2021/08/04 (水) 12:00 0 7
アーバン…「urban」。九州の片田舎で生まれ育ち、シン○ーの香りがする中学校で習ったこの単語を使うことなどないと思っていた。“アーバンチャンピオン”(1984年11月14日に任天堂より発表)という、よくわからないが道端で人を殴っていくファミコンのソフトがあって、それが私の最初で最後のアーバンだと思っていた…。
川崎は綺麗になった。九州から東京に出てきて、川崎に住むようになり15年が過ぎる。15年前の川崎はまだ危険な香りがしていた。○ンナーより強烈だった。やさぐれた食堂で薄っぺらいトンカツをつつくのが心地よく、プロ野球を見ながら放送禁止の言葉を叫ぶオッサンたちに囲まれ、「お前は生きているか」と問われているような気がしたものだ。その店は、通おうと思っていた矢先につぶれた。「てんぐ食堂」といったかな…。
川崎は「アーバン」と化していく。2017年には川崎競輪場でナイター記念が行われていく。本体の「桜花賞」と「アーバンナイトカーニバル」。すでにナイターが「アーバンナイター」として行われていたが、真実のアーバンナイトに踏み込んでいくのは夜の記念からだ。
白戸淳太郎(48歳・神奈川=74期)の涙を見たのが川崎競輪場。2010年11月のことだ。廃止になった花月園競輪場の記念をしばらく他の場で続けるという施策があり、「花月園メモリアル」というGIII開催が川崎で開かれた。
決勝で白戸は岩本俊介(37歳・千葉=94期)の番手を回ったものの、三谷将太(35歳・奈良=92期)に奪われてしまった。白戸の後ろを固めていた佐々木龍也さん(引退=57期)のもとに行くと、こらえ切れない涙を流していた。
背中に手を当てているそのぬくもりは、どんなものだっただろう。
花月園では郡司浩平(30歳・神奈川=99期)の父・郡司盛夫さん(引退=50期)、小島寿昭さん(引退=52期)のその名前から取った“盛寿会”というグループが生まれ、朝から晩まで武骨な桜の木に囲まれたバンクで練習していた。白戸もその中にいて、盛夫さん、寿昭さんが年齢を重ねてからは松坂英司(46歳・神奈川=82期)と2人、「花月園の主」となっていた。その、花月園の名がついたレースで…。
以前にも書いたかと思うが、川崎はナイターGIIIを開拓して、当時の非難を越え、難局を打開し、ミッドナイトにも続く夜のファン層を開拓した。
白戸…川崎で開けるべき扉が待っている。夜に沈む真っ暗な闇の扉。
48歳とはいえ、泣き言しか言わないとはいえ、胸に秘める、ずっと大切にしている鍵は失っていないはず。
川崎で闇を吹き払う優勝が待っている。無観客開催だが、京浜の巷をうろつく昔からのファンは白戸を待っている。煤(すす)にぼけた戸を開ける毎日。そんな戸を開け、競輪を思っているファンのために。11年前の涙の悪夢をぬぐい去ってほしい。淳太郎はいつまでも“ジュンタロウ”。
世界で一番淳い安酒を飲ませてくれ。祭りの片隅で。
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前田睦生
Maeda Mutuo
鹿児島県生まれ。2006年東京スポーツ新聞社入社、競輪担当として幅広く取材。現場取材から得たニュース(テキスト/Youtube動画)を発信する傍ら、予想系番組やイベントに出演。頭髪は短くしているだけで、毛根は生きている。