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山田裕仁のスゴいレース回顧

【善知鳥杯争奪戦 回顧】中野慎詞が受けた先輩からの手痛い“洗礼”

2022/09/12 (月) 18:00 73

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが青森競輪場で開催されたGIII「みちのく記念 善知鳥杯争奪戦」を振り返ります。

優勝した吉田拓矢(撮影:島尻譲)

2022年9月11日(日) 青森12R 開設72周年記念 みちのく記念 善知鳥杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①中野慎詞(121期=岩手・23歳)
②清水裕友(105期=山口・27歳)
③和田真久留(99期=神奈川・31歳)
④三谷将太(92期=奈良・36歳)
⑤新山響平(107期=青森・28歳)
⑥内藤宣彦(67期=秋田・51歳)
⑦吉田拓矢(107期=茨城・27歳)
⑧椎木尾拓哉(93期=和歌山・37歳)
⑨郡司浩平(99期=神奈川・32歳)

【初手・並び】
←②④(混成)⑨③(南関東)①⑤⑥(北日本)⑦⑧(混成)

【結果】
1着 ⑦吉田拓矢
2着 ③和田真久留
3着 ⑨郡司浩平

無敗の新星がついに来た

 9月11日には青森競輪場で、善知鳥杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。S級S班からは、郡司浩平選手(99期=神奈川・32歳)と清水裕友選手(105期=山口・27歳)、吉田拓矢選手(107期=茨城・27歳)の3名がここに出場。いずれもまだ若くてイキのいい選手ばかりですが、このシリーズではさらに若々しい“新星”の活躍が、おおいに注目を集めることになりました。

 それが、今年デビューの新人である中野慎詞選手(121期=岩手・23歳)。まだアマだった2020年にナショナルチーム入りを果たし、競輪選手養成所ではゴールデンキャップを獲得。昨年末には早期卒業認定を受けるなど、プロデビュー前から何かと注目を集めていた選手ではあります。とはいえ、デビューから30戦無敗のまま記念の決勝にまで勝ち上がってくるとは…さすがに驚かされましたよ。

歓声に応える中野慎詞(撮影:島尻譲)

 次世代のスター候補であるのは言うまでもなく、ゆくゆくは脇本雄太選手(94期=福井・33歳)のように、オリンピックの日本代表や“最強”の二文字を背負うような存在へと成長するかもしれませんね。しかし、この強力な相手に対して、現時点でどこまでやれるかは未知数。3名のS級S班がキッチリと勝ち上がったのもあって、決勝戦はかなりレベルが高いメンバーになりました。

 まずは、3名が勝ち上がった北日本ラインから。先頭を任されたのは前述の中野選手で、その番手は地元である新山響平選手(107期=青森・28歳)が回ります。このシリーズでの新山選手の動きはイマイチで、調子はあまりよくない様子。とはいえ、中野選手がすんなり主導権を奪う展開になれば、優勝争いができて当然です。ラインの3番手は、内藤宣彦選手(67期=秋田・51歳)が固めます。

 デキのよさが目立っていたのが南関東の2名で、こちらは郡司選手が先頭。レースの組み立てが巧い選手ですから、北日本勢にやすやすと主導権を奪われない走りを仕掛けてくることでしょう。番手は和田真久留選手(99期=神奈川・31歳)で、郡司選手を何度も直線で差しているように、絶好調といえるデキ。郡司選手の走り次第では、ここは優勝が十分に狙えるはずです。

準決勝ではワンツーを決めている和田真久留と郡司浩平(撮影:島尻譲)

 近畿の2名は連係せず、それぞれS級S班の後ろを回ることに。清水選手の番手を選んだのが三谷将太選手(92期=奈良・36歳)で、吉田選手の後ろには椎木尾拓哉選手(93期=和歌山・37歳)がつきます。面白そうなのが吉田選手のラインで、いい着順での勝ち上がりではありませんでしたが、レースではしっかり動けていて。落車のダメージはまだ残っていますが、少しずつ調子を上げてきている印象でした。

序盤からSS選手にマークされる中野選手

 では、決勝戦の回顧に入りましょう。好調な機動型が多いだけに、初手の並びがどうなるかが注目された一戦。スタートが切られて先頭に立ったのは、意外にも清水選手でした。その後ろの3番手が郡司選手で、中野選手は5番手から。車番的には北日本が前受けしそうなものですが、そうしないほうがいいという「作戦」だったのでしょう。そして後方8番手に吉田選手というのが、初手の並びです。

 レースが動き出したのは、青板(残り3周)のバックから。後方にいた吉田選手がゆっくりとポジションを押し上げ、5番手を走る中野選手の外を併走して、その動きを抑えにいきます。このままだと中野選手は、動きたくとも動けなくなる。しかし、中野選手はそのままポジションを下げませんでしたね。この隊列に変化のないままで、赤板(残り2周)を通過しました。

吉田拓矢(橙)に抑え込まれた中野慎詞(白)(撮影:島尻譲)

 1コーナーを通過したところで、中野選手はようやくポジションを下げて後方に。各ライン先頭の選手はこまめに振り返って、中野選手がどこから動くのかを確認しつつ、レースが進みます。そして打鐘前に先頭誘導員が離れたところで、ついに中野選手が始動。一気のダッシュで前に迫ろうとしますが…その差がなかなか詰まりません。打鐘と同時に他のラインも加速しているんですから、当然ですよね。

中野選手が単騎で前を追う展開に

 主導権を「取らされる」結果となった先頭の清水選手は、腹をくくってスパートを開始。その後も中野選手は必死に追いすがりますが、仕掛けを合わされているので差は詰まらず、このタイミングでは主導権を奪いにいくこともできません。それを察した番手の新山選手は、打鐘後の3コーナーで自ら「降り」ましたね。椎木尾選手の後ろに切り替えて、そこからの自力勝負を選択しました。

 単騎で浮いたカタチとなってからも中野選手は前を追いすがりますが、4番手を走る和田選手の外までいくのが精一杯。最終2コーナーで和田選手のブロックを受けたのもあって、一気に失速してしまいます。先頭は変わらず清水選手で、絶好の展開をモノにした郡司選手が3番手をキープ。ここで動いたのが5番手にいた吉田選手で、和田選手の内にできた狭いスペースへと、果敢に突っ込みます。

 これが好判断で、番手の椎木尾選手は入っていけずに離れてしまいますが、吉田選手はスルスルと郡司選手の内にまで進出。最終3コーナー手前では後方にいた新山選手も仕掛けて、外からの捲りで一気に前へと迫ります。郡司選手も外に出して前を捲りにいきますが、三谷選手がこれをブロック。最後の直線の手前で、イエローライン付近まで外に振られてしまいました。

吉田拓矢を追う南関東ラインの二人(紫・赤)(撮影:島尻譲)

 郡司選手が外に振られたことで、外から捲りにいっていた新山選手は、さらにその外を回らされるカタチに。これで新山選手は、かなり厳しくなりました。逆に、三谷選手がブロックに動いたことで詰まっていた前が一気に開けたのが、その直後にいた吉田選手と和田選手。吉田選手は最短距離を通って先頭の清水選手に並びかけて、それを和田選手と郡司選手が追う態勢で、最後の直線に入ります。

積極性と強運で勝利をつかんだ吉田拓矢

 ここまで先頭で頑張り抜いていた清水選手ですが、直線の入り口で残念ながら一杯に。それを吉田選手が一瞬で抜き去って、先頭に立ちます。それを内から和田選手、外からは郡司選手が追いますが、青森の長い直線でもちょっと届きそうにない態勢。結局そのまま態勢は変わらず、先に抜け出した吉田選手が先頭でゴールを駆け抜けて、今年3度目の記念優勝を決めています。

直線でも吉田拓矢を抜くものはいなかった(撮影:島尻譲)

 オールスター競輪(GI)で落車して、そのダメージを抱えての復帰戦となった吉田選手ですが、この決勝戦での動きはお見事でしたね。まずは北日本ラインを抑え込み、その後に南関東勢の間隙をついて内から3番手まで進出と、自分から積極的に「動く」競輪で勝機を逃しませんでした。勝負どころで内に詰まるかと思われましたが、そこがキレイに開くという“運”にも恵まれましたね。

 惜しかったのが郡司選手で、いい展開が転がり込んできたのもあって、仕掛けをできるだけ遅らせようとしたんでしょう。風が強かったことや、和田選手に差される結果が続いていたのも、背景にあると思いますよ。後続をできるだけ引きつけて、通常よりもワンテンポ遅く仕掛けたのが裏目に出たという印象。もっと早くから前を捲りにいっていたら、また違った結果が出ていたかもしれません。

中野選手の敗北は伸びしろにつながっている

 注目された中野選手については、ひと言でいえば「経験不足」です。勝ち上がりの過程においても、1着こそ取ってはいましたがレース組み立ては良くも悪くも“雑”で、脚力で押し切っていましたよね。北日本のスター候補というのもあって、番組面で少し優遇されていた面もあったと思います。そんな彼が決勝戦では、レース巧者のS級S班から徹底的にマークされてしまった。となれば、これも致し方のない結果といえます。

 レースを見ていた多くのファンが思ったでしょうが、吉田選手に外から抑えにこられたとき、スッと後方に引いてしまえばよかったんですよね。その後に、自分のタイミングでカマシて先行するなり、前を斬るなりしたほうが絶対にいい。それができる時間的な余裕もあったはずなんですが…おそらくは最初に立てていた作戦に拘泥して、機を逸してしまったのでしょう。

 個人的には、「初手で前受けして以降は誰がきても全ツッパ」というシンプルな組み立てでよかった気がしますが、それだと他のラインに次々と斬られて、最悪のポジションとなってしまう危険性もある。富山記念で松浦悠士選手(98期=広島・31歳)が見せたような、前で突っ張れないカマシが飛んでくると対応できませんからね。それを避けるために、あえて前受けしなかったのではないか…というのが、私の推量です。

30勝記念のポーズをとる中野慎詞(撮影:島尻譲)

 もっとも、彼はまだまだこれからの選手。今回はS級S班の先輩から手痛い洗礼を食らいましたが、9車立てのレースでの経験を積んでレースの組み立てを覚えていくことで、どんどん強くなりますよ。荒削りであるということは、そのぶん伸びしろが大きいということ。今後の競輪を盛り上げていくためにも、中野選手にはこの経験を糧にして、さらなる成長を遂げてもらいたいですね。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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