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ほろ酔い放談 -競輪の因数分解-

【競輪偏差値70の男】掲げ続けた“熊本を走ってこそ復興”「もう思い残すことはない、ただ今回…」

2024/08/01 (木) 18:00 30

7月は待望の大イベント、8年4か月ぶりの地元・熊本再開レースに参加した中川誠一郎。入魂の開催は結果こそ残念なものに終わったが、気持ちは奮い立ち、昔のように抗う反発力を少しは思い出した様子。再建した熊本バンクの話を中心に競輪の魅力を紐解きます。【構成=塩次洋太(九州スポーツ)】

ーー7月は向日町FIと待ちに待った地元、熊本FIの2本を走りました。まずは熊本シリーズの話からうかがいます。

 あの… 今回はいつもよりシリアスなモードでお願いできませんか。おどける余裕もないものですから…。

ーーいきなり、さみしい話です。

 もう落車した方がマシってぐらい傷つきました。あの状態で期待に応えられないもどかしさ、ですよね。

ーー気持ち的にはお察ししますが、競輪場そのものの雰囲気や盛り上がりは良かったでしょう。

 ですね。もう、初日なんかお祭り騒ぎですよ。あの声援や応援がこれからの新常識、つまり“熊本ニューノーマル”として当たり前の雰囲気であってほしいですね。あんな盛り上がりはそう無いし、普段からでも盛り上がれば選手も相当ヤル気になりますよ。ん〜、“ニュー熊本ノーマル”でもいいな。どっちがいいですかね?

ーーどちらでもいいと思います。

 響きの問題ですよ。今後、残るフレーズになるかもしれないじゃないですか。昔の「滑走路」みたく。ファンに刺さるフレーズを考えたんです。選手は良いレースをしてファンは良い応援をする、そんな相乗効果が欲しいですね。一緒に高めあっていかないと。

ーー以前の熊本競輪と言えば、特有のヤジが有名でした。今回はいかがでしたか。

 それがまったく無くて。あんなレースをしても励ましの声が大きかったです。昔なら、限りのつく限りのヤジが飛んだのに(笑)。だから余計に申し訳なかったです。

地元の新時代を切り開くエース・嘉永泰斗と

ーー初日はお祭りとして、2日目の準決勝は様々な意見があったのではないですか。

 準決の話は、飲み屋で会ったファンの人やあちこちの知り合いから色んな意見をいただきました。賛否両論とはまさにこのことで。

ーーレース後、スタンドの反応も様々でした。

 アタリのきつい声やブーイングは聞こえてきました。「引いて、すぐ行け!」とか。だけど、そこはオレのなかの問題でもあったからいいんです。だって、野球でエースが立ち上がりで3点取られても交代しないでしょう。

ーーエースの格にあるならば簡単にはマウンドは降りないと思います。

 ウチのエースは“嘉永泰斗”だから重んじただけです。たしかにオレが決勝に乗るためには“駆けて欲しい”って思いはありました。ただ、オレがエゴを出すのも泰斗に悪いし、そこまでおぜん立てして乗せてもらわなくても… ぐらいの小さなプライドもあったんです。

ーーここまで、ラインの先頭で戦ってきた選手としての主張ですね。

 泰斗の立ち位置と自分のエゴをどこまで通すかの折り合いをつけなきゃいけないし葛藤はありました。見ていた人からすれば(嘉永を)行かせなきゃいけなかった、って声が圧倒的だったでしょうが、泰斗には無理するレースをして欲しくなかったし自分のレースで勝ち上がって欲しかった。だからオレは納得しているんですよ。

ーーそこにはお互いの信頼関係があるからですね。

 そうですね。こっちが重荷になるのが申し訳なかったし、実際にレースではオレにもミスがあったし。

ーーミスと言うのはどういうところでしょう。

 オレの口が空かなかったら、3番手の(中本)匠栄まできれいにワンツースリーが決まったでしょう。だから泰斗がヤジられたのもオレの責任。(中本)匠栄にも悪いことをしました。

ーー自分の思いと周りの反応が違うと戸惑いませんか。

 当事者は納得していても、世論は違ったんですね。その根本的な理由はオレには何となくわかります。

ーー何が理由だったのですか。

 結局、熊本におけるワタクシの人気がすごかったってことでしょう(笑)。人気がそこまで無ければ、地元エースが勝ち上がって万々歳で話は済むわけですから。実力者はつらいものですよ。

ーーまた自慢ですか。シリアスモードでも何でもないですよ。最終日は自力で戦っていましたね。

 スタートを取れたし相手が気持ちよく駆けてくれたので先まくりで決まると思ったけど、理想が高かったです。頭の中ではGIを取ったときの自分がいたけど明らかに脚が落ちていました。

ーー3日間、確定板に乗れなかったのは残念でした。

 開催後は落ち込んでいたんですけどその件に関して、あとになってファンの人から少し心が穏やかになる話を聞きました。

ーー何でしょうか。

 熊本でオレを買ってくれた人って、みんな負けたわけじゃないですか。ただ、あの開催って併売で福井記念を売っていたんですよ。

ーー確かに福井競輪の開設記念GIIIと開催日が被っていました。

 オレがレースを走ると、そのあとに決まって福井でワッキー(脇本雄太)が走っていたみたいなんです。そこでワッキーがしっかり勝つものだから、お客さんはオレで負けた分をワッキーで取り戻したっていうんです。それも何人も。

ーー中川選手の負けでやられた分を、福井の脇本選手が補ってくれたと。

 さすが持つべきものは親友です。こんなかたちでオレのフォローをしてくれたんですから。

地元の牙城を守った緒方将樹(左)と嘉永泰斗(右)

ーー決勝戦は緒方将樹選手の番手から飛び出した嘉永選手の優勝という地元大団円で幕を閉じました。地元から優勝者が出ておめでたかったですね。

 あー、はい。まあ、興行や世論としては良かったんじゃないでしょうか。

ーー何か他人ごとのように聞こえます。

 いつも言っていますが、勝者がいれば敗者がいるわけです。オレの視点から見たら、優勝できなかったし決勝にすら勝ち上がれなかったのだから、とても悲しいことなんです。

ーー前にもそんなことを話してしましたね。

 記念のときでしょ? 泰斗が勝ってよかったね、って周りから言われたって話。でも今回もオレは参加していたんですよ。こっちは負けているから、オレに「おめでとう」は違うんですよ。

ーーもう素直に「泰斗、おめでとう」でいいじゃないですか。

いやいや、オレは負けているんですから。誰の視点を採用するかになると思います。このコラムで言えばオレの視点が中心ですから、この論調でいいのです。

8年4か月ぶりの歓声に沸いた熊本バンク

ーー以前から「熊本競輪を走ってこそが本当の復興」と話していましたが、とりあえず一段落しました。燃え尽きた感はないですか。

 走ってこそ復興、とはずっと言い続けていたし走った以上はその通りです。ただ、燃え尽きたというと話は別で。よく聞かれますが、ちょっと話が違うんですよ。

ーーいったい、どういうことでしょう。

 五輪に出てGIを取ってグランプリに出た時点ですでに競輪選手としての使命は終えているんです。したがって、オレの競輪人生はとっくのとうに燃え尽きているんですよ。

ーーならば、ここまではどのようなモチベーションで走っていたのでしょう。

 熊本競輪を走ることが唯一、心残りでしたしモチベーションでした。灰になっていたのに、燃えカスを巻き散らかして生きていたみたいな感じで。もしも熊本復興が無ければ、今ごろは競輪評論家となって(佐々木)昭彦さんと競っていたでしょう。

ーーもう十分やり遂げた、と。

 8年ぶりに気合が入ったし、五輪で言うとロンドンとリオの2大会分と一緒。そう考えると本当に長かった。いいピリピリ感を味わえたし、もう思い残すことはありません。

ーーそこまでとは…。まるで引退するみたいです。

 引退も少しは考えましたね。ただ、今回走って負けて悔しいって感情がまだあったんです。そんな気持ちになれる限り、まだ抗えるのかなって。風前の灯と思ったけど、まだ灯は消えていませんでした。

ーー熊本では2026年2月に全日本選抜競輪(GI)が行われます。新たな目標となるのではないですか。

 抗わないといけない気持ちはあるけど、気持ちだけではどうにもならないでしょう。全日本選抜はたぶん誘導か、場内ステージのトークショーあたりでしょうね…。

地元軍団による打ち上げは大盛り上がり(写真提供:松本秀之慎)

ーー再建第一弾ってこともありますし打ち上げは盛り上がったのではないですか。

 それがメンバー的にマジメなタイプが多かったからけっこう熱い話が続いて。匠栄とかが熱弁するとみんながうなずいて聞いていたり。ふざけていたのは(野口)大誠だけでした。

ーー野口選手は補充で最終日のみ参加していました。

 たった1日しかいなかったのに、もうずっといた感を出していて(笑)。その辺で(半田)誠や(緒方)将樹がワンワン泣いていて、匠栄まで泣きだしたのに、酒瓶を持って1人でワチャワチャかき回していました。さすが松川(高大)の弟子です。

ーー中川選手もその手の話題には熱くなるのですか。

 いやいや、このコラムの方向性でおわかりのように、性格的に熱い話は得意じゃないので。でも空気は読めるので神妙なふりをしていました。

ーーマジメに激論していた後輩たちも浮かばれませんね。

 二次会はどこかな? とか、お姉ちゃんのいる店かな? とかずっと考えていましたけど、今後も介護をしてもらわないといけませんから。

倉岡慎太郎御大らと共にゴルフへ

ーーこれを読んだ半田選手や緒方選手は何を思うのでしょう。

 だけど、後輩と改まって話したり飲む機会って最近はほとんど無かったから楽しかったです。これからの熊本は明るいかもしれません。2、3軒ハシゴをして翌日は参加メンバーによるゴルフコンペでした。

ーーゴルフコンペですか。

 泰斗や匠栄、兼モン(兼本将太)、(上野)優太ら倉岡(慎太郎)ファミリーや高木(竜司)さんらで。慎太郎さんも「このゴルフをもって熊本開催記念は終了!」と言っていましたからセットみたいなものでした。飲んだあとでスコアはボロボロだったけど、楽しかったです。

当コラムのレギュラー、東口善朋選手と不毛な激論

ーー7月は地元FIの前に向日町FIも走りました。

 開催中は大した話題は無かったですが、前々検日にMrs.GREEN APPLEのライブに行ったんですよ。それぐらいしか思い出が無くて…。

ーーいつも思うのですが、レースの細かい話とかしないですよね。他の選手のコラムではみんなレース回顧をしていますよ。

 最終日に大阪の土生(敦弘)君のおかげで1着が取れました。ありがたかったですね。でも初日、2日目と東口(善朋)に連敗したのは悔しかった。控え室で「さすが、東口クン」っておだてたら、あっちはまたソワソワしだしたんです。

ーーいつものように警戒したのでしょうか。

 そうです。「ギャラを取るよ」とか、いつものお約束の押し問答ですよ。以前にここで話した東口カップの話題もあとから読んだみたいで「また、書いたやろ!」とか言いつつ喜んでいました。

鷹の祭典で心は穏やかに

ーー最後、レース以外で何かエピソードがあれば教えてください。

 熊本開催のあとにソフトバンク戦に行ってきました。いわゆる鷹の祭典。試合後にDA PUMPのライブもあって「ごきげんだぜっ!」とか「if...」とか、世代ど真ん中の曲をやってくれて。おかげさまで熊本開催で傷ついた心はだいぶ穏やかになりました。まさに、ごきげんだぜ、でした。

ーー今月も質問が届いておりますのでお答えください。

Q、7月14日のイベントお疲れ様でした! 田中会心選手から世代交代と言われましたがまだまだ譲りませんよね?(熊本県/20代/男性)

 質問の補足をすると、14日に熊本市内のイベントでスプリントを走ったんです。そこで会心に負けたって話ですね。世代交代ですが、もうとっくに済んでいますよ。もう45歳ですから、この先は若手の介護を頼りにしがみつくだけです。

Q、こないだの「荒井ちゃんをBM」とか「プラ底世界一」など、久しぶりに笑わせて頂きました。たまに自力で行かれる時に「あ、自力やめとけば良かった」と思うレースは多々あるのでしょうか?(奈良県/30代/男性)

 最近めっちゃありますね、若手との2分戦のときとか。翌日のメンバーが発表されて「自力」ってコメントをしたのはいいけど、朝起きたらメッチャきつくて疲れが抜けていないときなんてもうヤバいですよ。カッコつけて「自力」なんて言わなきゃよかった… とか後悔したり。もう45歳ですからなかなか疲れが抜けないんです。

Q、いつもニコニコしている中川さんに相談です。恩を仇で返す人、すぐに手のひら返す人、そんな人がいた場合どう対処してきましたか? また、そのような体験をした場合どう立ち直っていましたか?(宮崎県/20代/?)

 このコラムらしくない真面目な質問ですね(笑)。嫌なタイプに会ったときは、サラっと無視する方なのであまり落ち込むとかは無いんですよ。若い頃は落ち込みましたけどもう45歳ですから。この業界にいると特にその手に関しては免疫がつくし、いちいち落ち込んだらやっていられませんよ。

Q、熊本再建FIお疲れ様でした。当初、参加予定だった荒井(崇博)さんが欠場しましたが、現地では荒井さん不在による影響や化学反応はあったのでしょうか?(静岡県/50代/男性)

 まあ、オレが初日特選に繰り上がったぐらいですかね。だけど、そのあと桑原(大志)さんも欠場したため、どのみち特選には乗れていたっぽいです。影響と言っても、地元勢はみんな緊張や気合のあまり荒井さんどころじゃなかったですよ。荒井さんは直前に連絡をくれて「かなり疲れていてきつい」と言っていたし、こんな地元勢の盛り上がりに混ざっても温度差に戸惑い、やりにくかったと思います。

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中川誠一郎

Seiichiro Nakagawa

中川誠一郎(ナカガワセイイチロウ)。熊本県熊本市出身。日本競輪学校第85期卒業。日本競輪選手会熊本支部所属。師匠は従兄の瀬口慶一郎。 実妹の中川諒子は女子競輪選手、義弟の吉成晃一も競輪選手。2000年8月15日、ホームバンクの熊本競輪場でデビューし1着。後2日間も勝利し、デビュー場所で完全優勝。2016年日本選手権競輪(静岡)、2019年読売新聞社杯全日本選抜競輪(別府)、高松宮記念杯競輪(岸和田)を優勝している。好きな食べ物は寿司。

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