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山田裕仁のスゴいレース回顧

【阿波おどり杯争覇戦 回顧】“想定外”への対応が遅れた太田竜馬

2022/07/04 (月) 18:00 33

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが小松島競輪場で開催されたGIII「阿波おどり杯争覇戦」を振り返ります。

3月の名古屋に続き2度目の記念Vを飾った眞杉匠(撮影:島尻譲)

2022年7月3日(日) 小松島12R 開設72周年記念 阿波おどり杯争覇戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①小倉竜二(77期=徳島・46歳)
②眞杉匠(113期=栃木・23歳)
③松浦悠士(98期=広島・31歳)
④室井健一(69期=徳島・51歳)
⑤山田庸平(94期=佐賀・34歳)
⑥高久保雄介(100期=京都・35歳)
⑦太田竜馬(109期=徳島・26歳)
⑧志智俊夫(70期=岐阜・49歳)
⑨阿竹智史(90期=徳島・40歳)

【初手・並び】
←⑦⑨①(四国)②(単騎)③④(中四国)⑤(単騎)⑥⑧(中近)

【結果】
1着 ②眞杉匠
2着 ⑧志智俊夫
3着 ③松浦悠士

”数”で圧倒する地元・徳島勢VS.中近ライン、単騎の構図

 今年もあっという間に上半期が終了して、後半戦に突入。7月3日には小松島競輪場で、下半期で最初の「記念」である、阿波おどり杯争覇戦(GIII)の決勝戦が行われています。海のすぐ側という立地もあって、風の影響を受けやすいのが小松島バンクの特徴。幸い雨こそ降りませんでしたが、ホームに風速4m近くの強い向かい風が吹くなかでの決勝戦となりました。

 S級S班からは、佐藤慎太郎選手(78期=福島・45歳)と松浦悠士選手(98期=広島・31歳)の2名が出場。しかし佐藤選手は残念ながら準決勝で5着に敗退して、決勝戦進出とはなりませんでした。シリーズを通しておおいに存在感を発揮したのが四国勢で、地元・徳島の選手が4名も決勝戦に勝ち上がり。そこに松浦選手を含めると、過半数である5名が中四国勢ですから、“数”の面での優位は圧倒的です。

 その「並び」がどうなるのか注目されましたが、決勝戦は太田竜馬選手(109期=徳島・26歳)が先頭のオール徳島ラインと、松浦選手が先頭の中四国ラインに分かれて戦うことに。これは、ラインが長いと分断されやすくなるという理由のほかに、中四国のエースである松浦選手を単騎にするわけにはいかない…といった配慮もあったのでしょうね。でも、これでレースの面白味はグッと増しましたよ。

 主導権を奪うと誰からも目されていたのが、太田選手が先頭を任された四国ライン。太田選手は二次予選、準決勝と強気な先行でいずれも1着と、かなりのデキのよさをみせていました。その番手を回るのは阿竹智史選手(90期=徳島・40歳)で、初の地元記念制覇が期待されるところ。3番手を固めるのが小倉竜二選手(77期=徳島・46歳)というのも、太田選手にとっては心強いでしょう。

 好調さをアピールしていた松浦選手の後ろには、室井健一選手(69期=徳島・51歳)がつくことに。別線になったとはいえ、太田選手と主導権を争ってつぶし合うような展開は考えづらいので、こちらは中団から捲るレースを仕掛けてきそうです。そして、高久保雄介選手(100期=京都・35歳)は志智俊夫選手(70期=岐阜・49歳)と組んで、中近ラインで勝負。単騎で奮闘して3着に食い込んだ二次予選での走りなど、志智選手も調子のよさはかなり目立っていました。

 いかにも「一発」がありそうだったのが、単騎を選択した2名。自力で勝負できる眞杉匠選手(113期=栃木・23歳)は、とくに警戒が必要でしょう。デキはイマイチで、本人も「本調子にはない」と泣きのコメントをしていましたが、それでも決勝戦まで駒を進めてくるのですから、やはり力がある。同様に山田庸平選手(94期=佐賀・34歳)も、展開をついての上位争いが十分に期待できそうな好気配でしたね。

探り合いで緩んだペース、光った高久保と眞杉の判断力

 さて、“数”で圧倒する地元勢に対して、他のラインや単騎の選手がどのような戦いを挑むのか。スタートが切られて最初に飛び出していったのは、松浦選手と小倉選手。ここは松浦選手が引いて、四国ラインの前受けが決まります。松浦選手は、単騎の眞杉選手までを前に入れて、5番手から。7番手は単騎の山田選手で、最後方8番手に高久保選手というのが、初手の並びです。

 この並びはいわば「車番の通り」なので、意外性はまったくなし。しかし、ここからの展開は、ほとんどのファンや選手が想定していたものとは大きく異なりました。最初に動いたのは中団にいた松浦選手で、先頭の太田選手を外から抑えにいくカタチに。単騎の山田選手や中近ラインの高久保選手もこれに追随して、四国ラインに外からフタをするような隊列で赤板(残り2周)を迎えます。

 先頭誘導員が離れたところで松浦選手が前に出ますが、太田選手は抵抗せず、かといって下げるわけでもなく、インから周囲の動きを見据えます。先頭の松浦選手は、ペースを落として様子見の姿勢。ここで前を斬りにいくならば高久保選手ですが、こちらもまだ動きはありません。探り合いが続くなか、内外に広がった一団のままでレースが進みます。

赤板(残り2周)2センター過ぎ、内外に広がる選手たち(撮影:島尻譲)

 インの太田選手が少しずつポジションを下げていったところで、レースは打鐘を迎えました。ここでもまだ誰も動きませんでしたが、四国ラインの後ろ、つまり最後方となっていた眞杉選手が、進路を外に出して切り替える態勢に。そして打鐘過ぎの3コーナーで、外を回っていた高久保選手が一気にカマシて、主導権を奪いにいきました。これを察知した眞杉選手も、前へと踏んでその後ろにつけます。

 先頭の松浦選手がかなりペースを落としていたのもあって、このカマシ強襲は見事に成功。一気に前を叩いて、最終周回のホームで先頭に躍り出ました。松浦選手が中団となり、主導権を取ると目されていた太田選手は、なんと最後方7番手に置かれるカタチに。しかも、ほとんどの選手が脚を温存できている展開での最後方ですから、タテ脚がある太田選手でも、この時点でかなり厳しいですよ。

打鐘過ぎの4コーナー、中近ライン(緑・桃)が松浦(赤)を叩きにかかる(撮影:島尻譲)

 それとは対照的に、「主導権を奪ったラインの直後」という絶好のポジションを得られたのが眞杉選手。後方からの早めの捲りを警戒して、先頭に立った高久保選手を、2コーナー過ぎから早々と捕まえにいきます。そして、最終バックで高久保選手を抜き去り先頭に。高久保選手マークの志智選手はここで自力に切り替えて、眞杉選手を追います。

 この志智選手の仕掛けに「合わされた」のが松浦選手で、必死で前を追いますが、なかなかその差が詰まってこない。後方からは、捲った太田選手がいいスピードで伸びてきて、3コーナーの入り口では松浦選手の外に並びかけるところまで到達。しかし、先に抜け出した眞杉選手までは、まだかなりの距離があります。

 先頭の眞杉選手に志智選手がジリジリと詰め寄って、最後の直線へ。志智選手の後ろでは、内の松浦選手と外の太田選手が必死に前を追いますが、前との脚色の差はほとんどありません。結局、この2名は届かず、最後までジリジリと伸び続けた志智選手が、眞杉選手と横一線で並んだところがゴールライン。優勝争いは、写真判定となりました。

 その結果、僅差で勝利をモノにしたのが眞杉選手。タイヤ差の2着に志智選手、3着に松浦選手という決着で、3連単15万9450円という超高配当が飛び出しています。人気を集めるも後方に置かれた四国ラインは、太田選手の4着が最高という振るわない結果に。ファンはもちろんのこと、走っていた選手にとっても“想定外”の展開であり、結果だったということです。

松浦の想定外の動きに判断が遅れた太田

 まずは、期待に応えられなかった太田選手について。初手での並びが想定通りだったのもあって、その後の展開も想定とは大きく異ならないだろう…と決め打ってしまった感がありましたね。だから、中団の松浦選手が抑えにきた後、下げるのを躊躇してしまった。あのタイミングならば、いったん下げてからのカマシでも十分に間に合います。

 また、打鐘前に「内を誘って待っていた」という、松浦選手との意思疎通も図れていなかった。別線を選んだ以上はガチ勝負とはいえ、同じ中四国の“仲間”である松浦選手がこの舞台で、地元の太田選手に致命傷を負わせるような邪魔はしてこないですよ。しかし、太田選手にとって想定外の動きだったのは事実で、それが故に判断が遅れてしまった。そこが、今回の敗因です。

中途半端なレースを見せてしまった太田竜馬(撮影:島尻譲)

 その間隙をうまくついたのが高久保選手で、ホームに吹く強い向かい風も利して、一気のカマシで松浦選手を叩ききった。その動きを瞬時に察知して連動できた眞杉選手もお見事で、高久保選手を捲りにいったのもベストのタイミング。早々と動いて勝負を決めにいったことが、今回の優勝に結びつきました。デキが悪いなかでも結果を出せるのは、一流の証明。彼は本当に力をつけていますね。

 惜しかったのが志智選手で、高久保選手がつくり出した絶好の展開をフルに活かしての2着好走。4コーナーを回ったときには私も、これは志智選手の優勝か…と思いましたよ。過去に記念優勝があるように、小松島バンクとの相性もいい。さらにデキも最高とあって、あそこまでいったら勝ちたかったでしょうが、強気の競輪で最後まで凌ぎきった眞杉選手が強かったということです。

 調子のいいスター選手や、“数”で勝るラインが勝てるとは限らない。それが競輪という競技の難しさであり、また面白さでもある。それを改めて実感するレースでしたが…この展開や車券を読むのはさすがに難しかったなあ(笑)。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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