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前田睦生の感情移入

【東京五輪・振り返り】地獄の一年に耐えた3選手がオールスターを走る、その想いとは…

2021/08/12 (木) 12:00 14

小林優香(右)が日本の戦いで再び大暴れだ

これからはまた日本国内の戦いで

 東京五輪が8日、閉幕した。
自転車競技のトラック種目に出場した新田祐大(35歳・福島=90期)、脇本雄太(32歳・福井=90期)、小林優香(27歳・福岡=106期)が10〜15日にいわき平競輪場で開催される「第64回オールスター競輪(GI)」に出場する。

 小林は12日のガールズドリームレースのみ。また“絶対女王”の称号を取り返す戦いが始まる。精神的な動揺には不安も残るが、男子の2人よりは時間もあったので、脚力的にはきっちりいい状態で出走してくるだろう。

 オールスターは今年からナイターGIとなり、さらに6日制。真夏の死闘となる。
新田と脇本は8日の男子ケイリンを走っているので、9日の前検日へ…中0日。強行日程だが、走る意志しかなかったという。

 ドリームレースで脇本が3位、新田が6位に選出されており、その意味を感じ、また五輪を走った直後に競輪をアピールする狙いもあっての参戦決意だと思う。「五輪で活躍して、競輪の盛り上がりにつなげたい」という目的のため…想いを貫く。

息をするのも苦しいと思う

ぶっ倒れたいほどだと思う…

 前検日、到着した2人はインタビューを気丈に受けていたそうだ。
が、もう、その辺に横たわって倒れたいくらいじゃないかと思う。すべてをぶつけた東京五輪。それも、延期の一年があって…。脇本は延期と決まった時、本気で「代表引退」を考えたほど。新田は34歳という年齢で走るはずが、35歳になってしまう。この一年は、大きすぎる。

 コロナ禍にあって、取材もままならない。五輪が近づいて、2回、リモート形式での会見が行われた。1回目は緊張感こそあふれていたが、まだ余裕を持っている感じに見えた。2回目は沖縄での最終合宿を終え、羽田空港に戻ってきて行われた。

 みんな顔はこわばって、いっぱいいっぱいに見えた。もちろん出てくる言葉はしっかりしていたし「自転車競技を広めたい」、「金メダルを獲って恩返しを」と、力強かった。でも、頼もしいというより…悲壮だった。

自分のために、メダルを獲ってほしかった

新田祐大はメダルは取れずとも多くのものを得ただろう

 こんな苦しい思いをして…。他の種目のアスリートもそうだが、この延期の一年の地獄を抜けて、やっとの舞台。癒すものはメダル、結果しかなかっただろう。誰のためでもなく、新田自身、脇本自身、優香自身のためにメダルを獲ってほしかった。それがかなわなかった3人のことを思うと…。

 新田と脇本の前検日のインタビュー時、長く、ずっとナショナルチームに張り付いて取材を続け、競輪の取材もしているベテランの記者が、質問する時に涙を流していたと聞いた。選手と同じように、言葉にならない思いを抱えていたのだ。

 ファンや関係者、いろんな人たちが今回のオールスターを見ている。それぞれの思いを抱えながら…。

「オレはまだ若くて、早すぎるんです…」

脇本雄太の首には、母からのメダルがかかっているはず

 脇本の母・幸子さんは2011年7月に亡くなった。51歳。肝臓がんに侵されているとわかってから、脇本は失意の底に沈んだ。
「母は看護師なので、自分がどういう状況かわかっているんです」。残された時間はあまりにも少なく、その時がいつ来てもおかしくなかった。

 母一人で育ててくれた。きょうだいみなまだ若い。2010年12月の競輪祭で、21歳の脇本がつぶやいた言葉が耳に残っている。
「オレはまだ若くて、早すぎるんです…」。胸が、押しつぶされた。

 その母との約束が世界一になること。母への思いを背負っての戦いは終わった。しかし、ありきたりな表現だが、母は天国でその約束が守られたと思っているはず。優しく見守っているだろう。


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前田睦生

Maeda Mutuo

鹿児島県生まれ。2006年東京スポーツ新聞社入社、競輪担当として幅広く取材。現場取材から得たニュース(テキスト/Youtube動画)を発信する傍ら、予想系番組やイベントに出演。頭髪は短くしているだけで、毛根は生きている。

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