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山田裕仁のスゴいレース回顧

【寛仁親王牌 回顧】揺るがないからこそ“ルール”

2022/10/24 (月) 18:00 103

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが前橋競輪場で開催されたGI「寛仁親王牌・世界選手権記念トーナメント」を振り返ります。

優勝した新田祐大(撮影:島尻譲)

2022年10月23日(日) 前橋12R 寛仁親王牌・世界選手権記念トーナメント(GI・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①古性優作(100期=大阪・31歳)
②平原康多(87期=埼玉・40歳)
③守澤太志(96期=秋田・37歳)
④小松崎大地(99期=福島・40歳)
⑤松浦悠士(98期=広島・31歳)
⑥井上昌己(86期=長崎・43歳)
⑦吉田拓矢(107期=茨城・27歳)
⑧稲川翔(90期=大阪・37歳)
⑨新田祐大(90期=福島・36歳)

【初手・並び】
←⑦②(関東)⑤⑥(混成)①⑧(近畿)⑨④③(北日本)

【結果】
1着 ⑨新田祐大
2着 ③守澤太志
3着 ⑤松浦悠士

グランプリ出場を賭けた大一番が始まった

 朝晩の気温がグッと下がって、秋の深まりを感じている今日この頃。10月23日には群馬県の前橋競輪場で、寛仁親王牌・世界選手権記念トーナメント(GI)の決勝戦が行われています。このシリーズが終わると、今年の特別競輪は小倉での競輪祭(GI)を残すのみ。平塚での「KEIRINグランプリ2022」出場権をめぐる戦いが、いよいよ佳境を迎えます。

 初日の日本選手会理事長杯は、出場メンバーがすべてS級S班という、昨年のKEIRINグランプリさながらの一戦。このレースを勝ったのは清水裕友選手(105期=山口・27歳)で、翌日のローズカップは松浦悠士選手(98期=広島・31歳)が勝利と、序盤は中国ゴールデンコンビが存在感を発揮していましたね。しかし、清水選手は準決勝で敗退。中国勢は残念ながら、松浦選手だけが勝ち上がる結果となりました。

ローズカップを制した松浦悠士(撮影:島尻譲)

 デキのよさが目立っていたのは、やはり古性優作選手(100期=大阪・31歳)でしょう。中団から一気に捲った二次予選や、道中は巧く立ち回って直線では新田祐大選手(90期=福島・36歳)を差した準決勝など、見どころ十分の内容でしたからね。決勝戦での近畿勢は2車ラインとなりましたが、番手が稲川翔選手(90期=大阪・37歳)というのは、古性選手にとってかなり心強いはずです。

 2名が勝ち上がった関東勢は、吉田拓矢選手(107期=茨城・27歳)が前で、番手に平原康多選手(87期=埼玉・40歳)という組み合わせ。決勝戦へと駒を進めた選手で、もっとも逃げる可能性が高いのは、吉田選手でしょう。とはいえ、徹底先行型というわけではありませんから、彼が主導権を奪うかどうかはレースの流れ次第。グランプリ出場に向けての賞金加算を考えるならば、捲ったほうがいいかもしれませんからね。

3日目10Rの準決勝を制した吉田拓矢(撮影:島尻譲)

 唯一の3車ラインとなったのが北日本勢で、その並びがどうなるかが注目されましたが、先頭は新田祐大選手(90期=福島・36歳)に任されました。番手を回るのは小松崎大地選手(99期=福島・40歳)で、3番手は守澤太志選手(96期=秋田・37歳)が固めるという強力な布陣です。ただし、ここは「ヨコの動き」ができる選手が多いので、新田選手の番手を狙って、捌きにこられる可能性もあります。

 そして松浦選手は、ここは九州の井上昌己選手(86期=長崎・43歳)とタッグを組みます。2日目のローズカップを勝っている松浦選手ですが、そのデキは「良くも悪くもない」といった印象。それでも、レースの組み立ての巧さで安定した結果を残せるのが、彼の大きな強みですよね。今度はどんな戦略で優勝を目指してくるのか…と、大舞台では常に目が離せない存在といえるでしょう。

 徹底先行型が不在で、誰が主導権を奪うのかも判然としない混戦模様。それにこのシリーズには、現在“最強”の二文字を背負う、脇本雄太選手(94期=福井・33歳)の姿もありません。それだけに、展開次第で誰にでも優勝のチャンスがある。獲得賞金が少なく、ここで勝たないことにはグランプリ出場が叶わない選手にとっては、いつも以上に気合いが入る決勝戦となりました。

初手で先頭を奪ったのは関東ライン

 それでは、レース回顧に入りましょう。スタートの号砲が鳴って最初に出ていったのは井上選手でしたが、内の車番だった平原選手がそれを制して先頭に。これで関東勢の前受けが決まって、その後ろの3番手に松浦選手がつけます。近畿ライン先頭の古性選手は5番手で、北日本の3車は最後方から…というのが、初手の並びです。問題は、ここから誰がどう動いていくのか、ですね。

 最初に動いたのは、後ろ攻めとなった北日本勢。青板(残り3周)周回のバックで先頭誘導員が離れたところで、吉田選手を斬って先頭に立ちます。この動きについていったのが古性選手で、間髪を入れず2センターで新田選手を斬って、先頭で赤板(残り2周)のホームに入ってきます。新田選手が3番手、松浦選手が6番手、吉田選手が8番手に変わって、レースは残り2周となりました。

迫りくる後方を何度も確認する先頭集団(撮影:島尻譲)

 次はいつ動くかとファンが固唾をのんで見守るなか、後方にいた吉田選手が、打鐘前の2コーナーから始動。ペースが緩んだところを外からカマシ気味に上がっていき、新田選手の外を通過したところで、打鐘を迎えます。そのまま一気に先頭の古性選手を叩きにいくか…と思われましたが、新田選手が前との車間をきって空けていたスペースに、これ幸いとすっぽり収まりました。

 先頭は変わらず古性選手のままで、打鐘後の2センターを通過。最後方のポジションとなっていた松浦選手が、ここで機敏に動いて位置を押し上げにかかります。その直後、「逃げさせられる展開」になったと腹をくくった古性選手が、全力でスパートを開始。先頭が古性選手で3番手に吉田選手、5番手の新田選手に外から捲りにいった松浦選手がフタをするという隊列で、最終ホームを通過します。

新田選手は内に詰められて身動きが取れず

 最終1センター過ぎでは、内の新田選手と外の松浦選手が激しくやり合って、新田選手は内に押し込められるカタチに。松浦選手はそのまま内圏線ギリギリのところで加速して、平原選手の内に入り込みます。こうなると新田選手は、松浦選手の後ろまで下げざるをえません。そして2コーナーを回ると、少し息を入れていた吉田選手が再び始動して、前を捲りにかかりました。

 稲川選手は、古性選手と少し車間をきった状態で何度も後ろを振り返りながら、吉田選手の捲りを牽制。外に出した吉田選手がそれを乗り越えようとしますが、一度バックを踏んで脚を消耗しているのもあってか、自転車がなかなか前に出ていきません。その直後のインに忍び寄るのは松浦選手で、最終バックでは前を射程圏に入れて虎視眈々。ずっと内で詰まっている新田選手は、かなり厳しい位置取りです。

新田祐大(紫・9番)を封じて前に忍び寄る松浦悠士(黄・5番)(撮影:島尻譲)

 ここで、進路を外に切り替えた瞬間から猛烈な伸びをみせたのが、北日本ラインの3番手にいた守澤選手。前では、外から並んできた吉田選手を稲川選手が内からブロックして、古性選手の直後が空きます。そこに松浦選手が突っ込みますが、外を回る守澤選手の勢いは、一気にすべてを飲み込むほど。しかし、稲川選手に張られた吉田選手のあおりを受けて、進路がかなり外に膨らんでしまいました。

 最終3コーナーの攻防で選手やファンの意識が「外」に向いた瞬間、最内の最短コースをついて一気に捲ってきたのが新田選手。前との差を瞬時に詰めて、最終2センターでは外帯線上にいた松浦選手の内にまで進出。新田選手は、そのままの勢いで直線の入り口では先頭を走る古性選手の「さらに内」を突いて、先頭に並びかけます。大外、イエローライン近くを回らされた守澤選手とは対照的でしたね。

大外を回ってきた守澤太志(赤・3番)と一瞬を逃さず内を突いた新田祐大(紫・9番)(撮影:島尻譲)

 そして最後の直線。内をすくった新田選手と逃げた古性選手の先頭争いとなりますが、古性選手は直線なかばで脚が鈍り、新田選手が前に出ます。そこを追ってきたのが松浦選手と稲川選手で、古性選手は捉えるも、先に抜け出した新田選手に届くかまでは微妙なところ。そこに外から飛んできたのが守澤選手で、松浦選手と稲川選手を瞬時に抜き去り、新田選手を捲りきるか…という勢いで迫ったところが、ゴールラインでした。

“偉業”達成の新田祐大が思わず見せた涙

 先頭でゴールを駆け抜けたのは、新田選手。僅差で守澤選手が続き、少し離れて松浦選手、稲川選手、古性選手という順で入線しました。しかし、ゴール後に3コーナーと4コーナーの赤ランプが点灯して審議に。審議対象は、1位で入線した新田選手と8位入線の井上選手です。新田選手は昨年の弥彦・寛仁親王牌でも審議対象となり、斜行で失格となっているんですよね。それを思い出したという方も多かったのではないでしょうか。

 審議されたのは、新田選手の最終4コーナーでの走りが、「外帯線の内側を前走する選手を内側から追い抜いてはいけない」というルールに抵触しているかどうか。いわゆる、内側追い抜きですね。井上選手は、小松崎選手との接触についてでしょう。このレースを勝てば、新田選手は史上4人目となる競輪グランドスラムを達成。さらに、KEIRINグランプリ出場も決まります。

インタビューで涙を見せた新田祐大(撮影:島尻譲)

 さてどうなるか…と思われましたが、結果は「セーフ」。緊張の糸が一気に緩んだのか、新田選手は優勝者インタビューで涙を見せていましたね。それに、今年は5月のダービーでの負傷もあって、何かと順調さを欠いていたというのもある。でも、この優勝ですべてが報われたことでしょう。グランドスラム達成という“偉業”を成し遂げたことも含めて、素直に賛辞を贈りたいですね。

いいレースをするためにもルールが必要

 惜しかったのが、僅差の2着に終わった守澤選手。準決勝でも直線では矢のような伸びをみせていましたが、決勝戦での脚はそれ以上にインパクトがありましたよ。タラレバになりますが、最終3コーナーであおりを受けていなかったら、そのまま突き抜けていたでしょうね。タイトルに手が届きそうで届きませんが、どこかでアッと言わせてくれそうな気がしますよ。

 そして「悔しかった」のは古性選手。審議についてはさておき、もっと内をタイトに締めて回っていれば…という後悔の念は、あって当然ですからね。その場合には守澤選手が外から捲りきっていたかもしれませんが、それはまた別の話。レース後に「あれはやってはいけなかった」と語っていたように、新田選手が「内をすくえる」と判断するような走りをしたこと自体が、大きなミスだったといえます。

 たいへん見応えのある決勝戦で、どの選手も気持ちが前面に出たいい走りをしていた。それだけに、このまま筆を置きたい気持ちもありますが……最後にひと言だけ付け加えておきましょう。どんな競技もそうですが、大事なのはルールが明確であり、それがどのようなケースでも同様に適用されること。今回の新田選手の走りは、アウトの判定であっても文句は言えなかったと思うんですよ。

 結果はセーフだったわけですが、それならば今後に同様の事象が起きた場合には、すべてセーフと判定されなければおかしい。当然、その逆もしかりです。それが“ルール”というもので、ここがブレてしまうと、ファンから一気に愛想を尽かされることもあり得る。それに選手も、攻めるべきポイントとそうでないポイントを判断できなくなる。難しいのは承知の上で、ルールのさらなる明確化と、よりシビアな運用を求めたいですね。

寛仁親王牌が終わり、今年のGIはあとひとつ(撮影:島尻譲)

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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