2021/08/30 (月) 18:00 38
現役時代はトップレーサーとして名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが北条早雲杯争奪戦(GIII)を振り返ります。
2021年8月29日 小田原11R 開設72周年記念 北条早雲杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①松井宏佑(113期=神奈川・28歳)
②守澤太志(96期=秋田・36歳)
③柏野智典(88期=岡山・43歳)
④田中晴基(90期=千葉・35歳)
⑤佐藤友和(88期=岩手・38歳)
⑥石塚輪太郎(105期=和歌山・27歳)
⑦佐々木豪(109期=愛媛・25歳)
【初手・並び】
←①④(南関東)②⑤(北日本)⑨③(中国)⑦⑧(四国)⑥(単騎)
【結果】
1着 ①松井宏佑
2着 ④田中晴基
3着 ②守澤太志
8月29日には小田原競輪場で、北条早雲杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。S級S班からは、清水裕友選手(105期=山口・26歳)と守澤太志選手(96期=秋田・36歳)が勝ち上がり。残念ながら、平原康多選手(87期=埼玉・39歳)は準決勝で敗退してしまいました。しかも、少し調子を戻してきたところでまた落車と、最近はちょっとツキにも恵まれていませんね。
そして、優勝候補の一角と目されていた深谷知広選手(96期=静岡・31歳)も、準決勝で落車。決勝戦は、地元の南関東ライン、北日本ライン、中国ライン、四国ラインの4分戦で、石塚輪太郎選手(105期=和歌山・27歳)だけが単騎という構成となりました。お伝えしたいことが多いレースとなったので、今回は駆け足でレース回顧に入りましょう。
前受けになるのを嫌ってか、スタートの号砲が鳴っても、誰も出ていきたくないカンジでしたね。最終的には、地元である松井宏佑選手(113期=神奈川・28歳)が先頭に立ちました。そして3番手に守澤選手、5番手に清水選手、7番手に佐々木豪選手(109期=愛媛・25歳)で、最後尾に単騎の石塚選手というのが「初手」の並び。車番通りで、多くの人が予想していた並びになったといえます。
レースが動き出したのは、青板(残り3周)を通過したあたり。後方にいた佐々木選手が、まずは前を抑えにいきます。この動きに清水選手もついていって、中国ラインの後ろにつくかーーと思われたところで、内にいた守澤選手が外に動いて、そのポジションを確保。清水選手もとくに抵抗せず、その直後の外を追走しながら、他のラインの出方をうかがいます。
バックを通過して先頭誘導員が離れたところで、佐々木選手が先頭へと浮上。松井選手はとくに抵抗せず、そのまま後方までポジションを下げていきますます。その結果、守澤選手が3番手、清水選手が5番手という並びに。単騎の石塚選手は、中国ラインの後ろにつけるカタチです。そして赤板(残り2周)を通過する手前から、今度は清水選手がポジションを押し上げていって、先頭に立ちます。
中国ラインがバック手前で前に出たところで、その後ろを四国ラインが取って、中四国4車が並ぶようなカタチになりかけました。そうはさせじと、守澤選手が機敏に動いて、中国ラインの直後に。中国ラインの後ろで、内の四国ラインと外の北日本ラインが併走しながら互いに牽制するような態勢で、レースは打鐘を迎えました。
ここで外から全力でカマシにいったのが、後方で様子をうかがっていた松井選手。ここまで今シリーズで見せていたレースと同様に、外から一気にポジションを捲り上げていきます。先頭の清水選手も当然ながら突っ張りますが、スピードに乗っているのは明らかに松井選手のほう。番手の田中晴基選手(90期=千葉・35歳)も必死に食らいついていきます。
最終バックに入るまでには清水選手を完全にパスして、南関東ラインが完全に出切るカタチに。清水選手も必死に追いますが、ここまでにけっこう脚を使っているのもあって、挽回するのはかなり厳しい。それは北日本ラインや四国ラインも同じで、追うもなかなか差が詰まりません。対照的に松井選手の「かかり」は非常によく、最終バックでは後続との差を広げ、セイフティリードを保ったまま3コーナーに入ります。
松井選手の番手にいる田中選手は、何度も後ろを振り返って迎撃態勢を整えますが、差を詰めてきたのは清水選手くらいのもの。完全に南関東ラインのワンツー態勢で、あとは松井選手が逃げ切るか、それとも田中選手が差すかという勝負です。しかし、直線の入り口でも後方を振り返っていた田中選手。結局はそのまままほとんど差は詰まらず、松井選手が1着でゴールを駆け抜けました。
昨年の小田原記念では2着だった松井選手は、今年見事リベンジに成功。彼はちょっと攻めが淡白というか、自分のカタチに持ち込めないと脆い部分があるんですが、このシリーズではカマシのタイミングなど、うまく噛み合っていましたね。地元記念に向けての調整もうまくいって、万全といえるデキ。清水選手や守澤選手を相手にこのレースをできたのは、今後の自信にもつながると思いますよ。
そして2着に田中選手で、3着は最後までしぶとく伸びた守澤選手。最近ずっと調子がいい守澤選手は、このシリーズでも相変わらずデキのよさを見せていましたが、初日特選からの3連勝は番手戦でのもの。自分が前を走ることになった決勝戦では、その持ち味をフルに生かせませんでしたね。それでも、柏野智典選手(88期=岡山・43歳)をギリギリ捉えて3着までくるのですから、さすがS級S班といえます。
清水選手も、オールスターからはそれなりに調子を戻してはいましたが、それでも本調子までには至らなかったというか。それでも、田中選手のカマシ強襲で完全に出切られてからも粘っていたのはたいしたもので、あの展開になれば、普通の選手ならば大きく着を落としていますよ。底力は見せたと思います。
そして、ここまで「あえて」触れなかった、2着の田中選手について。松井選手のダッシュにやスピードに、最後まで離れずしっかりついていったのは立派なもので、2着という結果もお見事。ただし、最終2センターから最後の直線での走りについては、猛反省する必要があります。なぜなら、松井選手を差そうと必死に追った印象が、あまりに薄いレース内容だったからです。
おそらく、松井選手を差せるような余力はなく、ならば徹底して後方のブロックを……と考えた結果だったのでしょう。実際にレース後のコメントも、そういった内容でした。しかし、あれは「ハナから差す気がなかった」「あえて差さなかった」と思われても仕方がない走りですよ。田中選手が1着の車券を買っていたファンの方は、なおさらそう感じたはず。そう見えてしまうこと自体が、大問題なんです。
こういった疑いを持たれるような走りは、競輪界全体の信用にもかかわってくる。田中選手からの車券を買っていた人が、あのレースで嫌気をさして、競輪から離れてしまう可能性だってありますよ。ライン戦では完勝しているんですから、そこから先は前の選手を追い抜くこと、自分が勝つことだけを追い求めたと、胸を張っていえる走りをしなきゃ絶対にダメなんです。
今後「南関東の小倉竜二」を本気で目指すのならば、田中選手はファンにこんな疑いを抱かせるような走りを二度としてはならないし、してほしくない。すべてのラインが早くから積極的に動く見応えのある決勝戦となり、地元の松井選手が素晴らしい走りを見せただけに、なおさら惜しいですよ。いいレースだったと言いたいのに言えない、そんなザラッとした気持ちが残ってしまいましたね。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。