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山田裕仁のスゴいレース回顧

【五稜郭杯争奪戦 回顧】嘉永泰斗の“完璧”なる勝利

2023/05/17 (水) 18:00 30

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが函館競輪場で開催された「五稜郭杯争奪戦」を振り返ります。

21年10月の久留米記念以来、2度目の記念優勝を飾った嘉永泰斗。右は函館競輪場のマスコットキャラクター「りんりん」(写真撮影:チャリ・ロト)

2023年5月16日(火)函館12R 開設73周年記念 五稜郭杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①新田祐大(90期=福島・37歳)
②犬伏湧也(119期=徳島・27歳)
③中本匠栄(97期=熊本・36歳)
④和田真久留(99期=神奈川・32歳)
⑤小倉竜二(77期=徳島・47歳)
⑥嵯峨昇喜郎(113期=青森・24歳)
⑦東口善朋(85期=和歌山・43歳)
⑧西田雅志(82期=広島・45歳)
⑨嘉永泰斗(113期=熊本・25歳)

【初手・並び】
←⑥①⑦(混成)④(単騎)②⑤⑧(中四国)⑨③(九州)

【結果】
1着 ⑨嘉永泰斗
2着 ①新田祐大
3着 ②犬伏湧也

開催を通して良いスピードを見せていた嘉永と犬伏

 5月16日には北海道の函館競輪場で、五稜郭杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。ダービー直後の開催というのもあってか、ここに出場したS級S班は新田祐大選手(90期=福島・37歳)だけ。やや手薄なメンバーではありますが、犬伏湧也選手(119期=徳島・27歳)や嘉永泰斗選手(113期=熊本・25歳)といった機動型の選手が総じて好調で、連日いいスピードをみせていました。

 嘉永選手のデキは、とくに素晴らしかったですね。初日特選こそ東口善朋選手(85期=和歌山・43歳)の2着に敗れましたが、二次予選と準決勝は後方から鋭い脚で捲りきっていずれも1着という好内容。また、東口選手は初日特選からオール1着で決勝戦に勝ち上がりと、こちらも調子はかなりよさそうです。決勝戦に勝ち上がった選手のうち7名までが初日特選組と、力のある選手がキッチリ結果を残していた印象です。

 2名が勝ち上がった北日本勢は、嵯峨昇喜郎選手(113期=青森・24歳)が先頭を務めます。その番手に新田選手と、いかにも二段駆けがありそうな布陣。新田選手のデキはそう目立ったものではありませんが、ここが楽に主導権を奪えるようだと、他のラインはけっこう苦しい展開となります。新田選手の後ろの3番手には、好調モードの東口選手がついて、こちらは3車ラインとなりました。

 中四国勢も3車ラインに。先頭はもちろん犬伏選手で、番手を回るのは初日特選や準決勝でも犬伏選手と連係していた、同県の小倉竜二(77期=徳島・47歳)選手。とはいえ、小倉選手は「犬伏選手が全力でダッシュすると離れてしまう可能性が高い」と前々からコメントしていますから、ここは連係を外さずに追走できるかどうかが課題ですね。ライン3番手は準決勝と同様に、西田雅志選手(82期=広島・45歳)が固めます。

 九州勢は、嘉永選手が先頭で番手が中本匠栄選手(97期=熊本・36歳)。嘉永選手も機動力は十分ながら、ここの主導権は嵯峨選手と犬伏選手の争いでしょうから、できれば中団のポジションをとってうまく立ち回りたいところ。今のデキならば、優勝争いが大いに期待できます。そして単騎での勝負を選んだのが和田真久留選手(99期=神奈川・32歳)。主導権を奪うラインの後ろにつけて、一発を狙いたいですね。

 北日本勢が二段駆けに持ち込めるのか、それとも犬伏選手がそんな思惑を粉砕して主導権を奪取するのか…この争いが、まずは見どころといえるでしょうね。それではさっそく、決勝戦の回顧といきましょう。

犬伏を抑えて逃げさせる嘉永のクレバーな走り

 スタートの号砲が鳴っても牽制が入り、誰も積極的には出ていきませんでしたが、最終的には「受けて立つ立場」である新田選手が先頭に立ち、前に嵯峨選手を迎え入れます。

 その直後の4番手に、単騎の和田選手。犬伏選手は5番手からで、最後方8番手に嘉永選手というのが、初手の並びです。車番におおむね忠実な、レース前に想定されていた通りの隊列となって、周回が進んでいきます。そして青板(残り3周)周回で、後方の嘉永選手がゆっくりと浮上。先頭の嵯峨選手を抑えにいくか…と思いきや、彼が選んだのは犬伏選手の外でした。

 動きたくとも動けないカタチとなった犬伏選手は、それでも引かずに併走のままで、赤板(残り2周)のホームを通過。前では嵯峨選手が何度も後方を振り返って、後ろの状況を確認しています。ゆったりしたペースで先頭誘導員が離れないままで、レースは打鐘を迎えました。ここで犬伏選手はようやく自転車を下げて、嘉永選手が5番手、犬伏選手が7番手とポジションが入れ替わります。

踏み出したが遅れた嵯峨昇喜郎(緑・6番)(写真撮影:チャリ・ロト)

 打鐘後の2センターでも先頭誘導員から大きく車間があいたままで、先頭の嵯峨選手が主導権を「取らされる」ような状況。しかし嵯峨選手は逡巡したのか、踏み出すのが遅れています。そこを、最後方まで下げてから始動した犬伏選手が強襲。素晴らしいダッシュで前との差を一気に詰めて、最終ホームでは嵯峨選手のすぐ外にまで進出。最終1コーナーでは前に出切って、先頭に立ちました。

 中四国ラインが捲っていくときに、嘉永選手は西田選手の後ろに切り替えて、前へと進出。しかし、この動きに中本選手はうまく反応できず、連係を外してしまいます。そして前では、レース前に懸念されていたとおり、全力でダッシュした犬伏選手に小倉選手がついていけずに、車間が大きく開いてしまいました。それでもなんとかリカバリーして、小倉選手が2番手で最終2コーナーを回ります。

最終2コーナー、逃げる犬伏湧也(黒・2番)。外から嘉永(紫・9番)が捲る(写真撮影:チャリ・ロト)

 あっさり犬伏選手に叩かれた嵯峨選手は、早々と後退。その後ろの新田選手も、内で身動きが取りづらい厳しい態勢です。ここで満を持して仕掛けたのが、中四国ラインの後ろにつけていた嘉永選手。素晴らしいスピードの捲りで、最終バックでは小倉選手の外に並んで、単騎で抜け出しているカタチの犬伏選手を追います。そして外に出した新田選手も、嘉永選手の後ろに切り替えて前を捲りにいきました。

 最終3コーナーでも、犬伏選手が後続に大きな差をつけて先頭。それを嘉永選手と新田選手が追うという、ライン戦ではない個々の「能力」勝負となりました。最終2センター過ぎでは、いい伸びをみせている嘉永選手が犬伏選手を射程圏に。その後ろからは新田選手が必死で追いますが、まだ前とはかなり差があります。さらにその後ろとなった東口選手や中本選手は、さすがに届きそうにありません。

 そして最後の直線勝負に。ここまでよく粘っていた犬伏選手ですが、直線の入り口で嘉永選手に並ばれると、一瞬のうちに交わされてしまいます。その後ろからは新田選手と東口選手が追ってきますが、嘉永選手との差は詰まらないままで、犬伏選手を抜けるかどうか…といったところ。結局、素晴らしい捲りで先頭集団を一気に飲み込んだ嘉永選手が、そのまま先頭でゴール線を駆け抜けました。

 2着は新田選手で、3着は逃げ粘った犬伏選手。嘉永選手は、2021年10月の熊本記念in久留米以来となる、通算2度目の記念優勝となりました。嘉永選手がマークした上がりは10秒7で、これは1995年6月に神山雄一郎選手が出した10秒8を28年ぶりに更新するバンクレコード。このところ、彼は本当に力をつけていますね。それにこの決勝戦に関しては、戦略面でも他を大きく上回っていた。まさに“パーフェクト”な勝利だったといえます。

まだまだ強くなる犬伏だからこそ敢えて苦言を呈すならば

 嵯峨選手ではなく犬伏選手を抑えにいったことで、ここは「北日本勢が楽に主導権を奪ってからの二段駆けで捲れずに完敗」といった結果になる可能性もありました。なので結果オーライという側面もありますが、そこには犬伏選手のスピードならば嵯峨選手を叩けるという“読み”もあったのでしょう。自らがイメージした通りの展開をつくり出し、その上で最高の結果をもぎ取ったのですから、文句なしですよ。

 2着の新田選手は、嵯峨選手があっさり叩かれるという厳しい展開のなかを、なんとか挽回しての結果。最終バックからの立ち回りはさすがで、よく2着まで追い上げてきましたよね。調子もあまりよさそうには見えないなかで、北日本勢として、そしてS級S班としての責任を果たしたといえる内容です。それに今日に関しては、勝った嘉永選手が本当に強かったというのもありますからね。

 3着の犬伏選手については、嘉永選手が抑えにきたときに、最終的に引くならばもっとすんなりと引いたほうがよかった。さらにいえば、今後のことを考えるならば、引かずに中団にこだわるレースをしたほうがよかったとも思います。というのは、現在の彼は「このカタチならば引く」と周りの選手に思われているから。実際に嘉永選手も、レース後に「引いてくれると思った」とコメントしていました。

犬伏には決勝で思い切ったレースをして欲しい(写真撮影:チャリ・ロト)

 そのイメージを覆すためにも、どこかで「引かない」レースをするべきなんですよ。その場合にどのようなレース結果になったかはなんとも言えませんが、抵抗せずに引くと周囲から思われていることは、競輪選手として大きなマイナス。彼の持ち味である卓越したスピードをもっと生かすためにも、レースの組み立てについてはまだまだ考えていったほうがいいでしょうね。

 ただ、全力のダッシュだと後続が離れてしまいラインが機能しなくなるという点について、悩みすぎはよくない。勝ち上がりの過程においては、そこを意識して走ったほうがいい場合もあるでしょうが、トップクラスが相手の決勝戦でそんなところに気を遣っていては、中途半端なレースにしかなりません。勝負すべきレースでは腹をくくって、もっと思いきった走りをしてもいいと思いますよ。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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