽しみな部分もありますね。

ーー展開はどのように考えますか?

楓華 パールカップに限らず、展開は必ず考えます。でも、考え通りに進むことはほぼありません。だから「こんなに後ろにいたら勝ち目ないやろ」とか「厳しい位置になった場合どう切り抜けるのか」など、負けパターンも含めてたくさん考えていますよ。メンバーは事前に発表されるので、ある程度は組み立てて競輪場に入ります。競走には選手の性格が出ますし、ヒントはあります。

photo by Kenji Onose

ーーなるほど。競輪ファンにとっても参考になるお話です。坂口選手が目標とする選手はいらっしゃいますか?

楓華 女子では石井寛子(37歳・東京=104期)選手です。誰よりも勝つことに貪欲でストイック。スケジュールを見せてもらった時、その過密さに驚き、「ああ、何も考えず走っているだけの自分はダメなんだ」と痛感しました。私の場合、寛子さんのような一流の方たちと比べると休んでいる時が多かったですね。

 男子では古性優作(32歳・大阪=100期)選手。技術やメンタル、わからない事は何でも質問します。強面に見える? 全然そんなことはないですよ! 気さくな関西のお兄ちゃんです(笑)。古性さんみたいに自転車を自由自在に操れたら楽しいだろうなと、思いますね。

白星量産を支えるスピード「全身でペダルを踏めるようになった」

ーー改めて今年、結果を残せている要因をどう分析されていますか?

楓華 競輪に没頭しているのが結果につながっていると思います。寛子さんじゃないですけど、競輪の事しか頭にない人にどうやって勝てるんだと。いまは遊びたいという気持ちも無いですし、それよりも結果を残したい。市田さんの教えを忠実に守ることができているのが大きいですね。

ーー市田さんの教えをすぐ結果に結びつけられる坂口選手の凄さを感じます。

楓華 長く自転車に乗っていることで、養われた体力や経験が多少は活きていると思います。市田さんから教えてもらった乗り方もすぐにできるものじゃないと言われたんですよ。特殊なので身体の使い方を意識しないといけない。真緒にも「すぐに習得したら私の努力が…」と言われたこともあります。まだ自分も完璧ではないですが、結果に結びついてきたのは積み重ねがあってのことだと思います。

ーー「乗り方」についてもう少し具体的に教えていただけますか?

楓華 全身が使えるようになりました。女子選手は全般的に上半身の力がないので、脚の力に頼りがちになり、わたしも上半身を使えていませんでした。それがいまは全身でペダルを踏めるようになってきたんです。サドルの位置や角度、ハンドルの高さを調整しながら、より良い乗り方を追求しています。

 2年前だったと思いますが、松浦悠士(32歳・広島=98期)選手に、身体の使い方や自転車の乗り方を質問したことがあるんです。事細かに教えていただいたんですが、レベルが高すぎて、その時は理解できなかったんです(苦笑)。でも、いまは松浦さんが言っていたことがつながってきました。

ーーレースでどんな効果を発揮するのでしょうか?

楓華 教わった乗り方で乗るとペダリングが良くなり、スピードが出るようになりました。古性さんや(高木)真備さんといったグランプリレーサーにも聞きましたが、お二人に共通しているのはペダリングを大事にされていることです。ペダリングで決まるといっても良いぐらい。

ーー習得中のフォームはプレッシャーがかかった場面で元に戻ることはないんですか?

楓華 戻らないために基礎練習をしています。フォームが崩れないように乗るので、地道でしんどい。ワットバイクや電動ローラーで長時間乗るので筋肉痛になりますよ。レースでは覚えこませたフォームが崩れないように、雑なレースをしないように気をつけています。1戦1戦良くなってきているのは感じますね。脚が理想的な角度で入るようになってきています。

慎太郎さんのようにファンに愛される選手になりたい

ーー競輪に没頭されている坂口選手ですが、リフレッシュ方法はありますか?

楓華 室内練習が多いので外に出たくなります。ただ、人混みは疲れますし、自然の中で癒されに行くことが多いです。あとは食べること。焼きそば、魚が好きなのでお寿司ですかね。贅沢したい時は宅配のお寿司を家族で食べることが多いですね。

ーー普段の食事は自炊ですか?

楓華 実は今年から母に食事のサポートをしてもらっています。母は長く続けてきた看護師の仕事を辞めて、私の拠点に引っ越してきてくれたんです。私の目標であるタイトル獲得のために来てくださいました(笑)。

ーー素敵なお話ですね!

楓華 母は「楓華を日本一にさせる」って話していますし、母のためにも日本一のタイトルを獲りたいんです。

ーー坂口選手はルーティーンや願掛けをするタイプですか?

楓華 元々、神社仏閣が好きで、神様の存在を信じるタイプです。レース前は神社に行ってお参りして競輪場に入ります。そういう目に見えない力を信じて、あとは落車とかあるので、発走前に塩をまいて清めることはあります。

ーー坂口選手にとって価値のあるレースとは何でしょうか?

楓華 昨年までは、自分から脚を使って勝つスタイルではありませんでした。特にビッグレースでは強い選手の後ろに位置を取る着狙いのスタイル。だから、位置が取れなかったら大敗もあります。それではタイトルには届かないと思うんです。

 これはあくまでも、私の考えになりますが、着狙いのスタイルは別に悪いことではなく、位置を取って最後に差す脚があるということですから、それは凄いことなんです。でも、いまの私は、他の選手の後ろにぴったり付いての勝利では満足できない。風を切って勝利するレースにこそ価値があると思えるようになりました。

ーー自力勝負の選手が増えていけば、ガールズケイリンはさらに盛り上がりそうですね。

楓華 若くて能力もあるのに「もったいないな」と思う選手はたくさんいます。ただ、最終的には自分が望むか望まないか。自分から強くなりたいと思わないと本気になれないし、変わらないと思います。デビューして7年、多くの選手を見てきましたが、本気になった選手は強い。そういった選手が増えていけば、ファンの方からガールズケイリンは面白いと思ってもらえるのではないでしょうか。

ーー13日からいよいよガールズケイリン初のGIパールカップが開催されます。最後に記事を読まれているnetkeirinのユーザーのみなさまにメッセージをお願いします。

楓華 私のレースを見て、「凄いな、以前と変わったんだな」と感じてもらい、私のことを応援してもらえるファンの方が一人でも増えると嬉しいです。

 なぜこんな事を思うかと言うと、佐藤慎太郎(46歳・福島=78期)選手の存在です。慎太郎さんのファンはアツい方がたくさんいらっしゃいます。誰からも愛されていて、競輪場で野次もあんまり聞いたことがないんですよ。私も慎太郎Tシャツを持っているぐらいのファンですが、同じ選手として自分もファンに愛される選手になりたいと思います。

 すぐには難しいですが、オールスター競輪で投票してもらう際、「坂口に投票しておかなきゃね」という存在になりたいです。SNS時代ですけどSNSだけに頼りたくない。だから、もっと努力してレースでアピールすることで、オールスター競輪に選ばれるような記憶に残る選手になりたいですね。

 32連勝で、周りの見方も変わってきたと思いますし、結果を出さないといけないので、正直プレッシャーもありますが、自分の力を出し切ることだけに集中して走ります。応援よろしくお願いします!

photo by Kenji Onose


 坂口楓華選手の直筆サイン色紙をプレゼントは締め切らせていただきました。多数のご応募ありがとうございました。7月中旬に抽選を行い、順次発送いたします。なお、当選結果は賞品の発送をもって代えさせていただきますので、予めご了承ください。

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