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山田裕仁のスゴいレース回顧

【共同通信社杯 回顧】勝利の女神は南関東勢に微笑んだ

2023/09/19 (火) 18:00 74

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが青森競輪場で開催された「共同通信社杯」を振り返ります。

仲間に胴上げされる深谷知広選手(写真提供:チャリ・ロト)

2023年9月18日(月)青森11R 第39回共同通信社杯(GII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①新山響平(107期=青森・29歳)
②深谷知広(96期=静岡・33歳)
③清水裕友(105期=山口・28歳)
④三谷竜生(101期=奈良・36歳)
⑤嘉永泰斗(113期=熊本・25歳)
⑥隅田洋介(107期=岡山・36歳)
⑦渡邉雄太(105期=静岡・28歳)
⑧佐々木豪(109期=愛媛・27歳)
⑨南修二(88期=大阪・42歳)

【初手・並び】
←④⑨(近畿)⑦②(南関東)①(単騎)⑧③⑥(中四国)⑤(単騎)

【結果】
1着 ②深谷知広
2着 ①新山響平
3着 ⑥隅田洋介

苦しんだS班、決勝までたどり着いたのは新山のみ

 9月18日には青森競輪場で、第39回共同通信社杯(GII)の決勝戦が行われています。毎年9月に開催されるビッグレースで、一次予選と二次予選は地区が考慮されない「自動番組編成」となるのが特徴。通常とは異なるカタチのラインが結成されることが多いので、観ていて面白いですよね。とはいえ、そういったラインは初連係が多いですから、うまく機能しない場合も多い。おのずと、波乱決着も多くなります。

 脇本雄太選手(94期=福井・34歳)と松浦悠士選手(98期=広島・32歳)は残念ながら欠場で、優勝候補の一角だった古性優作選手(100期=大阪・32歳)は家事都合で3日目から欠場に。さらに、本調子になかった様子の郡司浩平選手(99期=神奈川・33歳)が一次予選で敗退するなど、S級S班が存在感を発揮できないシリーズとなった印象です。決勝戦まで進出したのは、地元代表である新山響平選手(107期=青森・29歳)だけでした。

新山響平選手は地元開催のプレッシャーを力に変えて優出を果たした(写真提供:チャリ・ロト)

 それとは対照的に、大いに存在感を発揮したのが嘉永泰斗選手(113期=熊本・25歳)や佐々木豪選手(109期=愛媛・27歳)など、デキのよさが目立っていた若手。嘉永選手が準決勝でみせた最後方からの捲りなんて、まさに“圧巻”でしたからね。そのほかには、地元での「ビッグ」だけあって新山選手も調子がよさそう。深谷知広選手(96期=静岡・33歳)も、かなりデキがよさそうな印象でした。

 決勝戦は、ラインが3つに単騎が2名というメンバー構成に。唯一の3車ラインとなったのが中四国勢で、その先頭は佐々木選手に任されました。番手を回るのは清水裕友選手(105期=山口・28歳)で、3番手を固めるのが隅田洋介選手(107期=岡山・36歳)。“数の利”を生かすならば前受けからの突っ張り先行もありそうですが、相手はかなり強力で、車番的にスタートが取れるかどうかも微妙なところです。

 2名が勝ち上がった南関東勢は、先頭が渡邉雄太選手(105期=静岡・28歳)で番手が深谷選手という静岡コンビ。決勝戦まで勝ち上がったとはいえ、渡邉選手のデキがそれほどいいという印象はないので、どういう作戦でくるか読みづらい面があります。同じく2車の近畿勢は、三谷竜生選手(101期=奈良・36歳)が前で南修二選手(88期=大阪・42歳)が後ろという組み合わせ。中団で展開に合わせて柔軟に立ち回りたいですね。

 そして、単騎での勝負を選択したのが、新山選手と嘉永選手の2名。決して楽ではないですが、両者ともに単騎でも勝負できるだけの能力とデキのよさを兼ね備えています。地元でのビッグですから新山選手は必ずどこかで勝負に出るでしょうし、嘉永選手もここは準決勝のような極端なレースはしないはず。初手から積極的にポジションを取りにいったほうがいいかもしれません。

緩んだところを思い切ってカマした渡邉

 新山選手が単騎となると、誰が主導権を奪うのかも読みづらく、さまざまな展開が考えられた決勝戦。最後の最後まで、車券をどう買うかが難しいシリーズになりましたね。それでは、実際にどのような展開になったのかを振り返りつつ、解説していきましょう。スタートの号砲が鳴って、最初に飛び出していったのは4番車の三谷選手。近畿勢の前受けという意外な動きから、レースが始まります。

 その直後の3番手につけたのは渡邉選手で、単騎の新山選手は初手5番手から。同じく単騎の嘉永選手は、新山選手の後ろに入ろうとしましたが、入れてもらえませんでしたね。中四国ライン先頭の佐々木選手が6番手となり、最後方に嘉永選手というのが、初手の並びです。レース前の想定とはかなり異なる隊列で、ここからどのような展開になるのか、興味深いところです。

 最初に動いたのは、後方にいた中四国勢。青板(残り3周)周回でゆっくりとポジションを押し上げていって、先頭の三谷選手ではなく、その後ろにいた渡邉選手を抑えにいきました。単騎の嘉永選手も、この動きに連動。渡邉選手は自転車を引いて、中四国勢と嘉永選手を前に入れることを選択しました。渡邉選手が7番手、新山選手が最後方9番手という隊列に変わって、赤板(残り2周)のホームに帰ってきます。

 後方となった渡邉選手の動きを何度も振り返って確認しつつ、先に動いたのが佐々木選手。赤板を通過後に前へと踏み込んで、近畿勢から先頭を奪います。三谷選手も簡単には引きませんでしたが、これを叩いて佐々木選手が先頭に。嘉永選手は今度は連動せず、6番手で前の様子をうかがいます。そして打鐘前、動かずに我慢していた渡邉選手がここで始動。前のペースが少し緩んだところを、一気にカマシます。

 いいダッシュで前との距離を詰める渡邉選手。先頭の佐々木選手も踏み込んで抵抗しますが、スピードに乗っているのはカマシた渡邉選手のほう。しかもここで、中四国ライン3番手の隅田選手が離れて、連係を外してしまいます。最後方にいた新山選手も南関東ラインの動きに連動してポジションを押し上げ、打鐘で動き出していた嘉永選手の前に。これ幸いとばかりに、嘉永選手は新山選手の後ろを追います。

 しかし、新山選手の後ろにつけようとした嘉永選手を、内にいた清水選手がヨコの動きでブロック。すぐに態勢を立て直した嘉永選手ですが、それでもこの一瞬で、新山選手との車間が開いてしまいます。渡邉選手が先頭で、それを外から新山選手が追うという隊列で最終ホームを通過。南関東ラインの後ろに入る手もあった新山選手ですが、スムーズに入り込めるスペースがないのをみて、ここで腹をくくりましたね。

 バックを踏むくらいならば…と新山選手はそのまま加速して、先頭の渡邉選手に襲いかかります。少し離れてそれを必死に追いすがるのが嘉永選手で、中四国勢はインの5番手。初手で前受けしていた近畿勢は、後方8番手に置かれる展開となりました。新山選手は、最終1センター過ぎに出切って先頭に。それを外から追う嘉永選手は、今度は南関東ライン2番手の深谷選手とのバトルとなります。

最終ホームで仕掛ける新山(白・1番)(写真提供:チャリ・ロト)

 進路を少し外に振った深谷選手と、それを乗り越えようと前を追いすがる嘉永選手。しかし、最終2コーナーを回ったところで深谷選手のブロックを受けて、勢いが止まってしまいました。先頭に立った新山選手は、その間に後続との差を大きく広げて、最終バックを通過。2番手の渡邉選手が必死に追いますが、その差がなかなか詰まりません。これは新山が逃げ切るか…という態勢で、レースは最終局面を迎えました。

脚を温存していた深谷が強襲、嘉永は厳しいマークを乗り越えられず

 後方の近畿勢はまったく差を詰められず、中団の中四国勢も勝負どころでグンと伸びてくるような気配はなし。連係を外して最後方となっていた隅田選手が、空いていた最内をスルスルと進んで、元のポジションに戻ろうとしています。先頭の新山選手は、後続と2車身ほどの差を保ったままで最終2センターを通過。渡邉選手の脚が鈍ったのを察知した深谷選手は、ここで外に出して新山選手を捉えにいきます。

 その後方では、佐々木選手や嘉永選手が前を追いますが、ここまでにかなり脚を使っているのもあって、グンと伸びてくるような気配はなし。その隙間を縫うようにして、隅田選手が前との差を一気に詰めてきました。そして迎えた最後の直線コースでは、先に抜け出していた新山選手を、サラ脚に近いほど脚を温存できていた深谷選手が強襲。並ぶ間もなくこれを捉えて、力強く先頭に躍り出ました。

 その後方では、粘る渡邉選手を佐々木選手が追っていますが、こちらはどう考えても入着争い。その外からいい脚で伸びてきたのが隅田選手で、ゴール前では3車が横並びでの接戦となりました。先頭でゴールラインを駆け抜けたのは深谷選手で、2014年の松戸・サマーナイトフェスティバル(GII)以来となる久々のビッグ制覇を達成。獲得賞金ランキングも、8位へと急浮上しました。

 2着には新山選手が粘りきり、僅差となった3着争いは隅田選手が競り勝ちました。隅田選手は最終3コーナーで内を抜けてくるときに三谷選手と接触しており、そのアオリで三谷選手と清水選手も接触。この件でレース後に審議となりましたが失格とはならず、入線順位のとおり確定しています。完全に後方に置かれるカタチとなった隅田選手が、あそこから盛り返して3着に突っ込んでくるというのは、さすがに驚きましたね。

 優勝した深谷選手については、本人も優勝者インタビューで口にしていたとおり「渡邉選手のおかげ」という部分が大きかった勝利。番手の仕事もしっかりこなしていたとはいえ、タフな展開のなかを勝負どころまで脚を温存できたのが勝因です。今年に入ってからは番手でのレースも増えて試行錯誤の日々だったと思いますが、ここで大きな収穫を得られたのは自信になる。正直なところ、番手を回る選手としての技量は「まだまだ」だと思うので、さらなる研鑽に励んでほしいですね。

 結果的に2着に敗れたものの、非常にいい競輪をしたのが新山選手。「単騎での自力勝負」という厳しい条件やレース展開を考えると、今回の走りはほぼベストに近いものだったと思いますよ。「もっと仕掛けを遅くできていれば」と思うかもしれませんが、この決勝戦での流れを考えると、それはそれでなかなか難しい。唯一の青森勢として、そしてS級S班としての意地もみせた、文句なしの走りだったといえます。

 人気に応えられず7着に終わった嘉永選手は、そのデキのよさが本当に目立っていて、周囲の選手からのマークが厳しかったというのも敗因のひとつでしょう。中四国勢については、いかにもデキがよかった佐々木選手が色気を持ってレースに臨んでいたことが、思い切りの「差」に出た印象ですね。南関東勢の先頭だった渡邉選手とはそこが違って、だからこそ深谷選手に勝利の女神が微笑んだという気がします。

渡邉の思い切りの良さが勝敗を分けた(写真提供:チャリ・ロト)

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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