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Reborn リ・ボーン ー第二章の男たちー

【北井佑季】偉大なるドリブラー達のように…“ひとつだけ”を感動レベルに磨き上げたい/2つのゴールを知る男・後編

アプリ限定 2023/10/26 (木) 18:00 63

競輪界には異色の経歴を持つ選手たちが多数存在している。この連載コラムではキャリアを再起動させ、競輪を舞台に戦い続ける“第二章の男たち”の過去と現在に迫る。記念すべき第1回はJリーガーから競輪選手へと転身した神奈川所属の119期・北井佑季。スタジアムとバンクーー。“2つのゴールを知る男”の物語を【前編・中編・後編】に分けてお届けする。※今回は後編

北井佑季|33歳・神奈川=119期(photo by Kenji Onose)

第一章は第二章に繋がる

 デビューして3年目。北井は今、競輪をどのように捉えているのか。競輪は球技でもなく、サッカーとは競技性も異なる。このギャップには悩まされなかったのか。プラスに働いた面はあるのか、ないのか。

「まったく違うものといえばそうなんですけどね。競技性の違いに悩まされることはほとんどありませんでした。そもそも僕が競輪に合っているタイプだったのかなと感じたりしてます。確かにギャップはあるんですが、サッカーと競輪は似ている部分も多々あります。サッカーのチーム連係とライン連係には共通する考え方もありますし、サッカーで培った方法が競輪に活かせる場面もあるんですよ」

 また、サッカーと競輪の比較ではないが、プロ生活を経ている点でアドバンテージを感じていたとのこと。

「プロスポーツ選手はお客さんに見てもらい、期待されたり応援されたりで成り立っているものです。プレッシャーを感じながらも結果を出さなくてはいけない。重圧があっても普段通りの力を出さなくてはいけない。そのことを競輪選手になる前にサッカーで経験していたのはアドバンテージだと思いました。たとえ大きいレースでもいつもと同じ精神状態でレースに臨むことが必要なので。気持ちを整える方法は競技が違っても変わらないです」

見られている重圧との向き合い方は経験していた(撮影:北山宏一)

 プロ選手としてスポーツに打ち込んだ経験は道を変えても活かせる。しかし、ひとつだけ厳しいと感じたことがあるらしい。

「サッカーも競輪も“脚を使う”部分が共通していると思われがちなのですが、地面を蹴って走る時に必要な筋肉と自転車に乗る際に使う筋肉は部位が全然違うんですよ。ウエイトトレーニングもサッカーと競輪ではまるで別物。ご飯を食べて体重を増やし出力を上げます。自然に増えていったというよりも、急激に肉体改造を進めた感覚です。体が短期間のうちに急速に変わっていくのですが、この点は負荷もあって意外にキツかったですね」

鍛えてこなかった部位を鍛え筋肉を格段に増量させた(撮影:北山宏一)

 サッカー時代は60キロ台前半、今は70キロ台後半。使用していなかった筋肉を鍛えての15Kg以上アップ。この変化、肉体改造以外の表現もないだろう。とんでもないことをやってのけていることを改めて感じた。脚だけではなく、上半身も鍛え上げられている。

競輪のやりがいについて

 “オールドルーキー”としてデビューして3年目、今年2023年はビッグレースへの参戦も続き、順風満帆にキャリアを積んでいる。だが、意外にも北井本人は決して順風満帆とは思っていないようだ。

「デビュー後に特進のチャンスを逃してしまったり、ビッグレースでせっかく勝ち上がったのに決勝を逃したり。簡単ではないとわかっていましたが、それでもS級にはもっと早く上がりたかったし、記念開催ももっと早く優勝したかったです。選手としてのスタートが遅い分、レベルアップには速度を求めています。自分の思い描く速度でトップ選手への道を進んでいないと感じています。この速度に納得していません。競輪は難しいものだとわかっていましたし、それを乗り越える覚悟でやってきています。でもその難しさをここにきて改めて痛感しています」

 そもそも北井の言葉に出てくる“トップ選手”とは何を、どの位置を指しているのか。S級1班でビッグレース常連。間違いなくトップ層に名を刻んでいると思うのだが。尋ねると「タイトルです」と即答した。

欲しいのはGIタイトル(photo by Kenji Onose)

「今年、自分自身の体が勢い良くレベルアップしている感覚があります。こういう時期に少しでも高みに近づかなくてはいけません。ビッグレース準決勝を何本か経験して、そこに壁があると感じました。その壁を乗り越えてGI決勝に進みたいんです。もっとレベルアップできる感覚はあります。乗り越えられない高さではないと自分を鼓舞してやっていくだけです。当然ですが、タイトルを獲得するためには決勝進出が絶対条件。今は競輪祭で優勝するぞ! くらいの気持ちを持ってやり込んでいます」

 まだ足りない、まだ足りないという雰囲気で目標を語る北井なのだが、この状態に強くやりがいを感じているとのこと。実際に話す表情も生き生きしている。

「グレードレースを勝ち上がると、同型の強力な自力型選手と戦うことになりますよね。それだけじゃないですよ。自分の後ろをマークする追い込み選手だって猛者揃い。自分が勝つのは本当に難しい状況になります。でもそんな難しいレースを走っている時に“やりがい”を感じます。弱いから負けるのだから強くなるしかない。僕は早く一流になりたいです」

 難しいですよ、とか、(他の選手が)強いんですよと言いながら“やりがい”を語る時のワクワクしている様子が国民的漫画「ドラゴンボール」の孫悟空と重なる。「おめえ、つええな!」のそれである。

「相手が強い」、「自分が弱い」、「レースが難しい」の話をしている時の表情(photo by Kenji Onose)

どんな場所にいても“ひとつだけ”を磨き続ける

 北井は「厳しい」とか「難しい」という言葉を発するたびに楽しそうに笑う。まるでそれがセットであるかのように。「厳しい」とか「難しい」を単に“ネタ”として話している場面なら気持ちがわかるのだが、それだけでなく、発する言葉と表情が一般感覚では合っていないことがあった。

 ただ取材を進めていく中で、北井は「難しい」を探している人間、「難しい」に30年以上も向き合ってきた人間だと知ることになった。自身の競走スタイルについて説明するくだりで、このあたりがパッとクリアになっていく。

「自分は競輪選手として先行にこだわっています。これを磨き続けていくことに迷いはありません。長い目で見るといつまでできるかわかりませんが。昔から競輪を知っている人が見ても、つい最近競輪を知った人が見ても、誰が見てもすごいと思ってもらえるような“インパクトある先行”をしたいんです。まだ差されてしまうから弱いんですけど」

 北井は続ける。

「僕はサッカー選手として3歳からプロを引退するまで、守備ではなく攻撃的なプレイヤーでした。前線でゴールを狙うポジションです。中でも一貫してドリブルにこだわりを持っていました。ドリブルをするだけなら簡単です。でもワンプレーで結果を出すようなハイレベルなドリブルは簡単にはできません。先行もドリブルとまったく同じです。先行することだけが目的なら難易度はそう高くありません。でも押し切って勝つこと、しっかりと3着までの確定板に残ることを条件に加えるととても難しい戦法になります」

 北井は簡単にできる単純なことの中に「難しい」を求めていく先に、お客さんを魅了し感動してもらえる“一流だけにしかできないプレー”になると信じている、と力説した。

観てくれる人達を感動させたい(撮影:北山宏一)

「昔の選手ならマラドーナ、現役ならネイマール。あ、ロナウジーニョも好きですね。彼らドリブラーのボールさばきが上手いのは言うまでもありません。でも人々が称賛するプレーはワンプレーでゴールに繋がるドリブルをやってのけるからです。子どもならまだしも大人でも、プロ選手から見たって、誰もが称賛します。万人がすごいと理解できるドリブルで魅了しているんですよね」

 サッカーはドリブルひとつを磨き続けた。競輪では先行ひとつを磨き続けるという。

「人から見て単純明快に“わかりやすいもの”。それをひとつだけ磨き続けて武器にしようという発想はサッカー時代も競輪時代も変わりません。一番ゴールに近いところでレースを進めて一番最初にゴール線を切りたい。はじめて競輪のレースを観る人からもすごいと思ってもらえる先行力をつけていきたいです。今はまだ成長の途中ですが、先行屋の特徴で自分のことを覚えてもらいたい欲求があります。こいつの走りすごいなって」

 第一章のサッカー、第二章の競輪。アスリートとしての北井のスタンスは変わらない。わかりやすい行為を徹底的に研ぎ澄ますことに懸けていく。そのために「難しい」を探す。お客さんの記憶に残るプレーがしたいだけ。

自分のためではなく人のために

 北井への取材時間も残りわずか。興味の尽きるまで質問を投げていたかったが、取材後はすぐに練習に戻り、夜まで徹底的にやり込むとのことだった。記事の結びとしてセカンドキャリアへ挑戦して良かったのかどうか、を聞いた。

キャリアチェンジを経て思うこと(photo by Kenji Onose)

「プロになるために頑張り、実際にプロになることができたサッカー時代。一流になりたいという目標めがけて頑張りました。でもキャリアの後半では目標がどんどん遠ざかっていく感覚の中でプレーすることが多かったです。サッカーは好きで始めて好きで続けたことなので、その苦しさや厳しさは特別なものがありました。でも競輪選手として走っている今、一流になりたいと目標めがけて突き進んでいる感覚があります。その点は(連載タイトルのRebornを指して)生まれ変わりですか? そういう意味合いを感じています。勇気を出して挑戦して良かったです」

 挑戦して良かったと思える今がある。リスタートしたからこそ取り返した気持ちがある。また、北井はこうも言っていた。

「競輪をはじめてから“自分のことを考え過ぎず、人のためになるのはどういうことか?”という視点が大事なのかなと思いました。挑戦の起点には家族のためという動機がありましたし、それが大きなモチベーションになりました。選手になった今はラインのために走るという気持ちを体感しています。仲間のために走ろうと意識すると、結果として自分にとって良いレースになるんですよね。サッカー時代は“自分のため”が強かったのかもしれないと振り返っています。分岐点に立ち、第二章を進む中で“人のために”がとても増えたんです」

 人のために頑張ると自分に返ってくる。今後もその考え方を軸にして走るそうだ。GI決勝で果敢に先行し、ライン仲間を引き連れながらの逃げ切り優勝を決める北井佑季を見てみたい。(取材・文 netkeirin編集部 篠塚 久)

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