2023/02/06 (月) 18:00 39
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが奈良競輪場で開催された「開設72周年記念 春日賞争覇戦」を振り返ります。
2023年2月5日(日)奈良12R 開設72周年記念 春日賞争覇戦(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①三谷竜生(101期=奈良・35歳)
②佐藤慎太郎(78期=福島・46歳)
③柏野智典(88期=岡山・44歳)
④皿屋豊(111期=三重・40歳)
⑤新田祐大(90期=福島・37歳)
⑥栗山俊介(103期=奈良・34歳)
⑦山田久徳(93期=京都・35歳)
⑧阿部拓真(107期=宮城・32歳)
⑨中西大(107期=和歌山・32歳)
【初手・並び】
←⑧⑤②(北日本)⑨⑦①⑥(近畿)④③(混成)
【結果】
1着 ①三谷竜生
2着 ②佐藤慎太郎
3着 ③柏野智典
2月5日には奈良競輪場で、春日賞争覇戦(GIII)の決勝戦が行われています。S級S班が5名も出場というハイレベルなメンバーで、先日の豊橋記念でワンツーを決めたばかりの脇本雄太選手(94期=福井・33歳)と古性優作選手(100期=大阪・31歳)も、ここに参戦。初日特選は、特別競輪の決勝戦と言われても違和感がないほど豪華なメンバーによる対決となりました。
その初日特選を勝ったのは、古性選手。今年ここまで無敗だった脇本選手が、ついに2着に敗れました。脇本選手は持病である腰痛が悪化したとのことで、残念ながら2日目から欠場しています。痛み自体は豊橋で走っているときから出ていたようですから、高知での全日本選抜競輪(GI)をいい状態で走るためにも、あまり無理をしてほしくないもの。競輪界の“至宝”ですからね。
翌日の二次予選では、初日特選を制した古性選手が、落車の原因となった斜行をしたことで失格に。また、平原康多選手(87期=埼玉・40歳)も落車と、ビッグネームが次々と戦線離脱する結果となりました。奈良の333mバンクは極端なほどに先行有利なので、道中のせめぎ合いがどうしても激しいものになる。落車の多さが目立つシリーズになったのも、ある程度は致し方ないでしょう。
そんな激しいシリーズにおいて、競輪史に残るような走りをみせたのが、準決勝での新田祐大選手(90期=福島・37歳)。打鐘過ぎに嘉永泰斗選手(113期=熊本・24歳)と接触して、外壁スレスレまで吹っ飛ぶというハプニングに見舞われます。しかし、そこから態勢を立て直して、最後方から単騎で捲りきって1着をもぎ取るという離れ業をみせたのですから驚きです。アレはもう、すごいのひと言ですよ。
そんな新田選手と同様にこのシリーズで存在感を発揮していたのが、唯一無敗で勝ち上がってきた地元の三谷竜生選手(101期=奈良・35歳)。脇本、古性という近畿の二枚看板が戦線離脱したことで、さらに気合いが入ったような印象でしたね。番組的な有利さがあったとはいえ、勝ち上がりの内容も優秀。大きな怪我をする前の「強い三谷」が帰ってきたかのような走りで、地元のファンも大盛り上がりでした。
決勝戦は三分戦で、近畿勢は4車。先頭を任されたのは中西大選手(107期=和歌山・32歳)で、番手に山田久徳選手(93期=京都・35歳)。三谷選手が3番手で、4番手を栗山俊介選手(103期=奈良・34歳)が固めます。3名が勝ち上がった北日本勢は、阿部拓真選手(107期=宮城・32歳)が先頭で、番手が新田選手。その後ろを佐藤慎太郎選手(78期=福島・46歳)が回るという強力な布陣です。
デキのよさが目立っていた皿屋豊選手(111期=三重・40歳)は、柏野智典選手(88期=岡山・44歳)と即席コンビを結成。近畿勢と北日本勢の両方が「二段駆け」を見据えた並びで勝負してきたので、主導権争いが激しくなる可能性は十分にあります。同期の中西選手と阿部選手が前でもがき合うような流れもありそうで、そうなれば展開が向くのは、この混成ライン。なので、軽くは扱えません。
混戦模様で、車券的にもかなり面白くなりそうな決勝戦。スタートの号砲が鳴ると、前受けを想定していたであろう近畿勢の機先を制して、新田選手がダッシュよく飛び出していきます。1番車の三谷選手もそれを追いますが、先頭誘導員の直後を確保したのは新田選手のほう。北日本が前受けとなり、近畿勢の先頭である中西選手は5番手に。そして、皿屋選手が後方8番手というのが、初手の並びです。
このカタチならば、近畿勢が外から仕掛けてきたとしても、新田選手や佐藤選手はヨコの動きで捌きにいける。レース展開に幅が出て、グッと面白くなりましたね。逆に、前受けから突っ張るのが青写真だったであろう近畿勢は、ここからどう主導権を奪いきって二段駆けに持ち込むかを、改めて考え直す必要が出ました。中西選手がここからどういった走りをみせるのか、腕の見せどころですね。
青板(残り3周)周回の1コーナーで後方の皿屋選手が動きますが、先頭の阿部選手はこれを牽制。皿屋選手は主導権争いに参加する気など毛頭ありませんから、周囲の動きを観察しつつ、ゆっくりとポジションを下げていきます。ここでペースが緩んだのを見逃さなかったのが中西選手で、先頭誘導員が離れたタイミングで一気にカマシて、先頭の阿部選手に襲いかかりました。
一気にレースが動き出して、赤板前の2センターでは、カマシた中西選手と突っ張る阿部選手の主導権争いに。赤板(残り2周)では中西選手が前に出て、近畿勢が主導権の奪取に成功しますが、ライン4番手の栗山選手がここで離れて、外で浮いてしまいます。近畿3車の後に北日本3車という隊列に変わり、後方の皿屋選手は動かずに脚をタメたままで、レースは打鐘を迎えます。
打鐘過ぎの3コーナーから4番手の阿部選手が仕掛けますが、うまく二段駆け態勢に持ち込んだ中西選手の全力スパートもあって、前との差が詰まりません。隊列が変わらないままで最終ホームに戻ってきますが、ここで先頭の中西選手はやや失速。バトンを託されたライン2番手の山田選手が先頭に替わり、近畿ロケットの2段目が着火して、先頭で最終ホームを駆け抜けました。
それとほぼ同時に、北日本勢の先頭にいた阿部選手も失速。それを察した番手の新田選手が前との差を詰めて、最終1センターからの仕掛けで前を捲りにいきます。後方で脚をタメていた皿屋選手も、新田選手の仕掛けに連動。佐藤選手の後ろにつけて、前との差を詰めにかかります。しかし、先頭の山田選手のかかりがよく、新田選手の捲りに一気に前を捉えるほどの勢いはありません。
そこを三谷選手が外に動いてブロックしますが、新田選手も負けじと外から押し返して、2車が併走状態に。ここで先頭の山田選手が力尽き、内の三谷選手と外の新田選手が併走のまま先頭に立って、最終バックを通過します。その直後の内には佐藤選手、外には捲ってきた皿屋選手という態勢で、最終2センターに。三谷選手はコーナーを回りながら少しだけ進路を外に出して、外の新田選手を軽くブロックしていましたね。
この再度のブロックで、新田選手は失速。その攻めを受け止めきった三谷選手が先頭で、短い直線に入ります。その直後には佐藤選手がつけて、さらにその後ろには、皿屋選手から切り替えて内に進路をとった柏野選手。新田選手の後ろにつけて外を回っていた皿屋選手は、それほど伸びがよくありません。
直線の入り口で外に出した佐藤選手がジリジリと差を詰めてきますが、気持ちの入った走りを続ける三谷選手の脚は、最後まで止まりませんでしたね。佐藤選手の追撃を退けて、先頭でゴールラインを駆け抜けた瞬間、三谷選手は右手をあげて力強くガッツポーズ。約3年ぶりとなる記念優勝を、「地元バンクでの完全優勝」という最高の結果で達成したのですから、喜びもひとしおでしょう。
2着は佐藤選手で3着に柏野選手というスジ違いの決着でもあり、3連単は18,400円という高配当となりました。それだけに車券を当てられた人は少なかったかもしれませんが、どのライン、どの選手を応援していたとしても、満足感や納得感があったのではないでしょうか。そう思えるほどに素晴らしい決勝戦で、出走した全員が死力を尽くして戦っている。先週の豊橋記念とはホント、好対照ですよ(笑)。
優勝した三谷選手については、怪我からの立て直しに時間を要しましたが、本来このくらいの力がある選手なんですよ。ここでラインが一丸になって優勝をもぎ取り、「近畿に三谷あり」と高らかに復活の狼煙を上げられたこと。これは、彼の今後の競輪人生においても非常に大きい。トップクラスの力があるのに、大きな怪我から復活できないままで終わっていくような選手もいますから…。
レースを大いに盛り上げてくれた殊勲賞は、やはり新田選手でしょうね。決勝戦は5着という結果に終わりましたが、ダッシュのよさを生かしての初手での前受けや、三谷選手との勝負どころでの攻防など、見どころは十分すぎるほど。準決勝でみせた驚異的な走りも含めて、今年の新田選手はひと味もふた味も違いますね。デキもいいのでしょうが、気持ちの部分でも何か変わってきているような気がします。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。