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山田裕仁のスゴいレース回顧

【日本選手権競輪 回顧】千載一遇の好機をモノにした山口拳矢

2023/05/08 (月) 18:00 68

現役時代はKEIRINグランプリを3度制覇、トップ選手として名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんが平塚競輪場で開催された「日本選手権競輪」を振り返ります。

デビューから2年11か月でGI優勝を果たした山口拳矢(写真撮影:チャリ・ロト)

2023年5月7日(日)平塚11R 第77回日本選手権競輪(GI・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢

①脇本雄太(94期=福井・34歳)
②佐藤慎太郎(78期=福島・46歳)
③清水裕友(105期=山口・28歳)
④山口拳矢(117期=岐阜・27歳)
⑤新山響平(107期=青森・29歳)
⑥和田圭(92期=宮城・37歳)
⑦犬伏湧也(119期=徳島・27歳)
⑧香川雄介(76期=香川・48歳)
⑨古性優作(100期=大阪・32歳)

【初手・並び】
←①⑨(近畿)⑤②⑥(北日本)⑦③⑧(中四国)④(単騎)

【結果】
1着 ④山口拳矢
2着 ③清水裕友
3着 ②佐藤慎太郎

最強の脇本を逃げさせないかが各ラインの至上命題に

 すべての競輪選手が夢見る、特別競輪のなかでもっとも“格”の高いタイトル。それがダービーこと、日本選手権競輪(GI)です。今年は神奈川県の平塚競輪場での開催で、コロナ禍の影響がないゴールデンウィーク中というのもあって、本当に多くのファンが現場に詰めかけていましたね。私はこのタイトルを二度獲らせてもらいましたが、2003年の平塚ダービーを勝てたときの喜びは、競輪人生のなかでも「格別」でした。

 今年の優勝賞金は、なんと8,600万円(副賞含む)。この賞金の高さは、選手にとってやはり大きなモチベーションとなります。年末のグランプリ出場を目指すうえでも、ダービーで獲得賞金を上積みできるかどうかは大きな意味を持つ。それだけに、どの選手もここを目標に身体を仕上げてきます。実際、準決勝や決勝戦に勝ち上がってきた選手は、いずれもかなりデキがよかったと思います。

 なかでも目をひいたのが、脇本雄太選手(94期=福井・34歳)の素晴らしい仕上がり。初日の特別選抜予選こそ失敗して8着に終わりましたが、二次予選や準決勝では、手がつけられないほどの強さを見せつけました。腰痛との戦いが続いているとはいえ、先日の武雄記念よりも調子がさらによくなっているのは確実。昨年のダービー王が、どうやら今年も主役を張ることになりそうだ…と、多くのファンが感じたことでしょう。

脇本雄太(撮影:北山宏一)

 残念だったのが、準決勝で郡司浩平選手(99期=神奈川・32歳)と守澤太志選手(96期=秋田・37歳)が落車して、郡司選手は右肩の肩甲骨、守澤選手は第7頸椎を骨折してしまったこと。自分がブロックにいっての落車だったとはいえ、郡司選手は地元・神奈川での開催だけに期するものが大きかったはず。それだけに悔しいでしょうが、いまは少しでも早い回復と戦線復帰を願うばかりです。

 決勝戦は三分戦に。脇本選手は、ここも準決勝と同じく、盟友である古性優作選手(100期=大阪・32歳)とのコンビで臨みます。準決勝のように脇本選手が積極的に主導権を奪うレースを仕掛けてくると、ほかのラインは太刀打ちできない可能性が高い。よってここは、脇本選手を「いかに楽に逃げさせないか」が、他地区にとっての至上命題となります。あのデキならば、圧勝してもおかしくないですからね。

 3車が勝ち上がった北日本勢は、新山響平選手(107期=青森・29歳)がラインの先頭に。新山選手はオール2着で勝ち上がり、準決勝では突っ張り先行から粘るという強いレースをみせていました。心身ともに充実している印象で、立ち回り次第で勝機は十分。その番手を回る佐藤慎太郎選手(78期=福島・46歳)も、最近ではいちばんいいデキだったのではないでしょうか。そして3番手を、和田圭選手(92期=宮城・37歳)が固めます。

激しい戦いが繰り広げられた準決勝。9Rでは新山響平(白・1番)が突っ張り先行を見せラインで決めた(写真撮影:チャリ・ロト)

 中四国勢の先頭を任されたのは、これが初のGI決勝戦となる犬伏湧也選手(119期=徳島・27歳)。準決勝では流したところを叩かれて脇本選手に主導権を奪われるも、3番手からしぶとく伸びて勝ち上がってきました。番手を回るのはデキのよさが目立っていた清水裕友選手(105期=山口・28歳)で、ここは主導権を奪っての「二段駆け」がありそう。3番手は香川雄介選手(76期=香川・48歳)です。

 そして、唯一の単騎が山口拳矢選手(117期=岐阜・27歳)。準決勝では冷静な立ち回りで落車もうまく回避し、初となるGI決勝戦への進出を決めました。優勝した岐阜での共同通信社杯(GII)もそうでしたが、単騎で気楽に走れるのがプラスに出ることも多い選手。この強力な相手のなかでの単騎勝負なので、上位に食い込めるかどうかは立ち回り次第となりますが、侮れない側面があるのも事実でしょう。

犬伏の番手から清水が新山の動きに合わせて番手捲り

 前置きが長くなりましたが、それでは決勝戦の回顧といきましょう。スタートの号砲が鳴った直後は動きがありませんでしたが、「それならば」と9番車の古性選手が出ていきました。近畿勢の前受けは、レース前に想定されていた通りですね。その直後の3番手に、北日本ライン先頭の新山選手。6番手が犬伏選手で、最後尾に単騎の山口選手と、初手の並びは車番のままで決まりました。

 各ライン先頭はいずれも主導権を取れる機動力がありますが、ここで逃げにもっとも積極的であるのは犬伏選手。その犬伏選手が後ろ攻めとなると、早い段階から「斬った斬られた」が繰り返されるような展開にはなりません。犬伏選手が動く気配をみせたのは、青板(残り3周)周回のバックを通過してから。先頭の脇本選手は、誘導員との車間を大きくきって、それを待ち構えています。

犬伏湧也(橙・7番)が逃げ人気の近畿ライン(白・紫)は最後方に(写真撮影:チャリ・ロト)

 そこから犬伏選手がゆっくりとポジションを押し上げていきますが、脇本選手に突っ張る気配はまったくなく、まるで譲り渡すように中四国ラインが先頭に。その後ろにいた山口選手も、これに連動して4番手につけます。その後に新山選手も続いて、北日本ラインは5番手で赤板(残り2周)を追加。どうやら脇本選手は、後方8番手まで下げる「いつものパターン」で挑むようです。

 打鐘前の2コーナーを回ったところで誘導員が離れると、先頭の犬伏選手は早々と加速を開始。準決勝と同じ轍を踏むわけにはいかない…とばかりにペースを緩めず、打鐘からは全力で踏み始めます。一列棒状で、近畿勢だけが大きく離れるカタチで打鐘過ぎの2センターを回って、最終ホームへ。その後も隊列は変わらず、最終2コーナーを回ったところで清水選手は犬伏選手との車間をきって、後ろの仕掛けを待ち構えます。

 ここで新山選手が5番手から捲りにいきますが、清水選手もほぼ同じタイミングで、キッチリ合わせて番手捲り。最終バック過ぎで、清水選手が先頭に立ちます。仕掛けを合わされた新山選手は、山口選手の外に並ぶところまでいくのが精一杯。また、ライン3番手の和田選手も離れてしまいます。そして脇本選手は、この時点でも前から大きく離れた8番手のまま。いくら脇本選手でも、この位置から捲るのはさすがに厳しい。

 清水選手と香川選手、山口選手が抜け出す態勢で最終3コーナーにさしかかりますが、新山選手の捲り不発を察した佐藤選手は、すぐさま切り替えて山口選手の後ろを確保。そして、外から前を捲りにいこうとする山口選手の内に入って、こちらは最短コースで前を捉えにかかります。とはいえ、最高の展開をつくり出してくれた犬伏選手のためにも、清水選手は先頭を簡単には明け渡せません。

 最終2センター過ぎで、佐藤選手は外の山口選手をブロックして進路を確保。雨で濡れた路盤もあって山口選手は軽くスリップしますが、そこから態勢を立て直して再び前を追います。脇本選手はこの時点でも後方のままで、優勝争いは絶望的に。今年のダービー王は、先頭で粘る清水選手とそれに続く香川選手、そこを捲りにいく佐藤選手と山口選手に絞られたという状況で、最後の直線に入ります。

 直線に入っても、先頭でいい粘りをみせる清水選手。番手にいた香川選手が差しにいきますが、前との差はなかなか詰まりません。そこを外からグイグイと伸びてきたのが、山口選手と佐藤選手。ゴールの手前では山口選手が佐藤選手の前に出て、先頭の清水選手に襲いかかります。ゴール寸前ではほぼ横並びとなり、最後はハンドル投げ勝負となりましたが…ゴール線でほんのわずかだけ前に出ていたのは、山口選手のほうでした。

ゴール前の勝負に競り勝った山口(青・4番)(写真撮影:チャリ・ロト)

 悔しい僅差の2着が清水選手で、こちらも接戦だった3着争いは佐藤選手が競り勝って確定板に。4着が香川選手で、最後の直線で猛追した古性選手が5着。捲り不発に終わった新山選手は6着、脇本選手は7着という残念な結果に終わりました。それにしても、これが初のGI決勝戦で、27歳にしてダービー王の座に輝くとは…優勝者インタビューで自分でも言っていましたが、山口選手は本当に「持って」いますよ。

“持っている”だけでは勝てないダービー、山口は追われる立場に

 犬伏選手が主導権を握る展開になると読んで、中四国ラインの直後といういいポジションをすんなりと取れたこと。そして、山口選手が得意とするショート捲りがうまくハマる絶好の展開となったこと。さらにいえば、あの準決勝を冷静な立ち回りで2着に食い込み、決勝戦の舞台に立てたこと。さまざまな要素がうまく噛み合っての優勝とはいえ、勝機をモノにできたのは、彼にそれだけの力があるからこそです。

 注目された脇本選手については、彼自身がレース後にコメントしていたように「犬伏選手を決勝に上げてしまったこと」が最大の敗因ですよね。ペースを緩めて脇本選手に主導権を奪われた準決勝での失敗を踏まえて、犬伏選手はその対策をキッチリしてきた。今日のレース展開は、誰もが想定していた通りといっても過言ではありません。素晴らしいデキの脇本選手でも、展開次第で負ける。これが、競輪です。

 それにしても、犬伏選手の逃げはかかっていましたね。残念ながらラインから優勝者を出すことはできませんでしたが、その力がトップクラスでも通用するものであると、改めて証明してみせました。そこからバトンを繋いで死力を尽くした清水選手も、敗れたとはいえ、本当にいい走りをしていたと思います。獲得賞金を大きく上積みして、グランプリ出場に向けて大きく前進できたのも収穫でしょう。

 このタイトル獲得で、追う側から「追われる側」となった山口選手。これで、周りの選手が彼を見る目が大きく変わります。このダービーのように、いいポジションを楽に取らせてもらえる機会は減るでしょうね。単騎になるような番組自体が組まれなくなるし、これまで以上に結果が求められるようにもなる。今後の山口選手は、こういった重圧のなかで戦っていくことになります。

 今日の優勝が、今後の彼をどのように変えていくのか。それがなおさら楽しみになりましたね。願わくは…他地区に比べてどうも勢いがない、中部地区全体を牽引していくような存在になってほしい。山口拳矢は、これを起爆剤としてもっと上を目指せる選手のはずですからね。

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山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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