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山田裕仁のスゴいレース回顧

【泗水杯争奪戦 回顧】自分との戦いに敗れた脇本雄太

2023/11/13 (月) 18:00 81

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが四日市競輪場で開催された「泗水杯争奪戦」を振り返ります。

(写真提供:チャリ・ロト)

2023年11月12日(日)四日市12R 開設72周年記念 泗水杯争奪戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①脇本雄太(94期=福井・34歳)
②浅井康太(90期=三重・39歳)
③坂井洋(115期=栃木・29歳)
④小川真太郎(107期=徳島・31歳)
⑤和田健太郎(87期=千葉・42歳)
⑥栗田貴徳(93期=愛媛・40歳)
⑦橋本強(89期=愛媛・38歳)
⑧川口公太朗(98期=岐阜・33歳)

⑨南修二(88期=大阪・42歳)

【初手・並び】

←④⑦⑥(四国)②⑧(中部)③⑤(混成)①⑨(近畿)

【結果】

1着 ②浅井康太2着 ⑤和田健太郎
3着 ⑧川口公太朗

脇本雄太選手の復帰戦として注目された開催

 11月12日には三重県の四日市競輪場で、泗水杯争奪戦(GIII)の決勝戦が行われています。S級S班からは、平原康多選手(87期=埼玉・41歳)や新田祐大選手(90期=福島・37歳)が出場してきましたが、注目はやはり脇本雄太選手(94期=福井・34歳)。骨折や肺挫傷といった大きなケガからの復帰戦で、果たして調子をどこまで戻せているのか…と、私も初日特選からその動きに注視していました。

 その初日特選では、打鐘前からのカマシ先行で主導権を奪って、最後は番手の三谷竜生選手(101期=奈良・36歳)に差されたものの、2着に粘りきりました。そして、続く二次予選と準決勝では、一番時計をマークしての1着で決勝戦に進出。先に結論からいってしまえば、脇本選手の身体は「問題なし」ですよ。本人的にまだ納得のいくデキではないでしょうが、思っていた以上に調子を戻してレースに復帰しています。

 ちょっと冴えないデキだと感じたのは、その他のビッグネームのほう。二次予選で敗退した平原選手や山口拳矢選手(117期=岐阜・27歳)、準決勝で思わぬ大敗を喫した新田選手などは、その後の負け戦での動きもパッとしませんでしたね。いかにも「次」を見据えたコンディションという印象で、ここでの活躍よりも、目前に迫った小倉・朝日新聞社杯競輪祭(GI)でいい状態に持っていくことを重視していたのかもしれません。

さすがの調整力を見せた浅井康太選手

 昨年の覇者で、地元・三重の“盟主”でもある浅井康太選手(90期=三重・39歳)は、直前に胃腸炎を患って「体重が5キロくらい落ちた」という状態でのシリーズ参戦。それでも、初日特選と二次予選は3着、準決勝で1着という結果で勝ち上がりました。確かにいいデキとは感じませんでしたが、シリーズを戦うなかで少しずつ調子を上げてきた印象。この調整力の高さはさすがですね。

 決勝戦は四分戦に。注目の脇本選手は、準決勝でも連係していた南修二選手(88期=大阪・42歳)とのコンビで決勝戦に臨みます。ここは「先行1車」に近いメンバー構成ですから、脇本選手がどのようなカタチで主導権を奪いにいくのか、要注目。1番車とはいえ、さすがに前受けからの突っ張り先行という選択肢を取る可能性は低いでしょうが、ゼロとは言い切れません。いずれにせよ、その機動力はここでは圧倒的です。

 地元の浅井選手は自力勝負で、中部ライン番手は川口公太朗選手(98期=岐阜・33歳)が回ります。こちらは車番的にも、中団でうまく立ち回っての捲りが主体となるでしょうね。そして、一昨年の覇者である坂井洋選手(115期=栃木・29歳)は、和田健太郎選手(87期=千葉・42歳)と即席コンビを結成。メンバー構成を考えると、坂井選手が積極的に主導権を奪いにいくケースも多少は考えられるでしょう。

和田健太郎選手と即席コンビを結成した坂井洋選手(写真提供:チャリ・ロト)

 唯一の3車ラインとなった四国勢は、小川真太郎(107期=徳島・31歳)が先頭を任されました。番手に橋本強選手(89期=愛媛・38歳)で、3番手を固めるのが栗田貴徳選手(93期=愛媛・40歳)。3車ラインとはいえ、車番には恵まれず相手も強力なだけに、ここでうまく立ち回るのはなかなか難しい。初手からどのようにレースを組み立てるのかという、戦略性の高さが求められそうです。

 強い海風が吹くことも多い四日市バンクですが、良好なコンディションのなかでの決勝戦となりましたね。それでは、ここからはレース回顧に入ります。スタートを告げる号砲が鳴った直後は少し様子見となりましたが、その後に2番車の浅井選手と3番車の坂井選手、4番車の小川選手が横並びで前に。結局スタートを取ったのは4番車の小川選手で、四国勢の前受けからレースが始まりました。

 その直後の4番手が浅井選手で、6番手が坂井選手。脇本選手は、後方8番手からのレースを選択しました。主導権を奪うと目されている脇本選手が最後方ですから、四分戦とはいえ、出入りが激しい展開にはなりづらいですよね。実際に、青板(残り3周)周回でも動きはなく、そのままの隊列で赤板(残り2周)を通過。先頭誘導員が残ったままで、打鐘前のバックストレッチに入ります。

ほとんど動きがなく赤板を迎えた(写真提供:チャリ・ロト)

 ここで後方の脇本選手が進路を外に振ってバンクを上り、一気にカマシてくるような気配を漂わせますが、まだ動かないまま。そしてレースは打鐘を迎えますが、そこで動いたのは脇本選手ではなく、6番手にいた坂井選手のほうでした。一気に加速して先頭の小川選手に迫りますが、脇本選手は連動せずに後方のまま。浅井選手は、和田選手の後ろに切り替えそうな気配をみせるも、戻って6番手に収まりました。

 坂井選手と和田選手が前に出切って、最終ホームを通過。この次点でも脇本選手は動かず、少し離れた後方のポジションです。そして最終1コーナーで、脇本選手がついに始動。しかし、ほぼ同じタイミングで浅井選手が進路を外に出して軽くブロックしたことで、脇本選手は大きく外を回らされました。その後にひと呼吸おいて、浅井選手はバックストレッチに入ったところから、前を捲りにいきます。

 浅井選手が間に入ったことで、ここでも外を回らされることになった脇本選手。後から仕掛けたのもあって、浅井選手は脇本選手を寄せ付けない素晴らしいダッシュで、先頭の坂井選手を猛追します。四国勢をあっさりと飲み込み、最終3コーナー手前で前を射程圏に。脇本選手も外からそれを追いますが、浅井選手との差が詰まりません。浅井選手が和田選手の前に出て、2番手で最終3コーナーを回ります。

 ここで、ずっと外を回らされた脇本選手は失速。その番手にいた南選手は、川口選手の後ろに切り替えました。四国勢の3車は、インで苦しい態勢のまま。主導権を奪った坂井選手は、必死の粘りで最終4コーナーを回って、先頭のままで最後の直線に入ります。しかし、脚色がいいのはやはり浅井選手。その直後からは、坂井選手の番手にいた和田選手と浅井選手マークの川口選手が、併走で前を追います。

 和田選手と川口選手がジリジリと前に迫り、その後ろからは脇本選手から切り替えた南選手もいい脚で伸びてきますが、先に抜け出した浅井選手の脚は最後まで止まりませんでしたね。力強く捲りきった浅井選手が、そのまま先頭でゴールラインを駆け抜けました。地元記念の連覇を達成した浅井選手は、ゴールの直後から喜びを爆発させて、何度も何度もガッツポーズ。この優勝の喜びは、格別のものがあったのでしょう。

喜びを爆発させて何度もガッツポーズする浅井選手(写真提供:チャリ・ロト)

 僅差となった2着争いを制したのは和田選手で、3着に川口選手。主導権を奪いにいった坂井選手は、最後に失速して7着。注目された脇本選手は、人気に応えられず最下位の9着に終わっています。脇本選手の捲り不発で、展開的には和田選手が絶好かと思われましたが、そこを6番手からの捲りでねじ伏せたのですから、今日の浅井選手は本当に強かった。よくここまでデキを戻したものだ…と、正直なところ感心しましたよ。

脇本選手の敗因はなんだったのか

 惨敗に終わった脇本選手については、彼の「負けパターン」で負けるべくして負けたというのが、素直な感想ですね。結果論ではありますが、坂井選手が動いたときについていっていれば、少なくともここまでの大敗は喫していないでしょう。しかし、脇本選手はそこで動かなかった。その背景には、大きなケガからの復帰戦であることに起因する、メンタル面の弱さがあったと思われます。

 それがゆえに消極的となり、自分がいちばん力を出しやすい「後方からの捲り」という戦法にこだわってしまった。そしてそれは、他のラインがここで勝つための必要条件でもあったわけです。四国勢の前受けに始まり、腹をくくって先に動いて主導権を奪いにいった坂井選手。脇本選手の力を削ぐため、外を走らせるように巧く立ち回った浅井選手。ある意味、一致団結して脇本選手に立ち向かっていますよね。

 これが、KEIRINグランプリ出場権をかけた競輪祭(GI)の決勝戦ならば、自分のカタチにこだわって一発勝負に賭けるというのもわかるんですよ。しかし、復帰戦でもあるここは、もっと積極的な走りをしてよかったはず。脇本選手としては不満が残るコンディションでしょうが、それができるだけのデキにはありましたからね。でも残念ながら、できなかった。自分の“気持ち”との戦いに負けた…とでもいえばいいでしょうか。

 それだけに、競輪祭では脇本選手の奮起を期待したいところ。現時点でここまで身体が戻せているのですから、あとはメンタル次第でしょう。それにしても、浅井選手のこれほど力強い捲りは久々に見た気がしますよ。先週の防府記念での清水裕友選手(105期=山口・29歳)もそうでしたが、地元記念でその地区のスター選手が優勝するというのは、本当に盛り上がりますからね。彼にとっても、会心の勝利だったと思います。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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