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山田裕仁のスゴいレース回顧

【土佐水木賞 回顧】“何”のために組むラインなのか

2022/03/02 (水) 18:00 30

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが高知競輪場で開催された「土佐水木賞」を振り返ります。

優勝した阿部将大(左)は同じラインを組んだ岩谷拓磨と喜びを分かち合う(撮影:島尻譲)

2022年3月1日(火) 高知11R 第3回施設整備等協賛競輪in高知 土佐水木賞(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①田尾駿介(111期=高知・29歳)
②金子幸央(101期=栃木・29歳)
③中西大(107期=和歌山・31歳)
④佐々木則幸(79期=高知・45歳)
⑤志村太賀(90期=山梨・38歳)
⑥宗崎世連(100期=高知・30歳)
⑦岩谷拓磨(115期=福岡・24歳)
⑧阿部将大(117期=大分・25歳)
⑨島川将貴(109期=徳島・27歳)

【初手・並び】
←⑦⑧(九州)⑨⑥①④(四国)②⑤(関東)③(単騎)

【結果】
1着 ⑧阿部将大
2着 ⑥宗崎世連
3着 ⑦岩谷拓磨

ラインの意味と勝負の厳しさを教えてくれた決勝戦

 3月になって暖かくなり、急激に春めいてきた今日この頃。3月1日には高知競輪場で、土佐水木賞(GIII)の決勝戦が行われました。レースの格こそ「記念」ではありますが、全日本選抜競輪(GI)の直後というのもあって、S級シリーズかと見まがうほどに手薄なメンバー構成。確たる中心となる選手も見当たらず、車券的にもかなり難解なシリーズとなりました。

 初日特選に出場していた選手で決勝戦に駒を進められたのは、ここでもっとも競走得点が高かった島川将貴選手(109期=徳島・27歳)と、中西大選手(107期=和歌山・31歳)の2名だけ。そして、20代の若い選手が好調で、決勝戦まで勝ち上がった選手が多かったというのも、このシリーズの注目すべきポイントでしたね。選手の能力差が小さいのもあって、混戦の連続だったといえます。

 決勝戦は三分戦で、いちばん人数が多かったのは地元である四国ライン。その先頭を任されたのは島川選手で、その後ろに「純地元」高知の選手3名が並びます。番手につけるのが宗崎世連選手(100期=高知・30歳)で、3番手に田尾駿介選手(111期=高知・29歳)。そして最後尾を佐々木則幸選手(79期=高知・45歳)が固めるカタチ。とはいえ、この並びは正直なところいただけない。その理由については後ほど解説します。

 関東は2車ラインで、先頭を走るのはここまで6連勝中の金子幸央選手(101期=栃木・29歳)。このシリーズでもここまで、デキのよさが存分に感じられる、力強い走りを見せていましたね。2着以内や3着以内ではなく「1着」を取り続けるというのは、本当に難しいことなんですよ。関東ラインの番手は志村太賀選手(90期=山梨・38歳)で、こちらは金子選手の鋭いダッシュについていけるかどうかが問われます。

 九州ラインは、岩谷拓磨選手(115期=福岡・24歳)が前、阿部将大(117期=大分・25歳)が後ろという、若々しいコンビで決勝戦に挑みます。どちらも単騎勝負ができるほどに機動力があるので、ここがうまくラインとして機能すれば、面白いレースもできそうですよ。あとは、中西選手が単騎を選択。初日特選での走りから非常にデキがよさそうな印象で、展開次第では一発もありそうです。

単騎だった中西がレースを動かす

 では、決勝戦の回顧に入りましょう。スタートが切られてから自然と前に出ていったのが九州ライン。車番的には前を取れる四国ラインですが、前受けを選びませんでしたね。

 四国ラインの島川選手が3番手につけて、後方7番手に関東ラインの金子選手。そして最後尾に単騎の中西選手というのが、初手の並びです。

 最初の隊列が決まってからはとくに動きがなく、そのまま赤板(残り2周)を通過。2コーナーを回ったところで、後方から金子選手が前を斬りにいきます。関東ラインの後ろにいた中西選手も、この動きに連動。打鐘を迎えて先頭誘導員が離れたところで、金子選手が外から勢いよく先頭に立ちました。

 そこですかさず、今度は四国ラインが主導権を奪おうと動き出します。打鐘後の3コーナーから島川選手が一気に上昇して金子選手を叩きにいくと、金子選手は応戦せずにポジションを下げて5番手に。ここで思いきった行動に出たのが関東ラインの後ろにつけていた中西選手で、最終ホーム手前で切り替えて一気に前へと踏んで、四国ラインに早々と襲いかかりました。

 この“奇襲”にうまく対応できたのが、中西選手の動きを後ろから見ていた九州ライン。中西選手の動きに連動してポジションを押し上げて、その後ろを狙いにいきましたね。それとは対照的にレースの流れに乗り損ねたのが、中西選手やそれに続いた九州ラインの動きが“想定外”だった関東ライン。金子選手は後方8番手に置かれてしまい、この時点でかなり厳しい戦いとなってしまいました。

 中西選手は最終ホーム過ぎで、立ち後れ気味だった佐々木選手をうまく捌いて田尾選手の後ろを取りきると、その勢いのままに最終1センターから単騎捲りを開始。島川選手もこのあたりから全力で踏んで中西選手を振り切ろうとしますが、捲りにいった中西選手のほうが脚色はいい。2コーナーを回ったところで射程圏に入れると、一気の脚で前を捉えにかかります。

最終1センター、4車の四国ラインの外から中西大(赤・3番)と九州ラインの岩谷(橙・7番)、阿部(桃・8番)が進出する(撮影:島尻譲)

 島川選手が中西選手をブロックにいって、かなり勢いを殺すことに成功しますが、それでも乗り越えて中西選手が先頭に。こうなってしまうと、四国ラインがここから挽回するのは非常に難しいですよ。逆に、最高の展開が転がり込んできたのが、中西選手にうまく連動できた九州ライン。島川選手のブロックを受けて中西選手のスピードが鈍ったところで、すかさず捲りにいきました。

 先頭だった島川選手が力尽きて、中西選手と岩谷選手が併走して先頭を争うカタチで3コーナーに進入。この時点でも金子選手は後方のままでしたから、関東ラインはハッキリと勝負圏外ですね。そのまま直線の入り口まで中西選手が先頭で踏ん張り通しますが、早くから自分で動いて展開をつくり出したのもあって、さすがに余力なし。岩谷選手の番手にいた阿部選手が外からいい伸びをみせて、一気に先頭に躍り出ました。

 直線では、島川選手が力尽きたところで阿部選手の後ろに切り替えていた宗崎選手もいい伸びをみせましたが、先に力強く抜け出した阿部選手との差は詰まりません。そのまま態勢は変わらず、阿部選手が1着でゴールイン。まだS級に上がったばかりで、GIIIにも今回が初挑戦だったにもかかわらず、いきなり優勝してみせるという快挙を達成しました。117期から、また記念の覇者が登場しましたね。

 2着に、四国ライン番手から直線でいい伸びをみせた宗崎選手。とはいえ、前の島川選手が早々と叩かれてしまった以上、優勝争いは厳しかったですね。そして3着に岩谷選手で、単騎ながらレースを大いに盛り上げた“立役者”である中西選手が4着。人気を集めた金子選手は最下位に終わり、3連単は57,890円という高配当となりました。狙えない車券ではないんですが…なかなかそこまで手が伸ばせないですよねえ。

人数が多くても怖くなかった四国勢の並び

 地元で“数”の利もあった四国ラインについては、あの「並び」にしたのが敗因。島川選手が「純地元である高知の選手を勝たせたい」と考え、その他の高知の選手も「頑張ってきた宗崎選手にいちばんいい位置を」と思案した結果なのでしょうが、その結果としてラインの中から優勝者を出しづらい並びになってしまっている。

 もっとも競走得点の高い島川選手が先頭で、その番手にもっとも低い宗崎選手がつくとなると、島川選手が“滅私”の走りをしたところで、番手から捲ったところでそうそう簡単には押し切れませんよ。何度かこのコラムでも触れていますが、簡単そうでじつは難しいのが番手捲り。番手を走る側の選手に、かなり高い能力が要求されます。

四国ラインの先頭を走った徳島の島川将貴。結果的に4車の強みを出すことが出来なかった(撮影:島尻譲)

 しかし、四国ラインの並びはその条件を満たせていない。「宗崎選手が先頭で島川選手が番手」という並びのほうが、ラインから優勝者を出せる確率は格段に高いはずです。さらにいえば、先頭の選手がもっとも強いラインというのは、人数が多くても怖くないんですよね。だって、その先頭の選手さえ叩いてしまえば、ラインとして有効に機能しなくなりますから。

 そういった弱みがあるラインで、しかも「自分の後ろに高知の選手が3名」という並びだと、島川選手は例えもがき合いになったとしても、高知の選手を上位に連れていく走りをしなければならなくなる。これって、なかなかツライ話ですよ。成立させねばならない条件が多いので、思いきった動きができなくなる。単騎だからこそ思いきって勝負にいけた中西選手とは、好対照ですよね。

 ライン戦というのは「自分が勝てない場合には、仲間から勝者を出す」ためのもの。そして、そのためには年齢や経歴ではなく、その時点での“能力”を基準にベストの選択をするべきだと私は考えます。ときに情実が絡んでくるのが競輪という競技で、そこを読むという面白さもあるとは思いますが…記念や特別の決勝戦でそれをやったら勝てませんよ。シビアであるべきところは、どこまでもシビアであるべきなんです。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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