2021/10/31 (日) 19:00 8
netkeirinをご覧の皆さん、金子貴志です。今回は24日に終わったGI寛仁親王牌・世界選手権記念トーナメントのことを書きます。
優勝は埼玉の平原康多選手でした。本当におめでとうございます。私はいい結果を残せませんでしたが、シリーズを通じていろいろと学ぶべきことがありました。ひとつは選手控え室でのこと。そこで偶然にも競輪界のレジェンド神山雄一郎選手と隣合わせになったんです。
神山さんは最近の私の自転車のセッティングなどを聞いてきてくれました。それだけでなく、私がウォーミングアップしているところを見て、質問をしてくれたりもしました。「神山さんが後輩に質問してくるなんて」と驚きました。神山さんの『どんなことでも参考にして、それを競走に生かす』という凄い向上心に触れ、改めて尊敬の念を抱きました。
以前、私と神山さんは韓国・釜山で行われたアジア自転車競技大会(2002年)のチームスプリント種目に出場し、金メダルを獲得しました。ナショナルチームで一緒に活動していたため、ごく間近で神山さんの活躍を目にしてきました。タイトルの多さもそうですし、今でもS級のトップで活躍しています。
最終日、私が神山さんに「80歳くらいまで走れるんじゃないですか?」と聞いたんです。そうしたら「それは分からないけど、色々試してそれが結果に結びつくのが楽しいし、辞められないよね」って言ってました。心の底から競輪を愛しているんだなと感じました。私も神山さんを見習って、色々試しながら今まで以上に向上心を持たなければならないと感じました。神山さんからも学びましたが、優勝した平原君からも学ぶことがありました。シリーズが終わり、メールで「おめでとう」と送ったら「ありがとうございます。諦めずにやってきて本当に良かったです」という内容で返信がありました。平原君は毎年、グランプリに出場しているし、まさか4年ぶりのタイトルとは驚きました。
もっと驚いたのは、常にプレッシャーの中で優勝争いをしている平原君から「諦めなくて良かった」という言葉が出たこと。諦めない気持ちの大切さが改めて分かりました。いい刺激をもらい、私も気持ちが高ぶりました。
今開催は納得できる結果が残せませんでしたが、最終日に思うことがありました。前回のコラムでも書きましたが、私が2013年に初めてGIを制したのが弥彦の寛仁親王牌です。その時の決勝は4番車だったんですが、偶然なのか必然なのか今回の最終日も4番車。敢闘門から発走機に向かう間、そんなことを思い出し、とても懐かしく感じました。あの時とは真逆の成績で、ファンの期待に応えられない走りは悔しい限りです。
しかし、思い出の地・思い出の車番で走ったことで「また一からやり直そう」という気持ちになりました。『もう一度タイトルを獲る』という強い思いを心に刻み、これからも競輪に向き合っていこうと思います。そして何より、現地のファンの方が「金子! 頑張れ!」と熱い声援を送ってくれたことが凄く嬉しかったです。諦めずにもう一度頂点を目指して、また一からスタートしたいと思います。
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金子貴志
Kaneko Takashi
愛知県豊橋市出身。日本競輪学校75期卒。2013年には寛仁親王牌と競輪祭を制し、同年のKEIRINグランプリでも頂点に。通算勝利数は500を超え、さらには自転車競技スプリント種目でも国内外で輝かしい成績を収めている。またYoutubeをはじめSNSでの発信を精力的に行い、キッチンカーと選手でコラボするなどホームバンクの盛り上げにも貢献。ファンを楽しませることを念頭に置き、レース外でも活発に動く中部地区の兄貴的存在。