閉じる
山田裕仁のスゴいレース回顧

【アジア・アジアパラ競技大会協賛競輪 回顧】絶好の仕掛けで勝機を逃さなかった脇本勇希

2025/10/20 (月) 18:00 12

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが豊橋競輪場で開催された「アジア・アジアパラ競技大会協賛競輪」を振り返ります。

アジア・アジアパラ競技大会協賛競輪を制した脇本勇希(写真提供:チャリ・ロト)

2025年10月19日(日)豊橋12R 第1回愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会協賛競輪(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①笠松信幸(84期=愛知・46歳)
②吉田有希(119期=茨城・24歳)
③脇本勇希(115期=福井・26歳)
④岡本大嗣(88期=東京・45歳)
⑤志田龍星(119期=岐阜・28歳)
⑥鈴木伸之(87期=愛知・45歳)
⑦寺沼拓摩(115期=東京・26歳)
⑧小原丈一郎(115期=青森・27歳)
⑨纐纈洸翔(121期=愛知・23歳)

【初手・並び】

←⑤⑨①⑥(中部)⑧(単騎)②⑦④(関東)③(単騎)

【結果】

1着 ③脇本勇希
2着 ①笠松信幸
3着 ⑨纐纈洸翔

GI前の裏開催、大混戦で見応え十分

 10月19日には愛知県の豊橋競輪場で、第1回愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会協賛競輪(GIII)の決勝戦が行われています。前橋・寛仁親王牌(GI)の直前というタイミングで、しかもデイの豊橋とナイターの別府で同時にGIIIが開催されるという、いささか特殊なスケジュール。当然ながら出場選手がバラけますから、いかにも「裏」開催というメンバー構成となります。

 デイ開催の豊橋GIIIに出場するなかで、最も競走得点が高かったのは109.31の寺沼拓摩選手(115期=東京・26歳)ですから、レベルが高いとはいえませんよね。しかし結果として、このシリーズは面白いと感じたファンの方が多かったのではないかと思います。大混戦だけに波乱決着が多く、車券は難しかったと思いますが、内容的にも見応えのあるレースが多かったのですよ。

 そう感じた背景にあるのが、各ライン先頭を任された機動型が総じて好調だったこと。三分戦となった初日特選も、なかなか面白いレースとなりました。脇本勇希選手(115期=福井・26歳)との激しい先行争いを制した吉田有希選手(119期=茨城・24歳)が主導権を奪いますが、その直後に後方から捲りにいった志田龍星選手(119期=岐阜・28歳)が強襲。一気の脚で捲りきりました。

 志田選手に捲られるも最後までよく食らいついた吉田選手が2着で、志田選手の番手から寺沼選手のブロックを浴びて離れるも、必死に立て直して前を追った纐纈洸翔選手(121期=愛知・23歳)が3着という結果。前がやり合う展開になったとはいえ、志田選手の捲りはいいスピードでしたね。道中でかなり脚を使わされたにもかかわらず2着に粘りきったのですから、吉田選手も好感触を得たことでしょう。

二段駆け大アリな中部4車

 志田選手と吉田選手は、二次予選と準決勝も危なげない走りで勝ち上がり。初日特選では敗れた脇本勇希選手や寺沼選手も、2日目以降はオール連対で決勝戦に駒を進めます。地元らしい番組面の有利さはありましたが、纐纈選手など愛知の選手も3名が勝ち上がり。決勝戦はラインが2つに単騎が2名というメンバー構成となり、中部勢は4車連係で決勝戦を戦うことになりました。

左から、志田龍星、吉田有希、寺沼拓摩(写真提供:チャリ・ロト)

 その中部勢の先頭を任されたのは志田選手で、番手を回るのが纐纈選手。3番手が笠松信幸選手(84期=愛知・46歳)で、4番手を鈴木伸之選手(87期=愛知・45歳)が固めます。地元・愛知3車の前を志田選手が走るわけですから、当然ながら二段駆けが大アリ。車番的にも有利で、ここは中部勢が前受けから突っ張る可能性が高いでしょうね。それをどう阻むかが、他のラインや単騎勢の課題となります。

 3車ラインとなった関東勢は、吉田選手が先頭で、番手に寺沼選手。3番手が岡本大嗣選手(88期=東京・45歳)という並びとなりました。吉田選手も上々のデキですが、三分戦ではなく二分戦となると、他力本願とはいきません。どういう戦略で臨むにせよ、覚悟が必要でしょうね。そして、単騎勝負を選択したのが、脇本勇希選手と小原丈一郎選手(115期=青森・27歳)の2名です。

左から、脇本勇希、小原丈一郎(写真提供:チャリ・ロト)

中部勢が前受け、吉田は6番手からどう動く?

 それでは、決勝戦の回顧に入りましょう。レース開始を告げる号砲が鳴ると同時に、いい飛び出しをみせたのが1番車の笠松選手と7番車の寺沼選手。ここは内の笠松選手がスタートを取りきって、中部勢の前受けが決まります。後から位置を主張した小原選手を5番手に入れて、吉田選手は6番手から。最後方9番手に脇本勇希選手というのが、初手の並びです。果たしてここから、吉田選手はどう動くのか。

吉田有希(2番車)は6番手からどう動く?(写真提供:チャリ・ロト)

 初手の並びが定まってからは淡々と周回が進み、動きのないままで赤板(残り2周)掲示を通過。その直後の1センターで、吉田選手が仕掛けました。それを前で待ち構えていた志田選手も、当然ながら応戦。突っ張って主導権を渡さない構えの志田選手に、外から吉田選手が少しずつ迫っていきます。そして、吉田選手が志田選手に並びかけたところで、レースは打鐘を迎えました。

一気に踏んでいく吉田(2番車)(写真提供:チャリ・ロト)

激しくぶつかる志田と吉田、最後方から襲いかかるのは…

 内の中部ラインと外の関東ラインが併走となり、少し離れて単騎の小原選手と脇本勇希選手という隊列で、さらにペースアップ。先頭で志田選手と吉田選手が激しくぶつかり合いながら、打鐘後の2センターを回ります。お互い一歩も引かず、両ラインが併走のままで最終ホームに帰ってきました。単騎の小原選手と脇本勇希選手は、まったく動かず後方のまま。しかし、最終ホーム通過と同時に、最後方の脇本勇希選手が仕掛けます。

 志田選手と吉田選手が前でもがき合う展開のまま、最終1センターに侵入。その後ろに、最後方から捲りにいった脇本勇希選手が急接近します。最終1センターを回ったところで、主導権争いは内の志田選手が勝利。吉田選手が力尽きて下がっていくのと入れ替わるようにして、そのさらに外から脇本勇希選手が先頭集団に襲いかかりました。その仕掛けに乗ろうと、小原選手も外から前を追います。

脇本(3番車)が外から先頭集団に襲いかかる!(写真提供:チャリ・ロト)

 下がる吉田選手を避けてイエローラインよりもさらに外を回った脇本勇希選手ですが、一気に前を飲み込むような勢いで急接近。先頭ではまだ志田選手が踏ん張っていますが、吉田選手と延々ともがき合い、もう脚は残っていません。それを察知した纐纈選手が志田選手の番手から発進しますが、その時にはもう脇本勇希選手は、笠松選手の外まで差を詰めてきており、勢いの差は歴然です。

脇本が先頭に!踏ん張る纐纈、伸びる笠松…

 脇本勇希選手の後ろを追った小原選手も、スピードの違いで差を詰められないまま。最終バックでは番手から発進した纐纈選手の外に脇本勇希選手が並んで、内外併走で最終3コーナーを回りますが、内に圧をかけながら回る脇本勇希選手が、最終2センターで前に出ます。纐纈選手の後ろからは笠松選手と鈴木選手が、鈴木選手の外からは小原選手が前を追うという態勢で、最後の直線に向きました。

 前に出られてからも、挽回を期して内でいい踏ん張りをみせる纐纈選手。脇本勇希選手の外からは、差しにいった笠松選手や鈴木選手がじわりと迫ります。しかし、脇本勇希選手の脚は先頭に立ってからも鈍らないまま。それでも、外からいい伸びをみせた笠松選手がゴール直前まで迫り、最後はハンドル投げ勝負となりますが…ゴールラインでは少しだけ、内の脇本勇希選手が前に出ていましたね。

1/2車輪差で脇本が単騎戦制す(写真提供:チャリ・ロト)

偉大なる兄を追う脇本勇希がG3初優勝!

 偉大なる兄・脇本雄太選手(94期=福井・36歳)の背中を追う脇本勇希選手は、これがうれしいGIII初優勝。最後は「地元の意地」をかけて戦う中部勢に迫られましたが、勝機を逃さずにギリギリ凌ぎきりましたね。2着は笠松選手で、3着には纐纈選手が粘って、4着が鈴木選手という結果。関東勢は岡本選手の5着が最高着順で、単騎の小原選手は6着。もがき合った志田選手と吉田選手は、大きく離れた8着と9着です。

 二分戦で前がもがき合う展開が十分にあり得たとはいえ、脇本勇希選手は最高のタイミングで仕掛けて、そして素晴らしいスピードで勝利をもぎ取りました。纐纈選手が番手から発進した時には直後まで迫っていましたから、笠松選手や鈴木選手がブロックにいって止めることもできない。纐纈選手との勝負も制して前に出ているわけで、展開が向いたとはいえ、着差以上に強い走りでしたよ。

絶好の仕掛けと素晴らしい加速で“勝利”もぎ取った(写真提供:チャリ・ロト)

中部4車は志田の頑張り生かせず…

 残念だったのは地元・愛知勢で、志田選手の頑張りを最高の結果に繋げられなかったのは、やはり悔いが残るでしょう。とはいえ、けっして楽な展開ではなかったとはいえ、脇本勇希選手に4車連係の“上”をいかれたのですから、簡潔にいえば力負け。着差が着差だけに2着の笠松選手は悔しかったと思いますが、3着の纐纈選手については、これを糧に精進するしかありません。それに、デキもそこまでよくはなかったと思います。

4車連係の“上”をいかれた中部勢…

 中部勢に真っ向勝負を挑んだ吉田選手については、中部勢の前受けが決まった時点で、こうするほかに選択肢がありません。直後から捲るレースで勝負したところで、4車という“数の利”がある中部勢の優位は揺らぎませんからね。ならば、いまのデキのよさを生かして、共倒れは覚悟の上で勝負にいくしかない。しかし、吉田選手と同様に好調モードで、踏み出しも鋭かった志田選手の前には出られませんでした。

戦法チェンジは公言不要?

 単騎の小原選手については、中途半端なレースに終わってしまったという印象ですね。小原選手は「自力から自在へのスタイルチェンジ」を公言して、前場所の玉野FIでは外からのジカ競りを挑んだりもしていたんですよ。しかし、この決勝戦ではまったく存在感を発揮できずに終わってしまっている。これならば展開を決め打ち、脇本勇希選手の後ろを狙ったほうがよかったように思います。

スタイルチェンジ公言した小原は存在感示せず…(写真提供:チャリ・ロト)

 それに、自力からのスタイルチェンジというのはわざわざ公言などせず、黙ってやればいいもの。実際、ほとんどの選手はこれを「不言実行」していますよね。まだアレコレと迷いがあるなかで試行錯誤しているのかもしれませんが、メディアなどで公言することで「何かやってくれるのではないか」と、ファンを期待させてしまう可能性だってある。黙々と励むほうがいいのではないか…というのが、私の正直な気持ちです。

このコラムをお気に入り登録する

お気に入り登録済み

バックナンバーを見る

質問募集

このコラムでは、ユーザーからの質問を募集しております。
あなたからコラムニストへの「ぜひ聞きたい!」という質問をお待ちしております。

山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

閉じる

山田裕仁コラム一覧

新着コラム

ニュース&コラムを探す

検索する
投票