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山田裕仁のスゴいレース回顧

【東日本発祥倉茂記念杯 回顧】すべてが“前”しだいである競輪

2023/01/23 (月) 18:00 36

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが大宮競輪場で開催された「東日本発祥倉茂記念杯」を振り返ります。

優勝した深谷知広(撮影:島尻譲)

2023年1月22日(日)大宮12R 東日本発祥倉茂記念杯(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①平原康多(87期=埼玉・40歳)
②郡司浩平(99期=神奈川・32歳)
③佐藤慎太郎(78期=福島・46歳)
④宿口陽一(91期=埼玉・38歳)
⑤中本匠栄(97期=熊本・35歳)
⑥萩原孝之(80期=静岡・45歳)
⑦新山響平(107期=青森・29歳)
⑧吉田有希(119期=茨城・21歳)
⑨深谷知広(96期=静岡・33歳)

【初手・並び】
←⑧①④(関東)②⑨⑥(南関東)⑦③(北日本)⑤(単騎)

【結果】

1着 ⑨深谷知広
2着 ⑤中本匠栄
3着 ③佐藤慎太郎

SS4名を筆頭に豪傑の揃った初日特選

 1月22日には埼玉県の大宮競輪場で、東日本発祥倉茂記念杯(GIII)の決勝戦が行われています。地元の“盟主”である平原康多選手(87期=埼玉・40歳)を筆頭に、このシリーズには4名のS級S班が出場。今年ここまでに開催された2つの記念と同様に、出場選手のレベルが高く、見応えのあるレースが繰り広げられました。

郡司浩平(黒・2番)の番手を回る深谷知広(紫・9番)(撮影:島尻譲)

 初日特選を制したのは、人気の中心でもあった平原選手。新山響平選手(107期=青森・29歳)を叩いて出切った吉田有希選手(119期=茨城・21歳)の番手から鮮やかに抜け出して、宿口陽一選手(91期=埼玉・38歳)との地元ワンツーを決めています。大宮記念の4連覇へ向けて視界よし、というレースでしたね。しかも平原選手は、今年も優勝すると通算10回目の地元記念制覇という快挙となります。

郡司・深谷の番手チェンジが話題に

 この初日特選で注目を集めたのは、平原選手だけではありません。深谷知広選手(96期=静岡・33歳)が郡司浩平選手(99期=神奈川・32歳)の番手を回るというのも、大きな話題となりました。この連係、これまでは常に深谷選手が前だったんですよね。そんな深谷選手が、初めて郡司選手の番手を回る。この試みが、果たしてどういった結果となるのか…と、多くの人の興味をひいたわけです。

 これはおそらく、強力な他地区と今後どのように戦っていくかを見据えた“布石”でしょう。新山選手と新田祐大選手(90期=福島・36歳)を擁する北日本勢や、脇本雄太選手(94期=福井・33歳)と古性優作選手(100期=大阪・31歳)の超強力近畿コンビと互角に張り合うためには、もっと戦い方のバリエーションを増やしていく必要がある。その一環として試したのが、今回の並びだったのではないかと思います。

地元開催4連覇がかかる平原康多(撮影:島尻譲)

 しかし、結果的に初日特選での深谷選手は、郡司選手についていくのが精一杯という内容。番手で走った経験自体が不足していますから、これは致し方ない。あとは新山選手が、前受けから中途半端に突っ張ったあげく、関東勢に叩かれて以降は何もできずに終わるという、最低なレースをしてしまったのも印象的でしたね。結果だけみれば「順当」ですが、見るべきものが本当に多い初日特選でした。

 そんな初日特選のメンバーによる「再戦」となったのが決勝戦。初日特選で落車した小倉竜二選手(77期=徳島・46歳)が萩原孝之選手(80期=静岡・45歳)に入れ替わりましたが、それ以外の8名はまったく同じです。とはいえ、同じ失敗を繰り返さないのがS級S班ですから、展開はガラッと変わってくることでしょう。とくに新山選手は、大きく軌道修正した走りをしてくるはずです。

 南関東勢は再び、先頭が郡司選手で番手に深谷選手という並び。ライン3番手を固めるのが萩原選手です。関東勢は、先頭が吉田選手で番手が平原選手、3番手が宿口選手という、初日特選とまったく同じ並びに。北日本も変わらず、先頭が新山選手で番手が佐藤慎太郎選手(78期=福島・46歳)。中本匠栄選手(97期=熊本・35歳)が単騎というのも、初日特選と変わりません。

初日特選のリベンジに燃える選手たち

 では、決勝戦の回顧に入りましょう。スタートを取りにいったのは平原選手と郡司選手でしたが、車番的に有利な平原選手が先頭のポジションを確保。これで関東勢の前受けが決まって、郡司選手は中団4番手につけます。新山選手は後方7番手からで、最後尾に単騎の中本選手というのが、初手の並び。車番通りではありますが、これは初日特選とは大きく異なります。

 隊列が決まってからはとくに動きがないまま周回を重ねて、赤板(残り2周)を通過。打鐘前の2コーナーを回ったところで、後方の新山選手がついに始動します。中本選手はこれに連動せず、南関東ラインの後ろに切り替えました。そしてレースは打鐘を迎えますが、ここで巧みな動きをみせたのが中本選手。南関東ライン3番手の萩原選手が進路を外に振ったところで、すかさず内から差を詰めて、ポジションを奪取しました。

 同時に、外からは新山選手が一気に前へと迫ります。先頭誘導員が離れたところで吉田選手に並びかけ、少し抵抗する吉田選手を斬って先頭に。前に出られてしまった吉田選手はそれ以上は抵抗せず、3番手に収まろうとします。それもあってペースが緩んだ打鐘後の2センター過ぎで、後方から一気にカマシたのが郡司選手。先頭の新山選手も踏み直しますが、それを叩いて最終1コーナーで先頭に躍り出ます。

地元・平原は抜け出せず後方へ

 中本選手にポジションを奪われ4番手になっていた萩原選手は、郡司選手のダッシュについていけずに離れてしまいましたが、深谷選手はしっかり追走して番手をキープ。新山選手が4番手となりますが、それなりに脚を使ったところを郡司選手に叩かれているので、けっこう苦しいですよね。それ以上に厳しいのが関東勢で、最終2コーナー過ぎでは吉田選手だけが外で浮いて、平原選手と宿口選手は後方という位置取りです。

 最終バックから、挽回を期して吉田選手が捲りに。うまくその後ろに収まった萩原選手や、平原選手と宿口選手がそれに続きますが、萩原選手が再び前と離れて、最終3コーナー手前では吉田選手が単騎で捲るカタチになってしまいます。中団にいた新山選手は、吉田選手の後ろに切り替えて前を追いますが、どちらも伸びはイマイチ。それで空いた内に佐藤選手が突っ込んで、その後ろに平原選手と宿口選手も続きます。

後方でじりじりと走る平原康多(白・1番)(撮影:島尻譲)

 最終2センターでは、外から捲った吉田選手は完全に失速。先頭では郡司選手が踏ん張っており、その番手を回った深谷選手や、その後ろを取りきった中本選手に絶好の展開となりました。それに続くのが、巧くコースを見つけて内から深谷選手の直後まで抜けてきた佐藤選手。平原選手はそれで空いた内に突っ込んでいきますが、抜けてこられるスペースは見当たりません。

見事に番手を回りきった深谷

 そして、最後の長い直線勝負。その入り口で郡司選手が力尽き、深谷選手が先頭に立ちます。その直後の内からは中本選手が、外からは佐藤選手が前を追いますが、その差は詰まるどころか開いていきましたね。内に突っ込んだ平原選手はやはりスペースがなく、外に出せた宿口選手がジリジリと伸びてきますが、時すでに遅し。いい伸びをみせた深谷選手が他を突き放して、先頭のままゴールラインを駆け抜けました。

 昨年夏の小田原以来となる、記念優勝を決めた深谷選手。郡司選手の番手をうまく追走できるかに不安が残るレースでしたが、結果は完勝でした。とはいえ、郡司選手は「深谷選手が追走しやすいように」と、終始意識していたと思いますよ。そういった部分も含めて、今回は普段からお世話になっている深谷選手のために走ったという印象。まさに、郡司選手のおかげですね。

ファンの声援に応える深谷知広(紫・9番)(撮影:島尻譲)

 2着は中本選手で、ペースが緩んだところで萩原選手をうまく捌いて、ポジションをもぎ取ったのが好結果に結びつきましたね。逆に、間隙を突かれたとはいえ、深谷選手の後ろをあっさり手放す結果になってしまった萩原選手は、おおいに反省すべきでしょう。最後までついていけたかどうかは、また別の話です。3着の佐藤選手は、相変わらず立ち回りの巧さが光りましたね。

「競輪は前しだい」を心得ていた郡司

 新山選手は6着という結果でしたが、初日特選での失敗を踏まえて、しっかりとやるべきことをやっている。その上をいって見事にラインから優勝者を出した、郡司選手の走りを褒めるべきでしょう。最後はさすがに失速して8着に終わったとはいえ、ライン戦の駆け引きについては、郡司選手の圧勝。それとは対照的に、駆け引きにおいて完敗だったのが、関東勢の先頭を務めた吉田選手です。

 正直なところ、初手で前受けを選んだこと自体が、私には失策だったとしか思えないんですよ。そこから突っ張って主導権を奪って、あとは番手の平原選手に任せる…といった青写真だったのかもしれませんが、それにしては中途半端な走りをしてしまっています。脚を使ってから引いて、500mバンクでこの強い相手に対して巻き返せるかといえば、どう考えても厳しいですよ。

 初手では南関東勢に前受けしてもらって、自分は中団からレースを組み立てたほうが、はるかに勝ち目がある。それに今回、郡司選手には「深谷選手の追走」という不安要素があるわけで、前受けから思いきったレースはしづらいですからね。番手に、地元記念の4連覇や通算10回目の優勝という大記録のかかる平原選手がいることを、ちょっと意識しすぎた面があるかもしれません。

 よく言われることですが、競輪は「すべては前しだい」という競技。先頭を任された選手には、機動力だけでなく、どういったレースの組み立てでラインから優勝者を出すかという戦略性の高さが問われます。この決勝戦は、それがとくに色濃く出たレースになったという印象ですね。レースに勝利したのは深谷選手でしたが、レースを“支配”したのは郡司選手だった。そんな決勝戦だったといえます。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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