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脇本雄太の競輪無双十三面待ち 〜そして伝説へ〜

【近況&激白】輪史最強の脇本雄太が語る忘れられない厳選3レース

2021/12/14 (火) 18:00 21

脇本雄太が、自身の実像を語る当コラム。2回目は脇本本人が振り返る思い出の3つのレースについて、だ。その内2つは自身が勝利したものではない。死闘の末に敗北を喫したレースすらある。競輪、を考えるからこそ抽出された3つのレースへの思い、そして気になる近況が記される。(取材・構成:netkeirin編集部)

第2回のテーマは「思い出のレース」。脇本雄太選手がこれまで775回走った中で忘れられない3レースを挙げる(撮影:島尻譲)

治療の経過は良好…軽負荷での自転車練習を再開

 まずは近況について。「12月1日に3週間の治療の後の診断があるんです」。穏やかで朗らかな表情だ。「実際、どんな診断が出るかはわからない」としながらも、明確な治療を行えている喜びがある。それだけでも、不安にさいなまれた日々とは違う。経過が良好ならば「次の日から軽く自転車に乗れます!」。

 診断の結果、「周回程度の負荷ですが練習を始めます!」と一歩前進がかなった。もちろん浮かれるわけではなく「復帰にはまだまだかかるかも、ですが慌てずに頑張ります!」と、12月の1か月の輪郭を定めた。

2人の並びを見てさらに緊張が高まった2010年寛仁親王牌

 しなやかなフォームは天性のものだった。一つ目の思い出のレースは、2010年7月3日、前橋競輪場で開催された「寛仁親王牌・世界選手権記念トーナメント」の決勝。GI初出場にして、いきなり決勝に進出した。同県の渡辺十夢(41歳・福井=85期)が「ホンマ、綺麗なフォームでね」とうっとりする走りで、一気に上位へと姿を現した。

「僕に対する第一印象を挙げるならこのレースかな、と。僕の中でもそうだし。あの時はまだまだ、同県の間に他県の選手が入り込んで並ぶって、成り立っていなかったと思うんです」

 決勝の並びは脇本の番手に村上義弘(47歳・京都=73期)が付いて、同県の市田佳寿浩(引退、46歳・福井=76期)が3番手だった。「市田さんも悩んだと思うし、村上さんにしてもそうだったと思う」。自分は前で頑張るだけ。それは決まっていても、後ろの2人がこの並びを決断した意味や重みが迫ってくる。

「あの時の緊張は今までで味わったことのないものでした。市田さんの今までのことを考えて、のものがあったと思うんで」

 脇本が主導権を奪い、村上が残り約半周で番手まくり。市田が差してGI初優勝を手にした。誰もが待っていた瞬間を、脇本は「持てる力すべてを出し切って」生み出した。ただゴールした瞬間は「離れてゴールしていたので、市田さんが勝ったのかよくわからなかったんです。市田さんがガッツポーズしているのが見えて、ようやく」。レース後、市田や村上がどんな表情だったのかは覚えていない。

「自分も感極まって、泣いちゃってたんで」

 落ち着いて思うことがある。この時、21歳。「今思えば図々しく入ってきたのかな」。近畿のみんなに歴史がある。村上や市田とどんな走りをするか、多くの近畿の選手たちがそこにすべてをかけていた。「僕以上に頑張ってきた先輩方がいて、稲垣(裕之、43歳・京都=86期)さんとかマツケンさん(43歳・兵庫=87期)とか。急に僕がそこにはさまって」。だが脇本の戦いを斜めに見る人間などいなかった。近畿全員でつかみ取った市田の優勝、それだけがみんなの心の中にあった。今、思い出、という言葉はこのレースのためにある。

2010年寛仁親王牌・世界選手権記念トーナメント・決勝(提供:公益財団法人JKA)

完全Vの日本選手権競輪より初GI優勝の2018年オールスター競輪

 2つ目は少し悩んだ。「ちょっといろんな人に聞いてみたら、ダービーの完全優勝、って言う人も多くて」。2019年4月30日から5月5日にかけて行われた松戸の日本選手権競輪。輪史最強、となったシリーズといっていい。4連勝のパーフェクトVの価値は輪史に輝く。その上で2つ目は2018年8月19日にいわき平競輪場で行われた「オールスター競輪」の決勝だ。脇本のGI初制覇のレース…。

「僕としては先行でGIを取りたい、という中で勝てたレースでした。自分の中で納得できた」

 先頭にいた竹内雄作(33歳・岐阜=99期)を打鐘前から叩きにいき、先頭を奪ってからは誰にもその場所を譲らなかった。GI決勝14回目の進出にしてつかんだ栄誉。その時に残した言葉は「アジア大会がなければ、酒を浴びてるんだけどな!!」。直後にアジア大会を控えていたため、すぐさまインドネシアのジャカルタへGO!「喜びに浸れたのは優勝したその日、1日だけでした」と苦笑いで振り返る。

 自身最大の思い出のレースのはずが、自分のことはあまり出てこない。その年の静岡グランプリには脇本と村上義弘、村上博幸(42歳・京都=86期)、三谷竜生(34歳・奈良=101期)と近畿4人が出場した。「グランプリ前に決起集会みたいなのをやったんですけど、その時もお酒はなかったな…」。みんなとの思い出ばかりが、あふれ出る。競輪の真っ只中にのめり込んでいる。

2018年オールスター競輪・決勝(提供:公益財団法人JKA)

負けても松浦との戦いが面白かった2020年のオールスター競輪

 3つ目のレースは、なんと負けたレース。名古屋競輪場で2020年8月16日に行われた「オールスター競輪」の決勝。勝ったのは松浦悠士(31歳・広島=98期)だった。なぜ、このレースを挙げるのか。「負けたレースの中でも印象が強かった」。語り口が熱を帯びる。「楽しかったんですよ、走ってて」。原田研太朗(31歳・徳島=98期)が松浦の前で風を切る。襲い掛かる脇本に対し、松浦は残り1周過ぎから何度も何度もけん制し、ほぼ1周、2人で絡み合いながらゴールした。

2020年オールスター競輪・決勝(提供:公益財団法人JKA)

「ずっと横で並び続けるレースってほとんどないでしょう。3角では乗り切ったと思ったのに、また復活してきた。お互いが最大限のレースをした。悔しかったのもちょっとは残っているけど、楽しかった」

 単純に競輪を楽しめたレースだった。自分も力を出し切ったし「松浦はタテもヨコも全部かみ合った走りをした」と評する。「ワッキーに勝ちたい!」と無邪気に挑んでくる松浦。リアルにどう思っているのかも、語る。「これを言うとケンカ腰に聞こえるかもしれないけど…」と語り続ける。

「松浦が一人だったら、もちろん強いんですけど、負ける要素は少ない。でも松浦が清水(26歳・山口=105期)とか他の選手と連なった時、その時の強さがすごいんですよ。番手にいる平原(康多、39歳・埼玉=87期)さんより怖い。平原さんはヨコにすごく強くて、でも松浦はタテにも強いから」

 自分のことより誰かのことを語る方が圧倒的に多い。ワッキー、の特徴だ。競輪の申し子。

 少し戻る。“市田さん”について。「高2の時に初めて一緒に練習させてもらって、そこで初めて競輪選手を知った」という存在だ。そして、デビューしてS級に上がる前くらいの話。

「村上さんと市田さんが近畿合同合宿みたいなのを企画してくれて、自分も参加させてもらった。近畿の若手を強くしようとして何回か開いてくれていたんですよ。そういうリーダーシップを発揮している人、ですね」

 穏やかな市田の笑顔が浮かぶ。「優しいんですけど、ただコーヒーだけは厳しかった(笑)」。半端な気持ちでコーヒーは淹れられない。競輪だけでなく、コーヒーの薫陶を受けた。今や“ワキバックス”と呼ばれるほどのコーヒーに対する腕前を身に付け、宣言する。

「コーヒーに関して、僕はもう市田さんを超えた。僕は市田さんに、いつでもおいしいコーヒーを淹れることができます」

 コーヒーは適温で飲むのだろうが、競輪に関する熱は常にヤケド必至。今、その熱を抑えて復帰に備えている。「1月にナショナルチームが沖縄合宿をするそうなので、帯同させてもらう予定です。自分はリハビリの域を超えないと思いますけど」。待っててほしい。再びバンクに姿を現した時、ファンのみんなに声をかけてほしいと願っている。

「1日でも早い復帰を目指して頑張っています! どこの競輪場になるのかはわからないですが、復帰したら応援よろしくお願いします!」

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脇本雄太

Yuta Wakimoto

脇本雄太(わきもとゆうた)。1989年福井県福井市生まれ、日本競輪学校94期卒。競輪では特別競輪9勝、20年最優秀選手賞を受賞。自転車競技ではリオ、東京と2度オリンピック出場、20年世界選手権銀メダル獲得。ナショナルチームで鍛えられた世界レベルの脚力とメンタルは競輪ファンからの信頼も厚く、他の競輪選手たちに大きな刺激を与えている。プライベートではゲーム・コーヒー・麻雀など多彩な趣味の持ち主。愛称は”ワッキー”。

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