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山田裕仁のスゴいレース回顧

【奈良競輪G3・秋篠賞 回顧】名前を書き忘れた100点満点の答案用紙

2021/05/03 (月) 18:00 0 3

最終4コーナー。石原颯(紫色・9番車)の内をすくう三谷将太(橙色・7番車)(撮影=島尻譲)

現役時代はトップレーサーとして名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが秋篠賞(GIII)を振り返ります。

2021年5月2日 奈良11R 施設整備等協賛競輪 秋篠賞(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①中西大(107期=和歌山・30歳)
②福島武士(96期=香川・35歳)
③久木原洋(97期=埼玉・36歳)
④松崎貴久(82期=富山・46歳)
⑤鷲田佳史(88期=福井・37歳)
⑥大川龍二(91期=広島・36歳)
⑦三谷将太(92期=奈良・35歳)

⑧吉田茂生(98期=岐阜・30歳)
⑨石原颯(117期=香川・21歳)

【初手・並び】
←⑨②⑥(中四国)①⑦⑤(近畿)③(単騎)⑧④(中部)

【結果】
1着 ⑦三谷将太
2着 ⑨石原颯
3着 ②福島武士

レースの開催自体は疑問視も、蓋を開ければ好レースだった

 まもなく京王閣競輪場でダービー「第75回日本選手権競輪」が開幕しますが、その直前のタイミングで開催されたのが、奈良競輪場の秋篠賞(GIII)です。ダービーに出る選手は当然ながら出場しませんから、通常の記念(GIII)に比べると、かなり手薄なメンバー構成になってしまいます。記念の“格”が下がるので、個人的にはこういう開催、いかがなものかと思うんですよね。

 とはいえ、シリーズ自体は非常に面白かった! 初日特選からオール1着で決勝戦に勝ち上がってきた中西大選手(107期=和歌山・30歳)と、同じく初日からオール1着で完全Vを狙う石原颯選手(117期=香川・21歳)が、ここを大いに盛り上げてくれましたね。いずれも絶好調で、主役を張るにふさわしいデキ。石原選手は、なにかと話題を集める競輪学校117期のホープでもあります。

 決勝戦へと駒を進めた選手で、すでに記念を勝っているのは、近畿の3番手を固める鷲田佳史選手(88期=福井・37歳)のみ。それだけに、このチャンスをなんとしてもモノにしたいという気持ちは、どの選手も強かったはずです。それがとくに感じられたのが、ここがホームバンクである三谷将太選手(92期=奈良・35歳)。怪我の影響かデキはまだまだ本物ではなく、地元番組にも助けられての勝ち上がりでしたが、ここに賭ける思いの強さが走りに出ていました。

 注目を集める中四国ラインや近畿ラインに対して、やや劣勢だったのが中部ラインです。単純に“数”の面でも不利だったとはいえ、期待してくれるファンがいる以上は、それを納得させられる走りをせねばなりません。それだけに、中部ラインの先頭を走る吉田茂生選手(98期=岐阜・30歳)が、どのような戦略で中西選手や石原選手に立ち向かうのか。そこにも、個人的には注目していました。

展開的に中西有利 近畿勢がこのまま…のパターンに見えたが

 そして、決勝戦。スタートの号砲が鳴ると、中四国ラインの2番手を走る福島武士選手(96期=香川・35歳)が、迷わず飛び出していきます。ここは「前受け」の競輪で挑むと、最初から決めていたのでしょうね。4番手に、中西選手が先頭を走る近畿ライン。単騎を選んだ久木原洋選手(97期=埼玉・36歳)が7番手、中部ラインは8番手からというのが、初手の並びとなりました。おおむね戦前の想定通りといえます。

 青板(残り3周)から吉田選手が上昇して前を押さえにいきますが、誘導員が離れても、石原選手は引く気配なし。残り2周半の「突っ張り先行」を辞さない構えで、赤板(残り2周)周回に入ります。その際、近畿ラインは動かずに4番手をキープ。結局、吉田選手は8番手に戻っていきました。つまり、初手の並びから何も変わらないままで打鐘を迎えて、レースは勝負どころに差しかかります。

最終ホームストレート。後方から近畿勢が襲いかかる(撮影=島尻譲)

 最終ホーム手前から中西選手が踏んで捲りにいきますが、逃げる石原選手の「掛かり」が素晴らしく、その差がなかなか詰まらない。展開的には中西選手に有利なはずで、これは近畿が捲って勝つパターン--とみていた人も多かったと思いますが、中四国マーク陣のブロックの前に、あえなく不発に終わってしまいました。石原選手のスピードについていくのが、それだけキツかったということです。

 中西選手の不発を悟った三谷選手は、最終バック手前で早々と自力勝負にスイッチ。外からは、7番手にいた久木原選手がいい脚で伸びてきます。こちらが最終3コーナーで捲っていったところで、福島選手の意識が「外」に向いた。この隙を見逃さなかったのが三谷選手で、ここから果敢に内へと斬り込んで、福島選手と大川龍二選手(91期=広島・36歳)の間をきれいにパスします。

 しかし、先頭を走る石原選手の脚はまだ鈍らない。逃げ粘る石原選手を、その直後から三谷選手と福島選手が追うという態勢ですが、このままいけば、おそらく石原選手の完全Vというカタチです。

石原はなぜ外に車体を振ったのか?

 にもかかわらず、なんとここで石原選手は、車体を少し外に振ってしまいます。おそらく、番手にいる福島選手の差し仕掛けを、少しでも遅らせようとしたのでしょうね。これによって生まれた最内の「ギリギリ入っていけるスペース」を迷わず突いたのが、三谷選手。かなり狭いスペースではありましたが、アレは競輪選手なら誰でも迷わず突っ込みます。私なら、100回やったら100回とも、三谷選手と同じ選択をしますよ。

 両者併走のカタチで短い直線に入り、内をすくった三谷選手が、逃げ粘る石原選手をギリギリ差しきったところがゴール。かなり狭いスペースでの攻防でもあり、3着に入った福島選手がゴール後に落車するアクシデントがありました。そしてゴール後には、赤旗が上がって審議に。これは、最内の狭いスペースを突いて1位で入線した三谷選手に対する、「内側追い抜き」の審議です。

 前を走る選手が外帯線(走路内の内側から2番目に引かれているライン)の内側にいるときに、そのさらに内側から追い抜くのは反則で、失格となります。今回は結果的に「セーフ」との判定で、私もパトロール映像を観ましたが...いやあ、微妙でしたね。失格になっていても不思議ではない、本当にギリギリの攻防だったと思います。地元記念制覇にかける三谷選手が、“気持ち”で競り勝ったというところでしょう。

今回のレースを糧に出来るかで石原の選手生活は変わってくる

 それにしても、石原選手の走りは素晴らしかった。前受けを選んだのも、誰かが来ても突っ張って、自分が絶対に主導権を握ると決めていたからこそ。いわば「受けて立つ」側の走りで、本来ならば格上の選手がやることなんです。それを、21歳の若武者が記念の決勝戦でやって、しかも優勝目前までいった。あそこで内を空けずに走れていれば、三谷選手も福島選手も差せず、彼が優勝していたと思います。

 シリーズを通して、100点満点どころか120点をあげてもいいくらいの内容。それだけに、惜しいというか、もったいないというか。あそこで内を空けないというのは、自力選手の「基本中の基本」なんですよ。例えるならば「パーフェクトな答案なのに、名前を書き忘れて0点になった試験」ってところですかね。記念制覇の絶好機を逃したことの“重さ”を彼が知るのは、おそらくこれからでしょう。

パーフェクトなレースを見せた石原颯だったが…(撮影=島尻譲)

 この失敗に打ちのめされて、死ぬほど悔やんで、それでも這い上がって、感じた痛みのぶん以上に強くなること。それができるかどうかが、石原選手の「今後」を決めると思います。あと、まったく何もできずに終わった中部ラインは、大いに反省すべきですよ。前を押さえにいった後ですんなり引いて、その後に何もできずに終わるくらいならば、つぶし合いになるのを覚悟で勝負を挑むべき。もうホントに、存在感ゼロでしたからね。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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