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山田裕仁のスゴいレース回顧

【燦燦ムーンナイトカップ 回顧】大きな拍手を贈りたい高橋晋也の走り

2022/06/13 (月) 18:00 22

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが松戸競輪場で開催されたGIII「燦燦ムーンナイトカップ」を振り返ります。

優勝した脇本雄太(撮影:島尻譲)

2022年6月12日(日) 松戸12R 燦燦ムーンナイトカップ(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①脇本雄太(94期=福井・33歳)
②菊池岳仁(117期=長野・22歳)
③青野将大(117期=神奈川・27歳)
④阿部拓真(107期=宮城・31歳)
⑤横山尚則(100期=茨城・30歳)
⑥真崎新太郎(85期=栃木・43歳)
⑦高橋晋也(115期=福島・27歳)
⑧加藤圭一(85期=神奈川・44歳)
⑨久木原洋(97期=埼玉・37歳)

【初手・並び】
←⑦④(北日本)②⑨⑤⑥(関東)③⑧(南関東)①(単騎)

【結果】
1着 ①脇本雄太
2着 ⑦高橋晋也
3着 ④阿部拓真

裏開催に怪傑・脇本が登場

 6月12日には松戸競輪場で、燦燦ムーンナイトカップ(GIII)の決勝戦が行われました。まもなく開催される高松宮記念杯競輪(GI)の、いわゆる「裏開催」であるナイターGIII。やや物足りないメンバーになりがちですが、今年はあの脇本雄太選手(94期=福井・33歳)が出場とあって、おおいに盛り上がりました。

 このシリーズにおけるもう一人の「目玉」だった山口拳矢選手(117期=岐阜・26歳)は、残念ながら準決勝で敗退。後方8番手から捲るも不発という結果でした。松戸の333mバンクは最後の直線がきわめて短いので、こういう展開になるとやはり厳しい。このレースについては、逃げた高橋晋也選手(115期=福島・27歳)が非常に強いレースをしたというのも、山口選手の敗因でしょう。

準決勝を勝ち抜いた高橋晋也(5番)(撮影:島尻譲)

 そんな先行有利のバンクでも、力の差をまざまざと見せつけたのが脇本選手。後方に控えてからの一気に捲りを得意とする選手で、イメージ的には松戸バンクを苦にしそうなものなんですが、実際はかなり相性がいい。前節の川崎S級シリーズに続いて、このシリーズでも無傷の3連勝で決勝進出を決めています。レース前には弱気なコメントも出ていましたが、上がりの速さなど内容はかなりのもの。デキもよかったと思います。

 こうなると、決勝戦では完全な「脇本包囲網」が敷かれますよね。しかも、決勝戦に勝ち上がった近畿勢は脇本選手だけで、ここは単騎でのレース。他のラインは、脇本選手にできるだけ力を出させないことを考えて、レースを組み立ててきます。それでも脇本選手が再び力でねじ伏せるのか、それとも、他のラインの逆転があるのか。イキのいい機動型の存在もあり、なかなか面白い決勝戦となりました。

準決勝で圧勝だった脇本(撮影:島尻譲)

 4車が勝ち上がった関東勢は、菊池岳仁選手(117期=長野・22歳)が先頭を任されました。初日特選から2着、2着、1着という好内容での勝ち上がりで、こちらも上々のデキ。4車ラインという“数”の力を活かすためにも、ここは積極的に主導権を奪いにいく可能性が高そうです。番手を回るのは久木原洋選手(97期=埼玉・37歳)で、3番手は横山尚則選手(100期=茨城・30歳)。4番手を真崎新太郎選手(85期=栃木・43歳)が固めます。

 2車となった北日本ラインは、準決勝を力強いレースで逃げ切った高橋選手が先頭。バック回数をみてもわかるように、先行に強いこだわりを持つ選手ですから、関東ラインの出方次第ではこちらが果敢に主導権を奪うケースもありそうです。そんな高橋選手を支えるのが、準決勝と同様に番手を回る阿部拓真選手(107期=宮城・31歳)。展開次第では、逆転も狙えそうなコンビといえます。

 地元である南関東からは、青野将大選手(117期=神奈川・27歳)と加藤圭一選手(85期=神奈川・44歳)と、神奈川勢の2名が決勝戦に勝ち上がり。他のラインは強力で、さらに脇本選手という“最強”の壁も立ちふさがるとはいえ、地元として無様な戦いはできません。戦力的にはやや見劣るだけに、それをレースの組み立てでどうカバーするかが問われてくるでしょう。

レースは静かに進んだ

 ではさっそく、レース回顧に入っていきます。スタートを積極的に取りにいったのは阿部選手で、ここは北日本ラインが前受け。その後の3番手には、関東ライン先頭の菊池選手がつけました。青野選手は7番手からのレースとなり、最後方9番手に単騎の脇本選手という初手の並びとなりました。脇本選手は単騎の1番車でも、後方で悠然と構えて、他のラインの出方をうかがいます。

脇本は最後尾に(撮影:島尻譲)

 最初に動いたのは後方にいた青野選手で、ゆっくりと上昇を開始。青板(残り3周)のバックで先頭誘導員が離れたところで、まずは先頭の高橋選手を斬りにいきます。脇本選手はこれに連動せず、最後方のまま。高橋選手は、素直に引いて3番手となりました。こうなると次は菊池選手が動く「順番」なんですが、後方に構える脇本選手を意識してか、前を斬りにいくような気配はありません。

 結局、各ラインが距離を保って、隊列が変わらないままで赤板(残り2周)を通過。青野選手や高橋選手は、後方にいる脇本選手の動きを何度も振り返って確認しつつ、隊列に変化がないままで打鐘の手前まで到達します。ここで果敢に動いたのが中団にいた高橋選手で、打鐘とほぼ同時に仕掛けて先頭の青野選手を一気に叩き、レースの主導権を奪いにいきました。

 仕掛けた高橋選手のダッシュは素晴らしく、打鐘後の4コーナーで早々と南関東ラインを叩き切って、先頭に立ちます。後方にいた菊池選手もようやく仕掛けて、前との差を詰めにいきましたが、ここで関東ライン4番手の真崎選手が離れてしまいます。また、青野選手は最終ホームで菊池選手にもあっさりとパスされてしまい、この時点でかなり厳しい展開に。脇本選手はいまだに動かず、最後方でじっと脚をタメています。

脇本、動く

 しかし最終1コーナーで、脇本選手のエンジンがついに始動。3車となった関東ラインの直後まで差を詰めると、2コーナーを回ったところから一気に前を捲りにいきます。しかし、主導権を奪って逃げた高橋選手のかかりが非常にいい。菊池選手が3番手から必死に前を捲りにいきますが、その差がなかなか詰まりません。追いすがる菊池選手は、高橋選手マークの阿部選手になんとか並びかけて、最終バックを通過しました。

脇本が進撃を開始する(撮影:島尻譲)

大外を回ってなお衰えない脇本のスピード(撮影:島尻譲)

 その外を、別次元のスピードで伸びてきたのが脇本選手。完全に前を飲み込む勢いでしたが、3コーナーで阿部選手が菊池選手をブロックし、これで大きく外に振られた菊池選手の「さらに外」を回されるという、大きなロスが発生してしまいます。直線が短い松戸バンクでのこのロスは、致命的といっても過言ではないほど。しかも、先頭を走る高橋選手やマークする阿部選手は、まだ勢いを失っていません。

すべてを捲りきってゴールへ

 最終2センターでは「これは北日本ラインが殊勲のワンツーか」という態勢で、最後の直線に。大外をブン回すことになった脇本選手も、立て直してから前を追います。そして…ここからの脇本選手のスピードが尋常ではなかったですね。直線の短さなどお構いなしという豪快な脚で、先頭で粘る高橋選手と、外に出して差しにいこうとする阿部選手を一気に捲りきって、先頭でゴール板を駆け抜けました。

先頭に立った脇本を追う選手たち(撮影:島尻譲)

 2着には高橋選手が最後まで粘って、3着に阿部選手。菊池選手の後ろから伸びた久木原選手と横山選手が、それに続きました。簡潔にいえば「やはり力が違った」という結果で、脇本選手でなければ勝てていませんよ。3コーナーで外を回らされたロスの大きさを考えると、常識的には3着にくるのすら厳しい。それをあっさりと挽回して優勝してしまうんですから、モノが違います。

 そんな脇本選手を向こうに回して、果敢なレースで本当に惜しいところまで詰め寄った高橋選手には、大きな拍手を贈りたい。脇本選手を意識しすぎることなく、「自分らしいレース」を貫き通した結果ですから、悔しい結果ではありますが今後の自信にもつながるはず。高橋選手の力は、メンバー次第では記念を勝てるレベルに到達しています。今回は、本当に相手が悪かったのひと言ですね。

菊池選手は「脇本包囲網」に気を取られすぎた

 それとは対照的に、脇本選手を意識しすぎていい競輪ができていなかったのが、菊池選手。脇本選手に対抗するためには、主導権争いでもがき合うような展開は避けるべき…と考えたのでしょうが、それが裏目に出たという印象を受けました。関東ラインの誰かが勝つレースを考えるならば、高橋選手の次に前を斬りにいって、その後に相手がどうくるのか次第で対応したほうがよかった。

 そうなると、「斬って斬られて」の順番のなかで、最後方にいた脇本選手が動いてくる可能性だってゼロではない。その場合は、共倒れも辞さない覚悟で、脇本選手ともがき合えばいいじゃないですか。再び高橋選手が仕掛けてきた場合は、どうするかをタイミング次第で考えればいい。4車という“数”の利を活かすためにも、あそこは迷わずに前を斬りに動かなければダメなんです。

 以上、脇本選手の強さが「これでもか!」というほど目立つシリーズとなりましたが、彼の力を考えれば、ここは完全優勝がノルマ。余裕綽々で後方から捲りきるようなレースができるのも、道中で脚をほとんど消費せずに済むような相手関係だったからです。同じように後方を追走するにしても、相手が変わると脚の削られ方がまったく違いますからね。この結果がそのまま“次”に繋がるほど甘くはないということを、我々はしっかり覚えておく必要があります。

ノルマをこなした脇本、次の戦いがどうなるかはわからない(撮影:島尻譲)

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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