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山田裕仁のスゴいレース回顧

【鳳凰賞典レース 回顧】関東勢に対抗する“術”がなかったレース

2023/09/11 (月) 18:00 71

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが立川競輪場で開催された「鳳凰賞典レース」を振り返ります。

写真提供:チャリ・ロト

2023年9月10日(日)立川12R 開設72周年記念 鳳凰賞典レース(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①平原康多(87期=埼玉・41歳)
②新山響平(107期=青森・29歳)
③眞杉匠(113期=栃木・24歳)
④北井佑季(119期=神奈川・33歳)
⑤佐々木悠葵(115期=群馬・28歳)
⑥高橋築(109期=東京・31歳)
⑦犬伏湧也(119期=徳島・28歳)
⑧森田優弥(113期=埼玉・25歳)

⑨守澤太志(96期=秋田・38歳)

【初手・並び】

←③⑧①⑤⑥(関東)②⑨(北日本)⑦(単騎)④(単騎)

【結果】

1着 ⑧森田優弥2着 ⑤佐々木悠葵3着 ①平原康多

機動力のある若手トップクラスが多く参戦したシリーズ

 9月10日には東京都の立川競輪場で、鳳凰賞典レース(GIII)の決勝戦が行われています。このシリーズには、先日の西武園・オールスター競輪(GI)で初タイトルを獲得した眞杉匠選手(113期=栃木・24歳)や、新山響平選手(107期=青森・29歳)や犬伏湧也選手(119期=徳島・28歳)など、機動力のある若手トップクラスが多く参戦。S級S班からは新山選手のほかにも、平原康多選手(87期=埼玉・41歳)と守澤太志選手(96期=秋田・38歳)が出場しています。

 それだけに見応えのあるレースが多く、初日特選も熾烈な戦いに。ここは、犬伏選手の番手を回っていた清水裕友選手(105期=山口・28歳)が1着をとりました。清水選手は続く二次予選でも1着とデキがよさそうで、後方から捲った準決勝でも突き抜けそうな勢いで伸びてきましたが、平原選手のブロックで残念ながら5着に敗退。関東勢がワンツースリーを決めて、決勝戦での“有利”を決定づけました。

 これで関東勢は、過半数となる5名が決勝戦に勝ち上がり。しかも別線ではなく、ひとつのラインで連係することを選びました。先頭を任されたのは眞杉選手で、疲れもあって万全のデキという印象ではありませんでしたが、その機動力は言うまでもなく強力。番手には眞杉選手と同期である森田優弥選手(113期=埼玉・25歳)が回り、3番手は平原選手。4番手を佐々木悠葵選手(115期=群馬・28歳)、5番手を高橋築(109期=東京・31歳)が固めるという強力布陣です。

関東ラインに立ち向かう“術”がない

 もうひとつのラインは北日本勢で、こちらは先頭が新山選手で、番手を守澤選手が回ります。守澤選手はここにきてかなり調子を上げてきたようで、このシリーズでは彼らしい決め脚の鋭さで、二次予選と準決勝で1着をとっています。2車とはいえ総合力の高さはかなりのものですが、いかんせん多勢に無勢。ヨコの動きのない新山選手に、関東勢を内から捌くような競輪は期待できませんから、おのずとタテ脚での勝負となります。

 もっと選択肢が少ないのが、単騎勝負となった北井佑季選手(119期=神奈川・33歳)と犬伏湧也選手(119期=徳島・28歳)。北井選手は、つい先日の向日町記念を制した勢いに乗って、このシリーズでもいい走りをみせていました。同様に犬伏選手も、持ち前の素晴らしいスピードやダッシュで決勝戦に駒を進めてきましたが、残念ながら単騎で関東ラインに立ち向かう“術”を持たないんですよ。

 例えば、ここに松浦悠士選手(98期=広島・32歳)がいれば、単騎でも関東ラインを分断するような走りを期待できたでしょう。清水選手が勝ち上がって犬伏選手と連係しての三分戦ならば、また別の展開も考えられたかもしれません。しかし、他のラインの先頭や単騎の選手は、タテ脚を武器とする「正攻法」に強みを持つ選手ばかり。関東勢以外にとっては厳しい戦いになるなあ…というのが、メンバーをみての素直な感想です。

 さらにいえば、関東ラインの先頭を任された眞杉選手は、ラインの仲間に助けられてGIタイトルを獲ったばかり。その“恩”を返すために、ここは「ラインから優勝者を出す走り」をする可能性がきわめて高い。前受けからの突っ張り先行で早々と主導権を奪い、番手の森田選手にバトンをつなぐような走りをされると、他のラインは手も足も出ずに終わってしまう可能性が高いんですよ。

関東ラインの先頭を任された眞杉選手は、ラインの仲間に助けられてGIタイトルを獲ったばかり(写真提供:チャリ・ロト)

 関東勢の攻めを防ぎたくとも、そのために必要な手札が足りない。そこをなんとか埋められるかどうか…というのが、関東勢に立ち向かう北日本勢や単騎勢のテーマとなります。では、実際にどのような展開となったのか、順を追って解説していきましょう。スタートの号砲が鳴って、いいダッシュで飛び出したのは5番車の佐々木選手。これで、関東勢にとって最初の課題がクリアされました。

 関東勢の前受けが決まって、その直後の6番手に新山選手。単騎の両名はいずれも後方で、犬伏選手が8番手、北井選手が9番手というのが、初手の並びです。青写真どおりに前受けを選んだ関東勢は、おそらくここから何が来ても全力で突っ張るでしょう。それがミエミエなので、新山選手が早くから動くケースは考えづらいですよね。後方の単騎勢にしても、打つ手もないのに動けない。

 初手の並びが決まってからは淡々と周回が進み、レースが動き出したのは青板(残り3周)周回の後半。最後方にいた北井選手が犬伏選手の前に出て、さらにそこから内をすくってポジションを押し上げ、北日本勢の前に入り込みます。その間に、後方の出方を何度も振り返って確認していた、先頭の眞杉選手。誰も仕掛けてこないのを確認すると、赤板を通過して先頭誘導員が離れるのと同時に、前へと踏み込みました。

先頭誘導員が離れるのと同時に、前へと踏み込んだ眞杉選手(写真提供:チャリ・ロト)

 残り2周から、早々とスパートを開始した眞杉選手。一列棒状で打鐘前の2コーナーを回ったところで、7番手の新山選手が動きます。打鐘で北井選手の外に並びかけますが、先頭の眞杉選手がかかっているのもあって、前との差がなかなか詰まりません。また、守澤選手は新山選手のこの動きについていけず、連係を外してしまいました。変わらず眞杉選手が先頭のままで、最終ホームに帰ってきます。

 単騎で捲るカタチとなってしまった新山選手は、最終1センターで森田選手の外に並びかけますが、森田選手は進路を外に振ってこれをブロック。そして、森田選手は最終2コーナーを回ったところで眞杉選手の脚色が鈍ったのを確認すると、早々と番手から発進します。捲りが不発に終わった新山選手は、力尽きて失速。その後方では、北井選手が内から、そして犬伏選手が外から捲りにいきます。

 ここで、新山選手との連係を外して高橋選手の内に潜りこんでいた守澤選手が、ヨコの動きで高橋選手を捌きました。そして、眞杉選手も力尽きて後退。連係を保っている関東勢は、番手捲りで先頭に立った森田選手と、少し車間をきってそれを追走する平原選手と佐々木選手の3名となりました。そこに外から勢いよく襲いかかったのが、ずっと後方で脚をタメていた犬伏選手です。

 犬伏選手は、素晴らしいダッシュで一気に4番手まで浮上。北井選手も守澤選手との併走で前を追いますが、こちらはあまり伸びがありません。しかも、力尽きて下がってきた眞杉選手を避けるときに、これを内から抜かしてしまいます。前の4名が抜け出して、それを少し離れて守澤選手と北井選手が追うというカタチで最終2センターを回って、レースは最終局面へ。前を走る関東勢の3名には、まだ余力が感じられます。

 最終2センターでは、佐々木選手が進路を少し外に出して犬伏選手の捲りをブロック。これで犬伏選手は外を回らされてしまいます。その後も必死に前を追いすがる犬伏選手ですが、前を差しにいった佐々木選手の動きで、直線の入り口でもさらに外に出すロスが発生。その前にいる平原選手も、先頭の森田選手を差しにいきますが、森田選手も脚色は鈍らず踏ん張ります。

 最後にいい伸びをみせたのは佐々木選手で、ゴール直前では平原選手を捉えて、先頭の森田選手まで届くか…と思われたところがゴールライン。番手捲りから抜け出した森田選手が後続の追撃を退け、2分の1車身差で先頭を守り抜きました。2着は最後にいい伸びをみせた佐々木選手で、3着に平原選手と、関東勢が上位を独占。単騎ながら見せ場をつくった犬伏選手は、最終的に4着という結果でした。

森田選手が後続の追撃を退け、2分の1車身差で先頭を守り抜きました(写真提供:チャリ・ロト)

 その後は守澤選手、北井選手と続きましたが、北井選手は新山選手を避けるときに「外帯線の内側を前走する選手を内側から追い抜く」反則があったため、レース後に失格となっています。優勝した森田選手は、これがうれしいGIII初制覇。早くから飛ばした眞杉選手を追走するだけでもかなり脚が削られたはずで、けっして楽な展開ではありませんでした。最後までよく踏ん張っているし、力もつけていますよ。

「チーム」で望んだ関東勢の完勝

 いずれにせよ、結果は「チーム」で望んだ関東勢の完勝。平原選手が2着に粘れない展開を番手捲りから押し切ったのですから、森田選手は強いレースをしています。先頭の眞杉選手がかかっているところで捲りにいった新山選手も、致し方なしというところ。ペースを緩めて流すような瞬間があれば、そこで一気にカマシて主導権を奪いにいくこともできたのでしょうが、そんな隙は見せませんでしたからね。

 末脚勝負に賭けた犬伏選手は、もう少しだけ早く仕掛けていれば、もっときわどい勝負に持ち込めたかもしれません。しかし、その場合でも平原選手や佐々木選手に止められていた可能性はありますから、タラレバですよね。レース前に想定されたとおり、関東勢以外には立ち向かうのに必要な“手札”が不足しており、その差を最後まで埋めることができなかった。つまり、関東勢の戦略勝ちです。

 つい先日のオールスター競輪で優勝し、いわば日本一となった眞杉選手が大敗するという結果を「想定内」と表現するのは、競輪を始めたばかりの初心者の方だと理解が難しいかもしれません。しかし、競輪は個人競技ではなく、ラインを組んでのチーム戦。眞杉選手がGIを勝ったのも、同じチームの仲間に助けられてのことで、今日は仲間を「助ける側」に回ったのだと考えてください。

 たとえ“最強”と呼ばれる選手であっても、個の力だけでは勝てず、展開や相手次第では大敗することもある。このあたりの機微が競輪の面白さであり、同時に楽しむハードルを高くしている部分でもあるのですが…うまく表現するのがなかなか難しいですよね(苦笑)。でも、そのあたりについても「そういうもの」といった便利な言葉で逃げずに、できるだけわかりやすくお伝えできるように…と心がけていきたいと思います。

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山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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