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ほろ酔い放談 -競輪の因数分解-

【競輪偏差値70の男】42歳の熱きスプリンター中川誠一郎「怪物と戦う者は…」♯6

2021/10/31 (日) 12:00 21

久しぶりに大好きなお寿司屋さんに足を運び、日本酒をあおりながら声を潜めて競輪よもやま話。褒められたらまだまだ伸びる42歳の熱き中年スプリンターが競輪の魅力を紐解きます。【構成=塩次洋太(大阪スポーツ)】

ーーここに来るまでに、かなり飲んでいるようですが何かありましたか?

 さっきまで家で競輪中継を見ながら飲んでいたらスピチャンのCMが流れていて。何か、松浦(悠士)が冠の付いた番組をやるっていうのがあったんです。あれ、たしか松浦、現役だよね? と思って。こういうのあるんだったら、オレもやりたいなーって。そんなこと考えながらダラダラ飲んでいました。

ーー中川選手はあまりメディアには出たがらないと聞くだけに意外です。

 いやいや、コロナの自粛前はテレビ中継や競輪場のトークショーとかに呼ばれたら、あちこち行っていたんです。競輪選手界のバイト王として。そもそも嫌だったら、こんなところで危ない話を全世界に発信しませんよ。

ーーそうだったんですか。出たがり側の人だったのですね。

 レース前、現地に前乗りしたときとか、その土地の居酒屋にふらりと寄って、ここで話をしているような競輪談義をする、そんな番組があっても面白そうじゃないですか。もう番組名も考えているんです。『誠一郎と飲(や)ろうぜ』って。

ーーそれは、さすがにまずいのでは…。

 別に玉ちゃんの町中華の番組のパクリじゃなくって、あくまでオマージュですよ。だけど、酔っ払った江藤みきさんとかが出てきて下ネタぶっ込んだりしたりして、たぶん1、2回で打ち切りになると思います。

脇本雄太(左) と久々に会えたのはうれしかったけどまったく話せなかった

ーー10月を振り返ってもらいます。レースは「熊本記念in久留米(GIII)」と「弥彦寛仁親王牌(GI)」を走りました。地元大会のエピソードは多そうですが…。

 ワッキー(脇本雄太)に久々に会えたのはうれしかったけど、腰を痛めてすぐに欠場してしまったのでまったく話せませんでした。「前回よりひどいから、もう少し時間がかかりそう。足が上がりません」と言って帰っていきました。心配です。

ーー後輩の嘉永(泰斗)選手の優勝で幕を閉じました。地元大団円にバンクは沸きました。

 現地で見ていて、あ〜良かったなと思っていたんです。熊本の後輩が勝ったし、表向きは「めでたし、めでたし」って記者の人にもコメントしたんですけどね。内心はものすごく悔しかったですよ、もちろん。

ーー中川選手は準決で敗退しました。残念でしたが北津留(翼)選手は奮闘していました。

 翼が準決後にずっと謝ってきたんですけど、これまで何回も世話になっているし一回の失敗でそんなのいいよって。根田(空史)が強かったし、とても責められない。でも、そこでオレがしっかりと準決で生け贄になったことで、決勝の翼のやる気を引き出した、とも言えます。

決勝の後もずっと謝ってた心優しき北津留翼(右)

ーー生け贄ですか? そんな見方があるんですね。たしかに北津留選手は決勝のコメントから気合が入っていました。

 そうなんです。「絶対に地元から優勝者を出します!」みたいな翼らしからぬ力のこもったやつ。オレに悪かったから、せめてもの恩返しだったのかな。ウリ坊(瓜生崇智)と泰斗の分までありがとうって言いました。それでも翼は「いえいえ、準決はすいません」って決勝の後もずっと謝ってた(笑)。

ーー開催を終えたあと、中川選手は複雑な感情を抱いたそうですね。

 終わってからですが、行く先々で知り合いやファン、関係者から「嘉永君が勝って良かったね」とか「決勝の2人頑張ったじゃん」って言われていたら、段々とつらくなってきて。そのうちに悔しさの方がデカくなってきた。

ーーいつもながらの器の小ささの問題になってきましたね。

 いやいや、後輩が勝ったことはとてもうれしいんです。でも、何でそれをオレに言うんだと。オレは優勝を狙って負けたのに「熊本から優勝者が出て良かったですね」じゃフォローになっていないんですよ。わかります、この気持ち?

 しかも、会う人がほぼほぼその感想から会話に入るんです。「こんにちは」とか「最近どう?」みたいなフランクな感じで何べんも言われて。グサグサと心をエグられる日々が続きました(笑)。

新世代を担う“いい意味で”アホな3人組(松岡辰泰、嘉永泰斗、瓜生崇智)

ーー前回のコラムでは「熊本の世代交代」の話がでました。嘉永選手と瓜生選手の決勝ワンツーで急激に話が進みましたね。

 (中本)匠栄とガルベス(上田尭弥)と思っていたら、もう一世代下が来ましたね。一気に飛び越えちゃいました。

 オレと匠栄が準決の10、11Rで飛んで、12Rにはいい意味でアホな3人組(松岡辰泰、嘉永泰斗、瓜生崇智)が残ってた。でも、どう考えても松浦(悠士)のアテ馬だったし切られ役。それが、下馬評をくつがえして決勝に2人も乗った。そこにすごい頼もしさとパワーを感じました。

ーー地元から誰も乗らないのでは格好がつかなかった。

 地元全滅も覚悟していただけに、乗り越えたとき、新しい世代に期待ができると感じました。だから、オレももう少ししがみつこうと思った。でもガルベスだけは穏やかじゃなかった。

ーー上田選手も準決11Rで敗退しています。どうしたのでしょうか。

 要は泰斗にジェラシーを感じていたんですよ。それも強烈なやつ。決勝に乗ったときから「嬉しいけど悔しい気持ちの方が強い」ようなすごい顔をしていて。それで泰斗が記念を獲ったでしょ。そうしたら嬉しいのか悔しいのか、やるせないのか引きつっているのか、もうどんな顔と表現できないほど面白い顔になってた。あれはひどかったなぁ(笑)。

 ガルにはその悔しさがあればまだまだいけるから、あとは叫びながら練習しなよ、とはアドバイスしました。そもそも、あの2人は元々むちゃくちゃ仲がいいんですよ。

ーー切磋琢磨する熊本の若手たちの活躍が相乗効果を呼ぶこともありそうです。

 オレもこれから1年の目標は“嘉永泰斗”と決めたので。年下を目標にするのもいいでしょう。実際に勝ったし、結果も残したし。

 顔ですか? 顔はさすがに勝てない(笑)。泰斗は熊本競輪、新旧イケメンの「新」ですから。ちなみに「旧」は(松岡)貴久。貴久は決勝でシコシコと誘導をひいていました。

これから1年の目標は“嘉永泰斗”と決めた 年下を目標にするのもいいでしょう(撮影:島尻譲)

ーー「GI弥彦寛仁親王牌」についてうかがいます。消沈の地元記念から立て直したように見えましたが。

 前検日の前日に東京で整体を受けて、1人でプラっと飲みに出たんです。そこで「十四代 極上」って1升で6万ぐらいするすごい酒を飲みました。味見程度、1合ないグラスで4000円ですよ! もちろんうまかった。普段、家で飲んでいるのがS級1班ぐらいだとすると、その十四代は平原(康多)みたいなSSクラス。いい酒を飲んでハイオクが入りました。

ーー準決までの勝ち上がり方がいつものごとく強烈でしたが…。

 4日間、リプレー映像のように前を取ってからカマシ、カマシ、カマシでした。準決は前を取れなかったけど押さえてカマシ。だからやってることは結局一緒だった。

ーー初日は園田(匠)選手、2日目は山田(庸平)選手に交されましたがワンツーが決まりました。

 初めて庸平の前で走りました。いつもはあっちから「前で頑張っていいですか」って来るんだけど今回は歯切れが悪かった。「どうしますか…」みたいな感じでいつもと違うなって。相手が深谷(知広)だから自信がなかったのかもしれない。

ーー中川選手からすれば前後はどちらでも良かったのですか。

 オレが前でやっても芸風はいつも通りだからどっちでも良かった。そうしたら庸平が「誠一郎さんが前の方がラインとして強くなるんじゃないですか」ってオレを持ち上げてきたんです。そうなったら、もう「オッ!」って感じでオレも機嫌が良くなってきた。

“中川誠一郎のトリセツ”をこっそり作っている疑惑が浮上した山田庸平(右)

ーー中川選手はそんな単純でしたっけ?

 そういえば……8月のいわきオールスターでも(中本)匠栄に同じようなことを言われてオレが前でやったことがあった。オレも調子に乗るタイプなんで持ち上げられたら頑張ろうかってなる。もしかしたら、後輩たちはオレをうまく駆けさせるトリセツをこっそり作っているのかもしれない。けしからんですよ、これは。

ーーその2日目の二次予選で深谷(知広)選手をまくったのは衝撃的でした。

 谷口(遼平)君が深谷に抵抗してくれたのでやりやすくなりました。相手は浅井(康太)王国の一員。谷口君はこれからの人なので、まくりの調子は良さげでも、浅井が付くなら先行する気持ちの方が強いと確信して、タイミングが来るのを待ちました。

ーー松戸記念の準決勝では新田(祐大)選手を破り、今回は深谷(知広)選手。ナショナルキラーとして次は脇本(雄太)選手との対戦が見たいとの声もありました。

 別にやっつけようと思ってやっているわけではなくって。ナショナルチームのメンバーには敵っていうよりも尊敬の方が勝つ。だからいい競輪がしたいって思いが強くなるのかなあ…。怪物と戦うには自分も怪物にならないといけないのですよ。

ーー何か格言じみていますね。さすが競輪偏差値70の男らしいです。

 哲学者、ニーチェの言葉に「怪物と戦う者は自らも怪物にならぬよう気を付けろ」というのがありました。意味はまったく違いますけど…。レース後、深谷から「誠一郎さんが強かったし仕方ないです」って言われて少しうれしかった。

ーー準決は新山響平選手の先行に抵抗しましたが、まったく歯が立ちませんでした。

 もう新山に完敗でした。あれはどうしようもなかった。レース後「参りました」と言ってきましたもん。あっちは「ボクも一杯で後ろを見る余裕がなかったです」って言いながらも涼しげでした。しかも深谷と新田の仇を取ったみたいな充実感のある顔で(笑)。見事にナショナルチームの若武者にやられました。

ーー旧ナショナルの中川選手が現ナショナルの新山選手に屈する構図ですね。

 それ、準決のレース後に似たようなことを新田(祐大)から言われましたよ。「松戸みたいですね」って。新田はオレに松戸でやられたのが悔しかったんでしょうね。だから新山に負けた途端、オレのところにニヤニヤ現れて「やられちゃいましたね」って(笑)。

ーー最終日、印象に残ったできごとがあったそうですが。

 同期の大槻(寛徳)が決勝に乗ったでしょ。同級生で仲がいいからうれしかった。ただ、決勝は(山田)庸平や前団の動きを見ていたので大槻にフォーカスが合っていなくて、何着か分からなかったんです。

ーー新田選手が失格して大槻選手は2着に繰り上がりました。

 新田が失格の放送が流れたら、同期の東口(善朋)が「大槻が2着だ!」ってすごい勢いでオレのところにやってきた。そのとき着順を知って思わず「えぇっ! 大槻2着なの?」ってビックリしたんです。そうしたらヨコにいた荒井(崇博)さんが「なんや!? その反応。お前ら大槻が嫌いなんか?」って(笑)。

ーー荒井選手、強烈ですね。

 もちろん嫌いじゃなくて、単純にビックリしただけですよ。東口は最後まで興奮気味で「あいつ2着か! クソ〜、オレも帰って練習しよっ!」って悔しがって帰っていきました。

 オレも熊本記念の悔しさがあって、アイツも悔しがっていたからよかった。まだまだ85期の仲間たちはヤル気がありますよ! これ、すごく上からですけど(笑)。

ずっと強い荒井崇博(右)を倒すまで勉強させてもらいます

ーーこの後は11月12日に九州地区プロ自転車競技大会が控えています。荒井選手との「スプリント」対決は地区プロの名物となっています。

 まさに秋の風物詩(笑)。荒井さんとはもう7,8年近く対決しています。そこへ介入してくる若手がなかなかいなくて。去年はオレが準優で負けて、決勝は荒井さんと(曽我)圭佑が戦いましたが、瞬殺されていました。

ーー2人とも「スプリント」へかける思いが並外れにあるように見えます。

 オレもそうですが、荒井さんにとっても地区プロの「スプリント」って大きなモチベーションだと思うんですけど、この間いきなり「もう、そろそろ2人で(スプリントから)引退しようや」って言ってきたんです。オレを道連れにして。

 でも、オレはこれでしか寛仁親王牌に出られるチャンスがないから続けるしかないんです。それなのにリングから引きずり降ろされそうになった。

ーー40歳を過ぎた大人2人がいつまでも続けてってことですか。

 そんな感じでしょうね。理由を聞いたら「なんかイタくない?」って(笑)。オレはイタくないし親王牌への命綱だから「まだまだ行けますって!頑張りましょうよ!」ってひたすら持ち上げましたけど。

ーー中川選手が何か荒井選手のトリセツを作成しているように聞こえます

 そんなこと言いながら、荒井さんはずっと強いんですよ。辞める気なんてさらさら無いのかも。いわゆる辞め辞めサギ(笑)。他にも「500勝で引退サギ」とかもあるんです。

ーー何やら物騒な話に聞こえますが…。

 以前は「通算500勝」を達成したら引退すると話していたのですが、数字が現実的になってきたら「500勝したら長崎移籍だな」って方向が変わってきたんです(笑)。

ーー結局は今年も2人のバトルが見られるということでいいですか。

 はい。若干イタイタしさを感じているようですが、オレはやる気です。去年、負けているので、荒井さんを倒すまで勉強させてもらいます!

褒められたらまだまだ伸びる42歳の熱き中年スプリンター(撮影:島尻譲)

ーーありがとうございました。また質問が来ています。お答えください。

Q、今ハマっているゲームを教えてください。(神奈川県/30代/女性)

『龍が如くシリーズ』が昔からすごい好きで、最近スピンオフでキムタクがやっているやつがあるんですよ。舞台は一緒だけど主人公が違うみたいな。晩酌をしながらハマってます。

Q、妹(中川諒子)さんと一緒に練習したりするのですか?(福島県/40代/男性)

 以前はバンクでやることもあったけど、最近はガールズ選手が増えたし一緒にすることはないですね。ちなみに義弟の吉成晃一とも練習はしていません。

Q、ネット配信で中川選手のことを「パルプンテ中川」と呼んでいる人がいました。強いのか弱いのか走ってみないとわからないからだそうですが、強い中川、弱い中川をあらかじめ見分ける方法があれば教えてください。 (高知県/30代/男性)

 パルプンテってドラクエの呪文ですよね。偶然にもオレ、パルプンテのTシャツを持っていて、熊本記念の最終日も着ていました。どっかのネット記事で、オレがパルプンテTシャツを着て複雑な表情をしている写真がありました。よろしかったらお探し下さい。

Q、後ろに付かれてうれしいタイプの選手はいますか? (福岡県/50代/男性)

 最近では後ろに付くのは九州の後輩ばかり。後輩たちはオレの暗黒時代とは違うから「好きに走ってください」と言ってくれる。弥彦の(園田)匠や(山田)庸平みたく全然気を遣わないでいいから走りやすいですよ。あとは小岩(大介)もいい。先輩では合志(正臣)さんや大塚(健一郎)さんも任せてくれるし。ワタクシに何か言ってくるのは荒井さんぐらいです。ってか、また荒井さんですね(笑)

Q、中川選手が若手の頃、先行選手として戦って苦手だった相手はいましたか? (熊本県/30代/男性)

 若い頃はしつこ〜い先行選手が多くて。加藤慎平氏はきつかったですね。あとは吉田(敏洋)も。あの2人はしつこかった! とくに加藤氏の先行はひどくて、ぜんぶ突っ張られた嫌な記憶しかない(笑)。

 あとは増成(富夫)さんもすごかったです。突っ張られて逃げ切られたのがショックで、初めて9着をしましたもん。どこかの決勝で全突っ張りされた。あっちも8着とかだったら嫌がらせじゃんってなるけど、逃げ切られたから完敗。参りましたとしか言えませんでした。

Q、11月初旬に行われるPIST6(ピストシックス)に熊本勢がたくさん出場しますね。もし中川選手が出ることになったら、入場の際どんなパフォーマンスをしますか? (東京都/40代/男性)

 みんなやっているならあえて何もしないかも。ひねくれていますかね? 普段の競輪が紳士的なのでPIST6ではヒールなキャラクターで行きましょうか。いつもいるヨコに動く怖い人たちもいないので。でも、プロレスっぽく散々強がって、最後はナショナル正規軍に成敗される役回りになりそうですが。

Q、「競輪偏差値70の男」はどう見てもウソでしょう。中川選手のレースを見ていると「IQ70」の間違いにしか思えません。 (奈良県/40代/男性)

 出た! この手の悪意ある質問。そういうの待っていました。エサに食いついてくれてありがとうございます。これからも、もっと突っ込んでくださいね!

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中川誠一郎

Seiichiro Nakagawa

中川誠一郎(ナカガワセイイチロウ)。熊本県熊本市出身。日本競輪学校第85期卒業。日本競輪選手会熊本支部所属。師匠は従兄の瀬口慶一郎。 実妹の中川諒子は女子競輪選手、義弟の吉成晃一も競輪選手。2000年8月15日、ホームバンクの熊本競輪場でデビューし1着。後2日間も勝利し、デビュー場所で完全優勝。2016年日本選手権競輪(静岡)、2019年読売新聞社杯全日本選抜競輪(別府)、高松宮記念杯競輪(岸和田)を優勝している。好きな食べ物は寿司。

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