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山田裕仁のスゴいレース回顧

【長良川鵜飼カップ 回顧】松浦悠士の“強さ”の背景にあるもの

2022/09/05 (月) 18:00 39

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが岐阜競輪場で開催されたGIII「長良川鵜飼カップ」を振り返ります。

優勝した松浦悠士(撮影:島尻譲)

2022年9月4日(日) 岐阜12R 開設73周年記念 長良川鵜飼カップ(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①山口拳矢(117期=岐阜・26歳)
②佐藤慎太郎(78期=福島・45歳)
③眞杉匠(113期=栃木・23歳)
④大槻寛徳(85期=宮城・43歳)
⑤平原康多(87期=埼玉・40歳)
⑥志田龍星(119期=岐阜・24歳)
⑦松浦悠士(98期=広島・31歳)
⑧川口聖二(103期=岐阜・28歳)
⑨岩本俊介(94期=千葉・38歳)

【初手・並び】

←③⑤(関東)⑦④(混成)⑥①⑧(中部)⑨②(混成)

【結果】
1着 ⑦松浦悠士
2着 ⑤平原康多
3着 ④大槻寛徳

注目は自力揃いの中部ライン

 9月4日には岐阜競輪場で、長良川鵜飼カップ(GIII)の決勝戦が行われました。初日特選を走っていた選手が7名も決勝戦に進出したように、おおむね順当といえる結果が多かったこのシリーズ。ここが落車負傷からの復帰戦だった佐藤慎太郎選手(78期=福島・45歳)や、松浦悠士選手(98期=広島・31歳)に平原康多選手(87期=埼玉・40歳)といったS級S班も、揃って決勝戦に勝ち上がっています。

復帰した佐藤慎太郎(3番)の姿に安心したファンは多い(撮影:島尻譲)

 とはいえ、さすがに佐藤選手はまだダメージが癒えていない様子で、本調子にはないという印象。それでもキッチリ勝ち上がってくるのが、彼のすごいところですよね。同様に眞杉匠選手(113期=栃木・23歳)も復帰戦でしたが、こちらは思った以上に動けていました。あとは地元である岐阜の選手も、ここを目標にしっかりと身体をつくってきたのもあって、総じていいデキだったと思います。

 なかでも調子のよさが際立っていたのが、S級の決勝戦で走るのは今回が初となる志田龍星選手(119期=岐阜・24歳)。その勢いを買って、3名が勝ち上がった岐阜勢の先頭を任されました。番手を回るのは、地元のエース級としての活躍が期待される山口拳矢選手(117期=岐阜・26歳)。3番手を固めるのは川口聖二選手(103期=岐阜・28歳)と、自力がある選手ぞろいの若々しいラインとなりました。

左から川口聖二、志田龍星、山口拳矢の岐阜の3人組(撮影:島尻譲)

 2車ラインとなった関東勢は眞杉選手が先頭で、無傷の3連勝で決勝戦へと駒を進めた平原選手が番手を回ります。初日特選と準決勝でも連係して結果を出しているコンビで、眞杉選手は決勝戦でも、主導権を積極的に奪いにいくレースを仕掛けてくるはず。平原選手はヨコの動きで捌く競輪もできるので、同じく主導権を取りたい地元・岐阜勢にとっては、かなりの脅威といえるでしょう。

 北日本の2名は、連係せずに別線での勝負を選択。佐藤選手は、初日特選や準決勝でも連係していた岩本俊介選手(94期=千葉・38歳)の後ろを回ります。このシリーズでの岩本選手はかなり調子がよく、侮れない存在に。主導権を争って前がもがき合う展開にでもなれば、なおさら面白いはずです。本調子にはないとはいえ、佐藤選手が番手というのは、岩本選手にとっても心強いですよ。

大槻寛徳は松浦悠士の番手を選択(撮影:島尻譲)

 大槻寛徳選手(85期=宮城・43歳)は、空いていた松浦選手の番手を選びました。先日の富山記念で素晴らしい走りをみせた松浦選手ですが、このシリーズの二次予選では、スタート直後に落車のアクシデントがあって再発走に。そのダメージが心配されましたが、それを感じさせない走りで二次予選を快勝し、準決勝でも自在の立ち回りで後方から2着にまで追い上げています。

 以上の四分戦となった決勝戦。まずは、関東と岐阜のどちらが主導権を奪うかが注目されます。岐阜勢が楽に主導権を奪っての「二段駆け」といったカタチになると、他のラインは力を出せないまま封殺されてしまう。それを避けるために、各選手がどのような戦略や戦術で対抗してくるのか。機動型の選手が好調なのもあって、ライン入り乱れての大混戦となることも十分に考えられる一戦でした。

VS岐阜勢が予想された決勝戦

 では、レースの回顧といきましょう。好スタートから迷わず前の位置を取りにいったのは平原選手で、関東勢は「前受け」を最初から狙っていましたね。その直後の3番手につけたのは松浦選手で、岐阜勢の先頭である志田選手は5番手から。そして最後方の8番手に岩本選手というのが、初手の並びです。ある程度は想定していましたが、車番とは大きく異なる並びになりましたね。

 最初に動いたのは後方にいた岩本選手で、セオリー通りに赤板(残り2周)の手前から動いて、先頭の眞杉選手を斬りにいきます。そして志田選手も、岩本選手と佐藤選手が通過後に進路を外にとって、これに追随。しかし、先頭の眞杉選手は突っ張る構え。先頭誘導員が離れたところで前へと踏んで、岩本選手を出させません。前受けからの突っ張りは、事前のレースプラン通りでしょう。

大外から並びに来た志田龍星(緑6番)(撮影:島尻譲)

 岩本選手は引きますが、ポジションは下げずに松浦選手の外を追走。そのさらに外を回った志田選手が、赤板過ぎの2コーナーから始動して、前を叩きにいきます。先頭の眞杉選手も流さずに踏んでいますから、これは「かなり強引に主導権を奪いにいった」カタチ。一気にペースが上がって、志田選手が眞杉選手に外から並びかけたところで、レースは打鐘を迎えます。

 打鐘後の3コーナーで志田選手が先頭に立ちますが、その際に平原選手は岐阜勢の3番手を走る川口選手を内からブロックして、ライン分断に成功。また、眞杉選手も志田選手と山口選手の車間が開いた間隙をついて内から山口選手のポジションをうかがいますが、ここは山口選手がリカバリーして番手をキープ。眞杉選手が3番手、松浦選手が5番手、岩本選手が8番手という隊列で、最終ホームを通過しました。

3選手の同時捲りでレースは急展開

 そのままの隊列で最終2コーナーを回りますが、先頭の志田選手は打鐘前から全力とあって、そう余力はありません。それを見越した眞杉選手は、最終バック手前からの仕掛けで捲りにいって、山口選手に外から並びかけます。その直後、ほぼ同じタイミングで仕掛けたのが松浦選手。そこまでじっと動かずに脚を温存できているのもあって、一瞬のうちに眞杉選手の外まで詰め寄ってしまいます。

後ろを確認して仕掛ける眞杉匠(赤3番)(撮影:島尻譲)
松浦悠士(橙7番)と山口拳矢(白1番)も同時に捲って先頭との距離を詰める(撮影:島尻譲)

 眞杉選手の仕掛けに合わせて、山口選手も番手捲り。しかし、序盤からかなり脚を使わされる展開でもあり、外から捲る眞杉選手のほうが脚色がいい。さらにその上をいったのが松浦選手で、眞杉選手をあっさり捲りきる勢いです。松浦選手の番手にいた大槻選手は、後方の動きに気をやった瞬間に松浦選手が仕掛けたことで離れてしまいましたが、そこから必死に前を追います。

 眞杉選手の番手にいた平原選手は、外から捲った松浦選手の直後が空いているのを察知すると、瞬時にスイッチ。大槻選手はその後ろにつけて、直線での挽回を期します。さらに後方からは岩本選手と佐藤選手も差を詰めてきましたが、先頭に立った松浦選手はまだ余力十分で、ちょっと届きそうにない。優勝争いは、松浦選手と平原選手という実力者の勝負となりました。

マッチレースを制したのは松浦悠士(橙7番)(撮影:島尻譲)

 最後の直線で外に出した平原選手が追いすがりますが、先頭で粘る松浦選手との差はほとんど変わらないまま。その後ろの大槻選手や岩本選手とは差が開いて、マッチレースの様相となります。しかし、松浦選手の脚色は最後まで鈍らず、余裕をもって先頭でゴールイン。富山記念と同様に立ち回りの巧さを存分に生かした内容で、平原選手以下の追撃を見事に退けてみせました。

抜群の戦略性で優勝を勝ち取った松浦選手

 2着が平原選手で3着が大槻選手ですから、結局は道中で脚をうまくタメられた選手が上位を独占したカタチ。逆に、「ここは何が何でも主導権を!」と考え、序盤から脚をかなり使わされることになった志田選手や山口選手は、結果を残すことができずに終わってしまいました。キャリアが浅いので致し方のない面があるとはいえ、志田選手はバカ正直に主導権争いをしてしまった感がありますね。

 私がよく言うのが「競輪は相手が嫌がることをしてナンボ」だということ。それが強い相手の力を削ぐことにつながり、ひいては自分のラインや自分自身が好結果を出せることにつながります。今回の志田選手の動きは、他の陣営からすると想定内どころか“想定通り”ですから、周りはいくらでも手が打てる。関東勢が初手で迷わず前受けを選んだのも、そうした動きの一環といえます。

 レース戦略という観点において、そのさらに上をいったのが松浦選手。「関東の前受けならばその後ろに展開が向く」と、瞬時に判断しているんですよ。眞杉選手の性格や、平原選手が番手という並びから考えて、岐阜勢に楽に主導権を取らせることはないはず。突っ張るにせよ、いったん前に出させてから叩くにせよ、展開がもっとも向くのが「関東の直後」となる可能性は、かなり高いですから。

最初に関東勢の後ろを選べるのがすでに強い(撮影:島尻譲)

 そういった戦略性の高さを支えるのが、確かな脚力。しかもそれを、道中でのロスを抑えて無駄なく発揮できるんですから、そりゃあ強いですよ。今回の決勝戦なんて、初手で関東勢の後ろを取ってからは、そのポジションを維持しているだけ。ほぼサラ脚で捲っているわけですから、山口選手はもちろん、眞杉選手も抵抗できません。仕掛けるタイミングもパーフェクトでしたね。

 このシリーズでの松浦選手については、メンタル面の強さも感じましたね。二次予選での落車と再発走は、普通の選手であればかなりの動揺があって当然なんですよ。いつも乗っている自転車とのわずかな差が、走りを大きく左右するのが競輪選手というもの。車輪の交換などがあったとは思えない集中力のある走りには、本当に感服させられましたよ。これも、松浦選手の強さを支える重要な要素のひとつでしょう。

ゴール後に笑い合う平原康多と松浦悠士(撮影:島尻譲)

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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