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山田裕仁のスゴいレース回顧

【東日本発祥倉茂記念杯 回顧】失敗を“糧”にできた関東ライン

2022/01/19 (水) 18:00 23

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが大宮競輪場で開催された「東日本発祥倉茂記念杯」を振り返ります。

昨年に続く完全優勝で3連覇を達成した平原康多。同記念通算9度目のVとなった(撮影:島尻譲)

2022年1月18日(火) 大宮12R 開設73周年記念 東日本発祥倉茂記念杯(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①平原康多(87期=埼玉・39歳)
②山田庸平(94期=佐賀・34歳)
③深谷知広(96期=静岡・32歳)
④成田和也(88期=福島・42歳)
⑤宿口陽一(91期=埼玉・37歳)
⑥原口昌平(107期=福岡・28歳)
⑦武藤龍生(98期=埼玉・30歳)
⑧黒沢征治(113期=埼玉・29歳)
⑨和田真久留(99期=神奈川・30歳)

【初手・並び】
←⑧⑤①⑦(関東)④(単騎)②⑥(九州)③⑨(南関東)

【結果】
1着 ①平原康多
2着 ④成田和也
3着 ⑦武藤龍生

目立った落車の要因は9車立てへの対応力か

 また新型コロナウイルスが猛威を振るい始めている今日この頃。選手の感染により、開催が中止となるケースも増えてきています。今後が改めて心配されますが、そんなさなかでも選手たちは頑張っています。1月18日の大宮競輪場では、東日本発祥倉茂記念杯(GIII)の決勝戦が行われましたが、こちらはレース前から圧倒的に「地元の埼玉勢有利」という雰囲気でしたね。

 それもそのはずで、関東の盟主である平原康多選手(87期=埼玉・39歳)を筆頭に、埼玉の選手が決勝戦に4名も勝ち上がり。平原選手は初日の特選から3連勝で、決勝戦に駒を進めてきました。立川記念での落車直後だけにダメージが心配されましたが、走りの内容をみるかぎり、幸いにも大きな影響はなかったようですね。3年連続、9回目の地元記念制覇に向けて、視界よしといったところでしょう。

 少し話が脱線しますが、このシリーズで目立っていたのが、落車の多さです。しかも、勝負にいっての落車や、巻き込まれたような避けづらい落車ではなく、「避けようと思えば避けられる」落車が多かったんですよね。これについては改めて、警鐘を鳴らしておきたい。車券を買って応援してくれるファンはもちろん、選手自身にとっても、何の得にもならないどころかマイナスしかないんですから。

開催4日間で48レースが行われ11レースで落車が発生した(撮影:島尻譲)

 風は強かったようですが、それも常識の範囲内で、とくに走りづらいバンクコンディションだったわけではありません。それでもここまで落車が多かった理由を私なりに考えてみたんですが、おそらく「7車立てのレース」が増えているのが、背景にあるのではないかと。S級S班のようなトップクラス以外は、S級であってもけっこう7車立てのレースに出ていますよね。それが、マイナスに作用している気がします。

 同じ競輪であっても、9車と7車ではレースの組み立ての難しさが段違い。それはつまり、7車では起こらない動きが、9車だといくらでも起こりうるということです。しかし現在は、多くの選手が9車と7車のレースを行ったり来たりしている。そこでレース勘が狂って、本来ならば読めるはずの動きなのに、読めずに接触して落車…というケースが増えているんじゃないでしょうかね。

 若い選手の成長を促すためにも、個人的には「一刻も早くすべてのレースを9車立てに戻すべき」と考えていますが、前述したようにコロナ禍の影響が再び強まってきているので、なかなか難しいところではあるのでしょう。いずれにせよ、避けられる落車をもっと避けるという意識を、すべての選手に持ってほしい。繰り返しますが、本当に「誰も何の得もしない」のが、落車なんですから。

 おっと、思った以上に余談が長くなってしまった(笑)。それでは、話題を大宮記念の決勝戦に戻します。関東ラインの先頭を任されたのは黒沢征治選手(113期=埼玉・29歳)で、南関東ラインは深谷知広選手(96期=静岡・32歳)、九州ラインは山田庸平(94期=佐賀・34歳)が、それぞれ先頭を務めます。強力な関東ラインに「自分たちのやりたい競輪」をいかにさせないかが、他のラインのテーマとなりますね。

打鐘から全開、決死の先行を見せた黒沢選手

 スタートの号砲が鳴って真っ先に飛び出していったのは、関東ラインの4番手を固める武藤龍生選手(98期=埼玉・30歳)と平原選手。関東ラインは、ここは「前受け」で勝負すると最初から決めていたのでしょう。単騎となった成田和也選手(88期=福島・42歳)が5番手につけて、山田選手は6番手から。そして最後方の8番手に深谷選手というのが、初手の並びです。

 黒沢選手は少し強引にでも主導権を奪いたいでしょうから、「前受けをした=叩かれても突っ張る可能性が高い」ということ。それを踏まえて、深谷選手や山田選手がどういう動きをするかに注目が集まります。そして、赤板(残り2周)を通過したあたりから、後方にいた深谷選手がゆっくりと前を抑えに。真横につけるのではなく、少し前との距離をとって、ダッシュしやすい態勢で様子をうかがいます。

 先頭の黒沢選手も先頭誘導員との車間をきって、深谷選手と同じくダッシュしやすい態勢に。こうなると、ひとつ間違うと「誘導員の早期追い抜き」で失格になりやすいので、深谷選手も動きづらいんですよね。打鐘の少し手前で深谷選手が前を叩きにいく気配を見せますが、黒沢選手が突っ張る姿勢を見せたことで、スッと引きました。そして、レースは打鐘を迎えます。

4車の強みを活かしてレースの主導権を握った関東ライン(撮影:島尻譲)

 深谷選手が引いたのを確認すると、黒沢選手はなんと打鐘から全開発進。いったん引いてスピードを落としていた深谷選手は、元のポジションである8番手まで戻ってしまいます。そして6番手にいた山田選手は、関東ラインの後ろにつけていた成田選手と、打鐘の直後に接触しかけるシーンがありましたね。その影響もあってか、前を追いかけるのが少し遅れて、車間が開いてしまいました。

 こうなると、レースは完全に関東ラインのペースに。黒沢選手の「決死の先行」は非常にかかりがよく、後続は差を詰めたくとも、なかなか詰められません。初手とまったく変わらない並びのままで最終周回に入り、2コーナー過ぎでは力尽きた黒沢選手を、番手の宿口陽一選手(91期=埼玉・37歳)が早々と番手捲り。関東ロケットの2段目を点火させることで、盤石の態勢をつくり出します。

初日の失敗を糧に理想的な展開を作った関東ライン

 九州ラインや南関東ラインは、まだ前との差を詰められてすらいない段階。こうなると、為す術は何もありません。後続はまったく動けずじまいで、「宿口→平原→武藤→成田」という態勢で最終バックを通過し、そのまま最後の直線へ。早くから番手捲りを放った宿口選手もよく踏ん張っていましたが、直線の入り口で力尽きて、今度は外から差してきた平原選手が先頭に立ちます。

 平原選手の後ろにいた武藤選手と成田選手が追いすがりますが、先頭でゴールを駆け抜けたのは、先に抜け出していた平原選手。最後まで余裕をもってゴールに飛び込んで、3年連続9回目の地元記念優勝を決めました。2着には、最後いい脚で伸びた成田選手。3着に、平原選手マークの武藤選手。単騎の成田選手が上位に食い込んだとはいえ、関東ラインの完全勝利といっていい結果でしょう。

 そしてこの決勝戦は、初日特選の「再現」になっているんですよね。メンバーが近いだけでなく、初手の並びもほとんど同じ。さらにいえば、勝ったのが平原選手であるのまで同じです。ただし大きく異なるのが、関東ライン番手を走る宿口選手が、踏み出しが遅れた失敗を修正してきたこと。決勝戦では迷わず、2コーナー過ぎから早々と番手捲りを放ったことで、平原選手にとって理想的な展開をつくり出しています。

S班デビューの宿口選手 遅咲きだけにまだ伸びしろがある

 S級S班となった以上、宿口選手にはあの厳しい展開でも2着に残してほしかった…という見方もあるでしょうが、簡潔にいえば「さすがに無理」です(笑)。極端な例え話になりますが、先日の和歌山記念のように、宿口選手の位置に郡司浩平選手(99期=神奈川・31歳)、平原選手の位置を佐藤慎太郎選手(78期=福島・45歳)が回っていて同じような展開になったとすると、最後は佐藤選手が差しているでしょうね。

 宿口選手自身は間違いなく力をつけているし、今シリーズにしても、初日での失敗を踏まえた修正がきちんとできている。とはいえ、S級S班に格付けされたからといって、彼の脚力が劇的に向上するわけではありません。機動型の自力選手として、超一流を相手に記念や特別の舞台で戦っていくとなると、少しもの足りない面がある。それを誰よりもよくわかっているのは、宿口選手自身でしょう。

S班になって劇的に脚力は向上するわけではないが、引き出しが増えて成長できる可能性は充分ある(撮影:島尻譲)

 とはいえ、宿口選手のような“遅咲き”の選手には、まだ伸びしろがある。タイトルを獲った自信や、S級S班という責任のある立場となったことで、競輪選手というのはけっこう化けるもの。それに、誰かの番手を回るケースが増えることで、今までとはまた違う姿を見せてくれる可能性もあります。2022年の宿口選手には、ぜひそれを期待したいですね。

 そして最後に。初日特選の「再現」となった決勝戦で、為す術なしのレースをしてしまった深谷選手と山田選手には、苦言を呈したい。関東ラインに「自分たちがやりたいレース」をさせてしまえば、こういう結果になるのは十分に読めていたはずです。多勢に無勢で分が悪いレースだったとはいえ、もう少しなんとかできたのでは…というのが正直なところ。車券を買ってくれたファンに、申し訳が立たない走りだったと思います。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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