2023/11/01 (水) 18:00 41
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが京王閣競輪場で開催された「ゴールドカップレース(GIII)」を振り返ります。
2023年10月31日(火)京王閣12R 開設74周年記念 ゴールドカップレース(GIII・最終日)S級決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①新田祐大(90期=福島・37歳)
②北井佑季(119期=神奈川・33歳)
③東口善朋(85期=和歌山・44歳)
④晝田宗一郎(115期=岡山・24歳)
⑤佐藤慎太郎(78期=福島・46歳)
⑥柴崎俊光(91期=三重・38歳)
⑦香川雄介(76期=香川・49歳)
⑧中釜章成(113期=大阪・26歳)
【初手・並び】
←④⑦(中四国)①⑤(北日本)⑧③(近畿)⑨⑥(中部)②(単騎)
【結果】
1着 ①新田祐大
2着 ⑤佐藤慎太郎
3着 ⑧中釜章成
10月31日には東京都の京王閣競輪場で、ゴールドカップレース(GIII)の決勝戦が行われています。S級S班からは、佐藤慎太郎選手(78期=福島・46歳)と平原康多選手(87期=埼玉・41歳)、新田祐大選手(90期=福島・37歳)の3名がここに出場。関東では、眞杉匠選手(113期=栃木・24歳)も注目を集める存在ですね。その他の選手層もなかなか厚い、「記念」にふさわしいシリーズでした。
しかし、その眞杉選手は初日特選で松谷秀幸選手(96期=神奈川・41歳)を落車させてしまい、レース後に失格。ここは小松崎大地選手(99期=福島・41歳)が勝利し、2着に新田選手で3着が佐藤選手と、北日本がワンツースリーを決めています。関東勢にとって、眞杉選手の初日での離脱は大きな痛手。平原選手のデキもまだ本調子からはほど遠く、なかなか厳しい戦いになりそうでしたね。
その後、二次予選は快勝した平原選手でしたが、坂井洋選手(115期=栃木・29歳)と連係した準決勝は7着という結果に。最終日は1着と、だいぶ踏めるようになってきてはいますが、デキというのはその状態で練習できるようになってようやく上がるもの。腰痛を抱えているのもあって、本調子に戻すにはまだ時間が必要でしょう。次節の四日市記念や、その次の競輪祭(GI)でどこまで戻せるか…ですね。
新田選手は1着こそないものの、レース運びの巧さでキッチリと勝ち上がり。同様に佐藤選手も安定感のある走りで決勝戦に駒を進めました。このシリーズで存在感を発揮していたのが「デキのいい若手選手」で、なかでも藤井侑吾選手(115期=愛知・28歳)は本当に調子がよさそうでしたね。準決勝で惜しくも勝ち上がりを逃した小林泰正選手(113期=群馬・29歳)も、素晴らしいデキだったと思います。
関東勢は、誰も勝ち上がれないという残念な結果に。決勝戦は、2車ラインが4つに単騎が1名というコマ切れ戦となりました。人気の中心は北日本勢で、先頭が新田選手で番手が佐藤選手というSSコンビ。ここではあきらかに“格上”で、どちらも力を出せるデキにある印象です。それに、こういった出入りの激しそうなレースでは、新田選手や佐藤選手の「展開を読む能力」が大きくモノを言いますからね。
中部勢は、デキのよさが目立つ藤井選手が先頭で、番手に柴崎俊光選手(91期=三重・38歳)。藤井選手は、持ち前の機動力を生かして積極的なレースをしたいところです。そして近畿勢は、記念での決勝戦進出はこれが初となる中釜章成選手(113期=大阪・26歳)が先頭で、番手に東口善朋選手(85期=和歌山・44歳)という組み合わせ。中釜選手もデキは上々で、こちらも展開次第で大いにチャンスがありそうです。
中四国勢は、前を任されたのが晝田宗一郎選手(115期=岡山・24歳)で、番手に香川雄介選手(76期=香川・49歳)というコンビ。中団でうまく立ち回って、展開をつくような走りをしたいところでしょう。そして唯一の単騎勝負が、このところ記念戦線で存在感を発揮している北井佑季選手(119期=神奈川・33歳)。先行に強いこだわりを持つ彼が、ここでどんな走りをするかにも注目が集まります。
それでは、そろそろレース回顧に入りましょう。スタートの号砲が鳴って、いい飛び出しをみせたのは4番車の晝田選手。これで中四国勢の前受けが決まり、その直後の3番手には新田選手がつけました。5番手は近畿勢の先頭を任された中釜選手で、後方7番手に中部ライン先頭の藤井選手。そして最後方に単騎の北井選手というのが、初手の並び。レースは、青板(残り3周)周回から動き出しました。
後方の藤井選手が先頭の晝田選手を抑えにいくと、中釜選手もこの動きに連動。赤板(残り2周)前の2センターでは内外に4車ずつが並ぶ隊列となり、単騎の北井選手は外の5番手につけています。赤板通過と同時に先頭誘導員が離れたところで、藤井選手が先頭に。内の晝田選手は抵抗せずにいったん引いて、他の動向を見定めます。そして赤板後の1センター過ぎ、今度は中釜選手が前を斬りにいきました。
打鐘前のバックストレッチに入ったところで中釜選手が先頭に立ち、近畿ラインの後ろにつけていた北井選手もこれに連動。最後方の位置取りとなっていた新田選手は外に出して、前を斬りにいくタイミングをはかっています。「斬って斬られて」が繰り返される展開というのもあって、打鐘前でもまだ全体のペースは緩んだまま。そこで“奇襲”を仕掛けたのが、単騎の北井選手でした。
まだ打鐘前で、先頭の中釜選手が片手でサングラスを直しているようなタイミング。北井選手は、そこを素晴らしいダッシュで一気にカマシて先頭に立ち、打鐘から主導権を奪いにいきます。この“奇襲”にいち早く対応できたのが、北井選手の直後にいた新田選手。自分が前を斬りにいこうとしていたタイミングだったのもあって、北井選手がカマシた直後にダッシュして、2番手につけることができました。
先頭にいた中釜選手も慌てて前を追いますが、想定外の展開だったのもあって反応が遅れてしまいます。中釜選手は、北日本勢から少し離れた4番手で打鐘後の2センターを通過。さらに反応が遅れたのが中部勢と近畿勢で、こちらは前の5車から大きく離されてしまいました。単騎先頭となった北井選手はその後も全力で疾走し、2番手の新田選手との距離を保ったままで最終ホームに帰ってきます。
北井選手の“奇襲”もあって、スタンドは大盛り上がり。大歓声のなかで、2番手の新田選手は最終1センターから、北井選手との距離を少しずつ詰めていきます。4番手の中釜選手も前との差を少し詰めますが、前から大きく離れて追走する中部勢や近畿勢は、差を詰められないまま。その差は絶望的で、後方のポジションとなった4車はこの時点で「圏外」となってしまいました。
ガンガン飛ばす北井選手を、最終バック手前で射程圏に入れた新田選手。番手から仕掛けて、最終3コーナーで北井選手の外に並びかけます。北井選手は必死に粘りますが、打鐘前から全力で踏んでいるのもあって、さすがに余力はない。最終2センター手前で、新田選手が北井選手を捉えて先頭に。新田選手マークの佐藤選手や、その直後につけている中釜選手にとって、絶好の展開となりました。
しかし、力強く先頭に躍り出た新田選手の勢いは、最後の直線に入っても衰えません。差しにいった佐藤選手や、その外に出した中釜選手も伸びていますが、前との差がなかなか詰まらない。結局、先に抜け出した新田選手がそのまま押し切って、先頭でゴールラインを駆け抜けました。2着は佐藤選手で、北日本のS級S班コンビによるワンツー決着。3着は中釜選手で、4着は中釜選手マークの東口選手。逃げた北井選手は5着という結果です。
けっして楽ではない展開でしたが、一気にカマシた北井選手に瞬時に反応して、その後も最後まで冷静に判断して立ち回っていた新田選手。仕掛けるタイミングも申し分なく、差しにいった佐藤選手の追撃を振り切っての優勝ですから、強い内容ですよ。北井選手がカマシていなかったら、ここは順番的に「自分が主導権」という展開もあった。それが功を奏して、あのカマシにいち早く対応できた側面もあったと思います。
そして、賛否両論ありそうな北井選手の走りについて。レース後コメントを確認できていないので判然としない部分はありますが、カマシたときに「自分の後ろにいるのが北日本」であるのを、彼自身がどのように考えていたのか。それ次第によって、どう評価するかも変わってくるでしょうね。自分の優勝だけを目指すのであれば、新田選手が直後にいる状況での打鐘前からのカマシ先行は、ハッキリいえば“失策”です。
まず前提にあるのが、打鐘から積極的に主導権を奪いにいくような選手がいないメンバー構成だということ。となると、新田選手が前を斬って、さらにその後に晝田選手が前を斬りにいくようなケースも十分に考えられる。そこまでいくとペースが上がるので、「緩んだところでカマシ先行」という手は取りづらくなりますが、それでもこれほど早く自分から動く必要はありませんよね。
そして、もっとも強い相手である北日本勢が直後にいる状況でのカマシだと、今回のように瞬時に対応されてしまう可能性がある。しかも北日本勢の先頭は、ダッシュのよさがよく知られている新田選手です。これはタラレバになりますが、中釜選手や晝田選手、藤井選手が後ろにいる状況ならば、後続との差がもっと開いて、北井選手が最後まで粘りきれた可能性もあると思います。
しかし、自分の直後にいるのが北日本「だからこそ」の仕掛けだった…という可能性もあるんですよ。北井選手と佐藤選手は過去に何度も連係していて、実際に準決勝でも佐藤選手が番手についている。郡司浩平選手(99期=神奈川・33歳)と同様に北井選手も、佐藤選手など北日本の選手との関係は、先々を考えて大事にしているはずです。そこまで考えた上での仕掛けだったのではないか…というのが、私の読みです。
もっとも、北井選手が「北日本のことも考えて仕掛けた」なんてコメントすることは絶対にありませんから、真相はわからない。もっとシンプルに、単騎での奇襲ならば押し切れる自信があったという、それだけの理由かもしれません。ただ、競輪という競技は、今回の結果という“点”ではなく、次の結果につなげる“線”で考えるべき側面がある。今回の北井選手の走りにも、そういった部分があったと考えるほうが腑に落ちますね。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。