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山田裕仁のスゴいレース回顧

【大楠賞争奪戦 回顧】レベルの違いを見せつけた脇本雄太

2023/04/26 (水) 18:00 39

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが武雄競輪場で開催された「大楠賞争奪戦」を振り返ります。

和歌山、豊橋に続き、早くも今年3度目の記念制覇となった脇本雄太(撮影:北山宏一)

2023年4月25日(火)武雄12R 開設73周年記念 大楠賞争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①脇本雄太(94期=福井・34歳)
②新山響平(107期=青森・29歳)
③山田庸平(94期=佐賀・35歳)
④伊藤旭(117期=熊本・22歳)
⑤大川龍二(91期=広島・38歳)
⑥湊聖二(86期=徳島・46歳)
⑦佐藤慎太郎(78期=福島・46歳)
⑧内藤宣彦(67期=秋田・52歳)
⑨橋本強(89期=愛媛・38歳)

【初手・並び】
←②⑦⑧(北日本) ④③⑨⑥(混成) ①⑤(混成)

【結果】
1着 ①脇本雄太
2着 ②新山響平
3着 ⑦佐藤慎太郎

腰痛からの回復を感じさせた脇本雄太の走り

 4月25日には佐賀県の武雄競輪場で、大楠賞争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。平塚での日本選手権競輪(GI)を目前に控えているのもあり、ここで誰が優勝するかはもちろん、各選手の調子についても気になるところ。なかでも注目されたのが、腰痛の悪化で調子を落としていた印象の脇本雄太選手(94期=福井・34歳)でしょう。現在どのようなデキにあるのか…と、初日から多くのファンが固唾をのんで見守りました。

 初日特選に登場した脇本選手は、新山響平選手(107期=青森・29歳)が主導権を奪う展開で後方8番手からのレースとなるも、そこから豪快に捲って快勝。上がり時計の速さは別次元といっても過言ではなく、復調している様子がハッキリとうかがえました。その後も脇本選手は、二次予選と準決勝でも初日特選と同様に捲って1着。無傷の3連勝で決勝戦へと駒を進めてきました。

 脇本選手以外では、新山選手のデキのよさが目立っていました。初日こそ4着に敗れましたが、二次予選では突っ張り先行から後続を振り切って完勝。準決勝も同様に突っ張り先行からの押し切り勝ちで、番手を回った佐藤慎太郎選手(78期=福島・46歳)も差せずという非常に強い内容でした。復調気配の漂う脇本選手に対して、新山選手は決勝戦でどのように戦うのか、注目されます。

 残念だったのが、準決勝11レースでアクシデントがあり、平原康多選手(87期=埼玉・40歳)や松浦悠士選手(98期=広島・32歳)、吉田拓矢選手(107期=茨城・27歳)など5名が落車してしまったこと。山口敦也選手(113期=佐賀・25歳)以外の4名は最終日を欠場しただけに、ダメージが心配ですね。ダービー直前での落車でもあり、無事と回復を祈るばかりです。

 決勝戦は三分戦に。4車という“数の利”があるのは、九州勢と四国勢が連係する混成ラインです。先頭を任されたのは伊藤旭選手(117期=熊本・22歳)で、番手はここ武雄がホームバンクである山田庸平選手(94期=佐賀・35歳)。3番手は橋本強選手(89期=愛媛・38歳)で、4番手は湊聖二選手(86期=徳島・46歳)が固めます。超強力な別線に対して、果たしてどのような戦略で挑んでくるのか、楽しみですね。

 3車が勝ち上がった北日本勢の先頭は、当然ながら新山選手。番手を回るのは、初日特選や準決勝と同じく佐藤慎太郎選手(78期=福島・46歳)です。そして3番手が内藤宣彦選手(67期=秋田・52歳)という、なかなか強力なラインナップ。そして脇本選手は、大川龍二選手(91期=広島・38歳)との即席コンビで挑みます。主導権を争うのは、おそらく伊藤選手と新山選手でしょうね。

打鐘前から全力駆けの伊藤、冷静に機をうかがう新山、脇本

 では、決勝戦がどのような展開と結果になったのか…さっそく回顧していきましょう。スタートの号砲と同時に飛び出したのは、北日本ライン先頭の新山選手。ここも前受けからの突っ張り先行を考えているのか、迷わずスタートを取りにいきましたね。その後ろの中団4番手につけたのは伊藤選手で、脇本選手は後方8番手からというのが、初手の並び。隊列が決まって、あいにくの雨模様のなかで周回が進みます。

 レースが動いたのは、赤板(残り2周)の手前から。後方の脇本選手がそろそろ動き出すか…と思われたタイミングで、先んじて動いたのは中団の伊藤選手。先頭誘導員が離れるのと同時に、先頭の新山選手を斬りにいきます。突っ張るかとも思われた新山選手は、抵抗せずに引いて中団のポジションへ。先頭に立った伊藤選手は以降もペースを緩めず、なんと打鐘前から全力モードで踏み始めました。

最終ホーム、伊藤旭(4番・青)が果敢に逃げる(写真撮影:チャリ・ロト)

 レースは打鐘を迎え、ガンガン飛ばす伊藤選手が後続を引き離しにかかりますが、中団の新山選手は慌てずに、前との車間をきって追走。さらにその後方に脇本選手という縦長の隊列で、最終ホームに戻ってきます。そして最終1センターで、中団の新山選手が前を捲りに始動。3番手の内藤選手がダッシュについていけず離れてしまいますが、新山選手はみるみるうちに差を詰めて、前を射程圏に入れます。

最終2コーナー、新山響平(2番・黒)が捲りを放ち、逃げる伊藤のラインを捉える(写真撮影:チャリ・ロト)

 ハイペースで飛ばしたのもあって、先頭の伊藤選手は最終2コーナーを回ったところで早々と失速。それを察した山田選手が番手から発進して先頭に立ちますが、そこを外から楽々と新山選手が抜き去っていきます。前を捲りきった新山選手が先頭にかわって、最終バックを通過。後方で動かずに前の様子をうかがっていた脇本選手は、この時点でもまだ後方8番手のままです。

 新山選手と佐藤選手が出切って、最終3コーナーに進入。その後ろの3番手に山田選手が食らいつきますが、ここまでにかなり脚を使っているのもあって、新山選手や佐藤選手を捉えにいけるような余力はありません。これは展開をモノにした北日本勢の完勝か…と思われた瞬間、ついに動いた脇本選手が外から強襲。一瞬のうちに前との差を詰め、4番手までポジションを押し上げて、最後の長い直線に入りました。

 それでもまだ、先に抜け出している北日本の2車が圧倒的に有利な状況。先頭の新山選手や番手の佐藤選手には、まだ余力があります。それでも、次元の違うスピードで差を詰めてくる脇本選手。そのスピードをもらった大川選手も、脇本選手の後ろからいい伸び脚をみせています。先頭で粘る新山選手に、外から差しにいく佐藤選手。そこに強烈な捲り脚で迫る脇本選手。最後の直線での攻防は、この3車の争いとなりました。

 新山選手にジリジリと迫る佐藤選手。その外を猛烈な勢いで突き抜けて先頭でゴールに飛び込んだのは、脇本選手でした。しかも僅差の接戦ではなく、2着の新山選手に4分の3車身差をつける快勝。直線が非常に長い武雄バンクがプラスに働いたとはいえ、あの展開、あの位置から捲りきるというのは尋常ではありません。復調途上でコレなんですから、レベルが違ったとしか言いようがないですね。

無策だった伊藤の逃げ、ラインの仲間にチャンスが生まれる走りを

 悔しい2着に終わったのが新山選手。今日の彼は、ひと言でいえば“完璧”でしたよ。連日の突っ張り先行が決勝戦のいい布石となり、伊藤選手に「抑えにいくのではなく、しっかり脚を使って斬りにいく必要がある」と思わせた。そのうえでスッと中団に引いての捲りですから、威力が増します。脇本選手を後方に置くことにも成功して、絶好の展開をつくり出した。今日の展開って、完全に脇本選手の「負けパターン」ですから。

 そんなパーフェクトな走りをした新山選手を、力だけでねじ伏せてしまった脇本選手。この仕上がりならば、次の平塚ダービーでもいい走りが期待できそうですね。3着は佐藤選手で、準決勝に続いて決勝戦でも新山選手を差せませんでしたが、これは2着に残した新山選手のほうを褒めるべきでしょう。繰り返しますが、今日の新山選手は本当にいい走りをした。惜しくも敗れたとはいえ、内容が一番だったのは間違いなく彼です。

新山は準決勝でも素晴らしい走りを見せていた(1番・白)(写真撮影:チャリ・ロト)

 それとは対照的に、とても残念だったのが伊藤選手の走り。ただ逃げればいい、主導権が奪えればいいといったレース内容で、あまりに無為無策でしたね。最終バックまで粘れないようなペースで逃げたのでは、ラインから優勝者を出す走りにもなりませんよ。伊藤選手はレース後に「あれしかないと思っていた」とコメントしていましたが、そんなことはないですよ。本気でそう思うのであれば、彼はまだレースをわかっていない。

 前受けを選んだ新山選手が上手かったとはいえ、今日の流れとメンバーならば、そこを斬りにいった後にペースを緩められたはず。なぜなら、後方の脇本選手が間髪を入れずに動くとは、とても考えられないからです。緩めすぎると脇本選手が早めに動く確率を上げてしまうので、そこは「適度に」緩めればいい。また、中団に引いた新山選手が、そこから早々と前を叩きにくる可能性も低い。そんな選択をするくらいならば、引かずに最初から突っ張っていますよ。

 少なくとも、打鐘前から全力で踏んで、早々と売り切れるような逃げを打つ必要性はどこにもない。新山選手を斬ってからペースを緩めれば、ひと呼吸もふた呼吸も入れてから仕掛けられたと思います。記念で地元選手が番手にいるという「気負い」もあったのでしょうが、それならばなおさらもう少し考えて、ラインの仲間にチャンスがある走りをしてほしかったですね。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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