2024/08/12 (月) 18:00 10
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが松山競輪場で開催された「道後温泉杯争覇戦」を振り返ります。
2024年8月11日(日)松山12R 施設整備等協賛競輪in松山 道後温泉杯争覇戦(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①福島武士(96期=香川・38歳)
②新田祐大(90期=福島・38歳)
③坂本健太郎(86期=福岡・44歳)
④真鍋智寛(121期=愛媛・25歳)
⑤宿口潤平(91期=埼玉・42歳)
⑥原誠宏(91期=香川・39歳)
⑦片岡迪之(93期=岡山・37歳)
⑧吉田智哉(111期=愛媛・26歳)
⑨飯野祐太(90期=福島・39歳)
【初手・並び】
←④⑧①⑥(四国)②⑨⑤(混成)⑦③(混成)
【結果】
1着 ②新田祐大
2着 ①福島武士
3着 ⑥原誠宏
まずは、閉幕したばかりであるパリ五輪の話題から。男子ケイリンでは中野慎詞選手(121期=岩手・25歳)が決勝戦に進出し、ついにメダルに手が届くか…というところまで詰め寄るも、最終コーナーでマレーシアの選手と接触して落車棄権。準決勝で3位入線も失格となった太田海也選手(121期=岡山・25歳)もそうでしたが、いささか消化不良な結果となってしまったのは残念です。
しかも、中野選手は落車時に鎖骨を骨折して帰国後に手術とのことで、平塚・オールスター競輪(GI)への出場は厳しそう。まずはしっかり負傷を治して、また国内で力強い走りをみせてほしいものです。太田選手もオールスター競輪に出場予定で、こちらはうっぷんを晴らすような素晴らしいレースを期待したいところ。激戦の疲れが残っているとはいえ、日本代表として恥ずかしい走りはできませんからね。
そんな五輪の“熱狂”や、オールスター競輪が開幕直前という盛り上がりのなかで開催されたのが、愛媛県・松山競輪場での道後温泉杯争覇戦(GIII)。8月11日には、その決勝戦が行われています。GIIIにしては出場メンバーの層が薄い「裏開催」ですが、このシリーズにはグランドスラム達成者である、新田祐大選手(90期=福島・38歳)が出場。当然ながら、その走りに注目が集まりました。
初日特選での新田選手は、打鐘では後方7番手に置かれるも、その直後からの仕掛けで長く脚を使って捲りきり1着。連係した吉本卓仁選手(89期=福岡・40歳)と坂本健太郎選手(86期=福岡・44歳)がそのまま2着と3着に入り、ラインでの上位独占を決めています。格からいえば勝って当然の存在ですが、その「当然」に応えられるだけの身体をしっかり作って、このシリーズに臨んできたようですね。
続く二次予選では、カマシて主導権を奪った地元勢がいったんは完全に抜け出すも、それを豪快に捲りきって1着。そして準決勝では、打鐘後にカマシた橋本瑠偉選手(113期=栃木・29歳)と新田康仁選手(74期=静岡・50歳)の2車を前に出して、3番手から盤石の立ち回り。最終2コーナーを回ったところで仕掛けると、素晴らしい伸びで捲りきって無傷の3連勝で勝ち上がり。完全優勝に王手をかけます。
新田選手が一枚も二枚も上で、それ以外は大混戦という出場メンバーでしたが、四国勢は最多となる4名が勝ち上がり。その先頭を任されたのは、ここが地元の真鍋智寛選手(121期=愛媛・25歳)で、いいスピードがあるしデキも上々でしたね。番手も同じく地元勢の吉田智哉選手(111期=愛媛・26歳)で、3番手に福島武士選手(96期=香川・38歳)。ライン最後尾を、原誠宏選手(91期=香川・39歳)が固めます。
北日本の先頭は新田選手で、番手を回るのは飯野祐太選手(90期=福島・39歳)。その後ろに宿口潤平選手(91期=埼玉・42歳)がついて、東の混成ラインを形成しました。そして、中国地区の片岡迪之選手(93期=岡山・37歳)は四国勢とは別線を選択。坂本健太郎選手(86期=福岡・44歳)がその後ろを回る西の混成タッグで、決勝戦に臨みます。片岡選手も、デキはけっして悪くないですよ。
4車結束の四国勢は、いかにも「前受けからの二段駆け」を狙ってきそうな。新田選手や片岡選手は、それをいかに阻むかがテーマとなります。また、格上である新田選手に立ち向かうために、真鍋選手と片岡選手には「新田選手を後方に置くか、内で詰まらせる」ような立ち回りが求められてくる。2車ラインで車番にも恵まれず、考えるべきことも多い片岡選手は、なかなかキツいレースとなりそうですね。
それでは、決勝戦の回顧に入っていきましょう。レース開始を告げる号砲が鳴ると、1番車の福島選手と2番車の新田選手、8番車の吉田選手の3車が出ていきました。新田選手は、前受けからの組み立ても考えていたということでしょう。しかし、ここは最内の福島選手がスタートを取って、四国勢の前受けが確定。新田選手は中団5番手からで、片岡選手が後方8番手と、初手の並びは車番のとおりになりました。
青板(残り3周)周回の後半で、後方の片岡選手がゆっくりと浮上を開始。先頭の真鍋選手は先頭誘導員との車間をきって、いつでも突っ張れる態勢で待ち構えています。そして赤板(残り2周)通過に合わせ、片岡選手が前を斬りにいきますが、真鍋選手は想定どおり、突っ張って先頭を譲りません。四国勢の4車は外の片岡選手に意識が向いているためか、全員が外帯線の外を通っています。
この“油断”を見逃さなかったのが、四国勢の直後にいた新田選手。赤板を通過した直後、四国ライン最後尾の原選手が内を締めにくるよりも早く、瞬時の加速でその内に入り込みました。しかし、新田選手と連係する飯野選手と宿口選手は、この鋭い動きについていけません。新田選手はさらに前に出ますが、いまは原選手が内圏線と外帯線の間にいるので、後に続きたくとも続けない状況となります。
飯野選手は新田選手との連係を切って、四国勢の後ろに。先頭の真鍋選手を斬りにいった片岡選手は、無理をせずに後方のポジションに戻っていきます。赤板後の1センターで、新田選手は今度は福島選手の内にスルッと潜りこみますが、四国勢にとってこれは完全に想定外の動きだった様子。さらに内をすくいにいく新田選手は、2コーナー過ぎでは吉田選手の内にまで入り込んでしまいます。
そのまま四国勢の番手を捌きにいくか…と思われた新田選手ですが、打鐘前には真鍋選手の内にも入り込み、先頭で併走するカタチでレースは打鐘を迎えました。内から出現した新田選手に驚いたのか、真鍋選手は前へと踏み込んで、新田選手を出させない構え。新田選手は引いて、再び吉田選手との内外併走で打鐘後の2センターを回って、そのままの態勢で最終ホームに帰ってきます。
新田選手との連係が切れた飯野選手と宿口選手は、四国勢の直後を追走。後方に戻った片岡選手は、前との距離を少しあけた8番手で最終ホームを通過します。吉田選手はなんとか番手のポジションを奪還しようと新田選手の外で食らいつきますが、最終1センターを回ったところで力尽きて後退。そしてバックストレッチに入ると、後方にいた片岡選手が前を捲りに始動します。
しかし、この捲りに合わせるかのように、新田選手が真鍋選手の番手から発進。最終バックでは、先頭で粘る真鍋選手に外から迫ります。新田選手の番手が転がり込んだ福島選手とそれに続く原選手は、仕掛けた新田選手をしっかり追走。最終3コーナー入り口では、真鍋選手を捉えた新田選手が先頭に立ちました。後方から仕掛けた片岡選手は、飯野選手の外まで進出したところで脚が鈍り、捲り不発です。
先頭に立った新田選手と、それに続く福島選手と原選手が出切っているカタチで、最終2センターを通過。原選手の直後にいた飯野選手がここで仕掛け、外に出して捲りにいきますが、こちらも前を一気に飲み込むほどの勢いはありません。新田選手が先頭のままで、最後の直線へ。ここで福島選手が外に出して新田選手を差しにいきますが、新田選手の脚はまだ鈍らず、その差はジリジリとしか詰まりません。
原選手も内の狭いところから伸びて、さらに外からは飯野選手も前に迫ってきますが、こちらは勢い的に3着争いまで。先頭で粘る新田選手に福島選手が少しずつ詰め寄り、最後はハンドル投げの勝負となりましたが…わずかなリードを守りきって、新田選手が先頭でゴールラインを駆け抜けました。しかし、ゴール後に審議の赤ランプが点灯。その対象は、1位で入線した新田選手です。
審議対象となったのは、赤板を通過した後に四国ラインを内からすくった新田選手の動き。原選手の内に入り込んだときは間違いなくセーフでしたが、福島選手や吉田選手の内を抜けたときの動きは、確かに「内側追い抜き」の反則を取られてもおかしくないものだったんですよね。それだけに長い審議となりましたが…結果はセーフ。到達順位のとおりで確定となりました。
2着は福島選手で、3着は原選手。さらに、4着が飯野選手で5着が宿口選手と、新田選手の後ろにいた選手が、その順番どおりにゴールしています。審議でヒヤッとしましたが、アグレッシブな走りで1着をもぎ取った新田選手の走りは、さすがは超一流といえるもの。あの動きも、四国勢の二段駆けを封じるために考えていた策のひとつだったのでしょう。つまり、新田選手にとっては「想定内」です。
それとは対照的に、あの動きが「想定外」だったのが四国勢。スタートを取って前受けを決めたまではよかったですが、赤板を通過したときにライン全員が外帯線の外にいたというのは、れっきとした油断ですよ。そして、そういった隙を超一流の選手は絶対に見逃しません。新田選手に内から入り込まれなかった場合にどうなっていたかはわかりませんが、これが四国勢にとっての“敗着”だったのは間違いありません。
このシリーズでの新田選手は、力任せに捲るようなワンパターンな走りではなく、さまざまな走りをみせてしっかり勝ち切っている。「完全優勝して当然」との下馬評ではありましたが、それを内容のある走りで達成してみせたのですから、やはり強いですよ。優勝者インタビューでみせた表情は柔らかく、オールスター競輪に出場できない悔しさも、これで少しは晴らせたでしょうか。早く、大舞台での走りが見たいものです。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。