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山田裕仁のスゴいレース回顧

【ちぎり賞争奪戦 回顧】順当な結果も“最低”の過程

2023/01/30 (月) 18:00 112

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが豊橋競輪場で開催された「開場73周年記念 ちぎり賞争奪戦」を振り返ります。

優勝した脇本雄太(撮影:島尻譲)

2023年1月29日(日)豊橋12R 開場73周年記念 ちぎり賞争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①脇本雄太(94期=福井・33歳)
②池田憲昭(90期=香川・40歳)
③山口拳矢(117期=岐阜・27歳)
④片岡迪之(93期=岡山・36歳)
⑤坂井洋(115期=栃木・28歳)
⑥小堺浩二(91期=石川・40歳)
⑦岩津裕介(87期=岡山・41歳)
⑧久木原洋(97期=埼玉・38歳)
⑨古性優作(100期=大阪・31歳)

【初手・並び】
←①⑨(近畿)⑤⑧(関東)④⑦②(中四国)③⑥(中部)

【結果】
1着 ①脇本雄太
2着 ⑨古性優作
3着 ⑤坂井洋

極寒の決勝戦に挑む脇本・古性の近畿コンビ

 1月29日には愛知県の豊橋競輪場で、ちぎり賞争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。豊橋は風の影響を受けやすいバンクなんですが、そこにきてこの気温の低さですから、屋外はとにかく寒かった! そんななかを走る選手たちには、頭が下がります。レースを走っている間は寒さが気にならないものですが、競輪選手も普通の人間ですから、それ以外の時間は当然ながら寒いんですよ。

 このシリーズには、昨年のKEIRINグランプリでワンツーを決めた、脇本雄太選手(94期=福井・33歳)と古性優作選手(100期=大阪・31歳)が出場。さらに松浦悠士選手(98期=広島・32歳)と守澤太志選手(96期=秋田・37歳)も出場するとあって、ファンの注目を集めていました。脇本&古性の近畿コンビは、先日の和歌山記念でも力強い走りで人気に応えています。

準決勝を制して好調の古性優作(撮影:島尻譲)

 その和歌山記念を体調不良で欠場していた松浦選手。やはり本調子とはいかなかったようで、準決勝では主導権を奪うも最後は失速して8着という結果に。同じ準決勝を走っていた守澤選手も7着に終わり、決勝戦に勝ち上がることはできませんでした。それとは対照的に、脇本選手は豪快な捲りで初日特選から負けなしで決勝戦に進出。古性選手も二次予選と準決勝は1着で勝ち上がりと、好調モードです。

思いはひとつ「いかに脇本と戦うか」

 決勝戦は四分戦に。近畿勢はこれまでと同様、脇本選手が前で古性選手が番手を走ります。2名が勝ち上がった中部勢は、先頭が山口拳矢選手(117期=岐阜・27歳)で番手が小堺浩二選手(91期=石川・40歳)という組み合わせ。山口選手は準決勝で、後方から捲った志田龍星選手(119期=岐阜・25歳)のスピードに乗って、最後の直線では外に切り替えて1着まで突き抜けています。

 唯一の3車ラインとなった中四国勢は、片岡迪之選手(93期=岡山・36歳)が先頭を任されました。番手が岩津裕介選手(87期=岡山・41歳)で、3番手を固めるのが池田憲昭選手(90期=香川・40歳)。相手は非常に強いですが、片岡選手には3車という“数の利”を生かす走りをしてほしいところ。どういったレースの組み立てで近畿勢に挑むのか、注目したいですね。

 最後に関東勢ですが、こちらは坂井洋選手(115期=栃木・28歳)が先頭で、番手に久木原洋選手(97期=埼玉・38歳)という「洋」コンビ。このシリーズで「脇本選手に挑む気持ち」をいちばん前面に出していたのは、坂井選手でしたね。準決勝では中団からの先捲りで脇本選手に挑むも、その上をさらに捲られて2着。決勝戦の前には「ワキさんを潰すことだけ考える」とコメントしていました。

打鐘後も全員が沈黙のまま最終周回へ

 脇本雄太という“最強”の存在を、全員が強く意識しながら走ることになった決勝戦。ではここからは、レース回顧に入っていきましょう。スタートの号砲が鳴りましたが互いに牽制し合う状態となり、誰も積極的に出ていきません。結局、受けて立つ側である近畿勢の古性選手がスタートを取って、先頭に立ちます。その直後の3番手につけたのは坂井選手で、5番手に片岡選手。後方8番手に山口選手というのが、初手の並びです。

 以降は何も動きがないまま、一列棒状で赤板(残り2周)を通過。赤板過ぎの1センターでは、中四国ラインの岩津選手と池田選手が外を回ったところを、後方にいた山口選手が内からすくって捌きにいきます。片岡選手の番手を奪うこともできそうな態勢でしたが、山口選手は無理せず、戻ってきた岩津選手だけを入れて7番手の位置に。山口選手に捌かれた池田選手は、最後方となりました。

 誰も先頭の脇本選手を斬りにいかないままで、レースは打鐘前に。ここでようやく先頭誘導員が離れて、脇本選手が少し前へと踏み込みます。そして打鐘を迎えて以降も、誰も動いてくる気配はなし。結局、先頭の脇本選手がそのまま主導権を取って、全力でスパートを開始します。またしても一列棒状で最終ホームに戻ってきますが、こんな展開だとこの時点で、前にいなければ優勝争いには持ち込めません。

“古性か、脇本か”ラインでワンツー争いへ

 隊列に何の変化もなく最終2コーナーを回って、なんと最終バックでも一列棒状のまま。

ここから山口選手が捲りにいきましたが、ひとつ前の岩津選手に並びかけるのが精一杯でしたね。先頭の脇本選手はまだまだ余裕がありそうですが、その番手にいる古性選手にとっても、これは脇本選手に勝つ絶好のチャンス。前の余力を考えると、優勝争いに持ち込めるのはおそらく、3番手の坂井選手まででしょう。

ゴール直前は古性優作(紫・9番)と脇本雄太(白・1番)の優勝争いに(撮影:島尻譲)

 そのまま最終2センターを回って、最後の直線へ。最終4コーナーで外に出した古性選手が、脇本選手を猛然と差しにいきます。さらにその外から坂井選手も捲りにいきますが、脇本選手や古性選手との差がなかなか詰まらない。その少し後ろから前を追う久木原選手も同様で、とても前には届きそうにありません。差しにいった古性選手がジリジリと脇本選手に迫り、並んだか…と思ったところがゴールラインでした。

これでは競輪をしていないのと同じ

 まるで和歌山記念の再現のようなゴール前で、脇本選手が古性選手にほんのわずかだけ先着したのも、まったく同じ。またしても完全優勝で、脇本選手が今年2回目の記念制覇を成し遂げました。2着は古性選手で3着が坂井選手という結果で、3連単配当は1番人気の450円という非常に堅い決着。車券を獲れた人がそれだけ多かったということですから、この「結果」に喜んだファンは多かったでしょうね。

 しかし、レースの「内容」については、正直なところ酷いものだったと言わざるをえません。競輪をしていないといっても過言ではないですよ。この決勝戦の映像をアーカイブで残さないほうがいいんじゃないか…と思ってしまうくらいで、競輪ファンが「何も面白くなかった」「落胆した」などと感じるのも当然。脇本選手が強かったという、それだけのレースになってしまったのは残念でなりません。

【初 手】←①⑨ ⑤⑧ ④⑦② ③⑥
【打鐘前】←①⑨ ⑤⑧ ④⑦ ③⑥ ②
【入 線】←①⑨ ⑤⑧ ⑦④ ③⑥ ②

 参考までに展開を書き出してみましたが、最初から最後まで、本当に何の動きもないままで終わっている。私も元競輪選手ですから、力が違う近畿勢に対抗するために、できるだけ脚を温存したいという気持ちはわかるんですよ。とはいえ、脇本選手が「無風」で先行できる展開にしてしまったら、勝てるものも勝てなくなる。斬って斬られての繰り返しのなかで、脇本選手に少しでも不利な状況を作り出さないとダメでしょう。

全員が積極的に動くべきだった

 最後方から動かなかった山口選手にも考えがあったのでしょうが、中四国ラインを捌きにいっている時点で、脇本選手を斬ったり抑えにいく気はなかったのでしょうね。その上で「自分以外の誰かが動いてくれ」というのは、他力本願にも程がある。近畿ラインの直後が取れている坂井選手は動く必要がありませんから、残るは中四国ライン先頭の片岡選手しかいないわけですよね。

 そんな動いてほしいラインを捌きにいったら、余計に動けなくなるじゃないですか。そもそも、自分が最後方にいるのに「動きたくない」「誰かに動いてほしい」という考え自体が甘すぎます。脇本選手には内で詰まる状況を避けようとするところが見受けられますから、自分が率先して前を斬りに動くことで他のラインの動きを引き出して、脇本選手を下げさせるべきなんです。

最終バックに入っても隊列は動かなかった(撮影:島尻譲)

 例えば…まずは赤板通過と同時に山口選手が前を斬って、その後に片岡選手が近畿勢を外から抑えにいけば、意図を察した坂井選手はさらに動いて、脇本選手が最悪のタイミングで下げざるをえないカタチを作りあげることができるかもしれない。持ち前のスピードを生かして、ペースが緩んだところを超全力でカマシて、脇本選手に突っ張らせない展開を作りあげることもできたと思いますよ。

 それでも力およばず、脇本選手に勝たれたとしたら、それはそれで仕方がないじゃないですか。やるべきことをやって負けたのであれば、車券を買って応援してくれたファンも納得してくれますよ。でも、今日の山口選手の走りは、脇本選手にはかなわない…と最初から白旗を揚げていたに等しい。戦っていない。その結果、他のラインが脇本選手に立ち向かう機会すら失われてしまっている。

力ある選手だからこそ惜しいレース

 自分が最初に動くのが嫌なのであれば、初手での立ち回りをもっと大事にすべきです。3番車なのですから、初手で最後方というポジションは避けられたはずで、坂井選手が取った「近畿勢の後ろ」を、山口選手が取るのも不可能ではなかった。いまの競輪は初手が本当に大事で、それだけに車番の重要性も上がっている。3番車がもらえた“強み”を生かせば、また違う展開になっていたことでしょう。

 初手で失敗して最後方になったとしても、そうなった場合にどうレースを組み立てるかを考えていないようでは、超一流にはなれません。その結果、ファンに「歴史に残る凡戦」「周回練習」などと言われるレースを、しかも記念の決勝戦で見せてしまったことを、山口選手はおおいに恥じてほしい。立ち向かえるだけの力も、将来性もある選手だからこそ、なおさら口惜しいというか…。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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