2024/09/30 (月) 18:00 56
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが青森競輪場で開催された「善知鳥杯争奪戦」を振り返ります。
2024年9月29日(日)青森12R 開設74周年記念 みちのく記念善知鳥杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝
※左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①新山響平(107期=青森・30歳)
②森田優弥(113期=埼玉・26歳)
③眞杉匠(113期=栃木・25歳)
④佐々木眞也(117期=神奈川・30歳)
⑤守澤太志(96期=秋田・39歳)
⑥高橋晋也(115期=福島・29歳)
⑦宿口陽一(91期=埼玉・40歳)
⑧長島大介(96期=栃木・35歳)
⑨永澤剛(91期=青森・39歳)
【初手・並び】
←⑥①⑤⑨(北日本)②⑦(関東)④(単騎)③⑧(関東)
【結果】
1着 ④佐々木眞也
2着 ②森田優弥
3着 ⑤守澤太志
9月29日には青森競輪場で、善知鳥杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。このシリーズにはS級S班から、地元を背負って立つ存在である新山響平選手(107期=青森・30歳)と、先日の宇都宮・共同通信社杯競輪(GII)を制して勢いに乗る眞杉匠選手(113期=栃木・25歳)の2名が出場。出場を予定していた古性優作選手(100期=大阪・33歳)は、残念ながら病気欠場となりました。
そうなると、当然ながら注目を集めるのは新山・眞杉のビッグネーム2名。しかもこの両者はどちらも、KEIRINグランプリ出場を見据えて少しでも獲得賞金を上積みしておきたい状況です。勢いがあるのは近況好調な眞杉選手のほうですが、地元代表である新山選手も譲れない。その両者がまずは初日特選で激突しますが、四分戦となったここは、中団から捲った眞杉選手に凱歌があがりました。
唯一の3車ラインとなった新山選手は果敢に主導権を奪いますが、厳しい展開となったのもあって5着に敗退。新山選手はその後、二次予選が2着で準決勝でも2着という結果で、決勝戦に勝ち上がっています。1着をとれてはいませんが、新山選手のデキがいまひとつだったという印象はなく、最後の直線の長さやバック向かい風の強さから、先行選手が粘りづらいバンクコンディションだったのも影響していたでしょう。
眞杉選手はいかにもデキがよさそうな力強い走りで、その後の二次予選と準決勝でも1着をとって、完全優勝に王手をかけて決勝戦へ。決勝戦は、関東勢が4名で北日本勢も4名というメンバー構成となり、二分戦もあり得るか… と思われましたが、関東は栃木勢と埼玉勢が別線で戦うことを選択しました。これについては眞杉選手が、「三分戦のほうが北日本もやりにくいと思う」とコメントしていましたね。
レースを楽しむ側としても、単調な展開となりやすい二分戦よりも、三分戦のほうが見応えがある。まずは北日本勢ですが、先頭を任されたのは高橋晋也選手(115期=福島・29歳)で、新山選手は番手を回ることに。3番手が守澤太志選手(96期=秋田・39歳)で、4番手を固めるのが永澤剛選手(91期=青森・39歳)という布陣です。この並びですから、当然ながら「二段駆け」を狙ってくるでしょうね。
それを関東がいかに阻むかが、このレースの大きな見どころ。まずは栃木勢ですが、こちらは眞杉選手が先頭で、番手に長島大介選手(96期=栃木・35歳)というコンビ。そして埼玉勢は、森田優弥選手(113期=埼玉・26歳)が先頭で、番手を宿口陽一選手(91期=埼玉・40歳)が回ります。眞杉選手と森田選手はどちらも、タテ脚での勝負だけでなく、ヨコの動きでの勝負もできる。ここも、展開を考える上で大きなポイントとなります。
そして唯一の単騎が、佐々木眞也選手(117期=神奈川・30歳)。うまく立ち回る必要はありますが、デキは上々でタテ脚もありますから、北日本と関東がやり合って前がもつれるような展開になると怖いですよ。初日からの3日間とは違って、最終日は先行選手がよく粘れるコンディションにシフトしていたのも気になるところですね。それでは、決勝戦の回顧に入っていきましょうか。
レース開始を告げる号砲が鳴ると、まずは1番車の新山選手がいい飛び出しをみせて、スタートを取りきりました。これで北日本勢の前受けが決まり、新山選手は高橋選手を先頭に迎え入れます。その直後5番手は森田選手で、単騎の佐々木選手は7番手。そして後方8番手に眞杉選手というのが、初手の並びです。前受けを選んだ北日本勢は、ここから突っ張り先行に持ち込むというのが青写真でしょう。
後方の眞杉選手が動いたのは、青板周回(残り3周)のバックストレッチから。スーッとポジションを上げていき、赤板(残り2周)の前には、新山選手の外併走に。ここで、森田選手は長島選手の後ろに切り替えました。眞杉選手は新山選手の外に並ぶと、先頭誘導員が離れる前からヨコの動きで新山選手を内に押し込み、そのポジションを奪いにかかりました。いわゆる「外競り」ですね。
赤板を通過して誘導員が離れたところで先頭の高橋選手が前に踏み込みますが、番手の新山選手が眞杉選手に絡まれているので、一気にギアを上げて加速はできません。高橋選手は何度も後ろを振り返って、身体を激しくぶつけ合っている新山選手と眞杉選手の様子を確認しつつ、赤板後の1センターを回ります。その後ろでは、森田選手が北日本ライン最後尾の永澤選手を内に押し込んで、捌きにいきました。
関東勢が別個に北日本勢を分断しつつ、打鐘前のバックストレッチへ。先頭の高橋選手はまだペースを上げきれず、その直後では新山選手と眞杉選手のバトル。さらにその後ろは内から森田選手、守澤選手、長島選手が並ぶという隊列となって、レースは打鐘を迎えます。後方には、宿口選手と捌かれた永澤選手。単騎の佐々木選手は動かず最後尾で、前の動向を見定めています。
打鐘から一気にペースが上がったところで、眞杉選手との連係を外してしまった長島選手が下がって後方に。打鐘後の2センターでは、3番手のインにいる森田選手が今度は外の守澤選手を外に張って、北日本勢をさらに突き崩しにいきます。しかし、森田選手の番手にいた宿口選手も、前とは口があいて離れてしまっている。守澤選手は態勢を立て直しつつ、空いていた森田選手の番手に入り込みます。
隊列がめまぐるしく入れ替わりながら最終ホームに帰ってきますが、先頭は変わらず高橋選手で、新山選手と眞杉選手のバトルもいまだ継続中。最終ホームの手前では、最後尾にいた佐々木選手が空いていた内をしゃくって、7番手まで浮上しました。新山選手と眞杉選手の競りが続いたままで最終1センターを回りますが、ここで先頭の高橋選手が力尽きて、新山選手が番手から前に出ます。
高橋選手は、眞杉選手を外に押しやりながら減速。これで空いた内の進路を、新山選手が前に踏んで先頭に立ちます。その直後には森田選手がつけて、外を回らされた眞杉選手は、高橋選手を追い抜いて森田選手の外に。ここで、後方から一気に前へと迫ってきたのが、7番手から仕掛けた佐々木選手です。先頭に立った新山選手や、その直後で並ぶ森田選手や眞杉選手を、最終バックで並ぶ間もなく捲りきってしまいました。
先頭に立った佐々木選手を新山選手や森田選手が追いすがりますが、前との差は詰まるどころか開いていく一方。眞杉選手はここでついに力尽きて失速し、外からは後方にいた宿口選手や長島選手も差を詰めてきますが、それほど伸びはありません。2番手から前を追う新山選手も、眞杉選手とのバトルでかなり脚を使わされている。これはもう、捲り一発が決まった佐々木選手の圧勝が濃厚でしょう。
先頭の佐々木選手がリードを大きく開いて最終2センターを回り、それを新山選手、森田選手、守澤選手が追うという隊列で、最後の直線へ。新山選手の直後にいた森田選手が、ここで外に出して新山選手を差しにいきますが、先頭の佐々木選手にはとても届かない。森田選手の後ろにいた守澤選手も追いすがりますが、その脚色は森田選手とほとんど同じで、前との差は詰まりません。
後続を大きく引き離した佐々木選手が、そのまま先頭でゴールイン。初となるGIII優勝を、豪快な走りで決めてみせました。2着は森田選手で、3着に守澤選手。高橋選手の番手から捲った新山選手は、よく粘るも4着に終わっています。眞杉選手は北日本の思惑は粉砕するも、人気には応えられず8着という結果。人気の北日本勢と眞杉選手がいずれも崩れたことで、3連単は28万6,510円という超高配当となりました。
GIII初優勝を決めた佐々木選手は、完全に「展開が味方した」結果の快勝とはいえ、仕掛けてからの伸びは素晴らしかったですね。この後はホームバンク・川崎での協賛競輪(GIII)に出走予定で、この優勝によって主力級の扱いとなることでしょう。そこでどのような結果を残せるかが、今後さらなる成長を遂げられるかどうかの“分岐点”となるかもしれませんね。勢いに乗って、いい走りをみせてほしいものです。
2着の森田選手と3着の守澤選手も、自分の力でもぎ取った結果という印象はなく、展開にうまく乗れたという側面が大きい。森田選手も北日本を捌いて勝負にいってはいますが、外競りから「やるべきことをやり抜いた」眞杉選手と比較して、反省点の多さを感じているかもしれませんね。車番によっては眞杉選手ではなく、森田選手がその役割を担っていたかもしれないわけですから。
眞杉選手の走りについては、外競りから潰し合いになるくらいならば素直にタテ脚で勝負したほうがよかったのでは… と感じた人もいるかもしれません。しかし、それはあくまで結果論で、その場合には北日本の二段駆けの前に捲り不発に終わり、存在感をまったく発揮できずに終わっていた可能性もあります。個人的には、新山選手を狙って北日本勢の分断を図るというのは、納得の走りなんですよね。
とはいえ、私は眞杉選手がこの選択肢をとるとは思っていませんでした。というのは、眞杉選手は今年6月〜9月の「違反点数」が112点もあって、これが120点を超えてしまうと、後にあっせん停止のペナルティを受けることになるんですね。それを考えると、外競りからの北日本分断という手段を選ぶのはけっこうリスキーなのですが…… しかし、眞杉選手はリスクを顧みなかった。それよりも、自分らしい走りをすることを選んだのでしょう。
選択肢のなかで、自分のできることを精一杯やる。アグレッシブさを失わず、どこまでも強気に戦いにいく。いい結果こそ出せませんでしたが、「北日本の好きにされて負けるようなレースは絶対にしたくない」という眞杉選手の心の声が聞こえてくるような、気持ちの入ったアツい走りだった。こういうレースもまた、競輪という競技の面白さ、奥深さを伝えてくれるものだと思います。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。