2022/04/01 (金) 08:00 15
新年度が始まる4月、競輪界では新人選手がデビューを迎えます。近年、特に男子は養成所の記録会で好成績を残し、デビュー早々インパクトを残す新人が少なくありません。その要因はどこにあるのかーー20年以上、選手候補生の育成に携わってきた日本競輪選手養成所・大川眞護教官に今年デビューする選手たちの評価と併せて伺ってみました。(取材・構成=netkeirin編集部)
ーー4月30日から行われるルーキーシリーズで121期(男子)、122期(女子)がデビューします。特に男子はゴールデンキャップ獲得者が史上最多の15人。レベルが高いと見てよろしいでしょうか。
大川眞護教官(以下、大川) 男子は自転車競技経験者が多く、養成所入所の時点で過去と比較してレベルが高い印象を受けました。入所後のトレーニングで力を付け、さらに全体のレベルが底上がった印象です。
ゴールデンキャップ獲得者の増加は、5年前から記録会の3000mの基準タイムを緩和したことが大きいと見ています。その分、200m、400m、1000mの基準タイムは厳しく設定しています。他には報奨金制度を設けたことも、モチベーションになっているのではないでしょうか。
ーーゴールデンキャップを1回獲得すると20万円の支給。3回全部獲得するとボーナスも…これは魅力的ですね。1000mまでのタイムを重視するようになったのは、理由があったりするのでしょうか?
大川 昨年終了しましたが東京五輪がきっかけとなりました。世界で戦える選手を育てるため、2016年にフランスから現ブノワ・ベトゥテクニカルディレクター、オーストラリアからジェイソン・二ブレットコーチを招き、ナショナルチームだけでなく養成所にも彼らのトレーニング理論を取り入れると決まってから、スピード強化の方針に変わりましたね。
ーー養成所としてブノワテクニカルディレクターのトレーニング理論を受け入れることに抵抗はなかったのでしょうか?
大川 スピード強化実現のため、「量より質」重視のメニュー、大ギヤの使用、筋力トレーニングへのアプローチなど半信半疑な面はありました。
そうした状況の中、ブノワテクニカルディレクターが来られた翌年、117期から記録会のタイムが大きく伸びましたし、ナショナルチームで指導を受けた新田祐大選手、脇本雄太選手、渡邉一成選手が競輪でビッグレースを制すなど結果を出していましたから、教官も候補生も自然とブノワテクニカルディレクターのトレーニング理論を受け入れられたと思います。
今でも現役選手からトレーニング内容について養成所に問い合わせがありますし、脇本選手などナショナルチームのメンバーが他の選手に伝えることで、養成所のトレーニングが主流になってきているのを感じます。
ーー入所者の中からエリートを選抜して鍛えるHPD(ハイパフォーマンスディビジョン)教場はそうした流れの中で生まれたのでしょうか。
大川 ブノワテクニカルディレクターのトレーニング理論をより本格的に取り入れ、ハイパフォーマンスな選手を育てるために生まれました。若い時期から鍛えることで良い結果を出せる可能性が高まりますし、HPD教場では記録会のタイムや能力を見てブノワテクニカルディレクターが自ら選抜した4〜5人の候補生を直接指導します。5月から卒業までの3月と限られた時間ですので、メンバーの入れ替えは基本ありません。ナショナルチームの拠点「伊豆ベロドローム」と養成所は隣ですので、午前に養成所でジムトレーニングを行い、午後はHPD教場でナショナルチームのメンバーと一緒に練習しています。また、競輪の規則やルールは他の候補生と同様に学んでいます。
ーー早期卒業後、連勝を続けている太田海也選手(22歳・岡山)、中野慎詞選手(22歳・岩手)もHPD教場生だったのでしょうか?
大川 2名とも第1回記録会の成績により、HPD教場に選抜されました。なお、中野選手に関しては、養成所入所前の大学生時からナショナルチームに選抜されていた経緯もあり、HPD教場に入りました。太田選手は大学まではボート競技で活躍し、本格的に自転車に乗ったのは養成所に入ってから。そこからメキメキと力を付け、ブノワテクニカルディレクターに認められHPD教場メンバーになりました。
ーーその他にはどんな候補生がいらっしゃったのでしょうか?
2人以外には大川剛(23歳・青森)、山口多聞(20歳・埼玉)、荒川仁(23歳・千葉)です。
ーーこの3人も注目ですね。
大川 山口は養成所で行った競走訓練の平均得点順は70人中23位。先行して自分でレースを作った分、目標にされゴール前で負けてしまう場面が見られましたが、デビューして伸びるのはこのタイプの選手です。展開を読む力は後からでも身に着けることが出来ますから。HPD教場メンバーではありませんが、第3回記録会の1000mで121回生最高タイムを出した村田祐樹(23歳・富山)も似たタイプですね。脚力がある分、自分で行ってみたくなるのでしょう。
ーー指導にあたって苦労された点はありましたか?
大川 トレーニング内容を養成所に落とし込むこともそうですが、ブノワテクニカルディレクターがナショナルチームのメンバー十数名に対して行っているフィードバックの内容や伝え方が本当に素晴らしくて、養成所の90名にどう展開するか苦労しました。
ただ、それもトレーニングメニューが「量より質」重視になったことで、教官に時間的な余裕が生まれ、ブノワテクニカルディレクターとも連携を密にすることで養成所に適した形での落とし込みが出来るようになりました。
ーー具体的にはどのような形でしょうか。
大川 ダッシュの合間のレスト毎に結果を示したタブレット端末を見せながら即時的なフィードバックを行ったり、脚力が劣っている候補生にもアドバイスを送ったり、鼓舞したりすることで全体の雰囲気が良くなってトレーニングの質がさらに上がったと感じています。
ーー候補生1人1人の特性に合わせた指導も可能になったと。
大川 記録会の結果を基に3つのグループに分けています。男子だと先ほどお話したHPD教場4〜5人、A・B教場でそれぞれ30名ずつです。例えば筋力トレーニングであれば、同レベルの3人を1グループにして指導を行っています。教官はA・B教場には4〜5人ですのでマンツーマンとはいきませんが、個人のレベルに合った指導が出来るようになりました。
ーー男子はデビュー後、レースを有利に進めるためラインを組んで走ることになります。養成所ではどのように指導されていますか。
大川 入所して半年経った頃からラインの要素を入れた「模擬競走」を行っています。『今日は先行して走ろう』『2番手や3番手を回ってみよう』など個々の役割を決めて走ってもらいます。逆に競走訓練は個々の能力を活かすため、ライン関係なく候補生各自が自分で戦法を考えて走っています。
ーー毎年、入れ替わりで若者が入所されますが、気質の違いは感じますでしょうか。
大川 気質で言うと昔より真面目な候補生が増えましたね。私も元選手で競輪学校(現・養成所)に入りましたが、その頃はプロスポーツの道は野球、ゴルフ、相撲ぐらいしか無かった時代なので、良くも悪くも競輪の世界でお金をバリバリ稼ぐぞ、みたいな人が多かったような気がします。今年が特にその傾向が強いかもしれませんが、自転車競技の延長で競輪選手を志す候補生が多い印象です。昔では考えられなかった自転車中距離競技出身もいますし、競輪と並行して競技を志す候補生もいます。
ーーどんな時に候補生の成長を感じられますか?
大川 記録が伸びることもそうですが、挨拶が出来なかった子が自然と挨拶を出来るようになったり、3人1部屋の集団生活ですから、お互いを思いやって感謝と気配りが出来るようになっているのを目にした時は嬉しいですね。
今年卒業した121期と122期、そして1つ前の119期と120期はコロナ禍で休暇帰省が出来ませんでした。通常は、夏冬合わせて20日間ほど帰省期間がありますが、ここ2年間は帰省できず、養成所で引き続きトレーニングを行いました。養成所としてはトレーニングが途切れないという意味で有難い反面、帰省して息抜きすることができず可哀想だなと思うこともありましたが、そんな状況の中でもトレーニングに励んでくれたことは立派だったと思います。
ーー男子の注目選手を教えてください。
大川 今年はハイレベルなので注目選手がたくさんいますが、あえて挙げるならHPD教場メンバーからは大川剛(21歳・青森)、それ以外では真鍋智寛(23歳・愛媛)、東矢圭吾(23歳・熊本)の3人は期待してもらって良いと思います。
ーー女子はいかがでしょう。競走訓練の平均得点1位の又多風緑(19歳・石川)さんが飛び抜けた存在でしょうか。
大川 又多については、今回生の中では抜けた存在ですが、昨年と比較すると120期の吉川美穂選手や内野艶和選手、西脇美唯奈選手のように自分でレースを作ることがまだ出来ていません。脚力はあるのでもっとスケールの大きなレースを見たいですね。
女子は、畠山ひすい(19歳・北海道)と池上あかり(22歳・福岡)を挙げておきます。畠山は適性入所なので練習環境をしっかり整えれば強くなると思いますし、池上はまだ線が細いですが、身体が出来上がってくれば良い選手になるはずです。レースが上手な小泉夢菜(22歳・埼玉)や捲りの脚がある松本詩乃(23歳・東京)も面白い存在ですよ。
とはいえ、男子はチャレンジレースからステップアップできますが、女子はガールズケイリンのレベルが年々上がっていますし、本格デビュー後はいきなりトップ選手と一緒に走ることになります。昨年末、高木真備選手が悲願のグランプリ制覇を果たしましたが、彼女ほどの選手でもデビューから7年かかったわけです。1回生もまだ活躍している選手もいますから、デビュー1〜2年は苦労すると思いますが、経験を積んで頑張ってほしいですね。
ーー最後にこれからデビューを迎える卒業生にはどんな事を望みますか。
大川 良き仲間と出会い、切磋琢磨しながら練習を継続してほしいですね。そして競輪は周囲の支えがあって成り立っていることを忘れず、常に感謝の気持ちを持って走ってもらえればと思います。
netkeirin特派員
netkeirin Tokuhain
netkeirin特派員による本格的読み物コーナー。競輪に関わる人や出来事を取材し、競輪の世界にまつわるドラマをお届けします