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佐藤慎太郎“101%のチカラ”

【佐藤慎太郎の修行】黄檗山で心を清めてまいりました 〜選手としてひとつだけ受け入れられないこと〜

2023/08/30 (水) 18:00 68

西武園GIオールスター競輪に出場した佐藤慎太郎(撮影:北山宏一)

 全国300万人の慎太郎ファン、そしてnetkeirin読者のみなさん、仏道の力によって、だいぶ邪心を抜きました佐藤慎太郎です。というわけで今回のコラムはオールスターの振り返りと黄檗山萬福寺(おうばくさんまんぷくじ)の違反訓練をテーマに書こうと思う。

“世代交代の波”を感じながら

 まずは西武園のオールスターを振り返ろう。現地ではたくさんのお客さんが声援を送ってくれて、オレを盛り上げてくれた。Tシャツを着て応援してくれている人もたくさん見えた。当然気合が入ったし、決勝に乗り込み優勝争いをする! と意気込んだ。だが準決勝を7着で敗退し、決勝進出は叶わず。シリーズを通して調子が上がり切らない感覚があったし、ここから出直さなくてはいけない。

 競輪をやっていると“噛み合わないこと”が多々ある。それは自分自身のコンディションやライン連係といった大きなことだけではなく、気候にあったパーツをチョイスするなど細かい部分に至るまで多岐にわたる。開催が終わり、噛み合わなかった原因を追究し、「自分に何ができたのか? 何ができなかったのか」を問うている。

シリーズ5走で3度の確定板、シャイニングスター賞では勝利するも自身の調子やアクシデントにより表情は常に険しい(写真提供:チャリ・ロト)

 シリーズを総括すれば優勝した眞杉をはじめ、本当に若手の勢いを感じた。若手の躍進は今にはじまったことではないが、“世代交代の波”といった言葉が色濃く浮かんでくる今日この頃。そんな勢力図の中でベテランはどんなスパイスになれるのかを真剣に考え、取り組んでいる。

 競輪はタイムありきで勝てるほど甘くはない。勢いだけでは勝てず、レースの組み立てや駆け引き、経験に基づく勝負勘も重要になってくる。でも今の競輪はタテに踏む力がなければ話にならん! ていう土台も築かれている。

 この状況をベテラン追い込み屋としてどう捉えどう戦っていくかを追求したい。若い選手のレースから吸収すべきことを見つけているし、これからも見つけていく。吸収がてらオレも若返るつもりだ。世代交代の波も乗りこなしていこうと思う。

若手の台頭をハッキリと感じている今、戦い方を真剣に模索している(撮影:北山宏一)

十数年ぶりに京都・黄檗山へ

 さて、修行の話をしよう。オールスター終了後すぐ、オレは京都の黄檗山へ修行にいってきた。違反訓練の制度が改正してからは久しく行っておらず、今回は十数年ぶりに訪れた。昔は追い込み選手同士が定期的に黄檗山で顔を合わせ、実家に帰る感じの雰囲気もあったし、以前コラムでも書いたが、大塚健ちゃんくらい“お寺慣れ”していると里帰りというよりも「お寺関係者」寄りのレベルに到達している人もいた。

「違反訓練」という名の修行なのだから、黄檗山は決して楽しみに出かける場所ではない。ただ何というのか、歳を重ねたせいか懐かしさのせいか、「何かを得る場にしてえな」とどこか期待するような感覚もあったし、「せっかくだから寺もしっかりと見て回りてえな」って心境もあった。神社仏閣になんてまるで興味がなかった時代を経て、オレ自身の感覚も変化しているってわけだよな。

違反訓練の地は京都・黄檗山萬福寺

見る角度によって収穫高は変わるということ

 そんな心境の中、訓練指導員の方が黄檗山を見学する時間を設けてくれた。改めてホント素敵なところだったんだなと知った。本堂の大雄寶殿(だいおうほうでん)にはお釈迦様や十八羅漢像が安置されていて、その様子がすごくかっこよかった。“かっこいい”という表現は間違っているかもしれないが。そこにいるだけでリフレッシュされるような気持ちにもなった。

 よくよく考えれば拝観料を支払い見学しているお客さんもいれば、自分からスケジュールを立てて禅体験に来ているお客さんもいるわけだよね。オレたち競輪選手は違反訓練という罰則を受けるために訪れている地だから見失いがちだが、京都の誇る素晴らしいお寺なんだよね。それを改めて実感した。

 物事ってどの場所でどの角度から見てどう受け取るかによって大きく異なる。この感覚はトレーニングにもレースにも活かせるわけで、自分から「仕方なく罰則で来た」とするのか「何かを得よう」と準備するのかで同じ時間を過ごしても収穫高は変わってくる。

 そんな発見をしつつ、大黒様に手を合わせ「金持ちになりたいです」と願い、裏に安置されていた韋駄天様には「もっと俊敏に動けるように」と願いを懸けた。そして全力で修業に励む毎日を過ごした。

歳を重ねるたび「すべての体験を競輪に繋げたい」という思いは強くなっている

とはいえ厳しいのが修行

 修行を全力でやろうと決めて臨んでいるので作務(さむ:そうじのこと)も本気を出してきた。掃き掃除では畳ごとすり減らすくらいの気概を持って集中した。朝5時に起床し、5時半には座禅を組んだ。無心になるのはかなり難しく、「今月のコラムネタでも考えるかな」と思い浮かべていたら、ガタイのいい若い坊さんから喝をいただいた。

 警策はちゃんと平らに削られていないのか、昔よりも厚みがあったように思う。「学生時代はヤンチャしてました」みたいなガタイのいい坊さんと平らではない警策のコラボはなかなか痛かったな。おかげで背中にいい刺激が入った。以前は20人くらいで訓練を行ったが、今回の違反訓練対象選手は8人。8人に対して2人の坊さんが警策を持って見守っているシステムだった。個別指導みたいな密度があったし、終始緊張感があったわけよ。

修行中は十仏名を唱えた(写真:本人提供)

 順調に修行していたが、オレは初日の食事でやらかしてしまった。修行中の食事は麦飯に一汁一菜、そして沢庵(たくあん)二切れという内容(脳みそまで筋肉で仕上げたいオレからすれば動物性たんぱく質がまったく足りない)だ。食事も修行にあたるため、箸を置くときも茶碗を持つときも、洗鉢(せんばつ)するときも一切音を立てないことにチャレンジする。選手同士の会話? 咀嚼音? もってのほかだよ!

 意識すればできるもので、オレは音を立てずにうまく食えた。すべて残さずに食べ終わると、洗鉢(せんばつ)をする。米粒ひとつとして残していないわけだけど、糊状の粘り気は残っているわけで、お茶と沢庵で静かに茶碗を綺麗にしていく。それが終わると汁椀にお茶を移して同じ事をやる。それが終わるとおひたしみたいなのが盛り付けられていた皿を綺麗にしていく。ひと通り洗い終えるとお茶と沢庵を最後にいただくんだけど、ステージクリアを目の前にしてやらかしてした。

「沢庵がスポンジ代わりってわけだな」なんて思って何の気なしに食ったら沢庵独特の咀嚼音が発生。「音を立てない!」と怒られてしまった。「音を立てんなって言ったって沢庵だし仕方ねえだろうが」と一瞬思ったが、ここは修行の場。沢庵の咀嚼音すら許さないほど、細かく神経を巡らせるということ。このエピソードは面白話として書いている一方で学びにもなった。些細なことにまで気を向ける。大事なことかもしれない。

沢庵に泣き、沢庵に学ぶ(写真:イメージ)

 ほかにも法話を聞いたり、質問をしたり、有意義な修行時間を過ごした。もともと禅語には興味があるので、競輪選手としてプラスになる考えや共感できる考えもあり、違反訓練を全力のうちに取り組めたように思う。

 ただ、今のオレにとって天地がひっくり返っても共感できないのは『足るを知る』がベースにある考え方だ。ざっくり言って『今ある自分を受け入れて満足すること、何事にも感謝することで幸福になれる』という考え。

 これは選手として上位戦線で戦っていきたい今、受け入れられない。満足など到底できないからだ。充実のお寺生活の中で、「競輪選手でいるうちは絶対に満足しない」という気持ちは逆に強くなったように思う。教えに歯向かうわけじゃないけど、譲れない我が道を再認識できたよ。

選手でいる以上、満足とは無縁の覚悟!(撮影:北山宏一)

向日町記念に追加参戦する

 それでは向日町記念に参戦するため、筆を置く。オールスターの6日制ナイターからすぐ違反訓練に行っていたので、さすがに練習不足は否めない。帰宅後に練習を再開したが、絶好調の仕上がりには遠い感覚があるのが正直なところ。ただ、脚のデキが5割でも京都開催だから仏パワーで5割増しと見積もっている。これで10割のパワーが発揮できる。

 それに今節はS級S班の参戦はオレひとりだ。「S級S班の責任」という名のプライドがある。この意地でも3割超の上積みをする。結果としてみなさんの前で走る時には10割オーバーのチカラで走るつもりだ。人気選手たちの欠場が多く競輪ファンは残念に思っているかもしれない。でも向日町記念を楽しんで欲しい。オレも精一杯の走りをお見せする所存だ。現地に遊びに来れる方はぜひ!

ハードスケジュールの中、仏パワー×S級S班のプライドで向日町記念を戦い切る(撮影:北山宏一)

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佐藤慎太郎

Shintaro Sato

福島県東白川郡塙町出身。日本競輪学校第78期卒。1996年8月いわき平競輪場でレースデビュー、初勝利を飾る。2003年の全日本選抜競輪で優勝し、2004年開催のすべてのGIレースで決勝に進出している。選手生命に関わる怪我を経験するも、克服し、現在に至るまで長期に渡り、競輪界最高峰の場で活躍し続けている。2019年には立川競輪場で開催されたKEIRINグランプリ2019で優勝。新田祐大の番手から直線強襲し、右手を空に掲げた。2020年7月には弥彦競輪場で400勝を達成。絶対強者でありながら、親しみやすいコメントが多く、ユーモラスな表現でファンを楽しませている。SNSでの発信では語尾に「ガハハ!」の決まり文句を使用することが多く、ファンの間で愛されている。

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