2025/08/29 (金) 18:00 6
netkeirinをご覧の皆さん、こんにちは。伏見俊昭です。
今回は2025年8月4日現役生活にピリオドを打った、岩見潤さん(三重)のことをお話ししたいと思います。
岩見さんが7月27日、松阪競輪場でラストランを迎え、32年にわたる選手生活にピリオドを打ちました。選手である以上、いつかは引退のときがくるのは当然わかっていますが、昨年末の神山雄一郎さん、今年5月の平原康多さんと、ここ最近、盟友ともいえる存在が次々と引退されてしまい、本当にさみしい気持ちです。
岩見さんは点数を落としての代謝ではなく、まだまだ走れる状態でした。ただ、本人は「50歳で引退するつもり」だったそうです。実際の引退が52歳になったのは、2年前に弟子を取ったから。その弟子をデビューさせるため「2年間限定で現役を続ける」と、その時点で引退の予定を伝えられていました。ただし、このことは一部の選手にしか話しておらず、「内緒にしていてほしい」と言われていたので、僕も公言することはありませんでした。残念ながらそのお弟子さんは約束を守れず、破門となってしまいましたが…。
競走センスが抜群な方でした。ブロックは厳しいし、ヨコにも強い。直線で人と人の間を割って入る“中割り”も本当に上手い。開いていないところへ突っ込むのは恐怖心が大きいのですが、熟練の岩見さんにはコースが見えていたようです。競りの極意を教わったこともありますが、あれはやはりセンス。向き不向きがありますね。
一期だけチャレンジに落ちましたが、そこでもほぼほぼ決勝を外さない成績。十分に走れる状態でしたから、僕としてはもったいないし、「まだ続けてほしい」と思っていました。でも、岩見さんにはやりたいことがあったようです。
ファンの皆さんならおわかりでしょうが、おしゃべり好きで話がおもしろい方なので、今後はそうした仕事に挑戦するとのこと。すでに決まっているのは、10月の松阪記念での引退セレモニーと、3、4日目に行われる予想会デビュー。おそらくその予想会が“初仕事”になるはずです。岩見さんのキャラを全面に出してしゃべれば絶対に受けると思いますが、このご時世、コンプライアンス的にちょっと心配ではあります(笑)。でも、あの“番長”有坂直樹さんでさえ何とかやっているので、岩見さんもうまくやってくれるとは思っています。
岩見さんとの出会いは20年以上前にさかのぼります。僕が20代でナショナルチームに所属していた頃、親交のあった馬渕紀明さんを通じて紹介していただきました。きっかけはお伊勢参りです。知人にすすめられて伊勢神宮へ参拝に行くようになり、ある日、馬渕さんと一緒に参拝した際に、愛知の馬渕さんが三重の岩見さんを紹介してくれたのです。馬渕さんと岩見さんは仲が良く、さらに岩見さんの家が伊勢神宮に近かったことも縁でした。それ以来、馬渕さんの後輩も一緒に参拝するようになり、岩見さんから食事にも誘っていただくようになりました。
最初は、年上年下関係なくズバズバ物を言う岩見さんのキャラに圧倒されました。令和にはもうなかなかいないタイプですね。でも実はとても面倒見がよく、とっても良い人柄で人一倍熱い。いつも僕のことを心配してくれて、レースで何かあるとすぐに「大丈夫か」と連絡をくれます。僕はもう付き合いが長いので怖いイメージはないですが、新人たちはかなりビビっていましたね(笑)。
2011年3月、東日本大震災が起きました。そのとき岩見さんはすぐに「面倒みてやるから松阪に来い」と声をかけてくれました。福島原発の影響もあり、放射能を浴びないように一刻を争う状況でしたが、“すぐに松阪に行く”という行動に移せたのも、岩見さんのおかげです。当時独身だった僕は、着の身着のままで松阪へ。最初はお弟子さんの村田洋剛(96期・引退)君のアパートに転がり込み、その後レオパレスを契約するまでの1週間居候させてもらいました。彼は車を2台持っていたので、1台貸してもらうなど本当にお世話になりました。また、村田君と一緒に岩見さんの家では奥さんの手料理もごちそうになりました。震災直後で落ち込んでいた僕が元気を取り戻し、今もS級で走れているのは、何から何まで岩見さんのおかげです。競走の翌日でも誘導で練習につきあってくれました。
今はジム通いで肉体改造に励んでいるそうですが、実はゴルフレンジがあるジムなので、そっちがメインじゃないかなと思ってます(笑)。ゴルフもすごく上手で、おぎやはぎのゴルフ番組に出演したときにはドラコン賞を獲得。賞品のお米を抱えて「大量にもらったわ、あはは」と大笑いしていました。
ラストランの後は打ち上げがあり、僕も参加しました。岩見さんはお酒好きなので、みんなで一緒に大量のお酒を飲んで盛り上がりました。お酒の強くない僕はもちろん潰れましたが、大半の参加者も潰れていたんじゃないですかね。僕は翌日、食事もできないくらいのひどい二日酔い。あまりの苦しさにその日以降、一滴も飲んでいません。そんなに酔ってしまったのは某選手(名誉のために名前は伏せます)のせい…。彼はシャンパンをラッパ飲みしていて「伏見さんも〜」って同じように飲め飲め言ってくるんですよ。他の参加者も勢いよく飲んではいましたが、さすがに氷入りのグラスでですよ。それなのに彼は丸ごとボトルを2、3本抱えてくるんです。まあ、彼は「楽しい、楽しい」って笑顔なんでいいんですけどね…。
ちなみに岩見さんはいつも生中ではなくて、生大を注文するのが定番。それも“泡なしの生大”! 生中だとすぐなくなるからだそうです。岩見さんはもちろんお酒に強いですが、さすがにこの日の後半は記憶がなかったそうです(笑)。
とりとめのない思い出話になってしまいましたが、最後にひとこと。このコラムをご覧いただいている全国の施行者さま。岩見さんにぜひお仕事のオファーをよろしくお願いいたします。おもしろい番組、イベントになることは僕が保証します(笑)。
(※文中敬称略)
伏見俊昭選手へのメッセージや「こんなことを聞きたい」「こんな話をしてほしい」などコラムのテーマを募集します。ご応募いただいた中から、伏見選手がコラムテーマを選定します。下記の質問BOXからぜひご応募ください! お待ちしております!
伏見俊昭
フシミトシアキ
福島県出身。1995年4月にデビュー。 デビューした翌年にA級9連勝し、1年でトップクラスのS級1班へ昇格を果たした。 2001年にふるさとダービー(GII)優勝を皮切りに、オールスター競輪・KEIRINグランプリ01‘を優勝し年間賞金王に輝く。2007年にもKEIRINグランプリ07‘を優勝し、2度目の賞金王に輝くなど、競輪業界を代表する選手として活躍し続けている。 自転車競技ではナショナルチームのメンバーとして、アジア選手権・世界選手権で数々のタイトルを獲得し、2004年アテネオリンピック「チームスプリント」で銀メダルを獲得。2008年北京オリンピックも自転車競技「ケイリン」代表として出場。今でもアテネオリンピックの奇跡は競輪の歴史に燦然と名を刻んでいる。