アプリ限定 2024/08/04 (日) 18:00 20
日本人初となる銅メダルを獲得した“ロスの超特急”こと坂本勉氏。競輪選手を引退後には自転車競技日本代表監督を務め、2021年の東京五輪では男子ケイリンのぺーサーの役目も担いました。今回はパリ五輪・自転車トラック競技の戦いのはじまりに備え、坂本勉氏にインタビューを敢行。日本代表選手の「メダル獲得の可能性」についてお話をうかがいました。本記事では女子選手について掘り下げていきます!(構成:netkeirin編集部)
ーー前回の男子編に続き、今回はパリ五輪・自転車トラック競技に出場する日本代表の女子選手(池田瑞紀、内野艶和、太田りゆ、垣田真穂、梶原悠未、佐藤水菜についてお聞きします。
坂本 よろしくお願いします。
ーー前回の東京五輪では、女子オムニアムで梶原悠未選手が銀メダルを獲得。これは自転車トラック競技の五輪代表の中で唯一のメダルであり、日本人女子選手史上で初のメダル獲得の快挙でした。
坂本 はい。梶原は東京オリンピックでメダル獲得をした後に怪我こそありましたが、今年のアジア選手権とネイションズカップ第2戦の女子オムニアムを優勝しています。
ーー東京からの3年間、落車など苦しいアクシデントがあった中、それでも輝かしい実績を打ち出しています。
坂本 梶原の実績を考えれば、日本トップ選手と呼ぶよりも『世界の梶原』と呼ぶのが相応しいものでしょうね。今回のパリ五輪でも当然メダルの獲得に現実味があります。
ーー前回五輪の銀メダルを超える走りに期待しています。
坂本 楽しみですね。また、その梶原に加えてメダル候補と言えるのが、ガールズケイリンで活躍している佐藤水菜と太田りゆでしょう。
ーー佐藤水菜選手、太田りゆ選手ともに女子ケイリンと女子スプリントに出場します。
坂本 佐藤は2021年、2022年の世界選手権・女子ケイリンで銀メダルを獲得。2023年のネイションズカップの第1戦と第2戦、2024年のネイションズカップ第1戦において金メダルを獲得しています。2023年のアジア競技大会では女子ケイリンだけでなく、女子スプリントでも優勝と、まさに世界トップレベルの選手と言えるでしょう。
ーー太田選手は東京五輪でリザーブ登録でした。正代表としての選出は3年間の努力が実った成果とも言えますね。
坂本 間違いありません。太田はパリオリンピックに出場するために本当に努力を重ねてきたと思います。それは成績にも表れています。2022年と2023年のアジア選手権の女子スプリントを連覇しているだけでなく、特に2023年の大会では決勝で佐藤を下しての優勝でした。また2023年に行われたアジア競技大会の女子スプリントでも銅メダルを獲得。国際大会での実績も申し分ありません。
ーーリザーブ登録とはなっているものの、梅川選手も佐藤選手や太田選手と双璧と言えるような成績を残してきました。
坂本 はい。それだけレベルの高い争いから選ばれた2人だけに、佐藤、太田ともにメダル獲得のチャンスが充分にあると思います。特に佐藤は女子ケイリンで金メダルの可能性もあると見ています。それだけに確実に決勝へと進めるようなレースを見せてもらいたいです。
ーーそして、女子チームパシュートには女子オムニアムに出場する梶原選手に加えて、池田選手、内野選手、垣田選手も出場。今年のアジア選手権では日本新記録どころか、アジア新記録も更新して金メダルを獲得しています。ネイションズカップ第2戦でも銅メダルを獲得するなど、大会を重ねるごとにチームとしての総合力が上がってきた印象を受けます。
坂本 発展していますね。ただ、女子チームパシュートですが、イギリスやドイツといった世界の強豪国が揃ったネイションズカップ第3戦では8位に敗れています。内野と垣田で臨む女子マディソンもアジア選手権とネイションズカップ第2戦では金メダルを獲得しているんですが。女子中距離競技に関しては、梶原以外の選手にはまだ“世界との壁”を感じています。パリ五輪を前にした評価をするのなら、まずは入賞を目指し、さらなる躍進のきっかけとなってもらいたい、というところです。
ーーそれにしても、男子・女子共に史上最強の布陣とも言える選手たちです。日本代表コーチ、そしてリオ五輪では短距離ヘッドコーチとして現場を見ていた坂本さんの見解では「メダル圏内に位置するほどに選手たちが強くなった理由」はどこにあると思いますか?
坂本 まずは選手が自転車競技だけに取り組めるようになったのが非常に大きいと思います。以前は強化選手に選ばれても、競輪のレースに出場しなければいけませんでした。今では大会だけでなく、練習にも専念することができる環境があります。そこには伊豆ベロドロームのような充実したトレーニング施設の存在も大きかったと見ています。
ーー以前は強化選手になっても競輪に比重を置かざるを得ない状況だったのですね。自転車競技の大会に向けての調整も難しかったことでしょう。
坂本 今はまさに365日を練習に充てられますが、その時代は強化選手とはいえ、月に5日ほどの合宿でしたし、そもそもベロドロームに集まってもらうのがやっとでした。そこで優秀な成績を残した選手たちを代表に選んでいくのですが、いくら競輪を走っていても、競技は別物です。日本よりもはるかに長い時間を自転車競技の練習に充てている世界との差はみるみるうちに開いていきました。
ーー転機となったのはいつからなのですか?
坂本 東京オリンピックという目標ができてからになります。リオオリンピックで自転車競技に出場した日本代表選手はメダルゼロという結果に終わりましたが、次に控えた東京オリンピックではメダル奪取のために、これまで以上に強化に力を入れていく流れがありました。それが転機になったポイントです。
ーー2016年、ナショナルチームのヘッドコーチにブノア・ベトゥ氏が就任(現在はテクニカル・ディレクター)していますが、それ以降の国際大会における選手たちの活躍が目覚ましくなっていきました。
坂本 ブノア・ベトゥ氏だけでなく、多くの外国人スタッフを呼び寄せたことで、世界レベルの練習や、研究に加えて分析といった取り組みも行えるようになりました。また、選手たちも強化費をもらえることで、競輪を走らなくとも練習に打ち込めるようになりました。それだけではありません。大会で使用するフレームに関してもブリヂストンが制作を行ってくれただけでなく、様々な企業が日本代表のためにサポートをしてくれました。
ーーなるほど。フレームと言えば今回パリ五輪で使われるトラックバイクTCM-2がお披露目されましたね。
坂本 トラックバイクTCM-2は、東京オリンピックよりも、さらに技術革新が図られたバイクとなっています。その価格が税別で1985万円というのも驚きですが、それも東京オリンピックでメダル奪取が見えてきたからこそ、東レを中心とした企業側も一体となって、“いいマシンを作りたい”との思いが生まれてきたのでしょう。
ーー国産バイクで大会に臨む選手たちは、まさに日本の技術力も背負った走りになるのですね。
坂本 はい。そして選手たちは、ファンの皆さんからの応援も背負って大会に臨むこととなります。2015年から2021年まで、「国際自転車トラック競技支援競輪」が開催されましたが、その売り上げの一部が強化支援に回ったことで、日本代表が強くなったとも言えますし、そういった意味では競輪における皆さんの車券投票が選手を強くしたとも言えるでしょう。
ーー前回、坂本さんにはロサンゼルス五輪の男子スプリントで銅メダルを獲得した後の話を聞かせてもらいましたが、その後、日本大学を卒業後に競輪学校に入学。卒業後の新人リーグ競走では、先行力を武器にして連勝を重ね、当時の新記録である35連勝を樹立しています。
坂本 モスクワオリンピックの代表選手に選出された高校の頃の大会もそうでしたが、競輪でも周りからは“勝って当たり前”との見られ方をしていました。そういった目線にはやり辛さやプレッシャーを感じていました。
ーーただ、その先行力はたちまち話題となり、今でも坂本さんの代名詞となっている『ロスの超特急』と呼ばれるようになっていきます。
坂本 当時、活躍していた選手たちには様々な愛称がありましたから、決して悪い気はしなかったですね(笑)
ーーそのロスの超特急が、再び五輪の舞台に姿を見せたのが、東京の男子ケイリンです。ここで坂本さんはペーサーを務めました。
坂本 東京オリンピックはコロナ禍の開催ながらも、トラック競技に関しては有観客での開催となりました。その光景が嬉しかったですし、自分もその光景を目に焼き付けたい、そしてせっかくテレビ中継もあるのだからと、サングラスを外して、ペーサー用の自転車に乗りました。
ーーサングラスを外していたのは、そんな理由もあったわけですね。メダリストとなったからこその役目や思い出、喜びもあったかと思います。坂本さんと同じような思いをパリ五輪に出場する選手たちにも経験してもらいたいですね。
坂本 はい。それに、競輪選手がメダルを獲得すれば業界に大きな影響があるでしょう。その選手だけでなく、競輪に対する注目度が高まっていくはずです。オリンピアンの走りが競輪場で見られるのは日本ならではとも言えます。そして、そのオリンピアンが五輪メダリストならば、さらにみなさんに“見に行きたいな”と思ってもらえるはずです。
ーーもしもメダルを獲得したなら、坂本さんのように『ロスの超特急』のような代名詞も付きそうです。
坂本 どんな形であれ、注目されるのは良いことだと思います(笑)。男子も女子もメダル獲得の現実感は充分にあると思うので、これからはじまるパリ五輪での戦いは見逃せませんし、みなさんも“その瞬間”を見逃さないようにしてください。それでは応援していきましょう。
●坂本勉(さかもと・つとむ)プロフィール
1984年のロサンゼルス五輪で日本人初となる銅メダルを獲得した“ロスの超特急”こと坂本勉氏。自転車競技の先駆者としてその名を刻み、競輪選手としても活躍しました。競輪選手を引退した後、2011年に自転車競技日本代表のコーチに就任し、2014年にはヘッドコーチとして代表チームの指導にあたりました。2021年の東京五輪では男子ケイリンのペーサーを務め、現在も競輪と自転車競技の両面でレジェンドとして活動を続けています。
netkeirin特派員
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netkeirin特派員による本格的読み物コーナー。競輪に関わる人や出来事を取材し、競輪の世界にまつわるドラマをお届けします