アプリ限定 2024/08/31 (土) 18:00 23
8月6日〜11日、パリ五輪で自転車トラック種目が行われ、日本代表選手たちが各種目で躍動した。今回は日本人初となる銅メダルを獲得した“ロスの超特急”こと坂本勉氏にシリーズを総括してもらうべく、インタビューを敢行。この夏の世界一大イベントにおいてどんな収穫があり、どんな課題を残したのかを追いかけた。(構成:netkeirin編集部)
ーー今大会は男女ともにメダル獲得はなりませんでした。この結果にどのような感想をお持ちですか?
坂本 今回の日本代表チームはメダルを狙える実力がある選手たちが数多く揃っていただけに、メダル獲得なしの結果は正直残念だったという気持ちがあります。ただ、各競技を見ていて、これが“現時点における日本代表選手の力である”とも思いましたし、納得せざるを得ない結果にも思いました。
ーー各種目のメダリストたちですが、前回の東京五輪や世界選手権で優秀な成績を残している選手たちでした。
坂本 日本代表の選手たちも世界選手権やネイションズカップでは優秀な成績を残してきています。ただ、パリオリンピックでメダルを獲得した強豪国はネイションズカップや大陸選手権でポイントを確実に加算して、このオリンピック一点に集中してピークを持ってきた感がありますね。
ーー日本代表の選手たちも男子スプリントや女子スプリントだけでなく、男子のチームスプリント、女子のチームパシュートと、このパリ五輪で日本記録や、アジア記録を更新していました。
坂本 はい。日本代表選手たちが出したタイムが証明するように、選手たちはベストコンディションで大会に臨んでいたと思います。ただ、トラック競技が行われたナショナル・ヴェロドロームは室内を乾燥させるなどして、“タイムの出やすいコンディション”を作っていたと考えます。メダルを獲得した選手・チームだけでなく、他国の選手・チームも世界新記録を更新していました。タイムの面で見ても「世界と差があった」のは明らかな事実でしたね。
ーー今大会では男子スプリントで反則を取られ、その後の男子ケイリンで失格となった太田海也選手に対する『ジャッジが厳しかったのでは?』といった声も大きかったです。
坂本 大きな話題になりましたね。ただ、競輪と競技とではルールが異なります。太田海也へのジャッジは“不運”だったのは事実ですが、『審判がそのように判断したのなら仕方ない』とも思えるものだったように捉えています。さらに付け加えるなら、メダル争いをしていた選手たちは、ジャッジに抵触しない走りを見せていましたし、その上で結果を残していたとも言えますからね。
ーーそれでは、各種目についてお聞かせください。まずは男子スプリント。予選では先にレースに臨んだ小原選手に続き、太田選手も日本記録を更新。その後は2人ともに準々決勝へと駒を進めます。小原選手は銀メダリストとなるリチャードソン選手を相手に0-2のストレート負け。そして太田選手は銅メダリストのカーリン選手を相手に1本目先取。続く2本目で違反走行が指摘され降着。3本目も僅差ながら敗れてしまいます。
坂本 さきほど太田海也に対するジャッジの話がありましたが、カーリンとの対戦の2本目のジャッジ。これは相当に厳しいものだったと見ています。ラスト1周に入ってからは、しっかりとスプリントレーンを守らなければいけないのですが、そこで『カーリンを押し込んだ』との判断がされたわけですからね。ただ、それでも五分だったわけですから、ここで気持ちを切り替えられれば、と思いました。気持ちを切り替えられなかったのが、結果として3本目を落としてしまった背景にある気がするんです。
ーー3本目は残り半周でカーリン選手がスパート。太田選手は後ろを追いかけていくような形になりました。
坂本 太田は1本目に先行して勝っています。スプリント競技はタイム差が無い場合は、自転車の長さを少しでも生かす形で、「前でレースを進めた方がいい」場合もあります。ただ、降着となってしまったことで、気持ち的にも萎縮してしまったのかもしれません。2本目と同様に後ろ攻めを選んでしまいました。
ーーそれは今回の勝負に関してはカーリン選手の方が上だったのでしょうか。
坂本 きっとカーリンは2本目を終えた時に3本目も先行しようと考えていたはず。タイム的には優劣つかずの互角勝負でした。ただ駆け引きやテクニック、そして気持ちの差・違いがあの勝負を分けてしまったものだと思いました。
ーーその後にカーリン選手が銅メダルを獲っているだけに、太田選手も勝ち上がっていれば、充分にメダル奪取の可能性はあった気がしてしまいます。
坂本 そう思います。それに、あの状況でもしも3本目を勝っていたのならば、その勢いのままに準決勝でもいいレースをしていたはずです。そう思えるだけに3本目がもったいなかったですね。
ーー続いて女子スプリントですが、佐藤水菜選手は自らが作り出した日本記録と、アジア記録を更新。また一時的とはいえ、オリンピックレコードも更新しました。その佐藤選手は3回戦まで進出しましたが、銅メダリストのエマ・ヒンツェ選手の先行を捉え切れませんでした。
坂本 女子のスプリントに関してはケイリンと比べて、世界の上位選手との差はあると感じていましたし、やはり世界の強さを感じざるを得ませんでした。でも、その中で佐藤が10位に入りました。この順位は将来に繋がる順位だと思っています。
ーーその佐藤選手と太田りゆ選手、そして太田選手と中野慎詞選手は、それぞれ女子、男子のケイリンに出場しました。開催前の坂本さんの展望記事でも、このパリ五輪で最もメダルの獲得期待値が高かったのがケイリン競技だったと思います。
坂本 まずは女子ケイリンについてですが、予選から決勝にかけて4走する必要があります。この4走の中で最も厳しいのは最初に走る1回戦だと思います。なぜならば上位2着に入らなければ準々決勝に進めないからです。一方、準々決勝以降は4着までに入れば次のレースに出られるので、佐藤が1回戦を2着で通過した時には、ほぼ間違いなく決勝に進めると見ていました。しかし、準々決勝で“まさか”が起こってしまいました。
ーー準々決勝の佐藤選手はまさかの5着で敗退。後方からのスタートに加えて、他の選手たちにも警戒されていました。
坂本 本人は準決勝に向けて、勝ちを意識していたとは思います。ですが、終始外を回されるレースになってしまったことで、仕掛けがワンテンポ遅くなってしまいました。また、準々決勝で対戦した中には、それまでの国際大会で佐藤と何度も走っていて“実力を知っている”選手がいましたからね。警戒されていただけなく、しっかりと対策を練られていたのも不運が起きた一因でしょう。
ーー続いて太田りゆ選手ですが敗者復活戦から勝ち上がり、準々決勝を4着で通過、準決勝では主導権を奪いにいく積極策を講じましたが、力及ばず敗退となりました。
坂本 ただ、太田はその後の7-12位決定戦に臨んだ際も、積極性を見せていました。前に踏んでいくレースで3着、全体順位で9位としています。太田が走った準決勝のメンバーは強豪揃いです。あの相手となると自分で動いて勝つような、いわゆる“脚力勝負”は難しい。もし展開の中で強い選手の後ろへと入っていけたのならば、決勝進出の可能性は十分にありました。順位決定戦でも早めに動いての3着ですから、これは評価できるでしょう。
ーー男子ケイリン競技はジャッジだけでなく、不利にも泣かされた形となりました。共に準決勝へと進んだ太田選手と中野選手。まず、中野選手が3着となり決勝進出。その後に登場した太田選手も3着入着を果たしながらも、進路妨害を取られて降格の判定。しかも男子スプリント競技と合わせて、これが通算2度の警告となり、失格の判断がされてしまいます。
坂本 太田も佐藤水菜と同じように、他の選手からマークされる形でのレースとなっていました。その厳しい状況下でも第3コーナーでは外から上がって来ましたからね。でも、その上昇時に内側の選手を押し込んだとのジャッジが下されてしまいました。
ーーどうしても太田選手に対するジャッジは厳し過ぎたと思ってしまいます。スプリントの件があって、より厳密にジャッジをしたみたいなことってないのでしょうか?
坂本 いや、やはり他の選手よりは厳しい目で見られていたと思いますよ。でも、「ジャッジがどうか」という視点ではなく、同じレースに出ていた対戦相手を見てもいいかもしれません。同じレースに出ていて、決勝で金メダルを獲得したラブレイセン、銀メダルのリチャードソン。彼らは“危な気ないレース”をしていました。この辺は実力差とも言えるかもしれません。
ーーなるほど…。それでは中野選手についてお聞きします。決勝は1番車からのスタートというポジションでした。残り2周でグレーツァー選手が先頭に立ち、その番手という絶好のポジションとなりますが、中野選手の後ろにいたラブレイセン選手が、スピードの違いで一気に先頭に立ち、その仕掛けに反応したリチャードソン選手も猛追しました。
坂本 決勝の中野ですが、作戦的にはバッチリだったと思います。ただ誤算だったのは、スピードで勝るラブレイセンがすぐ後ろだったことでしょうか。あの展開になってしまうと後ろへの対処ができなくなってしまいます。リチャードソンにも前に行かれてしまったので、内側を粘り込みながらどうにか3着争いを狙っていったわけですね。でもそこで外を回ってきたシャロームと接触し、カーリンを含む3車が落車。着順は同着の4位となりましたが、あのアクシデントさえなければ、3着の銅メダルはあったかもしれませんね。
ーーアクシデントさえなければ…。ただラブレイセン選手とリチャードソン選手との着差も大きかったです。あの差は今後縮まっていくものでしょうか。
坂本 スピードの違いはあるとは思います。でも、差はあまりないというか。スピード以外の瞬発性や機敏性においては、中野も太田も充分に渡り合えますし、対抗できる選手だと思いました。スタートの車番や展開などに左右されるとしても、残り1周でラブレイセンやリチャードソンの後ろに入っていけるのならば、今後の世界選手権などにおいても、メダル争いを演じることは十二分に可能だと思います。
ーー続いて男子チームスプリントについて教えてください。日本記録を更新して予選をパスし、1回戦はフランス戦。ここで両チームにフライングがあり、3度目のスタートで長迫吉拓選手がスリップ気味のスタートでした。そのロスを縮められないまま敗退となるも、5-6位順位決定戦でドイツに勝利しました。
坂本 結果は5位でしたが、上位3チームとのタイムの違いは明らかでした。もし、長迫がスムーズにスタートを切れていたとしても、メダル圏内の時計を出すのは難しかった気がします。それは今回、日本記録とアジア新記録を更新しながらも10位に終わった、女子チームパシュートにも同じことが言えることかもしれません。
ーー団体競技や中長距離競技は世界との差があるということでしょうか。
坂本 いえ、窪木一茂の活躍がありました。窪木は男子オムニアムで6位、今村駿介と出場した男子マディソンでも6位となっています。窪木はマディソンのポイントレースでも、集団をラップすることに成功するなど、今大会の日本代表チームの中ではMVP級の活躍を見せてくれました。これまで日本選手は中長距離を不得意とされてきました。ですが、この大会で世界に通用することを証明してくれたと思います。
ーーその一方で、東京五輪で銀メダルを獲得し、今大会では金メダルを有力視されていた女子オムニアムの梶原悠未選手は17位に敗れてしまいました。
坂本 梶原は戦前の周囲からの期待も大きかっただけに残念でした。本人もこの結果はかなり悔しいと思います。ただ、すでに4年後のロスオリンピックに目標を切り替えているとのことですから、そこで今回のリベンジを果たしてもらいたいと思います。
ーー4年後のロス五輪ですが、日本代表チームがメダル獲得のためにすべきことは?
坂本 4年後を見越した選手の選出、そしてチーム作りとなります。世界の強豪国ではジュニア世代の育成に力を入れており、その中から次代のオリンピアンを生んできています。日本もその育成システムに似た取り組みを行うようになっているので、今回、日本代表に選ばれた選手たちもうかうかとしていられないはずです。
ーー太田海也選手は競技を初めてまだ3年であり、佐藤選手も年齢的にまだオリンピック出場のチャンスは充分にありますね。
坂本 はい。今回出場した選手たちにとって、パリオリンピック出場は必ず良い経験になるはずです。特に太田はパリの悔しさを晴らすべく、ロス五輪ではメダル奪取を目標に競技に取り組んでもらいたいです。
ーー今回はお話を聞かせていただきありがとうございました!
坂本 ありがとうございました。これからも日本代表選手の奮闘を応援していきましょう!
●坂本勉(さかもと・つとむ)プロフィール
1984年のロサンゼルス五輪で日本人初となる銅メダルを獲得した“ロスの超特急”こと坂本勉氏。自転車競技の先駆者としてその名を刻み、競輪選手としても活躍しました。競輪選手を引退した後、2011年に自転車競技日本代表のコーチに就任し、2014年にはヘッドコーチとして代表チームの指導にあたりました。2021年の東京五輪では男子ケイリンのペーサーを務め、現在も競輪と自転車競技の両面でレジェンドとして活動を続けています。
netkeirin特派員
netkeirin Tokuhain
netkeirin特派員による本格的読み物コーナー。競輪に関わる人や出来事を取材し、競輪の世界にまつわるドラマをお届けします