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山田裕仁のスゴいレース回顧

【全日本選抜競輪 回顧】不調の“最強”が選択したこと

2023/02/27 (月) 18:00 49

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが高知競輪場で開催された「第38回読売新聞社杯 全日本選抜競輪」を振り返ります。

優勝した古性優作(撮影:島尻譲)

2023年2月26日(日)高知12R 第38回読売新聞社杯 全日本選抜競輪(GI・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①脇本雄太(94期=福井・33歳)
②新田祐大(90期=福島・37歳)
③浅井康太(90期=三重・38歳)
④吉澤純平(101期=茨城・37歳)
⑤成田和也(88期=福島・44歳)
⑥香川雄介(76期=香川・48歳)
⑦古性優作(100期=大阪・32歳)
⑧三谷竜生(101期=奈良・35歳)
⑨守澤太志(96期=秋田・37歳)

【初手・並び】
←②⑨⑤(北日本)③(単騎)④⑥(混成)①⑦⑧(近畿)

【結果】
1着 ⑦古性優作
2着 ⑨守澤太志
3着 ⑧三谷竜生

今年最初のGI、主役はやはり脇本

 今年最初の「特別」な日が、ついにやってきました! 全日本選抜競輪(GI)の決勝戦が、2月26日に高知競輪場で行われています。それほどカントがキツくないのもあってか、捲りが届きそうで届かないのが、高知の500mバンク。しかも全体の選手層が厚いですから、逃げた選手はそう簡単には止まりません。シリーズを通して波乱決着が多く、高配当がガンガン飛び出していました。

全日本選抜競輪が行われたのは改修された高知競輪場(撮影:島尻譲)

 ここで“主役”を張ったのは、やはり脇本雄太選手(94期=福井・33歳)でしたね。持病である腰痛の悪化から、奈良記念を途中欠場。その後はコンディションの回復に努めていたとのことですが、果たして調子はどうなのか…というのが、最初から最後まで話題の中心だったように思います。「調子は日増しに悪くなっている」とコメントする選手なんて、普通だったら大一番で買いたくなりませんよね(笑)。

 確かに調子が悪そう…にもかかわらずメチャクチャ強いという、ファンを悩ませる存在だった脇本選手。初日の特別選抜予選では、後方からの豪快な捲りで1着をとりましたが、2日目のスタールビー賞は不可解な負け方で最下位に。落車しかけるトラブルがあった結果とのことでしたが、この結果が「脇本は本当に大丈夫なのか?」と、ファンの猜疑心をさらにかき立てた感があります。

 主導権を奪った準決勝は、番手の古性優作選手(100期=大阪・32歳)に差されるも2着という結果。無事に決勝戦には駒を進めてきましたが、やはりデキについては疑問符が付きます。いかにもデキがよさそうだった古性選手とは対照的で、決勝戦でどう扱えばいいのか、非常に難しいところではありました。皆さんも決勝戦で車券をどう買うか、かなり悩まれたんじゃないでしょうか。

有力候補は3名が決勝進出した近畿勢と北日本勢

 フル参戦していたS級S班は、4名が勝ち上がり。注目されていた郡司浩平選手(99期=神奈川・32歳)は準決勝で4着に敗れ、最終日の負け戦でも同じく4着に敗れています。年明けからずっと好調をキープしていましたが、ここにきて少しデキが落ちたように感じましたね。ハイレベルなメンバーが揃う特別競輪では、彼のような実力者であっても、勝ち上がるのはそう簡単な話ではないということです。

 3名が勝ち上がった近畿勢は、脇本選手が先頭で古性選手が番手。ライン3番手は、奈良記念の制覇で復活の狼煙を上げた三谷竜生選手(101期=奈良・35歳)です。ライン全員がKEIRINグランプリ覇者という超豪華メンバーですが、懸念材料はやはり脇本選手のデキ。彼が順調ならば相手探しの一戦となりますが、実際どこまでやれるのか。そこが、このレース最大の焦点でした。

 同じく3名が勝ち上がった北日本勢は、今年めざましい活躍を続けている新田祐大選手(90期=福島・37歳)が先頭です。その番手を回るのは、守澤太志選手(96期=秋田・37歳)。新田選手と同県の成田和也選手(88期=福島・44歳)は守澤選手に番手を譲って、ライン3番手を固める選択をしました。こちらも、近畿勢に勝るとも劣らない強力なメンバー。新田選手がどういう手で脇本選手に対抗するのか、注目です。

 もうひとつのラインが、かなり調子がよさそうだった吉澤純平選手(101期=茨城・37歳)と、香川雄介選手(76期=香川・48歳)の即席コンビ。とはいえ、吉澤選手に脇本・新田の両者と張り合えるような機動力はありませんから、中団をとっていかに巧く立ち回るか次第でしょう。そして浅井康太選手(90期=三重・38歳)は、近畿勢につくかをかなり迷ったようですが、最終的に単騎での勝負を選択しました。

北日本の前受けで中盤までは隊列動かず

 ラインは3つですが、実際は近畿と北日本の二分戦のようなもの。ですから、どういう展開となるかのバリエーションは、そう多くありません。どちらが前受けしたとしても、斬って斬られてが何度も繰り返されるような、動きのある展開にはならないでしょうね。シンプルに、力と力のぶつかり合いとなる可能性が高い一戦です。それでは、決勝戦の回顧へと入っていきましょう。

 持ち前のダッシュを生かして、スタートを取りにいったのが新田選手。それならば…と、脇本選手は後ろ攻めを選んで、近畿と北日本の「前後」が決まりました。先頭は新田選手で、単騎の浅井選手が4番手。その後ろには吉澤選手がつけて、最後方7番手に脇本選手というのが、初手の並びです。そしてこの隊列だと、道中の動きはほとんどないだろうなと推測できます。

 そして実際に、青板(残り3周)を通過しても赤板(残り)を通過しても、各ラインに動きはありませんでした。脇本選手の動くタイミング次第とはいえ、新田選手が積極的に前を取ったのは、いわば「来たら突っ張る」という意思表示。初手で近畿勢が前、北日本が後ろならば「新田選手が前を斬って脇本選手が引く」という動きになったでしょうが、このカタチだと動く必要もありませんからね。

急加速した脇本の番手を古性・新田が競る

 前で待ち構える新田選手と、仕掛けるタイミングを探る脇本選手の心理戦が続いたまま、レースは打鐘を迎えます。そして打鐘後の3コーナーから、後方の脇本選手が急加速。一気にカマシて、先頭の新田選手に襲いかかりました。いったんは引くかのような気配を見せた新田選手でしたが、そこから改めて前へと踏んで脇本選手や古性選手との差を詰めて、内から脇本選手の番手を競るカタチへと持ち込みます。

 新田選手は内から加速しながら最終ホームを通過して、1コーナーでは古性選手の内で併走する態勢に。その後ろでは、北日本ライン番手の守澤選手と近畿ライン3番手の三谷選手が併走となり、脇本選手の後ろで熾烈なバトルが開始されました。単騎の浅井選手や混成ラインの吉澤選手は、その後方で動かずにじっと脚をタメて、前を捲りにいくタイミングを探っています。

先頭に躍り出た脇本雄太(白・1番)と合わせて加速した新田祐大(黒・2番)(撮影:島尻譲)

 内外で激しくぶつかり合った古性選手と新田選手ですが、このバトルは最終バック手前で、古性選手に凱歌が上がりました。そして、新田選手が失速したことによって、その直後にいた守澤選手もポジションを下げざるをえなくなります。見事に脇本選手の番手を守り抜いた古性選手ですが、新田選手と絡んでかなり脚を使ったことが、この後に響いてきそうな状況。ここで、後方にいた浅井選手が単騎捲りに出ます。

 優勝するにはここしかない…と勝負にいった浅井選手と、その仕掛けに乗って進撃を開始する吉澤選手と香川選手。脇本選手が新田選手を叩きにいったのが早めだったので、「そろそろ止まってもおかしくない」という判断だったのでしょう。しかし、調子が悪いとはいっても、そこは“最強”の二文字を背負う男。そのスピードは衰えず、浅井選手はジリジリとしか差を詰められません。

近畿勢の陰から飛び出した守澤が2着に

 脇本選手と古性選手が抜け出している態勢のままで、最終3コーナーへ。後から仕掛けた浅井選手のほうが先に止まってしまい、その捲りは不発に終わります。内で身動きが取れなくなっていた守澤選手は、ここで三谷選手の後ろにスイッチ。最終2センターを回っても脇本選手と古性選手が抜け出している状態のままで、レースは最後の直線での攻防に突入しました。

 近畿勢の上位独占もありそうな態勢で直線に入りましたが、さすがの脇本選手も直線の入り口でついにスピードが鈍って、外から差す態勢に入った古性選手が優勢に。その後ろからは三谷選手が追いすがりますが、最内をロスなく立ち回っていた守澤選手が、古性選手の後ろまで猛追。そして、三谷選手が外に出したときに生まれたスペースに、内から併せて突っ込んでいきます。

守澤太志(紫・9番)は古性優作(橙・7番)に迫るも届かず(撮影:島尻譲)

 勢い的には守澤選手の突き抜けもあるか…という感じでしたが、残念ながら進路が開けるのが少し遅かったですね。脇本選手を差して先頭に立った古性選手の脚色は衰えず、外から迫る守澤選手と三谷選手の追撃を見事に退けて、先頭でゴールラインを駆け抜けました。古性選手は昨年に続く連覇を達成で、これで今年もKEIRINグランプリ出場がほぼ確定。今年に入って、安定感がさらに増した感もありますね。

 守澤選手はまたしても惜しい2着に終わり、悲願であるタイトル奪取は叶わず。僅差の3着が三谷選手で、脇本選手は4着という結果でした。長い距離を全力で踏んでいるとはいえ、脇本選手が本調子であれば、この展開で確定板を外すようなことはありません。実際に1月までは、「またマークの決まり手がついた」と、古性選手を苦笑させるほどの強さを見せ続けていたわけですから。

不調の脇本の「ラインを勝たせる」選択

 現在のデキで自分にできるのは、ラインから優勝者を出すこと。そういう判断もあって、今回の脇本選手は早めに新田選手を叩きにいったのでしょう。そんな悪い状態でもあれだけの走りができるというのが、脇本選手のすごいところ。また、新田選手とのバトルで脇本選手の番手を守り抜き、かなり脚を消耗したにもかかわらず最後までしっかり伸びた、古性選手の底力も相当なモノですよ。文句なしに強かった!

 力尽きて9着に終わった新田選手や、単騎捲りで勝負した浅井選手も、やるべきことはやったという気持ちでしょう。脇本&古性の近畿最強コンビが、今後どれほどの活躍をみせてくれるのか…と、本当に楽しみですよ。それだけに気がかりなのが、脇本選手のコンディション。先はまだまだ長いですから、自転車のセッティングを見つめ直すなど、少しでも腰に負担のかからないカタチを模索してほしいものです。

レース後に肩をたたき合う近畿ラインの3人(撮影:島尻譲)

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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