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競輪ライン特集

【競輪ライン特集】2020オールスター競輪の真実/後編

2021/08/14 (土) 18:01 6

ラインの魅力が詰まった2020年オールスター競輪の決勝戦。前編ではレース前、ラインが決まるまでに焦点を当てたが、後編は前編に引き続き原田研太朗選手、松浦悠士選手、柏野智典選手の証言をもとに、実際のレースを振り返りながら、その時々の3選手の心理に迫ってみたい。競輪を楽しむことが日常の一部となっている方にも、「ラインとはなんぞや?」という僕のような方にも、ぜひレース映像と見比べながら本稿を読んでもらえたら幸いでございます。

(取材・構成=ナカムラアツシ)

2020年のオールスター競輪。中四国ラインで走る原田研太朗(左)、松浦悠士(中)、柏野智典(右)(撮影:島尻譲)

「脇本封じ」のため原田選手が取った行動

 決戦の火蓋が切られたのは、2020年8月16日、16時30分。

 号砲と同時に一斉に飛び出してーーとはならないのが競輪。スッと加速したのは5番・山田英明選手と8番・内藤秀久選手の同期ラインで、ほかの選手は左右を見ながら、しばらく見合っている。選手間に流れるヒリヒリした空気が伝わってくるようで、普段、競馬しか観ていない僕にとっては、とても不思議な時間だ。

2020年オールスター競輪・決勝(提供:公益財団法人JKA)

 最初に動き出したのは、大本命・脇本雄太選手。そこに脇本選手とラインを組む1番・古性優作選手、4番・守澤太志選手が続き、原田ー松浦ー柏野の中四国ラインと単騎の2番・諸橋愛選手は、後方からの展開となった。

「古性くんが1番車だったこともあって、脇本さんのラインが一番前を取ると思っていたので、『あ、違う展開になったな』と思いました。でも、脇本さんのラインの後ろから行くという作戦は決まっていたので、結果的に一番後ろになったんですけどね」

 そう振り返ってくれたのは原田選手。「作戦は決まっていた」との言葉通り、脇本ー古性ー守澤ラインの後ろにピタリと付け、虎視眈々と“そのとき”を伺っているように見えた。

 レースが動いたのは、残り2周半となるバックストレッチ。中四国ラインがわずかにスピードを上げ、脇本ー古性ー守澤ラインを追い抜き、中団に入った。と同時に、前を行く山田ー内藤ラインとの車間がぐんぐん開いていく。中団に入った瞬間、スピードを落としたように見えたが、はたしてその狙いは?

「最初に車間を開けたのは僕じゃないんですよ」とは原田選手。

 えッ? 違うの⁉

「最初に脇本さんが下がってきたんです。で、僕らが押し出される形で抑えにいって。実際、脇本さんの横を通過するときには、すでにちょっと(車間が)開いていましたから。おそらく、僕らを動かして、早めに自分の展開に持ち込みたかったんだと思いますよ」

 なるほど〜。素人目には原田選手が仕掛けたように見えたが、微妙にスピードを落としてそう仕向けたのは脇本選手だったのか。原田選手の証言を続けよう。

「あの場面では先導員がいるので、どんどんスピードが上がっていくんです。だから、あそこは自然と車間が開いてしまうところでもあるんですけど、僕は逆にこれを利用しようと思いました。あえてもっと前との距離を広げて、さらに脇本さんたちを下げさせるという作戦です。そうすることで、脇本さんの仕掛けも遅くなりますからね。ちょっと切りすぎた(前との間隔を空けすぎた)かなとも思ったんですが、詰めたら詰めたで脇本さんの展開が早くなるだけ。かといって、あれ以上離れたら、今度は自分がきつくなるので、本当にギリギリの距離でしたね」

車間を開けた原田選手に対して後ろの2人は…

 そんな原田選手の番手についていた松浦選手は、「(前まで)けっこう遠いなぁと思って見てました。僕はピッタリ研太朗についていたので苦しくはなかったですけど、これはすごく離れてるなと思って」と述懐。

 車間が空いて苦しくなるのは、先頭で空気抵抗をもろに受ける原田選手だ。それをわかったうえで、自力勝負を決断した者としてギリギリの駆け引きをし、クライマックスへ向けてレースを動かしていった。

 僕の競輪の師匠である矢作芳人調教師も、この原田選手のテクニックを絶賛し、その覚悟をこう推察する。

「相手は、あの脇本雄太。脇本をどれだけ前から離すかというテーマのもとに、原田はあれだけ車間を開けていった。あとは、そのあと一気に行くという意味合いもあったと思う。原田のその動きも含め、去年のオールスターは特殊なレースだよ。原田は、それだけ脇本だけを考えていたということ。絶対に主導権を取る、逃げるという覚悟が見えるよね」

 原田選手の思惑通りというべきか、残り2周となっても脇本選手は前からだいぶ離れた7番手。そんななか、ジャン(ゴール1周半前から1周前にかけて手動で打ち鳴らされる鐘のこと)が鳴る前の2コーナーで、原田選手が一気に踏み込んでいった。

 このシーンについて、ラインの3番手を守っていた柏野選手がこう証言する。

「さすがだなと思いました。若かったり、経験が浅かったりすると、もっとペースを上げ過ぎてしまうんですよ。でも、脇本に出られることもなく、前にいた山田英明に突っ張られることもなく、松浦や僕への飛びつきもさせないくらいの本当にいいペースで仕掛けてくれました(飛びつき=後位からスピードを上げて上昇してくる選手を、勢いをつけながら待ち、横を抜いていった瞬間に、そのラインの番手を奪いにいくこと)。さすがだなと思ったし、あそこでまずは第一関門突破というか、自分のなかでレースが形になったなみたいな感じがありましたね」

 番手の松浦選手も、原田選手の仕掛けについて「めっちゃ上手かったです」と証言。「脇本さんがあそこで仕掛けてくることはわかっていたので、その前に仕掛けないといけない。それが絶対的な条件でしたから」。

 かくしてジャンが鳴り響くなか、原田選手率いる中四国ラインが一気に先頭へ。そこからの原田選手がすごかった。まさに魂の逃げーー何度レース映像を観ても、そのシーンになると無意識に息が止まる。

3人はラインのため、自分のために戦っていた

「先頭に立ってからは、もう何も考えず、出切ったスピードを維持することに必死でした。自分の理想としては、もう少し抑えていきたかったんですけど、脇本さんが早めに動いてきたので…。あそこは僕にとっては誤算でしたね。まぁ脇本さんの圧倒的な脚力を思えば、そりゃあきますよね(笑)」(原田)

 原田選手の言葉にあるように、後方にいたはずの脇本選手が残り1周時点で外から上位を伺う位置に上がってきた。それを見た松浦選手も番手から右に張るように出ていく。接触を繰り返しながらの息の詰まる攻防。そのシーンについての松浦選手の述懐には、ラインの先頭を買って出た原田選手の功績が詰まっている。

「脇本さんは、僕が想像したより早いタイミングできましたね。ただ、ものすごいスピードだったかといえば、『あ、意外とそうでもないな』というのが正直な印象で、いつもの脇本さんのイメージとはちょっと違っていました。それはやっぱり、研太朗がいいスピードとタイミングで仕掛けてくれたことが大きいと思います」

 柏野選手もまた、ラインを守るべく、そして自身の一発を狙うべく、3番手で壮絶な戦いを繰り広げていた。

「僕のスピードが、あのクラスで走る域にはちょっと足りなかったというのが大前提なんですけど、脇本がきたとき、たぶん松浦は本能的に『(脇本選手に)前に出られる』と思ったんでしょうね。で、ちょっと横に動いたんですが、僕はその瞬間、前に踏んでしまったんです。なので、横と前とでスピード差ができてしまい、少し立ち遅れる形になってしまったんですが、その隙が古性にバレて…」

 古性選手が松浦選手の後ろを狙いにくるなか、そうはさせまいと内から体ごとぶつかっていった柏野選手。そのときの心境を聞くと、これがまたかっこいいんだ。

「うまい具合にペース配分ができず、ちょっとミスをしてしまったなと思っていました。ただ、自分のため、ラインのため、最後まで勝負を捨てたくなかったので古性だけは捌いておかないとと思いました」

 そうかぁ、これがラインの力というやつか。それは目イチの逃げを打った者に報いることにもつながる。柏野選手の言葉に、思わず目頭が熱くなった。

仲間の走りに勇気を貰い、勝負所では迷いなく決断

 さぁ、ここからがクライマックス。残り半周地点からは、外・脇本選手、内・松浦選手の壮絶な叩き合い……ならぬ“もがき合い”。最後の3コーナーに入る時点では、明らかに脇本選手が前に出ていたが……。

「最後の3〜4コーナー。松浦が脇本の後ろに入らず、そのまま内からしゃくり返したのは想定外だった。松浦の『脇本に勝つんだ!』という執念を見た気がしたね」とは矢作師。

 さらに、「4コーナーで2発、頭で当たっていて、そういう捌きのテクニックは、脇本よりも松浦のほうが上。ラインの力もそうだけど、単純な脚力勝負ではないというのが競輪のおもしろいところ」と勝因を分析してくれた。 ここはひとつ、矢作師が「執念」と称した3〜4コーナーの攻防を、松浦選手ご本人にじっくり聞いてみよう。

「けっこう外が重たいので、なかなかあそこで内には行けないんですけど、今までずっと負けてきたので、どうにかして勝ちたいと思いました」

 もし、内ではなく、見た目の体勢そのままに、脇本選手の後ろを選択していたらーー。

「もしそうしていたら、今まで後ろから抜けていないことを思うと、あのレースも抜けていなかった可能性のほうが高いです。出られたとき、一瞬後ろに入るという選択も頭をよぎりましたが、研太朗があそこまで頑張ってくれたので迷いはなかった。研太朗のためにも、なんとしてでも抵抗しないとと思いました。研太朗も、『もう脇本さんには負けたくない!』という思いで行ってくれたので」

 レース後、「ラインの力で勝てました!」と感謝のコメントを残した松浦選手。改めて、あのレースにおけるラインの力を語ってくれた。

「研太朗が仕掛けてくれて、僕が早めに出て、柏野さんは柏野さんで古性くんに対して戦っていた。そういう動きがあったからこそ勝てたレースだと思います。ホントにみんなで脇本さんを倒したレースです。もちろん、僕個人の力で倒すことが目標ですけどね」

自分の中にラインの記憶を蓄積することで重要

 レースを振り返るなかで、柏野選手と松浦選手が口を揃えたのは「研太朗のために」という言葉。その原田選手は、残念ながら9着に終わったが、自身の走り、そしてレース結果について、どんな思いを抱いてるのだろうか。

「9着という結果は悔しいですけど、一緒のラインでレースをした選手が優勝しました。このレースを経験したことによって、自分の経験値も権利性も上がりますし、周りの見る目も変わってくると思ってます。何より後輩たちにも自分たちの競輪を見て欲しかったので、何かを感じ取ってくれれば良いかなと」

 ベテランの柏野選手も、「あのレースは、みんなで勝ち取ったという感覚がすごくあります」ときっぱり。続けて、競輪という競技の魅力について、最後にこんな話をしてくれた。

「初心者の方が、いきなりラインを読むおもしろさを実感するのは非常に難しいと思いますが、だいたい1レースに3つにラインがあって、今回の僕らと同じように、3つそれぞれに物語があるんです。それが組み合わさったときがまたおもしろいし、あのレースがあったから、このレースがあるというように、物語がずっと続いていくのが競輪。最初は詳しい人に教えてもらいながらであっても、その感覚を一度でもつかんでもらえれば、一気に競輪のファンになってもらえるような気がしています。

 とにかく、あの選手は前回ああいうレースをしたから、今回はこういうレースをしたんだとか、ひとつひとつ記憶を積み上げていく。そうすると、どんどん自分のページが増えていくので、ある意味、ロールプレイング的なおもしろさがあるんじゃないかと僕は思うんですけどね」

 昨年、“打倒・脇本”に死力を尽くした3人の男たちの物語も、1年のあいだにそれぞれに展開し、再びオールスター競輪の舞台を迎えようとしている。出場選手のなかに3人の名前を見つけたときは、なんだか胸が高鳴った。はたして今年はどんなドラマが展開されるのかーーしかと見届け、僕もますます自分のページを増やしていこうと思っている次第です。

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