2021/05/01 (土) 12:00 5
平塚競輪場で開催されたS級シリーズ(FI、28〜30日)で、嘉永泰斗(23歳・熊本=113期)がもがいていた。初日の予選8レース、逃げて2着。マークの久米良(33歳・徳島=96期)が1着のライン、ワンツー決着だった。
打鐘から伊早坂駿一(26歳・茨城=105期)を叩き、好内容のレースだった。
しかし、検車場に取材に向かうと、嘉永の表情はさえなかった。久米と話し込んでいたが、様子がおかしかった。しっかりしたレース運びと結果かと思ったものの、本人はそうではなかった。
「腰を痛めてから、ずっと良くない。調子が悪い。練習で若手とやっていても、みんなが強くて、自信を失っているんです…」。
同期の上田尭弥(23歳・熊本=113期)は、次走に京王閣ダービーを控えている。“後れを取っている”という焦りもあると、隠さずに口にした。
一緒に戦った直後の久米が、自分が持っている思い、経験などをすべて話していた。嘉永は藁をもつかむような感じで、聞き入っていた。
「例えば上田が優勝したとしたら、喜ぶくらいじゃないとダメと思う。クソー! とかじゃなくて。上田が優勝したのを喜んで、自分もと思うような」。
久米はエリートではない。下からの目線…。
嘉永は九州学院時代から将来を期待された男。ともすれば、自分の考えに凝り固まっていておかしくはない。だが、いろんな人の話から吸収しようと目を見開いていた。
久米が「本を読むとかもいいんじゃないか」と振ると、「今、できるだけ読もうとしているんです」。そこに何があるのか、その意味は…。
こちらも一緒に話す流れになり、上位の選手が、どれだけ苦しい思いをしてきたか、などを取材してきた経験から話した。
嘉永は、昨年9月にS級に特進して、決勝進出は普通。11月には松山(日刊スポーツ杯&CTC杯争奪戦)でS級初優勝も決め、道のりは順風となっていた。デビューからしばらくは失格やケガで苦しんだが、一気に巻き返す勢い。しかしまた、つまずいた。松山の後は決勝からも遠のき、自信も崩れ去った。その間、ライバルの上田は、突き進んでいる。
私自身の取材経験など短いものだが、ある先輩記者の言葉が思い出された。「レース後に悔しがるヤツは本物よ」。嘉永自身は、先が見えていないかもしれないが、その姿に頼もしさを感じるものがあった。
平塚競輪(DMM競輪杯)2日目の準決勝12レースでは、山中秀将(35歳・千葉=95期)を向こうに回し、逃げて完封の勝利を得た。強い雨、風の襲う中での熱い走り。「雨は好きなんで」と。4月29日の悪天候は、まさに嘉永がいるべき場所そのものだったか。
決勝は優勝を意識し過ぎたか…。それはまた経験だろう。
嘉永の名前である『泰斗』。“泰山北斗”が由来の名前。
泰山は中国で皇帝に成り得た者が、麓にある岱廟(だいびょう)から7000段の階段を上り詰める儀式を行う場所だ。北斗は北斗七星。頭上にさんざめく、憧れの星だ。
泰山には学生時代に岱廟からずっと歩いて上ったことがある。皇帝は神輿に担がれて上る。それが、皇帝の地位を天下に示す儀式だった。そんな歴史の道を、『嘉永泰斗』を取材にして思い出した。山頂では、漆黒の夜を越え、上る陽を崇めるまでが区切り。
その陽を見せてくれよ、泰斗!
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前田睦生
Maeda Mutuo
鹿児島県生まれ。2006年東京スポーツ新聞社入社、競輪担当として幅広く取材。現場取材から得たニュース(テキスト/Youtube動画)を発信する傍ら、予想系番組やイベントに出演。頭髪は短くしているだけで、毛根は生きている。