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山田裕仁のスゴいレース回顧

【春日賞争覇戦 回顧】結果を大きく左右した赤板での“攻防”

2021/02/15 (月) 18:00 6

5人が決勝に進んだ近畿勢は負けられない戦い。京都の山田久徳(8番車)が優勝を飾った

現役時代はトップレーサーとして名を馳せ、現在は評論家として活躍する競輪界のレジェンド・山田裕仁さんによるグレードレース回顧。今回は波乱決着に終わった春日賞争覇戦の回顧をお届けします。

2021年2月14日 奈良12R 開設70周年記念 春日賞争覇戦(GIII・最終日)S級決勝

左から車番、選手名、期別、府県、年齢
①村上博幸(86期=京都・41歳)
②佐藤慎太郎(78期=福島・44歳)
③武藤龍生(98期=埼玉・29歳)
④中井俊亮(103期=奈良・28歳)
⑤宿口陽一(91期=埼玉・36歳)

⑥中井太祐(97期=奈良・31歳)
⑦松本貴治(111期=愛媛・27歳)
⑧山田久徳(93期=京都・33歳)
⑨稲毛健太(97期=和歌山・31歳)

【並び】
←④⑥(奈良)⑨⑧①(近畿)⑦②(混成)⑤③(関東)

【結果】
1着 ⑧山田久徳
2着 ⑦松本貴治
3着 ③武藤龍生

シリーズを通して存在感を発揮した松本貴治

 2月14日(日)に決勝戦が行われた、奈良競輪の春日賞争覇戦(GIII)。落車や失格といった事故がとにかく多く、シリーズを通して混戦ムードが漂っていましたよね。S級S班からは、昨年のグランプリ覇者である和田健太郎選手(87期=千葉・39歳)と、佐藤慎太郎選手(78期=福島・44歳)が出場していましたが、和田選手は準決勝で落車。残念ながら、決勝戦へと駒を進めることはできませんでした。

 これによって決勝戦は、どのラインからでも狙える超難解なメンバーに。決勝戦に5人が残った近畿勢が、奈良をホームバンクとする2人と「それ以外」とで別線となったことで、予想はより難しく、面白いものになりました。兄の中井太祐選手(97期=奈良・31歳)と弟の中井俊亮選手(103期=奈良・28歳)の連携が地元記念の決勝で実現したことは、各種メディアでも大きく取りあげられていましたね。

 勝ち上がりの内容から調子のよさが感じられたのは、先日の松山で記念初制覇を達成したばかりの松本貴治選手(111期=愛媛・27歳)。あれで自信をつけたのもプラスに出ているんでしょう、このシリーズでも存在感を大いに発揮していました。その後ろを走るのが、S級S班の佐藤選手。調子がいい自力選手の番手という絶好のポジションが“巡ってくる”あたりが、いかにも彼らしい。即席コンビとはいえ、このラインは強力です。

 同じく好調だったのが、近畿3車の先頭を任された稲毛健太選手(97期=和歌山・31歳)です。この3車は準決勝でもラインを組み、好連携で他のラインを完封していました。ここも勝ち上がってきた過程と同様に、稲毛選手らしい積極的な仕掛けで、優勝争いが期待できそうな雰囲気。地元・奈良の選手が別線にいるとはいえ、こちらも“準地元”として不甲斐ないレースはできませんからね。

 さらに、関東ラインの宿口陽一選手(91期=埼玉・36歳)と武藤龍生選手(98期=埼玉・29歳)も、展開や立ち回り次第で上位をうかがえる存在です。つまり、掛け値なしに「誰にでもチャンスがある」決勝戦だったといえるでしょう。しかも舞台は、前が有利で後方から捲る展開になるとキツい、奈良の333mバンク。レースの組み立てを間違ってしまうと、そこから挽回できないんですよ。

 それだけに、どのような展開になるかが注目された一戦。スタートから飛び出していったのは中井太祐選手で、奈良の2車は「前受け」を選択しました。残り2周半では、中団で松本選手と稲毛選手が牽制し合うカタチに。そして、赤板(残り2周)のホーム手前で松本選手が動いて、前を切りにきます。先頭を走る中井俊亮選手が、この動きにどう対応するか。それが、このレースの結果を決めた大きなポイントとなりました。

あの場面は中井俊には引いて欲しくなかったが…

 結果的に彼は「引いた」わけですが、松本選手の動きに呼応していた稲毛選手も外から一気に仕掛けたことで、6番手という厳しいポジションになってしまった。ここでは引くのではなく、松本選手にだけは絶対に譲らないーーとばかりに「突っ張って」いくべきなんですよ。なぜなら、デキがよく勢いもある松本選手が4番手というのは、近畿勢にとってもっとも避けたいカタチだからです。

 もちろん、あそこで突っ張ればそのぶん脚を使わされるので、中井俊亮選手にとっては厳しい展開になる。赤板過ぎから先行して、逃げ潰れるような結果になりたくないのもわかります。でも、それで自分が潰れたとしても、その後ろにはタテ脚のある兄・中井太祐選手が控えている。また、同じ近畿の“仲間”である稲毛選手たちにとっても、松本選手が4番手になるか6番手になるかは大違いでしょう。

 さらにいえば、引かずに突っ張ることで、自分だけでなく松本選手にも脚を使わせることができる。これならば、最終的に松本選手が先行するカタチになったとしても、最後の脚は確実に鈍ります。こういったさまざまな理由と、何より中井兄弟の活躍を期待していたファンのためにも、あそこでは引いてほしくなかったですね。

 それに、先ほども言いましたが、奈良の333mバンクでレースの組み立てを間違うと、そこから挽回するのは非常に厳しい。強い選手と調子のいい選手だけが走る決勝戦ともなれば、なおさらです。6番手からとなった中井俊亮選手は、最終ホーム過ぎから捲るも不発に終わり、奈良のバトンは兄の中井太祐選手に託されました。

 中井俊亮選手の捲りに合わせて4番手から仕掛けた松本選手は、最終バックで前を猛追。しかし、3コーナー手前からの番手捲りで先頭に立った山田久徳選手(93期=京都・33歳)が、振り切りにかかります。その直後の位置、内圏線ギリギリの狭いところに「度胸一発」で突っ込んでいったのが中井太祐選手。あの展開でここまで前に迫れるんですから、やはりタテの脚があります。

 しかし、健闘もここまで。中井太祐選手は、外に出ようとしたところでバランスを崩してしまいます。この動きによって、山田選手の後ろにいた村上博幸選手(86期=京都・41歳)と松本選手の後ろを回っていた佐藤選手は、直線の手前で外に振られるカタチに。その空いた内側をすくって伸びてきたのが、後方でじっと脚をタメていた関東ラインの武藤選手でした。

 それでも前を捉えるには至らず、松本選手の猛追を最後まで振り切った山田選手が、先頭でゴールを駆け抜けました。2着に松本選手、3着に武藤選手、そして4着に中井太祐選手という結果。山田選手は、5人が決勝に進んだ近畿勢として絶対に譲れなかった優勝を、うれしい2度目の記念制覇で成し遂げましたね。赤板過ぎからの果敢な先行で、持ち味を存分に発揮した稲毛選手が、本当にいい仕事をしました。

 いやあ、それにしても難解なレースでしたね。いかにも荒れそうな雰囲気でしたが、イメージ以上に荒れたというか(笑)。100回やったら100回とも結果が変わるんじゃないかーーと思えるほどです。強い選手の強いレースを観るのも競輪の醍醐味ですが、こういう「確たる中心が不在」のレースで展開をアレコレ考えるのも、また面白い。読みがズバッとはまったときの快感を、ぜひ味わっていただきたいものです。

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山田裕仁のスゴいレース回顧

山田裕仁

Yamada Yuji

岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒。KEIRINグランプリ97年、2002年、2003年を制覇するなど、競輪界を代表する選手として圧倒的な存在感を示す。2002年には年間獲得賞金額2憶4434万8500円を記録し、最高記録を達成。2018年に三谷竜生選手に破られるまで、長らく最高記録を保持した。年間賞金王2回、通算成績2110戦612勝。馬主としても有名で、元騎手の安藤勝己氏とは中学校の先輩・後輩の間柄。

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