2021/09/06 (月) 18:00 23
現役時代はトップレーサーとして名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが平安賞(GIII)を振り返ります。
2021年9月5日 向日町10R 開設71周年記念 平安賞(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①脇本雄太(94期=福井・32歳)
②内藤秀久(89期=神奈川・39歳)
③佐藤慎太郎(78期=福島・44歳)
④大森慶一(88期=北海道・39歳)
⑤村上博幸(86期=京都・42歳)
⑥瓜生崇智(109期=熊本・26歳)
⑦大石剣士(109期=静岡・25歳)
【初手・並び】
←①⑤(近畿)⑥(単騎)⑦②⑧(南関東)⑨③④(混成)
【結果】
1着 ①脇本雄太
2着 ⑤村上博幸
3着 ⑥瓜生崇智
まずは、反響が大きかったという前回の内容について、少しだけフォローを。私も元競輪選手ですから、「余裕がありそうに見えて実際はまったくない」場合があることや、そう見えてしまうタイプの選手がいることは、よくわかっています。田中晴基選手(90期=千葉・35歳)はおそらく、後者なのでしょう。
だとしても、レースを見るファンの多くは、それを知りません。だから、余裕がありそうに見えるけど実際は余力がないんだよな……なんて斟酌はしてくれない。「アレは抜く余裕があるのに抜かなかったんじゃないか?」と、素直に感じてしまうんです。それを、選手の側もしっかり理解しておく必要があります。
ファンが車券を買ってくれるから成立している、競輪という世界。だから選手にはさまざまなカタチで、車券を買って応援してくれたファンの期待に応えようとする、“必死”な姿を、わかりやすく見せてほしい。そういったアピールは、新たなファンの獲得や業界の盛り上がりにも繋がっていきますからね。
おっと、余談が長くなってしまいました。ではさっそく、向日町競輪場で行われた、平安賞(GIII)の回顧に入りましょう。このシリーズでとにかく目立っていたのが、脇本雄太選手(94期=福井・32歳)の圧倒的なまでの強さ。眞杉匠選手(113期=栃木・22歳)なども強いレースをしていたんですが、それが霞んでしまうほどの存在感でした。
新田祐大選手(90期=福島・35歳)が初日に失格となったことや、松浦悠士選手(98期=広島・30歳)が準決勝で敗れたことで、決勝戦は完全に「一強」ムード。その後ろにつくのは、向日町がホームバンクである村上博幸選手(86期=京都・42歳)です。脇本選手の強烈なダッシュについていければ、好勝負になって当然でしょう。
眞杉選手の後ろには、北日本の佐藤慎太郎選手(78期=福島・44歳)と大森慶一選手(88期=北海道・39歳)がついて、ラインを形成。大石剣士選手(109期=静岡・25歳)が先頭を任された南関東ラインは、内藤秀久選手(89期=神奈川・39歳)と田中選手が後ろを固めます。そして、瓜生崇智選手(109期=熊本・26歳)は単騎を選択しました。
いかに脇本選手が力を発揮しづらい展開に持ち込むかが、この決勝戦における最大のポイント。それだけに、眞杉選手と大石選手はどうレースを組み立てるか、かなり悩んだでしょうね。そしてそれに、力で勝る脇本選手がどう対抗するのかも見物。なかなか面白い決勝戦になったと思います。
スタートが切られても積極的に前に出て行こうとする選手はおらず、まずは脇本選手が「受けて立つ」カタチで先頭に。そして、このポジションを最初から狙っていたのであろう瓜生選手が、近畿ラインの後ろにつけます。その後は4番手に大石選手、7番手に眞杉選手というのが、初手の並び。赤板(残り2周)のホームを通過する手前から、レースが動き始めます。
先頭誘導員との車間を、かなり空けていた脇本選手。そこを、後方にいた眞杉選手がソロソロと抑えにいきますが、脇本選手は引かずに突っ張る態勢で、1センターを通過。眞杉選手が4番手、大石選手が7番手とポジションが入れ替わって、レースは打鐘を迎えます。ここから一気に踏んで、先頭を目がけて捲っていったのが大石選手。後続が離れかけるほどのスピードで、脇本選手を猛追します。
しかし、これを前で待ち構えていた脇本選手。最終ホーム手前からキッチリ合わせて踏み込んで、大石選手の捲りをアッサリ封殺します。力尽きた大石選手から切り替えた内藤選手と田中選手が前を追いますが、その差はまったく詰まらない。さらに、眞杉選手もここで力尽きて脱落。その後ろにいた佐藤選手と大森選手も、最終バック手前から必死に追いかけますが、こちらも差は詰まりません。
この時点で、ライン戦は近畿ラインの完勝。近畿ラインと、その後ろにいた瓜生選手の3車が完全に抜け出した態勢で3コーナーを回り、そのまま直線に入ります。あとは、村上選手や瓜生選手が、先頭をいく脇本選手を差せるのかどうか。突っ張り先行で早くから仕掛けるカタチとなったので、通常であればライン番手〜3番手の選手にとって“絶好”といえる展開です。
しかし、直線に入ってもその差はほとんど詰まらず、脇本選手が後続に1車身の差をつけて余裕のゴールイン。2着に村上選手、3着には瓜生選手が入りました。さらに、4着が内藤選手で5着が佐藤選手と、3コーナーを通過した順位がそのまま着順に。これはつまり、脇本選手のスピードを追いかけるのに精一杯で、前を差す余力のあった選手が誰一人としていなかったということ。恐るべき強さですよ。
優勝した脇本選手については、もう何も言うことなし。突っ張り先行を選択したのは、眞杉選手が前を抑えにきたタイミングと、あとは番手を走る村上選手のことも多少は意識したのでしょうね。誘導員との車間をあけて待っていたのは、他のラインがもっと早くに抑えにきた場合は、素直に引く構えだったから。しかし、あのタイミングで引くと捲っても間に合わない可能性があるので、突っ張ったということです。
2着の村上選手は、残念ながら最高の結果は出せませんでしたが、見事に地元の意地を見せましたね。脇本選手がカマシ先行や後方からの捲りを選択しなかったことで、かなり助けられた面はあったと思いますが、ファンの期待にしっかり応えてみせたのはお見事。脇本選手から絶対に離れないという“気持ち”が前面に出た、村上選手らしい走りだったと思います。
眞杉選手も、よく考えてレースを組み立てていたと思いますよ。結果からいうと、ほんの少しだけ早く前を抑えにいっていれば、脇本選手が突っ張らずに引くことによって、「脇本選手が後方に置かれる展開」をつくり出せていたかもしれません。とはいえ、このあたりの機微は本当に難しく、しかもタラレバになりますからね。健闘はしましたが、いかにも相手が悪かったというのが、素直な印象です。
脇本選手に仕掛けを合わされて封殺された大石選手にしても、それは同じ。今回の展開における“最善手”に近い選択をしているにもかかわらず、脇本選手のたぐいまれな能力によって、あっさり跳ね返されたという印象です。このシリーズでの脇本選手の強さは、本当に手がつけられないレベルだったと思いますよ。この調子ならば、ビッグレースのタイトルもあっさりとモノにして、年末のグランプリ出場を決めそうですね。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。