2023/06/19 (月) 18:00 85
現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが岸和田競輪場で開催された「第74回高松宮記念杯競輪」を振り返ります。
2023年6月18日(日)岸和田12R 第74回高松宮記念杯競輪(GI・最終日)決勝
左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①脇本雄太(94期=福井・34歳)
②郡司浩平(99期=神奈川・32歳)
③佐藤慎太郎(78期=福島・46歳)
④山田庸平(94期=佐賀・35歳)
⑤松浦悠士(98期=広島・32歳)
⑥松井宏佑(113期=神奈川・30歳)
⑦古性優作(100期=大阪・32歳)
⑧稲川翔(90期=大阪・38歳)
⑨新山響平(107期=青森・29歳)
【初手・並び】
←①⑦⑧(近畿)⑤④(混成)⑥②(南関東)⑨③(北日本)
【結果】
1着 ⑦古性優作2着 ③佐藤慎太郎3着 ⑧稲川翔
初夏の「東西対抗戦」である高松宮記念杯競輪(GI)。今年は大阪府の岸和田競輪場を舞台に、25年ぶりに6日制での開催となりました。従来の4日制よりもレースを走る回数が多いですから、コンディションの維持や疲労をいかに抜くかが超重要。また、S級S班であっても横並びで一次予選からのスタートですから、決勝戦までの勝ち上がりが非常にシビアなんですよね。
そういう理由もあってか、残念ながら落車や失格が非常に多いシリーズになってしまいました。初日の西日本一次予選では、古性優作選手(100期=大阪・32歳)が落車して大波乱に。4日目の青龍賞では、新田祐大選手(90期=福島・37歳)が勝負どころで内を締めた際の不利で平原康多選手(87期=埼玉・41歳)を落車させてしまい、3位入線もレース後に失格となっています。
当然ながら途中欠場となった選手も多く、サバイバル戦のような様相となったこのシリーズ。最終的に決勝戦まで勝ち上がったのは、やはり「デキのよさ」を感じさせていた選手がほとんどでしたね。無傷の4連勝で決勝進出を決めた脇本雄太選手(94期=福井・34歳)も、本人的には「まだまだ」なのでしょうが、かなりいいコンディションでシリーズに臨めていたと思います。本調子の彼がみせる強さは、やはり強烈です。
脇本選手以外では、佐藤慎太郎選手(78期=福島・46歳)もデキのよさが光っていましたね。あとは、新山響平選手(107期=青森・29歳)もかなり仕上がっていた。初日の落車(再乗して8着)から3連勝で勝ち上がってきた古性選手については、番組面での有利さがあっての結果という側面があります。地元の期待を背負って“気持ち”で走っていたとはいえ、やはりダメージは残っていたと思いますよ。
脇本選手がいい状態で、しかも決勝戦では近畿ラインの番手を古性選手、3番手を稲川翔選手(90期=大阪・38歳)が固めるという盤石の布陣。こうなると、すべては「脇本選手の走り次第」となります。それをどう読み、いかに対策して、さらにレースの流れのなかで臨機応変に立ち回って自分たちに有利な展開へと持っていくのか。別線の先頭を任された選手には、そういった能力が問われる一戦となりました。
近畿ライン以外はすべて2車で、北日本勢は新山選手と佐藤選手とのコンビに。いずれもかなりの好調モードですから、新山選手が脇本選手の力をうまく削ぐような立ち回りができれば、チャンスは十分なはずです。南関東勢は、松井宏佑選手(113期=神奈川・30歳)が前を任されました。その番手を回るのは郡司浩平選手(99期=神奈川・32歳)と、こちらも総合力の高さはかなりのものです。
松浦悠士選手(98期=広島・32歳)は自力自在で勝負。ここは山田庸平選手(94期=佐賀・35歳)と西のコンビを結成して、強豪たちに立ち向かいます。強力な機動型が多いレースですから、ここは中団を取っていかに巧く立ち回るかという、松浦選手が得意とする展開読みの能力が存分に発揮されそう。ただし、そのデキは「戻ってきてはいるがまだ本調子ではない」といったレベルだったと思います。
それではここからは、レース回顧に入りましょう。スタート直後は少し牽制が入りましたが、脇本選手と古性選手が自転車を出して前へ。これで近畿勢の前受けが決まり、その直後の4番手に松浦選手がつけます。南関東勢の松井選手がその後の6番手で、北日本ライン先頭の新山選手は8番手から。この初手の並びは、レース前に多くの人が予想していた通りのものですね。
初手の並びが決まってからはとくに動きがなく、淡々と周回が重ねられていきます。後方に位置した新山選手が動き出したのは、青板(残り3周)周回の2センターを回ってから。先頭の脇本選手を斬る勢いで上がっていきますが、脇本選手は先頭誘導員との車間をきって、それを待ち構えていましたね。つまり、この決勝戦においては突っ張り先行が「ある」ということです。
赤板(残り2周)のホームを通過と同時に、脇本選手は前へと踏み込んで加速。レース後のコメントを確認したところ、新山選手は脇本選手の突っ張り先行が「ある」と考えていたようですね。それもあってか、新山選手は無理やり先頭に立つことはなく、ある程度は踏みながら併走で様子見。打鐘前の2コーナー過ぎからバックを踏んで、ポジションを下げていきました。
しかし最後方までは戻らず、後方にいた南関東勢と少し絡みながら6番手の位置に。松井選手が8番手に変わり、突っ張り先行から主導権を奪いきった脇本選手がグングン飛ばして、一列棒状で最終ホームに帰ってきます。こうなると、後手を踏んで後方の位置取りになった松井選手はもちろん、脚を使わされている新山選手もけっこう厳しい。逆に、ほぼサラ脚でいい位置を取りきれた松浦選手は好勝負に持ち込めます。
そのままの隊列で最終2コーナーを回ってバックストレッチに入ったところで、松浦選手が前を捲り始動。一気に前を飲み込みそうな素晴らしい加速で、最終バックでは稲川選手の外を通過して、前を捉えにかかります。しかし最終3コーナー手前で、近畿ライン番手の古性選手が進路を外に出して、これをしっかりとブロック。その後方では、新山選手も前との差を詰めようとしていますが、伸びはありません。
古性選手のブロックで、かなり勢いを削がれた松浦選手。立て直して前を追いますが、先頭では脇本選手がまだ踏ん張っています。ここで前に忍び寄ってきたのが、新山選手から切り替えて進路を内にとった佐藤選手。山田選手の内に切り込んで、先頭まで届く最短コースを見定めています。最終2センター過ぎで脇本選手と古性選手の車間が一気に詰まって、最後の直線に入りました。
直線の入り口で脇本選手の脚色が鈍ったところを、古性選手が早々と外から差して先頭に。その後ろでは、外に出したい稲川選手とそれを阻もうとする松浦選手が、身体をぶつけ合って絡んでいます。稲川選手が松浦選手を外へと押し返し、最内にスペースが生まれた瞬間、そこに突っ込んだのが佐藤選手。稲川選手が松浦選手を大きく外に張ったことで、前が一気に開けました。
それに気付いた稲川選手が慌てて内を締めにいきますが、佐藤選手は外帯線の内側を真っ直ぐ進んで前に。しかし、脇本選手を力強く差して先頭に立った古性選手の勢いがいい。少し抜け出している古性選手を内から佐藤選手、外から稲川選手が追いすがりますが、届きそうにない。稲川選手と絡んだ松浦選手もジリジリと差を詰めますが、直線に入ってからの伸びはいまひとつです。
そして…先頭でゴールを駆け抜けたのは、地元の期待を背負った古性選手。後続の追撃を寄せ付けず、リードを保ったままでゴールラインに飛び込みました。接戦となった2着争いを制したのは、最短コースで稲川選手の間隙をついた佐藤選手。3着が稲川選手で、4着に松浦選手。突っ張り先行から主導権を奪った脇本選手は、人気に応えられず6着に終わっています。
優勝者インタビューでは涙を流した古性選手。地元でのビッグ開催にもかかわらず初日に落車というアクシデントに見舞われ、そこからなんとか挽回してたどり着いた優勝だけに、感極まったのでしょうね。いわゆる「地元番組」に助けられた側面があったとはいえ、落車のダメージを抱えながらの優勝はお見事。それに大きく貢献したのは、言うまでもなく脇本選手の突っ張り先行でした。
得意とする後方からの捲りで完全優勝に王手をかけていたとはいえ、4日目の白虎賞など、脇本選手はけっこう危ないシーンもあったんですよ。それに自分の後ろを回るのは、いずれも地元・大阪の選手。だから私は、この決勝戦については、脇本選手が前受けから突っ張って主導権を奪いにくるケースが十分にあると考えていました。そして前述したように、新山選手もそれを想定に入れていた。
だからこそ、新山選手はレースをどう組み立てるかが非常に難しかったんですよ。脇本選手を斬りに動いたのがワンテンポ遅かったのは、それを意識していたというのが理由にあります。脇本選手は脇本選手で、「前を斬りにくるのが松井選手だったら引いていた」とコメントしていましたよね。新山選手のデキがいいだけに、先手を取られると厳しい戦いを強いられる…と警戒していたわけです。
新山選手とは対照的に、脇本選手の突っ張り先行が「ない」と踏んでいたのが松井選手で、それが故に完全に後手を踏むカタチになってしまった。郡司選手ともども、まったく存在感を発揮できないままで終わってしまったのは、それが原因です。このあたり、大舞台での経験がまだ不足している面は否めませんね。郡司選手としては、前を任せた以上は仕方がないといったところでしょう。
おそらく松浦選手も脇本選手の突っ張り先行が「ある」と想定していたはずですが、自力勝負を挑むわけではないので、その読みが違っていた場合は自在に立ち回って、主導権を奪うラインの直後に切り替えればいい…というのが基本戦略。その結果、いちばん脚を温存できる展開となったわけですが、それでも残念ながら力およばず4着という結果に。それでも見せ場は十分で、存在感はおおいに発揮していました。
2着に突っ込んで来た佐藤選手については、もう「さすがです」としか言いようがないですね。新山選手がポジションを下げたときに、最後方ではなく6番手に割り込めたのは大きかった。それに、稲川選手と松浦選手が絡んだのもプラスに働きましたね。それでも、あの展開のなかをまったくロスなく差を詰めて2着に食い込むというのは、やはり並大抵ではありませんよ。本当に限界を感じさせないというか(笑)。
いずれにせよ、どこまでも脇本選手が中心だったこのシリーズ。決勝戦では残念ながら人気に応えられませんでしたが、すべての選手が彼を意識し、その一挙手一投足をファンも固唾をのんで見守っていた。現在の競輪界における“主役”が誰であるのかを、改めて感じさせられた一戦となりましたね。選手同士のハイレベルな「心理戦」を楽しめた、アツい決勝戦だったと思います。
山田裕仁
Yamada Yuji
岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。