2023/03/08 (水) 18:00 29
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが大垣競輪場で開催された「水都大垣杯」を振り返ります。
2023年3月7日(火)大垣12R 開設70周年記念 水都大垣杯(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①山口拳矢(117期=岐阜・27歳)
②古性優作(100期=大阪・32歳)
③平原康多(87期=埼玉・40歳)
④坂本貴史(94期=青森・34歳)
⑤犬伏湧也(119期=徳島・27歳)
⑥岩谷拓磨(115期=福岡・25歳)
⑦久木原洋(97期=埼玉・38歳)
⑧岡本総(105期=愛知・35歳)
⑨井上昌己(86期=長崎・43歳)
【初手・並び】
←③⑦(関東)①⑧(中部)②(単騎)④(単騎)⑤(単騎)⑥⑨(九州)
【結果】
1着 ⑤犬伏湧也
2着 ②古性優作
3着 ①山口拳矢
3月7日には岐阜県の大垣競輪場で、水都大垣杯(GIII)の決勝戦が行われています。大垣は私の「地元」ですから、今でもやはり思い入れは強いもの。なかなかレベルの高い出場メンバーとなったので、今年は大垣バンクでどんなレースが見られるか…と楽しみにしていたんですよ。幸い天候にも恵まれて、風もそれほど強くはない、良好なバンクコンディションでの開催となりました。
シリーズの“主役”を張ったのは、先日の全日本選抜競輪(GI)を優勝したばかりの古性優作選手(100期=大阪・32歳)。初日特選こそ先捲りを打った山口拳矢選手(117期=岐阜・27歳)に届かず2着に敗れましたが、二次予選と準決勝は文句なしの強さで快勝。中4日の出場で疲れもあったと思いますが、それを感じさせない素晴らしいデキでした。臨機応変に立ち回れるセンスのよさにも、さらに磨きがかかってきていますね。
新山響平選手(107期=青森・29歳)は残念ながら二次予選で敗退してしまいましたが、平原康多選手(87期=埼玉・40歳)は二次予選と準決勝でいずれも1着をとって勝ち上がり。地元のエース格である山口選手や、シリーズの随所で存在感を発揮していた犬伏湧也選手(119期=徳島・27歳)も決勝戦に進出するなど、決勝戦もかなりの好メンバーとなりましたね。ただし、細切れ戦で予想はかなり難解だったでしょう。
決勝戦は、2車ラインが3つで単騎が3名という構成に。2名が勝ち上がった中部勢は、山口選手が先頭で、番手を岡本総(105期=愛知・35歳)選手が回ります。地元記念だけあって、山口選手もかなりいいデキでシリーズに臨んできた様子。そして関東勢は、平原選手が前で久木原洋選手(97期=埼玉・38歳)が後ろを回ります。平原選手は、少しずつ調子がよくなってきている「過程」という印象ですね。
九州勢は、準決勝でも連係していた岩谷拓磨選手(115期=福岡・25歳)と井上昌己選手(86期=長崎・43歳)のタッグ。その準決勝で岩谷選手は、後方から一気に捲る豪快な走りで1着をとっています。そして単騎を選択したのが、古性選手と坂本貴史選手(94期=青森・34歳)、犬伏湧也選手(119期=徳島・27歳)の3名。細切れ戦ですから、展開や立ち回りひとつで十分に優勝が狙えます。
以上、機動力のある選手が多いですが、積極的に逃げるタイプの選手は見当たらないので、どういった展開になるかを読むのが難しい。ラインができていれば犬伏選手、または古性選手が主導権を奪いにくるケースもありそうですが、どちらも単騎ですからね。考えられる展開のバリエーションが多いので、皆さんもどういった車券で勝負するか、かなり悩まれたことでしょう。
では、決勝戦が実際にどのような展開となったのか…それを振り返っていきましょう。スタートの号砲が鳴って、最初に出ていったのは久木原選手。前受けからの勝負を選択したのは、関東勢でした。以降も、並びが定まるまでに時間を要しましたが、それだけ「初手」が大事な一戦だったということ。しばらくは久木原選手の後ろにつけていた平原選手ですが、最終的にはポジションを入れ替えて、先頭に立ちます。
3番手につけたのは山口選手で、その後ろに単騎の古性選手。さらに単騎の坂本選手と犬伏選手が続いて、最後方8番手に岩谷選手というのが、初手の並び。そして、後ろ攻めとなった岩谷選手が動き出したのは、赤板(残り2周)の手前からでした。ゆっくりとポジションを押し上げていきますが、その動きに合わせて、3番手にいた山口選手も始動。赤板を関東、中部、九州の3ラインが併走するカタチで通過しました。
平原選手は軽く突っ張りますが、そこを山口選手が切って、まずは先頭に。その外から今度は岩谷選手が、山口選手をゆっくりと切りにいきます。先頭集団がごった返すなかで単騎の古性選手は少しポジションを上げて、中部ラインの後ろを狙いに。平原選手はこれを入れて、自身は6番手となりました。単騎の坂本選手は、久木原選手の外を併走。犬伏選手は、ポツンと後方に控えています。
かなりゆったりとした流れで、互いに様子見が続いている状態のままで、レースは打鐘を迎えます。ここで、中団の古性選手は後ろを振り返って、誰かが一気にカマシてくる気配がないかを確認していましたね。しかし、打鐘過ぎの2センターでもまだ誰も動かず、これは先頭の岩谷選手が「逃げさせられる」展開になるか…と思ったところで、最後方でじっと脚をタメていた犬伏選手が動きました。
打鐘過ぎの4コーナーでは最後方だったというのに、ホーム通過は4番手で、最終1センターでは先頭に立つという猛烈なダッシュ。ペースが緩んでいたのもありますが、それにしてもすごい勢いでしたね。しかも、誰にも飛びつかせないようにイエローライン付近を走っての大カマシです。もっと隊列の近くを通っていたとしても、あのスピードだと誰も飛びつけなかったでしょうね。
先頭だった岩谷選手やその他の選手も慌てて全力で踏み始めましたが、完全に後手を踏んだカタチに。最終1センターで先頭に立った犬伏選手は、そのままの勢いでバンクを駆け下りて、「山おろし」でさらに加速。一気に後続を突き放しにかかります。ここでもっとも早く、危機的状況にあると察知したのが古性選手。打鐘で後ろを振り返っていたのも、おそらく犬伏選手のカマシを警戒していたのでしょう。
最終2コーナーで早々と動いた古性選手は、6番手から単騎で捲りにいって前を追います。古性選手を前に入れて、その仕掛けに乗ることを考えていた平原選手は、ここで連動できずに立ち後れてしまいました。先頭に立った犬伏選手の脚色は最終2コーナーを回ってもまったく衰えず、後続との差は詰まるどころか広がる一方。2番手から前を追う岩谷選手のほうが、先に脚が上がってしまいました。
岩谷選手の番手から井上選手が出ますが、外から捲ってきた古性選手がそれを捉えて、最終バックで2番手に浮上。ここで、山口選手は古性選手の後ろに切り替えました。さらにその後ろから平原選手が追い上げようとしますが、先頭を走る犬伏選手との距離は絶望的なもの。こちらは、3着争いになんとか食い込めるかどうか…といった態勢でしたね。古性選手の後ろを、山口選手に取られてしまったのも痛かった。
先頭の犬伏選手から大きく離れて古性選手が前を追うという態勢のままで、最終2センターを回ります。驚くべきは、あの古性選手が必死で追っているというのに、前との差がほとんど詰まっていないことです。古性選手の後ろでは、内で粘る井上選手を外から山口選手が捲りにいったところを、井上選手がブロック。山口選手は外に張られますが、態勢を立て直して再び前を追います。
さらにその後方では、岩谷選手と岡本選手、平原選手が併走状態に。最後の直線に入る手前で接触があり、岩谷選手は残念ながら落車してしまいました。その時には、先頭の犬伏選手は直線のなかばに到達。離れた単独2番手が古性選手で、3番手を井上選手と山口選手が併走で争っています。その後も隊列に大きな変化はなく、セイフティリードを築いた犬伏選手が先頭でゴールイン。記念初制覇を、驚異的な内容で決めてみせました。
2着は古性選手で、3着は外から伸びた山口選手。どちらも悪くないレース内容だったんですが、それが霞んでしまうほど、犬伏選手のパフォーマンスは素晴らしかった。最終周回のタイムが21秒7で上がりが10秒8ですから、仕掛けてからゴールまでほとんどスピードが衰えていない。上がり最速だった古性選手が10秒7なのですから、そりゃあ前との差は詰まりませんよね。コレ、本当にとんでもないタイムなんですよ。
犬伏選手は準決勝で失敗していたんですが、それを踏まえた「修正」が、決勝戦ではしっかりできていた。それに、後ろに誰もいない最後尾からカマせたのもよかった。記念や特別クラスの決勝戦だと、自分の後ろにいた選手についてこられると、最後に差されてしまう可能性がある。それを考えずに思いっきり全力でいける車番だったのも、プラスに働いたように思います。
犬伏選手については「ライン戦だと番手のことを考えて100%の力でダッシュしていない」などという話も出ていましたが、それが本当なのかもしれないと思えてしまうほど、強烈なパフォーマンスでしたね。デキもよく、仕掛けるタイミングにしてもパーフェクト。この強い相手関係のなかで、これだけの走りをできたことで、もっと自信をつけるはず。いやはや…末恐ろしい若手が出てきたものですよ。
今後も、大舞台で松浦悠士選手(98期=広島・32歳)や清水裕友選手(105期=山口・28歳)と連係しての大活躍を期待したいもの。いま勢いのある近畿や北日本に「待った」をかける、中四国の切り札となってもおかしくないでしょう。犬伏湧也という名を全国に轟かせるような、センセーショナルな走り。この決勝戦でみせた驚異的な強さに、今日は心の底から賛辞を贈りたいですね。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。