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【寛仁親王牌】新田祐大「辞めることも考えたこの1年」苦しみの中に見た希望の光/独占インタビュー

アプリ限定 2022/10/16 (日) 18:00 85

昨年まで五輪に向け、競技に力を注ぐ中でも、6年間S級S班の座を守り抜いてきた新田祐大選手。そのS班から陥落し、返り咲きを掲げた2022年は、5月のアクシデント以降、特別競輪や記念競輪で勝つ難しさに直面しています。このまま新田祐大は終わってしまうのかーー。自らの現状、レーススタイルへのこだわり、そして優勝すればグランドスラム達成となるGI・寛仁親王牌について率直に語ってもらいました。

(取材・文=アオケイ・八角あすか)

新田祐大(撮影:島尻譲)

全日本選抜競輪でグランプリへの手応えを掴んだが…

ーー東京五輪を終え、競輪に本格的に復帰され約1年。ここまでの振り返りと心境の変化があれば教えてください。

新田 五輪を終えた直後でしたが、パフォーマンスとしてはベストな状態でオールスター(8月いわき平)を迎えることができたと思います。一戦でも多く良い結果を残したい気持ちが強かったですね。五輪後にGIを優勝してグランプリに出場できれば、いちばん望ましかった。出走本数が少なかったこともあり、グランプリを狙いながらも賞金争いでも出場できるだろうな、と考えて年末に向けて沢山のレースに出場しました。

 いちばん肝心であった寛仁親王牌(10月弥彦)。その決勝戦で失格してしまい、賞金を上積みできなかったのがグランプリに届かなかった要因だと思っている。出場したレースで優勝し切ることができないなかでも良い走り、積極的な走りができてはいたのかな、と感じています。

昨年の寛仁親王牌決勝は失格に終わった(赤・3番)(撮影:島尻譲)

 今年に入ってからは、もうグランプリだけを照準に。年始の立川記念から飛ばしていくようなカタチで、どんどん賞金を獲得しようと。もちろんGIでの優勝を狙っていたので、全日本選抜(2月取手)での優勝を狙ってコンディショニングしていました。優勝することができず3位でしたが、表彰台に乗れたことでグランプリが凄く近くなったと感じましたね。その後もGI以外のFIやGIII等でも、安定した成績を残して賞金を積み重ねることができていたので、優勝とまではいかずとも、それなりに良い成績でまとめられているな、という感覚ではありました。

ーーそうした良い流れで来た中、5月の日本選手権競輪前検日に…。

新田 そうですね。アクシデント(※)に見舞われてしまったことによって、体の怪我の具合と体調面を考えながら今に至るのですが…。最初はGIをなるべく多く走って、そのなかでもシード権が多いレースが多かったので、シード権を上手く活用して、上のレースで活躍し続けることを自分でも願っていましたし、そこにコンディションを合わせていけるように頑張ってはいたんですけど、全然ダメで…。なので、今年に関しては、すでに来年のダービーの特選シード権を獲得することを目標に走っています。

(※前検日のバンク指定練習で他選手と接触して落車。右肩鎖関節脱臼で全治31日間と診断。地元ダービーは無念の欠場となった)

「レベルは高くなったけど…」五輪から復帰後に感じた競輪のトレンド

ーー本格復帰し、以前との競輪に違いを感じることはありますか?

新田 今の競輪っていうもの自体が段々と変わってきている。みんなは「スピード競輪、スピード競輪」と言いますが、僕のなかでは全くスピード競輪だとは思わない。むしろ「スピードがない競輪」だな、と感じています。

ーースピードが“ない”とは、どういうことでしょうか?

新田 単純にスピードが落ちているな、と。脇本雄太君だけを見たら、タイムも出ているし、かつ競輪というよりはスプリントに近いような、ひと捲りするか、しないか。または、どこから逃げるか、どこまで逃げ切れるかみたいな感じになっていますが、脇本君以外の選手は別にそんなことはなくて。みんなでゴール前でしっかりゴチャついて、ゴールは横一線で際どい勝負をしているレースが多い。以前はギヤ規制も無かったっていうのもありましたし、力が飛び抜けていれば誰も追いつけないようなレースが多かった気がします。

 バンクレコードも頻繁には出ていないですし、スピード競輪というよりはどちらかというと「技術的な競輪」になっているな、と。さらに、それを確信に変えるようなレースが凄く多いなと思っていて。

 例えば、デビューして2、3年しか経っていない選手がS級に特別昇進、もしくは点数で上がってきたときに「徹底先行タイプ」がほぼいないですよね。先行するけど、ヨコもする。柔軟性はあるかもしれないけど、爆発的な怪物的な強さ、脅威を持っている選手は少ないように感じます。自分の持ち味が平均化されているというか、同じところに寄っている気がする。

 勝手なイメージですけど、昔でいうと平原康多さんみたいに自分で位置取りをして、そこから勝負をするスタイル、そういうタイプの選手はあまりいなかった。海老根恵太さんや山崎芳仁さんは今の脇本君じゃないけど、かなり後方からとんでもないスピードで捲ってくるタイプ。その逆なのが村上義弘さんや武田豊樹さんで、逃したら誰ひとり、一車も横に出られない。深谷知広君もそうでしたけど、そういった印象があるのは今だと…野口裕史さんくらい。

ーー若い選手でも戦法や脚質のシフトが早い人が多い気はしますね。

新田 競輪界全体、今はどういう育成方法なのか分からないけど、僕たちの時代は師匠と弟子の間で「どういうスタイルで行け」みたいなのが決まったりすることが多かったですかね。

 練習グループの兄弟子や、北日本の先輩と一緒に走ることになったら、その人たちをどのようにして勝利へ近づけるか。僕たち自身も戦うなかで、負けることを前提として、とんでもない強い選手たちに挑むときに少しでも爪痕を残せるか、そういったことを考えていた。負けてしまっても次の進化に繋がるはずだ、と捉えていましたけど、今はそういった選手は凄く少ないように感じますね。

北日本はもっと高い領域で戦える選手が必要

ーーラインを組む北日本地区の選手たちに感じていることはありますか?

新田 僕はデビューして20年近く経ちますが、同期(90期)には強い選手が凄く多いんです。北日本の同期は5人、1人はすぐクビになったので、実質4人しかいない。そんな中でも基本的にはみんながGIに出場する選手に成長していったけど、その後の選手がなかなか育ってきていないですよね。

ーービッグ戦線では福島勢でいうと、飯野祐太選手や小松崎大地選手が奮闘。他地区の機動型に比べて、若手選手が手薄という印象はありますか?

新田 下が育っていないというよりは、多分、その領域に来られる選手が少ないんです。僕たちだとデビューが19、20歳で、その一年後にはGIにみんな出ていた。ただ、勝ち切れないんですが、常にGIには参加していた。ということは、FIや下のレースでは必ず優勝、決勝に乗るのは当然なわけで。

 今のヤンググランプリを見てもらえると分かります。今と昔は点数の基準が変わってしまった部分もあるかと思いますが、全体で見たときの点数の順位っていう部分でも、今は上の方の選手がいるけど、あとはバラついているとかが多い。僕たちよりも前の時代は、絶対にGIを獲るような人が必ずヤンググランプリに出ていた。そのなかから誰かしらがGIをすぐに獲得することが多かったんです。

 僕は福島にいないので、若手育成どうのこうのというのは、関わっていないから分からないですけど…。ただ、士気が高くないのかな、と。士気が高まっている人たちのなかにいると、高い領域で勝負をしてくるし、そこで勝負し続けたいと思う。ですが、まだその領域に達している選手が少ないのかな、と思います。

テーマを持って極めることが本当の結果につながる

共同通信社杯最終日は中野慎詞(7番)、飯野祐太(8番)とラインを組み、1着となった(撮影:島尻譲)

ーー北日本で期待を寄せている若手選手はいますか?

新田 やっぱり、最近だと中野慎詞君の活躍が目立ちますね。周囲は勝利数で期待値を表しているのかもしれませんが、実は大切なのはそこではない。自分の目的が何なのかが明確になっていない人は絶対に崩れるので。この先、勢いだけで凌いでいけるほど甘くはないです。

 例えば、勢いがある人でも多分、活躍は長くて3年くらい。でも、勢いがなくなった人はいつの間に居なくなって、もしくはGIに出場できるレベルにいても、そこで満足している人が多いように感じます。いつまでもトップを目指し続ける人たちって、村上義弘さんや武田豊樹さんは凄く分かりやすくて。「絶対に負けたくないという軸」があって、そのなかで自分でテーマを決めている。村上さんだったら「絶対に先行する」とか。

 僕は当時、まだ選手ではなかったけど、伏見さんと村上さんが先行日本一を争っていたときの裏話があるんです。その話を聞いて、こういう人たちがグランプリを獲るし、こういう風にやらないとグランプリの領域まで行けないんだな、と感じましたね。

ーー新田選手のこだわりは何でしょうか?

新田 年齢的にも、というよりは体力的にも五輪後は走り過ぎてしまったし、現在もずっとそうですが、怪我も含めて調整が上手くできていません。こだわりではないですが、とりあえず、その先のダービーの特選権利の獲得を目標にやっているので、それでいうと、1年間のなかで何か「テーマ」を決めて、それをクリアできるようにするのが、こだわりなのかな、と。

怪我と付き合いながら、1本1本ベストの走りを心がけている(撮影:島尻譲)

ーーレーススタイルへのこだわりはありますか?

新田 今は、とりあえず走り切るということを考えながらですね。番手を回る機会も以前よりは増えてきているし、後輩が頑張ってくれる場合は、その後輩の頑張りと期待に応えられるように走っている。着でもレースの内容でもそうですし、みんなが見ていても納得ができるレースをしっかりやりたいですね。

ーー共同通信社杯(GII・9月名古屋)では最終日に期待されている中野選手の番手でした。番手回りのレースで感じることはありますか?

新田 番手の役割には、どういう意味や価値があって、そしてどういう責任があるのか。本当のマーク屋である成田和也さんだったり、そういう方にいろいろと話を聞いて教わってはいます。僕のなかでも、やっぱりその人たちの言うことは理解できることが多く、追い込み選手ではないけど同じような感覚ではいますね。ただ、違う点は普段は自力でやっているので、自分が先頭で走るときを含めて、どういう風な走り方をしたいかですね。

ーー中野選手にはどういった事をお話されたのでしょうか?

新田 今の中野君の脚力とレーススタイルだったら、1着を取ることは結構簡単だと思うんです。周りも彼の動向を伺った動き方をしますし、そのなかで1着をどのように取るのか。または、1着が取れなくても自分がこだわる点はどこなのか、というのがテーマとして決まっていないと、今日はよかった、でも明日は強い選手が相手になったときに攻略されてしまう可能性も高い。それを力でどうにかしようと思っても、上手くいかなかったりすると思うんですよね。自分で一つのテーマを決めて、かつ長いスパンでテーマをクリアし続けることを考えないと、結果には繋がらないですよね。

心に響いた偉大なあの選手の言葉

ーー寛仁親王牌の時期が迫ると「グランドスラム」(※)の話題が上がりますが、新田選手自身は意識していますか?

新田 責任感とか、重圧は特に感じていません。ただ、毎回、親王牌の会場に行って「意識してますか?」と聞かれたら「してません」と答えていたんですけど…。もう面倒くさくなってきて、前回は意識している体で行ったんですよ(笑)。

 そのなかで唯一、凄く説得力のある言葉をくださった先輩選手がいて。「グランドスラムは達成しなきゃダメだ」と。「それが達成できるのは今のオマエしかない。この業界でオマエしかいないんだから、達成するのはオマエがやるべき使命なんだ。だから諦めないで頑張れ!」とレース前に言われたんです。

 そう言ってくださったのが神山雄一郎さんでした。神山さんと凄く話す感じではないですけど「頑張んなきゃダメなんだぞ。頑張れ、頑張れ」と、ずっと背中を押してくれている。神山さん自身がグランドスラムを達成しているし、神山さんの言葉は凄く響きますね。

(※4日制以上のすべてのGIレースで優勝すること。これまで達成したのは井上茂徳(佐賀・41期)・滝澤正光(千葉・43期)・神山雄一郎(栃木・61期)3名のみ)

新田を叱咤激励する神山雄一郎。自身は1999年にグランドスラムを達成している(撮影:島尻譲)

ーー新田選手にとって、神山さんはどういった存在ですか?

「レジェンド」の一言では表せない存在。先行、捲り、追い込みと戦法も変わっていくなかで、GI戦で厳しい戦いになってくる年齢になっても、常に1着を目指している。常に向上心を持ち続けている先輩ですし、重みが違いますね。

ーー新田選手はもうすぐ37歳を迎えますが、今後の選手人生はどのようにお考えですか?

新田 「今、辞めたほうがいいのかな」なんて考えたときもあったけど…。僕のなかではまだ納得できる要素が集まり切れていないのかな、と。

S級S班で活躍を続ける佐藤慎太郎、守澤太志の奮闘や新星・中野の登場など北日本にとって明るいニュースも多かった。後は新田の完全復活が待たれる(撮影:島尻譲)

ーーでは、最後に親王牌に向けての意気込みとファンへのメッセージをお願いします。

新田 おそらく、みなさんが期待している言葉は「グランドスラムを達成したい」という言葉だと思います。もちろん、出るからには全力で走るので、できる限り高みを、優勝を目指して頑張りたいと思います。

 ファンのみなさまへ。いつでもどんな時もですが、特に今年は5月から苦しい状況がずっと続くなかで、1か月休んで復帰を迎えてから凄く期待していただいているんだなと、オッズやSNSのコメントから伝わってきます。

 その期待に応えることが100%できていない自分に対し、悔しい思いがある。でも、背中を押し続けてくれる人が一人でもいてくれる限り、僕は諦めないでやり続けないといけないと思っています。その人たちのためにも、魅力がある競輪ができるように、できる限りの全力を尽くしてやっていきたいと思っています。選手人生、どれくらい先があるかは分かりませんが、しっかりと全力で走り続ける姿を見てほしいです。

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