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山田裕仁のスゴいレース回顧

【高松宮記念杯競輪 回顧】すべてが“噛み合った”宿口陽一の勝利

2021/06/21 (月) 18:00 11

現役時代はトップレーサーとして名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが高松宮記念杯競輪(GI)を振り返ります。

8番車の宿口陽一が優勝を飾った高松宮記念杯競輪(撮影:島尻譲)

2021年6月20日 岸和田12R 第72回高松宮記念杯競輪(GI・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①稲川翔(90期=大阪・36歳)
②松浦悠士(98期=広島・30歳)
③佐藤慎太郎(78期=福島・44歳)
④山崎賢人(111期=長崎・28歳)
⑤吉田拓矢(107期=茨城・26歳)
⑥小松崎大地(99期=福島・38歳)
⑦清水裕友(105期=山口・26歳)

⑧宿口陽一(91期=埼玉・37歳)
⑨守澤太志(96期=秋田・35歳)

【初手・並び】
←②⑦(中国)①(単騎)⑥③⑨(北日本)⑤⑧(関東)④(単騎)

【結果】
1着 ⑧宿口陽一
2着 ⑤吉田拓矢
3着 ⑨守澤太志

気をつければ防げる落車が多かった

 6月20日(日)には岸和田競輪場で、高松宮記念杯競輪(GI)の決勝戦が行われました。岸和田バンクが改修されてから初のビッグレースで、路面の全面的な塗り直しが行われたのもあって、かなり速いタイムが出ていましたね。そして、雨の影響もあったのでしょうが、残念ながら落車や失格といった「事故」が多発。出場選手の不足によって、GIであるにもかかわらず、3日目以降は6車や5車立てのレースが行われています。

改修直後の岸和田競輪で開催された高松宮記念杯競輪。素晴らしいレースが目立ったが落車の多さは残念だった(撮影:島尻譲)

 開催の“目玉”であるS級S班も、郡司浩平選手(99期=神奈川・30歳)は接触による車体故障で、和田健太郎選手(87期=千葉・40歳)は4人が落車する事故に巻き込まれ、どちらも翌日以降は欠場。せっかくのGI開催だというのに、盛り上がりに水をさす結果となってしまったのは非常に残念です。しかも、勝負どころ以外での「気をつければ防げる落車」が多かったんですよね……。

 落車した瞬間に、ファンが応援して買ってくれた車券は紙クズと化するわけじゃないですか。ですから、勝負にいった結果ならばまだ致し方ない面もありますが、それ以外での落車というのは、絶対にやっちゃダメなんですよ。それは、競輪選手として最低限の“義務”のようなもの。走り慣れないバンクに対する戸惑いや、雨での滑りやすさも、理由として認められません。

 走路に滑りやすい部分があるならば、そこを避ければいい。風の影響を受けやすいならば、その上でどう走るかを考えればいい。条件は、出場している全選手が同じです。競輪界の“華”である特別競輪でこんなことをしていたのでは、せっかく興味を持ってくれたファンが離れてしまう。さらに、落車した選手にはダメージが残り、盛り上がりを欠くと売り上げも落ちる。本当に誰も得をしないのが、落車なんです。

掛かりの悪い松浦に小松崎が抵抗

 以上、残念なシーンが多かったこのシリーズですが、決勝戦は全選手の気持ちが前面に出た、とてもいいレースになりましたね! 人気の中心は、松浦悠士選手(98期=広島・30歳)と清水裕友選手(105期=山口・26歳)の、中国ゴールデンコンビ。そして、小松崎大地選手(99期=福島・38歳)が先頭を任され、そこに佐藤慎太郎選手(78期=福島・44歳)と守澤太志選手(96期=秋田・35歳)がつく北日本ラインも強力です。

 記念戦線でも存在感を発揮している吉田拓矢選手(107期=茨城・26歳)と、地道に力をつけてきた宿口陽一選手(91期=埼玉・37歳)の関東ラインは、デキのよさが目立っていましたね。単騎で優勝を狙う地元代表・稲川翔選手(90期=大阪・36歳)や、ナショナルチームで磨いたスピードが魅力の山崎賢人選手(111期=長崎・28歳)も、ここは立ち回りひとつ。面白いメンバーが勝ち上がってきたと思います。

 スタートの号砲が響き、スッと前に出たのは松浦選手が先頭を走る中国ライン。そして、最初から「清水選手の後ろ」を狙っていたであろう稲川選手が、その直後につけます。4番手に小松崎選手、7番手に吉田選手、最後尾に山崎選手というのが「初手」の並びで、これは車番から予想された通りのもの。サプライズはなく、赤板(残り2周)の手前までこのままの態勢で進みました。

 赤板を過ぎて誘導員が離れたところで、まずは後方にいた吉田選手が動いて先頭をうかがいますが、すかさず小松崎選手も前を切って、主導権を奪いにいきます。そして、そこを打鐘前から動いて叩きにいったのが、松浦選手。ここまでの「切って切られて」はセオリー通りで、いつもならスピードの違いで悠々と先頭を取りきってしまうんですが、今回は様子が異なりました。もう明らかに、スピードの乗りが悪い。

今GIでは本調子にほど遠かった松浦悠士。踏んでも車が進まなかった(撮影:島尻譲)

 松浦選手の「掛かり」が悪いのをみて、小松崎選手も抵抗。最終ホームまで主導権争いが続いて、そこでようやく松浦選手が先頭に立ちます。しかし、スピードが乗らないのはそこからも同じで、道中でかなり脚を使っているのもあって、後続との差が広がらない。そこに、後方から一気の大捲りで襲いかかったのが、山崎選手です。この動きに乗じて、関東ラインも進出を開始。一団の態勢で最終バックに差しかかります。

 一気に迫る山崎選手に気付いた清水選手は、最終バック手前から番手捲りを放ちますが、トップスピードは山崎選手もまったく見劣りません。併走でのもがき合いのまま最後の直線に入り、清水選手と山崎選手の脚色が鈍ったところで、「山崎選手の後ろ」という結果的に最良のポジションを得た関東ラインの2車が、外から一気に伸びてきます。

優勝した宿口はファンの大歓声を味わって欲しかった

 シリーズを通してよく伸びていたイエローライン付近から突き抜けたのは、関東ライン2番手の宿口選手。2着にも吉田選手が入り、人気薄だった関東ラインがワンツーを決める大殊勲となりました。最後方から直線大外をついて一気の伸び脚をみせた守澤選手が3着に入り、3連単は58,660円という高配当に。記念もまだ勝っておらず、GIでの決勝進出も今回が初だった宿口選手の優勝には、私も驚かされました。

 とはいえ、うまくいくときは万事うまくいくもの。何より大きかったのは、松浦選手が本調子にはほど遠いデキだったことでしょう。持ち前の「巧さ」でなんとか勝ち上がりはしたものの、好調な選手が揃う決勝戦では、やはり厳しかった。本来の彼ならば、主導権争いで小松崎選手との踏み合いになっていませんよ。あっさり前に出切っていたでしょうし、その場合は小松崎選手も抵抗せず、引いていたと思います。

 しかし実際にはそうならず、他のラインが早くからつぶし合うような展開となった。さらに、後方から大捲りを仕掛けた山崎選手のスピードに乗って、最高の展開とタイミングで仕掛けられた。そして、この最高の展開で優勝をモノにできるだけのデキのよさで、この大一番に臨めていた。そういった、さまざまな歯車が噛み合った結果により生まれた、宿口選手の優勝だったと思います。

 これで、年末のグランプリ出場や、来年S級S班となる権利を得た宿口選手。昨年のグランプリを制した和田選手と同様に、今後は周囲の見方が変わってきます。このタイトル奪取で自信をつけて、ファンの期待に応え、重圧を跳ね返せるような選手へと、さらなる成長を遂げてほしいもの。身近に平原康多選手(87期=埼玉・39歳)という“お手本”がいるというのは、彼にとっても心強いはずです。

他のラインが潰し合う最高の展開を逃さなかった宿口陽一。デキの良さも目立った(撮影:島尻譲)

 これまでの努力や苦労が一気に報われるような結果が出せたんですから、宿口選手にはファンの大歓声のなかで、それを実感してほしかったなあ……というのが正直な気持ち。このコロナ禍が一刻も早く終息して、スタンドが大勢のファンで埋まるなかでレースができるようになってほしいと、改めて思いましたね。こんないいレースが無観客というのは、やっぱり寂しいですよ。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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